幻想郷放浪記   作:もみじ 

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見かけによらず?

 狐面の賊を退けたところで、里に出る前に会った自称護衛の男が私達へと駆け寄ってくる。冷たい視線を送る私たちの前で止まり、ひと息整えて顔を上げた。

 

「やっぱ心配でさ」

 

「しつこいわね。雇うつもりはないわよ」

 

 言葉をさえぎり冷たく言い放つが、男が全くめげる様子は無い。それどころか笑みを浮かべてもう一歩こちらに近寄ってきた。

 

「おお、これはこれは稗田阿求殿ではないか。これは余計放っておく訳にはいかないな」

 

 男は無精髭をジョリジョリと触りながらそう言った。やはりこういう輩はしつこい。私が追い払おうとする前に、マミゾウが口を開いた。

 

「まあいいじゃろう。ここまで来てくれたのに手ぶらで返すのもなんじゃからの」

 

「ええ、本気?」

 

「そうか、よろしくな。俺の名前はぬ…」

 

 そこまで言って男は固まった。

 

「どうしたの?」

 

「い、いや。なんでもない。俺の名前は沼田だ。妖怪の山までお供しよう」

 

 どうしても胡散臭さは無くならないが、沼田と名乗る男は結局妖怪の山まで私達と一緒に来ることとなった。ただの人間の男などどこまで戦力になるかは分からないが、まあ、先程のように複数でこられた場合には確かに役には立つのだろう。

 ひとまず私はマミゾウが良いというのならいいんだろうくらいの認識で、渋々ではあるが沼田の同行に同意した。

 

 沼田が着いてくるようになったが、賊に襲われてからは特に何も無い。賊どころか、人にも動物にすら会わない。本来なら守矢神社の参拝客がいるので数分おきに参拝客とすれ違うはずなのだが、賊の噂もあってか参拝自体があまりされていないようだ。しばらく歩いていたところで不意にマミゾウが足を止めた。

 

「ふむ、ちょうど山まで半分を過ぎたところじゃの。ここらで少し休憩としよう」

 

 マミゾウが指さした先には、腰掛けるのには丁度よさそうな石が3つ並んでいた。

 

「そうね。結構歩いてきたものね」

 

 長距離を歩くのに向いていない草履で来てしまったことに加え、途中で賊に襲われたこともあり、正直そろそろ休憩したいと思っていたところであった。焦る気持ちはあるが、目的地は山のてっぺんだ。まだまだ先は長い。

 1番近い石に私が腰かけて一息つくと、沼田が側へよってきた。

 

「お尋ねしたいことがあるのですが」

 

「なに?」

 

「その肩の動物はなんですか?」

 

「ああ、この子はヒョウって名前なの」

 

「可愛らしいですね。触ってもいいですか?」

 

 まさかこんな可愛いとは対極に位置する男から可愛らしいという言葉が聞けるとは思わなかった。

 

「私は別にいいんだけど」

 

「そうですか!ありがとうございます」

 

 沼田は目を輝かせて私の肩に乗っているヒョウへ手のひらを差し出す。てっきり小鈴のように直接触りに行くと思っていた私は少し拍子抜けした。

 最初は警戒していたヒョウだったが、沼田の手のひらの匂いを2・3度嗅ぐと、おもむろにその手のひらの上へ乗った。その瞬間、沼田の顔がパッと明るくなる。

 

「ちっちゃい!軽い!可愛い!」

 

 ムキムキの男がまるで少女のようにはしゃいでいる。はしゃぎながらも、ヒョウの乗っている右手はほぼ動いていない。器用なものだ。

 

「楽しそうじゃの」

 

 いつの間にかすぐ横にいたマミゾウは、どこから取ってきたのか知らないが1足の草鞋(わらじ)を手に持っていた。おそらく配下の狸にでも持ってこさせたのだろう。

 

「どれ、これから山登りじゃからの。その靴じゃ不安じゃろうて」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 マミゾウは私の前に草鞋を置く。履いてみると私の足にピッタリであった。正直指の間が痛くなり出していたので、非常にありがたい。

 

「ほれ、お前さんも遊んどらんで少しは落ち着いたらどうじゃ?」

 

 いつの間にか沼田とヒョウはかなり仲良くなっており、沼田の体の上をヒョウが縦横無尽に走り回っていた。

 だが、マミゾウがヒョウの方へ手を差し出すと、やけにあっさりとヒョウはマミゾウの手の上へ飛び乗った。

 

「ごめ……すみません。少しはしゃぎすぎました」

 

「うむ、この辺りは賊も出るそうじゃからの。護衛を買って出てるのじゃったら、あんまり気を緩めるのもどうかと思うぞい」

 

 意外と厳しいマミゾウの言葉に、沼田は少しシュンとする。

 

「ほれ、この子は返すぞい」

 

 マミゾウが私の方へヒョウを差し出すと、今度は私の方へぴょんと飛び移り、再び肩へと収まった。

 

「それじゃあ出発するかの」

 

 短い休憩であったが、どうせ麓まではあと半刻くらいなものだ。

 私は立ち上がり、靴の具合を確認すると妖怪の山へ向けて再び歩き出す。疲れていないと言えば嘘になるが、私だって全く運動していない訳では無い。これくらいであれば問題ない。

 

 沼田がいなければこれからの事をマミゾウと相談するところだったが、他人がいる前でまさか天狗に会いにいく話などできない。かと言って他になにか話す内容もない。マミゾウや沼田も自分から話すつもりは無いようで、私の前をマミゾウ、後ろが沼田という布陣で黙々と歩いていく。

 だが、不思議と重い空気にはならなかった。私があまりお喋りが好きでは無いのもあるかもしれないが、誰も無理に話そうとせず、各々が景色を見たり煙草をふかしたりと好きなように歩いている。

 そうこうしているあいだに、妖怪の山の麓にあるロープウェイ乗り場に到着した。頑丈なロープ1本で山のてっぺん近くにある神社まで人間が5、6人乗れる箱を運ぶのだ。

 

「ふむ、いつ見ても壮観じゃの」

 

 斜面に生え揃う木々の2倍ほどもある鉄塔が急な斜面の上に一定の間隔で建っている。ここまで大掛かりな金属製の建造物は幻想郷でここしかない。

 乗り場に行くと、1人の少女が受付で暇そうに座っていた。立て札には、『大人二銭、子供一銭』の文字が書かれている。

 

「おや、珍しい顔ぶれで。守矢神社に参拝ですか?」

 

 受付の少女は私達に気がつくと、緑色のつば付き帽子を被り直して笑顔をうかべる。帽子には魂のような白いひょろりとした模様が描かれている。

 

「儂の分じゃ」

 

 マミゾウがそう言って銅貨を2枚置く。

 

「ねえ、大人か子供しかないんだけど、この子はいくらかしら?」

 

 私は肩に乗っているヒョウを撫でながら、受付の少女に質問すると、少女はニヤリと笑った。

 

「その子はまけとくよ。お嬢さんのぶん、一銭さ」

 

 私は懐から財布を取り出すと、マミゾウと同じく銅貨を2枚置く。

 

「子供と見られるのは心外ね」

 

「それはすまなかった、その2人と比べると随分と幼く見えたものでね」

 

 何か言い返そうとした時、横からもう2枚、銅貨が投げ入れられた。それは所々がかけており、サビにまみれた銅貨であった。

 

「もうひとり追加」

 

「上までついてくるの?」

 

「下で待ってても暇だからな」

 

 そう言って、沼田は私が止めるまもなくいちばんにゴンドラへと乗り込んだ。

 困り果てる私とは対照的に、マミゾウはくすくすと楽しそうに笑っている。

 

「なかなか面白いの。なに、上で適当に儂があしらってやるんで、問題ないぞい」

 

「お願いね。まさか天狗の里に行くなんて言えないもの」

 

 沼田に続いて私もゴンドラへ入る。椅子も何も無いが、全方向にガラス窓がつけられており神社まで山の景色を楽しむことができる。

 私自身ロープウェイは初めてでは無いが、この時はいつもと少し違った。体が完全に入口をくぐった途端、すごい勢いで扉がピシャリと閉まったのだ。当然後ろにいたマミゾウはまだ乗れていない。

 

「お客さん、ダメですよ。お金はしっかり払ってもらわないと」

 

 そう言いながら受付の少女は緑色の葉っぱを2枚ヒラヒラと振る。

 

「あ、おふたりさんは問題なかったのでどうぞお上がりください」

 

 ガコンと大きく揺れてから、ゴンドラはマミゾウを置いてゆっくりと動き出す。

 焦りよりも先に疑問が浮かぶ。受付の少女がかぶっているあの特徴的な緑色の帽子は、幻想郷の河童の代名詞だ。一般の人間は知らないが、まさかマミゾウが知らないわけは無い。当然、偽物がバレる可能性は普通の人間と比べると遥かに高い。それなのに何故偽物を出したのか。

 

「あーあ、マミゾウは何やってるんだか」

 

 沼田が呟いたその言葉は、狭い室内ではっきりと聞こえた。

 私の驚いた顔に気づいた沼田は、はっと己の口を抑えたが、その動作が先程聞こえた言葉が聞き間違いでないという確かな証拠であった。

 

「いま、マミゾウって言いましたよね」

 

「……何の話かな」

 

「とぼけるのにも限度ってものがありますよ」

 

 人間に化けているのにも関わらず、マミゾウと知っていたこの人間は何者なのだろうか。いや、そもそも沼田は人間なのだろうか。

 まだ守矢神社では時間がある。その間どう問いつめてやろうか考えていたその時、風切り音と共にゴンドラが横に大きく揺れる。その突然の衝撃に私も沼田もその場に倒れた。

 

「ちっ、そういうことかよ」

 

 沼田が舌打ちを打つ。出入口の僅かなスキマからは、猛烈な風が気味の悪い音を立てながらゴンドラの中へ吹き込んできている。窓の外では山の斜面に立っている木々は今にも折れそうな程にしなっていた。

 唐突に吹き荒れた暴風により、私たちの乗っているゴンドラはまるで振り子人形のように左右に大きくぶらぶらと揺れる。

 

「おい、こっち来い!」

 

 目の前に沼田の大きな腕が伸びてくる。反射的にその手を掴む。ゴツゴツしているのかと思ったが、その触感は案外柔らかい。

 そのまま沼田に抱き寄せられる。それとほぼ同時に硬い何かがへしおれるような音がしたかと思うと、唐突な浮遊感に襲われる。その原因がゴンドラごと落下していると理解するのにそう時間はかからなかった。

 沼田に抱き抱えられたまま落下していく。1秒、2秒、肌で感じる落下速度の上昇に抗うことはできない。そして、ついに地面にぶつかる轟音と激しい衝撃に私の意識は途切れた。

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