私たちの険悪な雰囲気を振り払うように本殿へやってきたのは、この守矢神社の祭神である八坂神奈子、そして、透き通るような青髪の少女であった。
神奈子の背後からひょっこりと顔を出した少女は、魂の柄が描かれた帽子のつばをつまんでニカッと笑った。
「どうも、ロープウェイの復旧作業が終わりましたので報告にまいりました」
緑色のつば付き帽子に、自分の体ほどもある大きなリュックサックを持つその少女の正体は、(私の知る限りでは)幻想郷で1番の科学・技術力を持つカッパ達のリーダー、河城にとりである。
「これはこれは、皆様お揃いで。おや、阿求さんではありませんか。話は聞いております。ご無事で何よりです」
「ええ、あなた方のおかげで、大変な目にあいました」
「いやだな、あれは事故ですよ。私達になにか落ち度があったわけではありません」
にとりは、ツインテールに結ばれた真夏の川のような色の髪を、わざとらしく左右に揺らす。
あくまでロープウェイが落ちたことに対して責任は取らない。そう言いたいのだろう。
自分が作ったもので人を危険に晒したのだから一言くらいの謝罪があっても良いだろう。そう苦言を呈そうとすると、それを遮るように諏訪子が口を開いた。
「ありがとうにとり、阿求達が帰るから下りのロープウェイすぐ動かせる?」
「はい、もちろんです。準備しております。すぐに動かしてきます」
「あ、私もご一緒します」
早苗はそう言って急いで靴を履くと、にとりの後を追って走り出す。その姿を見た神奈子が「おい!」と静止をかけるが、聞こえなかったかのように神奈子の横を通り過ぎ、走り去ってしまった。
にとりにはもう少し言いたいこともあったが、急いで人里に帰らなければならないのも事実である。
思いがけず手に入れた紫の変わった柄の唐傘の持ち主に会うには、日が落ちるまでに人里に帰らないといけない。まあ、今日がダメでも明日があるのだが、伏の刀が折れてしまった今、できるだけ早い方が良いだろう。
「伏さん、そろそろ行きましょう」
私の言葉に伏は無言で立ち上がると、さっさと本殿から出ていってしまった。私も傘を掴んで慌ててその後を追いかける。
「伏さん、ちょっと早いです」
鳥居のある辺りで何とか追いついて声をかけると、ようやく伏は歩みを止めて振り返る。
「すみません、決して阿求さんを置いていこうって訳じゃないんです」
伏はその先を言う事を躊躇うように、ゆっくりと息を吐いた。それでも程なくして再び口を開く。
「自分で言うのもなんですが、私は強いです…いえ、強いと思ってました。それなのに、里から出た瞬間洩矢神に手も足も出ず、先程もたった一撃で勝負が着いてしまいました」
「ですがあれは刀が」
「刀は悪くありません。この刀は大口丸様が昔使っていたものを譲り受けたものなのです。折ってしまったということは、私が未熟であったということです」
それは私に説明していると言うよりかは自分自身に言い聞かせているようであった。
私が解せないのは伏の刀が折れた理由である。あの刀は模造刀のはずだ。椛の刀を受けた時折れる訳でも無く、ぐにゃりと曲がってしまうくらいに柔らかいのだ。いくら鞘に入ったままとはいえ、刀を折れる程の硬さが果たしてあるのだろうか。
だが、そんな疑問を伏にぶつけたところで折れた刀が戻る訳でもない。
「ひとまず人里に行きましょう。里の鍛冶師の腕は一級品です。きっと刀も直ります」
焼け石に水どころか熱湯ほどの効果しかない、どこにでもある気休めの言葉。そもそも伏は慰めの言葉など欲しくもないだろう。それをわかっていてもなお、何か言わずには居られなかったのだ。
「直んないよ」
背後からのぶっきらぼうな声に振り返ると、そこには沼田が立っていた。いつから聞いていたのだろうか。
「折れた刀はどうやっても直らない、直ったとしても見た目だけだ。以前のような硬さもなければ鋭さもない」
嫌味などではなく、ただ淡々と事実を語る彼の言葉に、私は反論することができなかった。
沼田は私には目もくれず伏の前に立つ。しばらくはじっと伏を見つめていたが、おもむろに上半身を90度に倒した。
「すまない、君を傷つけるつもりはなかったんだ」
まさか謝られるとは思ってもいなかった伏は目を丸くしてその場で固まってしまった。
「せめてものお詫びにこの刀を受け取って欲しい」
謝罪から間を置かず、沼田は腰から派手に飾られた刀を鞘ごと抜き、それを差し出した。しばらく困惑の表情を浮かべていた伏だが、程なくしてまた冷たい表情に戻る。
「情けをかけているようなら不要ですし、むしろ不快です」
「そんなんじゃない」
「だったらなんですか」
明らかに伏がいらついている。よく見ると、伏の瞳孔はギュルリと開き、顔もどこか人間と言うよりかは獣に近づいているように見える。
「俺はただ、刀がないと困るかと思って」
「それを情けと言うんですよ!」
明らかに伏の姿が人間離れしている。美しい着物の袖から覗く腕は白銀色の毛で覆われていた。そのまま伏が腰にさした折れた刀に手をかけようとした瞬間。
「チイッ!」
一触即発の空気を切り裂いたのは、ヒョウの鳴き声。最初は気が付かなかったが、沼田の懐からその小さな顔をのぞかせていた。
ヒョウの鳴き声を聞いて憑き物が落ちたかのように、伏は人間の姿に戻った。
「……申し訳ございません、私としたことが取り乱しました」
なぜか沼田に向かってそう言った伏は、くるりと背を向ける。
「その刀は受け取れません」
「そうか、まあ、無理にとは言わねえよ」
あそこまで言っておきながら、あっさりと刀を自分の腰に差し直す。人里で出会った時もそうだが、沼田はやけに引き際があっさりとしている。目的は全く別のところにあって、あくまでそれを達成するための必要なやり取り、まるで下手な物語の伏線のような、そんなようにも見えてしまう。
沼田は次に私に視線を送ると、懐に手を入れる。しばらくしてゆっくりと引き抜くと、手のひらの上にはヒョウが乗っていた。
「お返ししますぜ」
その言葉を理解したのか、ヒョウは小さく鳴くと、沼田の手の上からぴょこんとこちらの方へ跳んできた。私は慌てて両手でヒョウを受止める。
私の両手の平の上に着地したヒョウは、素早く私の腕を伝って肩へと登る。
「あと、これはちょっとした贈り物です」
今度は反対の懐から沼田が取り出したのは、革製の小さな首掛けカバン。カバンと言っても口が半円形に大きく開いたまま固定されており、特に閉じるような仕掛けはなさそうである。カバンと言うよりかはカゴと表現する方が正しいかもしれない。
「なんですかこれ?」
「ずっと肩にその子を乗せてるのも疲れると思いましてね。どうぞ使ってみてくだせえ」
私はその首掛けカバンを受け取って首からかける。すると、特に何も言わなくてもヒョウはスルスルと肩からおりてその中に入っていった。
大きさはちょうどヒョウが収まる程であり、見下ろすと器用に体を丸めて納まっているヒョウと目が合った。
「良い出来でしょう?」
その声に視線をあげると、すぐそこに沼田の顔があった。思わず私は小さくではあるが「ひゃあ」と声を上げてしまった。
その声を聞いて伏はこちらを振り返る。
「ごめんなさい、大丈夫です」
気持ちを切り替えるためにひとつ咳払いをする。
「ありがとうございます。ありがたく使わせてもらいます」
私の言葉に沼田は嬉しそうに頷くと、それ以上は何も言わずに守矢神社へと歩いて行った。
「不思議な方です。掴みどころがないというかなんというか」
伏はそう言って、歩き去る沼田の背中をじっと見つめていた。
「伏さん、そろそろ行きましょうか。日が暮れてしまいます」
「ええ、そうですね。すみません、不甲斐ないところをお見せしました」
先程沼田は刀は直らないと言った。確かに、普通なら折れた刀は直る事なはい。だが、今から会いに行こうとしている鍛冶師もまた、普通では無いのである。
顔がついた紫色の変わった傘の持ち主、彼女なら何とかしてくれるのではいか。私はそう思わずにはいられないのだ。