幻想郷放浪記   作:もみじ 

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天狗の里

 あっさりと沼田の横をぬけて椛に運ばれていく。そういえば、ヒョウもマミゾウのところへ置いてきてしまっている。まあ、マミゾウが一緒なのでそこまで心配はしていない。

 

「先程から疑問だったのですが、妖怪に拐われているというのに随分と落ち着いていらっしゃいますね」

 

 私を抱えて疾走しているのにもかかわらず、椛の息は上がっていない。まだまだ全力には程遠いということだろう。

 

「まあ妖怪に拐われるのも初めてじゃないですからね。それに椛さんは別に乱暴する気もないのでしょう?」

 

「まあ、それはそうなんですけどね」

 

 表情こそ変えないが耳に注目すると、先程よりも少ししゅんとしているように見える。うん、やっぱり感情が耳に出てしまうようだ。なんとも可愛い一面だ。

 そんな話をしていると、椛はゆっくりと減速を始める。

 

「そろそろ到着ですよ。意識のある人間が入るのなんて初めてじゃないでしょうか」

 

「それは光栄ですね」

 

「何故、大天狗様達が貴女の立ち入りを許可したのかは分かりかねますが……」

 

 小走り程の速度になったくらいで、天狗の里の入口にたどり着いた。意外と立派な木製の門が建っており、そこには椛と同じ白狼天狗が2人(2匹?)立っている。片方は椛よりも大きく強そうだが、もう片方は椛よりも頭一つ分小さく、その三角の耳も相まってどこか愛嬌さえ感じる。

 私たちに気がついた大きい方の白狼天狗が眉間に皺を寄せてこちらへ寄って来ると、椛はその白狼の前で止まった。

 

「それが例の人間か」

 

「ええ、文さんを呼んできてください」

 

「わかった。おい、射命丸文って分かるか?」

 

「はい。行ってまいります!」

 

 元気の良い返事をした小柄な白狼天狗は、パタパタと里の中へと入っていく。会話だけ聞いてると本当に人間みたいだ。社会性のある妖怪だという情報であったが、もしかすると人間よりもよっぽどかっちりとした上下関係があるかもしれない。

 椛は私のことを地面へ下ろす。高速で動いていたこともあり、少しふわふわした感覚がある。

 

「おい」

 

 地に足がついて早々明らかに不機嫌そうな門番に声をかけられた。恐らくわざとなのだろうが、距離も近くかなり威圧的だ。

 

「上からの命令だから仕方なくお前を入れるが、私は納得してないからな」

 

「はい、分かりました」

 

 私が笑顔で返すと、先程までピンと立っていた門番の耳が少し垂れた。

 

「分かったならいいんだ」

 

 門番が元の立ち位置に戻ったのを見て、椛は私に耳打ちをする。

 

「阿求さんも怖いもの知らずですね」

 

「貴女もあの方も等しく簡単に私の命を取れるんですもの。怖さ加減は変わらないですよ」

 

 その回答が余程気に入ったのか、椛はすくすくと笑った。

 

「おい!何馴れ合ってるんだ。お前はさっさと持ち場に戻れ」

 

「はーい」

 

 椛は間伸びした返事をすると、事も無げにぽんと軽く飛んだ。軽くと言ったが、椛そのひとっ飛びですぐ傍の真っ直ぐそびえ立った杉の木のてっぺんに立っていた。そして、次のもうひと飛びで椛の姿は視界から忽然と消えた。

 不思議なことに、それほどの速度であるのに関わらず風も感じなかったし、杉の木も全く揺れていない。今思えば運ばれているときもあれだけの速度に関わらず風を感じなかった。

 

「あやや、思ったよりもお早い到着で。案内ありがとうございます」

 

 声のする方を見ると、小柄な白狼天狗と並んで門をくぐる白狼天狗とは全く見た目の異なる天狗の姿があった。小柄な白狼天狗の頭を撫でているその天狗は、黒い髪の毛を持ち、耳は人間と同じ位置についているものの、その形は細長く横にツンと突き出している。それでも人間とは少し異なるが、耳よりも遥かに特徴的なのは私の身長ほどもある大きくて真っ黒の羽だろう。この特徴を持つのは烏天狗と呼ばれる種族だ。

 

「文様、あんまり甘やかさんで貰えます?」

 

「貴方は相変わらずお堅いですね。もうちょっと肩の力抜いてもいいんですよ」

 

「文様が緩すぎるんですよ。まあ、私にとっては皆さんが貴方様くらいならもっとやりやすいんですけどね」

 

 この烏天狗こそ、かの文々。新聞を執筆、発行している射命丸文(しゃめいまるあや)だ。

 

「遠路はるばるお疲れ様です。お待ちしておりました。稗田阿求さん」

 

 ニコニコと笑顔を浮かべるが、その本心は分かったものでは無い。

 

「私がここに来た理由、ご存知ですね?」

 

「ええもちろんですとも。こんなところではなんですし、どうぞ私の家にご案内いたします」

 

 文は私の前に立って天狗の里へと入っていく。私も慌ててその後ろについて里の中へと入る。

 天狗の里の風景は人里とそこまで大差は無い。まあ、歩いているのが人間ではなく、天狗なことが大きな差だろう。白狼天狗や鼻高天狗、山伏天狗と言った、天狗の中では比較的下級とされる種族の姿が多い。

 

「おや、文様。人間の客ですか?また変な問題起こさんでくださいよ」

 

 里に入って数刻も歩かないうちに、鼻高天狗が親しげに話しかけてきた。

 

「またとはなんですか。まるで私が前に問題を起こしたみたいじゃないですか」

 

「ははは、貴女は上の方達の悩みの種ですね」

 

 そう言って軽く手を振ると、鼻の長い天狗はその場から離れた。その後も、里を歩いている間色んな天狗が文に声をかける。その誰もが私に興味を示すが、特に敵意を見せることない。

 

「文さんって随分とお顔が広いんですね」

 

「職業柄、ね」

 

 文に付いて里の奥へ奥へと歩いていく。里の入口から離れるにつれて、文と同じ烏天狗の数が増えていく。それに従って、話しかける天狗が減っていく。というより、烏天狗達は私に興味を示さない。

 

「あら、文じゃない。へえ、これが例の人間ね。普通の子に見えるけどね」

 

 烏天狗で初めて話しかけてきたのは、茶髪を頭の横でふたつ結んだ少女であった。手には一松模様の薄くて細長い箱を持っている。外の世界から流れてきた"けーたい"というものらしい。

 

「貴女はなんにも知らないんですね。念写に頼るのもいいですけど、もう少し自分の足…というより羽?で情報を集めた方がいいと思いますよ」

 

「余計なお世話よ」

 

 彼女は私のことを知らないようだが、茶髪のツインテールの天狗に奇妙な箱と言えば、ひとりしかいないだろう。

 

「お初にお目にかかります。稗田阿求と申します。ええと、姫海棠(ひめかいどう)はたてさんで間違いなかったですか?」

 

「あら、私を知ってるのね」

 

「ええ、人里に流れてくる天狗の新聞は文々。新聞と花果子念報(かかしねんぽう)くらいのものですからね」

 

 姫海棠はたて、文々。新聞と(学級新聞として)並び称される花果子念報の作成者だ。といっても、並ぶものが文々。新聞くらいしかないので並んでいるだけで、発行部数は圧倒的に文々。新聞の方が上だ。

 

「まったく、今日は妖怪の記録をしている人間が来るって周知していたでしょう?あんまりはしゃいで天狗の品格を下げることはやめてくださいね」

 

「ああ、それでみんな興味無いフリしてるのね。見栄っ張りも程々にしないと…」

 

 はたてがそこまで話したところで、いつの間にかはたての背後にいた烏天狗が、はたての頭に拳を振り下ろした。ごちんと派手な音がする。余程痛かったのか、はたては頭頂部を抑えながらしゃがみ込むと、涙目で後ろを見る。

 

「げ、」

 

「お邪魔してごめんなさいね。文の家に行くんでしょう?ごゆっくりしていってね」

 

 黒髪長髪の天狗はそう言うと、はたての襟首を掴んで引きづるように歩き去った。私達はそれを見送ってまた歩を進める。

 

「えと、あの方は?」

 

「ああ、はたての師匠的なひとです。天狗向けの新聞を作ってるひとりですよ」

 

「天狗の里にもいくつか新聞の種類があるんですか?」

 

「いえ、一種類だけですよ。私やはたては個人で新聞を作って外部に存在感をアピールするのが仕事ですが、ああいう天狗たちは、複数で協力してひとつの新聞を作り上げるんです」

 

 なるほど、内部に流す情報は正確でかつ内容もそれなりな必要があるから、そういう仕組みなのだろう。むしろ、文やはたてはよく新聞を作ってると言える。人里でも学級新聞水準との評価ではあるが、ひとりで作っているのなら上等だろう。

 

「天狗向けの新聞って見せてもらえたりは」

 

「ダメですね。まあ、人間に読めない文字ではありますが、貴女なら読めない文字でも全部記憶してそのまま書き出せちゃうでしょう?」

 

 ダメ元であったので、予想通りの答えではある。その辺はさすがにしっかりとしている。

 

「さあ、つきましたよ。少しちらかってますがどうぞ」

 

 到着したのは何の変哲もない木造の一軒家であった。烏と言うくらいなので、木の上にでも家があるのかと思っていたが、住居人間と大差ないらしい。

 そういえば、天狗の里の入口近くは一軒家が少なく、集合住宅ばかりだったが、この辺りは見渡す限り一軒家である。こういうところでも種族間の格差がみてとれる。こういうことはやはり天狗の里に入らなければ得られない情報だろう。

 

 私は案内されるがままに、その家へと入っていくのであった。

 

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