射命丸文の家を出てすぐに文が話しかけてきた。
「ところで、天狗とよく一括りにされますが、何種の天狗が幻想郷にいるかご存知ですか?」
「私が知っている限りでは、白狼天狗、鼻高天狗、山伏天狗、そして、鴉天狗の4種族です」
私の答えを聞いて、文は満足そうに頷いた。
「ええ、基本はそうですね。しかし、実はそれに加えて大天狗様と天魔様がおられるんです」
鴉天狗である文が様付けをするということは、大天狗と天魔は鴉天狗よりも上の立場とわかる。響から察するに、天魔が最上で、その次席が大天狗なのだろう。
人里で言うところの、里長が天魔で副里長などの偉い人たちが大天狗、そして、役人クラスが鴉天狗だ。
「せっかく種族の話が出たので質問をひとつ。天狗は種族によって役割が違うと聞いたのですが」
「ええ、今更阿求殿に説明するまでも無いかもしれませんが、我々鴉天狗は広報・情報収集の役目を与えられています。白狼天狗は警備ですね」
「それは、多くの人間が知ってますね。何せここに来なくても見かけますから。山伏天狗や鼻高天狗はなにを?」
「また後で見る機会はあると思いますが、山伏天狗は主に私達鴉天狗が発行する新聞や書物を印刷、配布する役割。鼻高天狗はお金などの事務関係を担ってますね」
「なるほど、それで
文はこくりと頷いた。私の予想はあらかた合っていたようだ。
「まあ、もっと正確に言いますと、大天狗様は山伏天狗、鼻高天狗、白狼天狗、鴉天狗の各種族から1名づつ選出されていて、それぞれが出身種族の管理をしています」
「それだと、大天狗という種族と言うよりかは、種族代表みたいな感じになりませんか?」
「ええ、それはそうなのですが、大天狗となった天狗は天魔様から直々に力を分け与えられるのです。なので、私達の間では別種族の天狗として認識されています」
要するに天魔は天狗社会の中では別格の存在で、そんな天魔に力を与えられた存在は種族として全くの別物として認識されているということだ。
「それで?私たちは今どこに向かっているのですか?」
家を出てから私たちは里の入口と反対方向、つまり里の奥へと向かって歩いていた。
「大天狗様のところですよ」
文は事も無にサラリと言った。そのあまりにも予想外な回答に、思わず足を止めた。
「ふふ、あなたの驚いた顔を見れただけでも価値があるというものです」
「冗談ですか?」
「本当ですよ。さあ行きましょうか結構すぐそこなんですよ」
願ってもない話ではあるが、仮にも天狗の支配者層に直接会えるとは思ってもいなかった。
「あ、さすがに天魔様への謁見はできませんからね」
「え、ええ。それはそうだと思うのですが、大天狗の方々にも合って良いのですか」
「私は構わないと思ってますよ」
その意味ありげな言葉に突っ込む前に文は足を止めて前の建物を指し示した。
「ほら、あそこが大天狗様達が住んでるお屋敷ですよ」
入口の門から道なりにずっと歩いていきその終点にあったのは、屋敷と呼ぶのには十分すぎる立派な建物であった。屋敷の作りとしては、鎌倉時代の武家屋敷を彷彿とさせる。
屋敷の周りには掘りが掘られており、中が見えないように壁がその内側にぐるっと立ち並んでいる。他の家が割と普通なのに対して、その建物は明らかに異質と言えた。
「立派ですね」
「ええ、天狗の里の中では1番大きな建物ですね」
それを聞いて私の中で大きな疑問が沸き起こった。だが、それを口に出す前に屋敷から出てきたひとりの少女に目がいった。
白狼天狗のような三角の耳を持っているが、その髪は白と言うよりかは銀と表現した方が正しい色で、腰ほどまで伸ばしたそれは、まるで刀で切ったかのように真っ直ぐに切りそろえられていた。
あの屋敷から出てきたということもあり、その装いは女性武士と言った感じで、着物と日本刀がよく似合っている。
「あの方が大天狗ですか?」
門まではまだ30メートル程あっただろうか。私が気持ち小さめに文へ問いかけたその言葉に反応して、銀髪の少女はぐるりと私達の方へと視線を動かした。そして、堀にかかっている橋を早足で渡ると一直線にこちらへ迫ってくる。
「あやや、お早いおで迎えですね」
「慣れない匂いがしたと思ったら、また厄介事ですか?射命丸様」
どうやら彼女は大天狗では無いらしい。身長は私と同じくらいであり、文のことを見上げる格好になっている。
「阿求さん、彼女は大天狗様のお着きですよ。名前は…」
「射命丸様、名前くらい自分で名乗ります」
少女はその黒い瞳を私に向ける。
「お初にお目にかかります。私大天狗様にお仕えしている、
「白狼天狗…じゃないですね」
「ええ、ご明察です。私は天狗ではなく狼です。普段は人型になっていますがね」
天狗の里で、天狗以外の妖怪が普通に生活しているとは驚いた。しかも大天狗のお着きとはかなりの地位だ。
「射命丸様、主に挨拶をお願いします。あの方なら気にしないとは思うのですが…一応警備隊長でもありますので」
表情は変わらないが、言葉にどこかトゲを感じる。
「ええ、もちろんその予定でした。案内お願いできますか?」
「はい、それでは着いてきてください」
くるりと背を向けて屋敷に向かって歩き出した伏を見て、文は私の耳元で小さく囁いた。
「素っ気ないように見えますが、あの子人間が大好きなんですよ」
「余計なことは言わなくていいです。さあ、早く来てください」
いつの間にかこちらを向いていた伏はほんの少しだけ不機嫌そうにそう言った。
「せっかくなので屋敷に入る前に質問をしてもいいですか?」
「私にですか?」
私が頷くと伏は先に進んだ分だけ戻ってきた。
「私が知っていて言える範囲でしたらお答えしますよ」
「助かります。あなたはいつからここへ?」
「私は一番の新参者ですね。主が大天狗様になられたのと同時なので、ほんの10年前くらいです」
10年といえば人間基準では長いが、長寿の妖怪にとっては一瞬の話だろう。
「あなたのご主人はどんな方ですか?」
私の質問に、無表情を貫いていた伏の口角が少しだけ上がった。
「とんでもない方ですよ。大雑把で自分勝手で無神経で」
「でも良い方なんですね」
「……ええ、まさか大天狗様になるとは。それだけじゃなくて私をお着きに任命してくださるとは予想もしてませんでした」
天狗の里警備隊長兼大天狗。種族は何となく予想できるが、これに関しては出会ってからのお楽しみとしておこう。
「それでは次の質問ですが、天狗は社会性を持つ反面、排他的な種族と聞いてますが、なぜ天狗でない貴方が大天狗のお着きを?」
「いきなり切り込みますね。まあ、その問いに答えることは可能ですが」
伏は文の方をちらりと見てから言葉を続ける。
「これから嫌でもお会いになると思われますが、大天狗様にお仕えするのは必ず天狗以外の種族なのです」
意外な答えである。伏が例外なのではなく、そもそも天狗社会のしきたりであったのだ。
「それでは過去に人間がなったこともあるんですか?」
私の問いに、伏は首を振る。
「妖怪の山に住んでいる者に限っての話なので、誰でもという訳にはいかないんです」
「それはなぜですか?」
「それはですね…」
文がひとつ咳払いをして言葉を遮った。
「立ち話はこれくらいにしておきましょう。伏、大天狗様の所へ案内よろしくお願いします」
「……はい、少し喋りすぎましたね。我が主の所へ案内しますので、着いてきてください」
少し踏み込みすぎたのか。それとも、今の質問が天狗社会の核心に触れるものだったのか。どちらも的外れかもしれないが、文は伏の答えを遮った。全く意味の無いことだとは到底思えない。
私の問いに対する答えについては気になるが、きっとこれ以上は聞き出すことはできないだろう。まあ、どのかの機会にまた同じ問いを投げかければ良い事だ。
私はそれ以上の質問をひとまず諦め、伏の後に続いて大天狗達の住む屋敷へと足を踏み入れるのであった。