少しづつ空が橙に染まっていくなかで、人間ふたりと3妖怪という世にも珍しい集団が人里へと向かっていく。もっとも、伏とマミゾウはすでに人の姿に化けており、人間と見分けはつかないし、ヒョウは珍しい動物程度のくくりだろう。
「最近人里の外で野盗が出てたの知ってるわよね」
歩き出してすぐに霊夢が切り出す。
「野盗が出てた」とすでに過去形になっているのは、その問題が解決したこと、そして、それに私たちが関わっているのを知っているからだろう。
確かに、今朝人里を出てすぐに3人の野盗に襲われたが、マミゾウがあっさりと返り討ちにしてしまったのだ。
「その件に関しては遅かれ早かれお主の耳に入るかと思っておったが、今回はちと早いの。じゃがそれに関してはとやかく言われる筋合いはないぞい」
「あんたらがその野盗をどうこうしたことを咎めることはないわよ。今人里で行方不明者が3人出てるわ。そいつらの捜索願いが来てるんだけど、こいつらで合っているかの確認」
霊夢は懐から棒状に丸めた紙を取り出すと、マミゾウに投げ渡す。
「ふむ、わしは素顔は見てないからすぐには答えられんぞ」
そう言いながらもマミゾウは紙を広げた。横からのぞき込むと、なるほど確かに人里の人間だ。しかもそのうちふたりは子供もいたはずだ。
身長や話し方もあの野党3人と一致するのでほぼ間違いないだろう。
「阿求は知ってるんじゃないの?」
「ええ、おそらくこの3人だと思います。顔を見ていないので確証はないですが」
私の言葉に、霊夢は憂鬱そうに息を吐いた。
「なんじゃお主、せっかく解決しそうなのに随分と辛気臭い顔をしよるの」
「あのね、そいつらの家族にそれを伝える私の身にもなってよ。盗賊行為してたら妖怪に食い殺されましたって言うのよ?」
「それなら、その人間らが死んでおらんかったらお主の機嫌も少しは直るのかの?」
その言葉に、霊夢の表情が変わる。
「まさか生かしてるの?」
「まだ生きてると言ったほうが正しいかの。今日の"でぃなぁ"の予定じゃからの」
そのわざとらしい横文字に霊夢は一瞬イラッとした表情を浮かべた。マミゾウがそんな理由で人間を生かしているのではないことが分かりきっているからだ。
「⋯⋯それで、条件は?」
「はて、条件とは?」
「まわりくどいわね。わざわざ人里の外で人間を生け捕りにしといて何もない?そんなわけないじゃない」
「なんと人聞きの悪い。まるで儂が博麗の巫女に対して人質を取ってるみたいな言い方じゃの⋯⋯とはいえ、お主がどうしてもというのなら、儂らの獲物を譲ってやらんこともない」
「ただし、条件付き。でしょ?はいはい、それでなに?あんまり無茶なのは飲めないからね」
「しばらく阿求殿が人里の外に出ることが多くなるかも知れんで、そうなった時あまり家のものを心配させてもなんだと思っての。阿求殿の変わり身を立てることを許可してほしいのじゃ」
なぜマミゾウがわざわざ霊夢との貴重な交渉権を一度使ってまで私を外に連れ出そうとするのだろうか。そんな当然の疑問を霊夢も持ったようで、訝しげに眉を寄せた。
「何が目的?阿求をどうかしようってなら許さないわよ」
「まさか、そんなことして儂になんの得がある」
「じゃあ阿求を外に連れ出す意味は何?」
ここぞとばかりに霊夢は容赦なく問い詰める。だが、マミゾウの表情は先ほどから全く変わらない。
「儂が連れ出すわけじゃないぞい。阿求殿の用事が人里だけじゃ終わりそうにないと思っての」
霊夢の鋭い視線がマミゾウから私へ移る。何か言おうとした霊夢であったが、少しの沈黙の後、今度は伏の方を見た。
「そういえばあんた名前は?」
先程まで完全に無視されていたので油断していたのか、伏の反応が少し遅れる。
「八房伏と申します」
「天狗じゃない、だけど天狗の里から来た。ああ、大天狗のお付きね」
「ご明察です」
「阿求を連れ出そうとしてるのはあんたね。目的は何?」
「い、いえ、私は別に阿求さん何処かにつれていくつもりはありません」
「そう、だったら聞き方を変えるわ。人里に行く目的は何?」
高圧的な霊夢の態度に伏は少し押され気味だが、それでも目をそらすことはない。
「人里にいる刀鍛冶に刀を作ってもらうため、阿求さんに案内してもらっているところです」
それを聞いた霊夢は、私が持っている紫色の傘をちらりと見る。そして、納得したように頷くと、再びマミゾウへと視線を戻した。
「分かったわ。認めてあげる。だけど、ばれたら私が行くことになるのは理解しといてよね」
「うむ、お主の仕事を増やすようなことはせんように言っておくわい」
どうやら交渉は終わったようであるが、当の本人が置いてけぼりだ。私は鍛冶師に案内するように言われただけで、その後の行動なんて予定にない。
どういうことか聞こうか迷っているところで霊夢が伏と話を始めたので、その隙にマミゾウに耳打ちをする。
「あの、私が人里の外に行くとはどういうことですか?」
「刀の素材集めじゃ。あの子は鍛冶師としては超一流じゃがその他はさっぱりじゃろ?素材集めが必要になった時、お主の知識も必要になろうて」
分かるような分からないような理由だ。知識だけ必要であれば、私が行く必要は無さそうなものだ。こういう時は決まってどこかに嘘が混じっている。
「⋯⋯まあいいです。私に損はなさそうですし」
私達の少し前を行く霊夢は、最初こそ伏に人里に行く理由やその背景を聞いていたが、少しづつ雑談めいた会話になっていく。
「へえ、あなた男なのね」
「はい」
「もしかしてわざと女性の姿に化けてるの?」
「いえ、私人の姿に化けるのが苦手で、この姿にしか化けられないのです。それにこの姿も一応男なのですが⋯⋯」
2人の雑談を聞きながら歩いていると、程なくして人里へたどり着いた。辺りはもう薄暗くなってきており、丁度人里の門にある松明に火をつけに来た門の管理をしている男性と出くわす。
「おや、阿求さん。こんな時間まで珍しいですね」
「危うく日が沈むところでした」
「霊夢さんがいらっしゃるなら心配ないとは思いますが、暗くなると危ないですからね。どうぞお通りください」
別に門番というわけではないが、門を管理する人は必要だ。日が落ちると妖怪が人里に入ってくる可能性があるので扉を閉める必要があるが、本当に稀に門が閉まった後に帰ってくる人もいる。そんな人を人里に入れる仕事をしているのが彼である。
「ありがとうございます」
予想はしていたが、特に疑われることなく伏やヒョウも特に問題なく人里に入れた。
「それじゃあ、私は別の場所に用事あるから、その傘のことは任せたわよ」
霊夢は私の持っている和傘を指差してそう言うと、薄暗い路地へと入ってゆく。
「ふむ、それじゃあ儂も行こうかの」
「どこへ行くんですか?」
「お主の屋敷じゃよ。替え玉を準備せんといかんでの」
「それじゃあ私は今晩どこで寝ればいいんですか?」
「小傘の工房に泊まるといいぞい。あそこは結構広いからの」
そんな勝手なことを言い、私の反論も聞かずにマミゾウはそのまま私の屋敷の方へと歩いていった。
「止めなくていいんですか?」
「私が彼女を止められると?」
伏は同意の言葉を発する代わりにくすりと笑う。
「それじゃあ、行きましょうか」
私と伏は、人里の奥の方へと歩いていく。大通りは人も明かりも多かったが、道が狭まっていくにつれて少しづつ道を歩く人は減ってゆき、夕方なことも相まり薄暗く、どこか不気味な雰囲気さえも感じるようになってきた。
それでも先へ進んでいくと、ついに民家もなくなり田畑が広がる区域に来た。昼間はここで働いている人がいるが、夕方になってはもう誰もいない。聞こえるのは夕焼けを受けて橙色に光る用水路の水音と、私達二人分の足音だけである。
そんな中さらに歩いていると、いつからか手入れがされなくなってしまった畑が並ぶ場所へ来た。そしてその荒れ果てた畑と畑の間、雑草に隠れるようにある古びた小屋が見えてくる。
「あそこですか?」
私は頷く。そう、あの小屋が幻想郷一の鍛冶師である多々良小傘の工房のひとつなのだ。
あともう少しで完全に日が沈んでしまう。足元が完全に見えなくなる前にたどり着きたいと思った私は、少し歩く速度を上げて、その小屋へと向かってゆく。