幻想郷放浪記   作:もみじ 

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正体不明

 守矢神社の一柱、諏訪子に連れられるがままに本殿に入ると、中には道中ではぐれてしまった沼田とヒョウがいた。

 

「おお、阿求殿。ご無事でしたか」

 

 沼田はあぐらをかいたままそう言った。言葉は一丁前に心配をしていた風であるが、おそらく心配などしていなかったのだろう。

 

「ええ、おかげさまでね」

 

 私がそう答えると、伏が耳元で囁いてきた。

 

「アレとご友人ですか?」

 

「いいえ。今日知り合ったばかりです」

 

 伏は私を守るように、半歩だけ前に出る。

 

「おいおい狼の兄ちゃん、そんなに気を張らなくてもなんにもしやしないですぜ」

 

 ひと目で正体をズバリと当てられた伏がより一層警戒を露わにする。一触即発の雰囲気ではあるが、諏訪子は何も言わない。静かに息を吐いた伏がおもむろに口を開いた。

 

「あなたは一体何者なんですか?」

 

「どこにでもいる平凡な用心棒…そんな答えじゃだめかい?」

 

 まともに答える気のない沼田をひと睨みすると、横にいる私の方をちらりと見た。

 

「阿求さん、洩矢神様には悪いですが出ましょう」

 

「やけに嫌われた…」

 

 残念そうに首を振る沼田の言葉が終わらないうちに、伏はゆっくりと柄に手をかける。だが、それに気がついた沼田は床に置いていた飾り刀を素早く拾い上げると、諏訪子の横を通り過ぎ、鞘をつけたまま伏に斬りかかった。いや、斬りかかると言うよりかは殴りかかると言った方が正しいだろう。

 予想だにしてないタイミング、そして座ったままからにも関わらずまるで瞬間移動でもしたかのような速度に、伏は抜きかけの刀で下から顔に向かって振りあがってくる鞘を受け止めるだけで精一杯であった。そして、沼田の単純な力は鉄の棒を飴のように変形させるほど。不意をつかれた伏がまともに受けられる訳もなく、開きっぱなしの扉から外へ吹き飛び、賽銭箱をとびこえて石畳の上へと背中から叩き落ちた。

 

 驚いている私を置いて外に出た沼田は、少し高くなった本堂の入口から伏を見下ろすと、ペロリと舌を出した。

 気配がして横をちらりと見ると、諏訪子が私の横で楽しそうに2人をみていた。私はてっきり止めに入るのかと思っていたが、この神はこの状況を楽しんでいる。

 

「悪いな兄ちゃん。何もしないと言ったが、あれは嘘だ」

 

「いえ、先にしかけたのはこちらですから」

 

 背中から激しく落ちたのにも関わらず効いていないかのようにあっさり立ち上がると、抜き掛けの刀を鞘へと戻して構えを取る。

 

「あなたが何者かは分かりませんが、斬れば分かりますよね」

 

「俺の知ってるやつにも同じことを言う奴がいるんだ。剣士ってのはみんなそうなのか?」

 

 沼田はまるで散歩でもするかのように、ゆっくりと無防備に歩み寄る。

 そして、間合いに沼田が入ったと思った瞬間、伏は既に刀を抜いて切り終えていた。目にも止まらぬ早業どころか、人間の目で捉えることが不可能な領域なのだろう。

 

ガキィィン

 

 打ち上げ花火の音が遅れて聞こえるがごとく、伏の動きからほんの少し遅れて金属同士の触れ合う激しい音が境内に響き渡る。まさか、沼田はあれを防いだというのだろうか。

 再び静けさを取り戻した境内であったが、きらりと光るものがクルクルと回りながら落ちてくると、カチンと石畳に刺さった。よく見ると、伏の刀が真ん中の辺りで折れてしまっている。

 

「そこまで」

 

 今まで見ているだけだった諏訪子の言葉に、折れた刀で次を仕掛けようと動き出していた伏の動きがピタリと止まった。

 大きな声でも、力強い声でもない。声量だけだと挨拶でもするかのような普通の声。だが、彼女の静止の言葉には、横にいるだけの私でさえも、息をとめてしまうほどの有無を言わせない強制力があった。

 

「速さは良い武器だが、動きが直線的になる。目で捉えられなくとも、初動と動線だけ掴んでしまえば後は置いておくだけでいい」

 

 沼田はそう言うと、体の前に立てた豪華な鞘を腰へと戻す。あれが伏の刀を止めたのだろう。

 

「……お見事です」

 

 そう言った伏は石畳に突き刺さった刀を素手で掴んで引き抜くと、鞘の中にストンと入れた。表情こそ変わっていないが、折れた刃を素手で強く握った伏の手の平には赤い一文字が刻まれていた。

 

「いやー、見応えのある勝負だったね」

 

 先程の迫力はどこへやら、諏訪子は幼子のように無邪気に笑う。

 

「神社で争い事っていいんですか?」

 

「うーん、場所によるかな。ほら、うちはどっちかと言うと武闘派の神様しかいないからさ」

 

「それは私も含めてですか?」

 

 背後からの声に振り返ると、人数分のお茶を持っている早苗が部屋の奥の襖から出てきたところであった。

 

「もちろんだよ。むしろ君を武闘派と呼ばすしてなんと呼ぶんだい?」

 

 早苗は否定することなくクスリと笑うと、お盆ごとお茶を畳の上に置いた。

 

「さあ、ふたりともお茶の1杯でも飲んでいって。もちろん、阿求もね」

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

 半ば強引に本殿へと通される。私に続いて沼田と伏も上がってきた。

 私と諏訪子が向かい合うように座っているところに、伏は迷わず私の横に座る。それを見た沼田はわざとらしく「よっこいせ」と言って伏の正面であぐらをかいた。

 今までのことから、沼田が人間でないことは確実だ。だが、それ以外不思議なことだらけだ。例えばマミゾウのことを知っていたり、私の事を助けたり。完全に味方とまではいかないまでも敵では無いのだろう。実際マミゾウも沼田の事を敵視している訳ではなかったのだから。

 

「伏くんも強いんだけどねー」

 

 そう言って諏訪子はお茶をひと口すする。それを聞いた伏の耳がピクリと動いた。

 

「くくく、諏訪子様よ。こういう時そう言うのが1番心にぐさーっと来るんだぜ」

 

 楽しそうに笑う沼田のことを、伏は睨みつける。

 

「まあまあ、仲良くいきましょうよ」

 

 早苗が慌てて仲裁をしていると、部屋の隅の方に移動していたヒョウが沼田の方へ近づき、あぐらをかいている足の間にちょこんと収まった。

 それを見た諏訪子が少し意外そうな顔をする。

 

「へえ、珍しいね、噂には聞いていたけど実物を見るのは初めてだよ」

 

 どうやら、諏訪子はヒョウのことを知っているようである。そういえばマミゾウも知っている様子であったが、すっかり聞きそびれてしまっていた。

 

「諏訪子様はあの子のこと知ってるんですか?」

 

「うん、結構珍しい妖獣だね。特に名前は無いけど、雷を呼ぶからみんな雷獣って呼んでるね」

 

 『雷獣』その単語を記憶の中から探し出す。無限に続くように思える本棚から1冊の記憶を引き抜き開くように……あった、『雷獣』その昔から語り継がれる伝説の妖怪だ。大きさは犬や狸程の大きさで、雷とともに現れると語り継がれている。伝説よりかはかなり小さいが、まだ幼体であるとすると十分に考えられる。

 気がつくべきであった。雷と共に現れるということは裏返すと雷を呼ぶと言うとも取れる。同じ妖怪が地方や地域によって別の妖怪とされることも珍しい話ではない。

 雷獣に関する次の記憶をめくると、驚いたことに続きの記憶は黒く塗りつぶされており、読むことができなかった。こんなことは初めてだ。おそらく忘れているのでは無い、何者かが私の記憶を読ませないようにしているのだ。

 沼田の膝の上に乗っているヒョウに視線を移すと、ヒョウは私の方を向いてチィと鳴いた。

 誰かの記憶に干渉できるとなると、もはや妖怪の域を超えている。見た目の可愛さ以上に危険な妖獣なのだろうか。いや、もしそうであればマミゾウが放っておいていたか?

 そんなことを考えていると、本堂の扉が再び開いた。

 

「諏訪子、もうひとりお客さんだよ」

 

 扉の向こうにいたのは、私の腕よりも太い注連縄を大きく輪っかにして背中に背負った女性。彼女の名前は八坂神奈子、守矢神社に祀られている三神の一柱にして、日本有数の武神である。

 彼女の姿を見た諏訪子は立ち上がり、側へと歩み寄った。

 

「今日はお客さんが多いね……それも妖怪ばっかり。どこぞの妖怪神社みたい」

 

「ははは、まあこういう時もあるさ。なに、最近は野盗だなんだで人がめっきり来ないのだからさ。ま、そろそろ妖怪にでも攫われて普段通りに戻るさ」

 

 神奈子は私に視線を送ると笑みを浮かべる。この人、いや、この神は野盗らがマミゾウに返り討ちにあったことを知っている。

 そんな神奈子の後ろから、小柄な少女が顔を出す。ロープウェイ乗り場にいた売り子と同じ緑の帽子をかぶり、背中に自分と同じくらいの大きさのカバンを背負っている。

 

「どうも、ロープウェイの復旧作業が終わったので報告にまいりました」

 

 そう言って、その少女は帽子のつばをくいと上げた。

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