幻想郷放浪記   作:もみじ 

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白髪の天狗

 私がビダル神について書き記していると、背後から強い風がふく。書きかけの紙はあっという間に手から離れてどこかへ飛んでいく。あまりの風に目を閉じていた私が次に目を開けると、目の前にいたマミゾウの姿は消え、その代わりに三角の耳を持つ白髪の天狗の背中があった。

 天狗と一括りに言ってはいるが、幻想郷にいる天狗にはいくつかの種類がいる。長い鼻の鼻高天狗、黒い羽を持つ烏天狗、そして、狼のような白銀の毛と特徴的な耳をしている白狼天狗。まだ他に種類はいるが、ここでは割愛するとしよう。

 

「すみません、油断しました。大丈夫ですか」

 

 白狼天狗は距離を取ったマミゾウから視線をそらさずにそう言った。どうやって取り返したのかは分からないが、手には幅広の特徴的な刀が握られている。

 

「ふむ、随分なご挨拶じゃの」

 

 目の前にいたマミゾウは、あの一瞬の間に白狼天狗の間合いから離れていた。だがそれでもその頬に横一文字に赤い線がついている。

 

「お主が取り逃したのを処理してやったのに」

 

「白々しい。あなたでしょう、あれを呼び込んだのは」

 

「はて、なんのことかの」

 

 マミゾウは頬にできた切り傷を親指でなぞる。すると、撫でたそばから傷はもとから無かったかのように消えてなくなった。

 

「この人間はうちの客だ。(あやかし)風情が手を出していいものじゃない」

 

「何を言っとる。お主も、お主の飼い主も妖怪じゃろて」

 

 マミゾウのあからさまな挑発に、白狼天狗の耳がぴくりと動く。

 

「……私が飼われているとでも?」

 

「違うかの?」

 

「大きな勘違いだ。あくまであっちの方が立場が上と言うだけで、飼われてる訳では無い」

 

「そんな真面目な顔しなくてもええじゃろ。して、これからどうするつもりかの?儂を切り捨てるか?」

 

 あくまで挑発的なマミゾウの様子を見て、白狼天狗は刀を背中に背負っていた鞘へと収める。

 

「危険地帯の哨戒をする上で最も大切なことは何かしってる?」

 

「そりゃあ、腕っ節じゃろ」

 

 白狼天狗はそれを聞いて首を横に振る。

 

「正解は…」

 

 言葉を途中で区切ると、白狼天狗は私の方をくるりと向いて、一瞬のうちに私を抱えあげた。抵抗する間もなかった。(どうせ抵抗などできないが)

 

「勝てない相手からは逃げること」

 

 慌てて距離を詰めるマミゾウだが、白狼天狗は私を抱えたまま、その持ち前の速度を活かしてするりと脇を抜ける。

 

「そういうわけで!」

 

 確かに、マミゾウといち白狼天狗がまともに戦えばほぼ確実にマミゾウが勝つだろう。だが、天狗という種族はとりわけ速度に優れている。逃げに徹する天狗を捉えるのは、並大抵のことでは無い。だからこそ、マミゾウは逃げられないように挑発をしていたのだろう。

 一つ瞬きしたと思えば、もう既に視界にマミゾウの姿は無かった。まるで高いところから落ちているかのようにぐんぐんと速度を上げていく。いつの間にか参道から外れてけもの道のような細い道に入ったが、それでも速度が落ちることは無い。

 

「あの、お名前はなんというのですか?」

 

「人間などに、と言いたいところですが、貴方はお客様ですからね。私は白狼天狗の犬走椛(いぬばしりもみじ)と言います。いつでも忘れてもらって結構です」

 

 忘れてもらっても結構と言われたが、忘れたくとも忘れられないのが私だ。前世の記憶も失わない超人的な記憶力を舐めてもらっては困る。

 

「どこに連れて行ってくれるんですか?」

 

「天狗の里です」

 

 椛と名乗る白狼天狗は鬱陶しそうにそう言った。天狗は稀に人間を去らうが、私のように名前を聞いたり、行き先を興味本位で聞くような奴はいないだろう。

 このまま天狗の里まで一直線かと思ったその時、椛が急にその場に止まる。多少は配慮してくれたようだが、それでも内蔵が口から飛び出るかと思った。

 

「悪いな天狗、それは護衛対象なんだわ」

 

 私達の前に立ちはだかるのは、いつの間にかいなくなっていた沼田であった。相変わらずの安っぽい服と、それに不釣合いな程に豪華な刀を手に持っている。

 参道のような道であれば躱すのはわけないのであろうが、あいにく今いる場所は完全な山道であり、薮や木によってかなり道が狭くなっている。

 

「取って食うわけじゃないです。用事が終わったら里まで送り届けますので、道を開けてはくれませんか?」

 

 マミゾウの時とは打って変わって丁寧な口調だ。とはいえ、その視線は鋭く、いいえと言わせない空気を放っている。沼田がそこから動かなさそうだと察した椛は私を丁寧に下ろすと、背中に背負った刀を抜く。

 それに対して、沼田も不敵な笑みを浮かべながら刀を抜いた。

 

「それ普通の刀じゃないですね」

 

「ほう、分かるかい」

 

「ええ分かります。刃のない飾り刀ですね。実戦で持ってくる方は初めて見ました」

 

 沼田は驚いて抜いた自分の刀を見る。なるほど、確かに刀のような形にはなっているが、それに刃はついておらず、言ってしまえばただの薄い鉄の棒であった。

 

「あ、あいつ……」

 

 動揺する沼田を見て、椛は一息に沼田との距離を詰めて刀を振り下ろす。間一髪、沼田は模造刀を間に滑り込ませる。

 激しい金属音。それとほぼ同時に沼田が距離をとる。見ると沼田の手に持っている模造刀が実った稲穂の様にぐにゃりと曲がっていた。

 本物の刀と模造刀ではやはり強度に大きな差があるようだ。それでも、鉄の棒を一発でひしゃげさせる椛の腕力も、さすがは妖怪と言ったところだろう。

 

「あーっ!これ絶対怒られるやつじゃん」

 

 鉄を曲げるほどの力を受けても沼田は平気そうな様子で、むしろ曲がった模造刀をみて声を上げる。

 

「どこで盗んできたものか知りませんが、文字通りの宝の持ち腐れですね」

 

「そうでも無いさ。切る事はできなくても、守ることはできるからね」

 

 沼田は曲がった模造刀の根元を、空いているほうの手で握ると、そのままおもむろに先端まで撫でるように動かす。すると、鉄でできた1本の棒が再び真っ直ぐになっていく。まるで熱せられた飴でも扱っているかのようである。

 

「人間離れしてますね。いや、そもそも貴方人間ですか?」

 

「さあな、そいつを返してくれたら教えてやってもいいぞ」

 

「……阿求さん、あれ、あなたの知り合いですか?」

 

 不意に、椛が背中越しに私に問いかけてくる。

 まあ、知り合いと言えば知り合いだし、知り合いじゃないと言えば知り合いでは無い。

 

「知らない人です」

 

「ええ!酷い!」

 

 私の答えに真っ先に反応したのは、沼田であった。沼田には悪いが、正体も目的も不明すぎる。恐らく助けてもらったであろう恩はあるが、もしうんと言って沼田に引き渡されてしばらくふたりきりでいるよりかは、まだこの白狼天狗に拐われている方が安心だ。それに、そもそもの目的地が天狗の里なのだから、そこまで運んでくれると言うのであれば願ってもない話である。

 

「そういうことらしいので、すみませんが、道を譲って貰えますか?」

 

「譲らないと言ったら?」

 

「譲ってもらうまでです」

 

 椛は再び刀を構え直すが、それに対して沼田は手にしていた模造刀を鞘へと収めると道の端へと移動した。

 

「どういうことですか?」

 

「君と無理に事を構えるつもりは無いってことさ。どうやら別に阿求に害を加えるつもりはないみたいだからね」

 

 暫くは沼田から視線を移さなかった椛であったが、刀を鞘に収めてからこちらへ振り向き「失礼します」と言って、再び私のことを担ぎ上げて沼田へと視線を送る。

 

「そういえば、名前はなんというのですか?」

 

「名前?……あ、ああ、沼田だ」

 

「きっと偽名だとは思いますが一応覚えておきます。どちらにせよ貴方を今後警戒することには変わりませんので」

 

「その必要は無いよ。犬走椛さん」

 

 椛の耳がピクりと動く。冷静そうに見えて、割と感情が表に出てしまうタイプのようだ。それとも、動物系の妖はそういうものなのだろうか。

 

「やっぱりただの人間ってわけじゃないみたいですね」

 

「その辺は想像に任せるよ」

 

 沼田はそう言って、不敵な笑みをうかべた。

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