仕事終わりに、恋人らしいクリスマスの夜を楽しむysssです。
たまには自分の得意分野で、好きなものを好きなように書くのだ。
メリークリスマス。
仕事終わり。バーチャル東京の大きな駅前。イルミネーションが憎らしいぐらいにきれいな――12月24日の夜。
うちが身を置いているものは、どんな世間知らずでも知っている〝クリスマスイヴ〟という名のアレだった。
夜を彩る光の装飾が、日常を煌びやかに着飾らせている。街全体を――世界中を『クリスマス』の一色に染め上げているのは、たいしたものだと思うけれど。
それは、これまで繰り返してきた数えきれないほどのものと同じ――ただの一日でしかないはずだった。
「はぁ……寒いし、どこもかしこもカップルだらけやし……こういうの、ガラじゃないんやけどな……」
……だというのに。うちは、刺すような寒さすらどうでもよくなるほどに……この、何にもならないような空き時間を、心から楽しんでいるようだった。
光の雫が夜風を伝う回数を数えて、スマホの画面に映した時計を見つめて。秒針よりも早く、激しく動いている鼓動を煩わしく思う。
待ち合わせに指定された場所――とっぷりと昏くなった寒空の下で、手袋を突き抜けた冷風でかじかむ手を擦り合わせる。
同じように待ち合わせをしていたらしい男女が合流して、仲良さそうに腕を組んでどこかへ行ってしまう。以前は、その〝いかにも〟な姿を嫌っていたはずだったが……いつの間にか、立場も気分も逆転してしまったらしい。この懐かしさが、大人になったあかしなのだろうか。
そんなくだらないことを考えながら……寒さではない〝何か〟のせいで震えていた吐息の温もりで、気休め程度に温める。
ひたすらに耐えるばかりのもどかしい時間に、珍しく文句の一つも言わずに……うちは、静かにあいつを待ち続けた。
「……まだ、かな……?」
『遅れそう』と連絡を受けてから45分。本来の待ち合わせの時間から、まだ30分ほどしか経っていない。大時計を見上げて、スマホの表示と照らし合わせて……忙しなく身体を揺らして、爪先で足元を鳴らす。
こんなにしおらしい態度も、ただ男を待っているだけでコートの内側が汗ばむほどにドキドキしている心も……『自分らしくない』とわかっていた。
それでも、心を揺さぶる光の流動がトクベツな夜を演出して、この期待と不安で浮ついた心も……『うち、いかにも女の子ですー!』みたいな、バカみたいに甘っちょろい心境も……全部を正当化してくれる。
テーマパークで遊んでいるときのように足元がふわふわして、自分が自分ではなくなるような……夢とも現実ともいえない、曖昧なのにハッキリしている感じ……こんな風に表現すれば、誰かに話したときにしっくりキてくれるのだろうか。
「……笹木……!」
――声が聞こえた。待ち望んだもの。仕事で長らく聞き続けた憎い声音。背筋がピンと伸びるほどに胸が激しく高鳴った。
「はぁ……はぁ……や、悪い、待たせた……! 早く抜けたかったけど、収録の相談されちゃってさ……人混みで電車にも乗り遅れて……ごめん……!」
「……お……おー。意外と早かったんちゃうの? もっと遅れると思ってたから……うん……」
できるかぎり、平静を装って手をひらひらと振ってみた。恥ずかしながら、自分の言葉に嘘はなくて……マインドが整う前に待ち人が来てしまったのは本当に予想外だった。
汗だくで必死に息を整えようとする、カジュアルスーツにコートを着込んだ男。背中を託し合う仕事仲間であり、気の合うライバルであり……まあ、恋人関係でもある。
フェスイベントが終わってからいろいろあって……まあ、そういう関係になりました。はい。そんな感じです。
「ぜぇ……ぜぇ……しかし、さすがに遅い時間になっちまったな……仕事終わりの約束は無謀だったか……?」
「まー、しゃあないやろ。うちらもさ、ほら……昔と違って売れっ子さんやし」
「……まあ、なァ……レギュラー番組が終わっても、なんやかんやあって忙しいままなんだよな…………って、そんな仕事の話はいいとして……!」
やしきずは「え゛ぅん!」とわざとらしく咳払いをして、手をソワソワとさせたり、しきりに時計を気にし始めたりした。
そのわかりやすい動揺と気の利かない態度は、あまりにも不慣れなやしきずらしくて、わらけてしまう。うちの中にあったドキドキが、やしきずの緊張に食われるように融けていくのがわかった。
…………もしかしなくても……やしきずがちゃんと待ち合わせ場所に来てくれたことに安心したのかもしれないけれど……それは言わないお約束というヤツだ。
「なー……うち、寒かったんやけど」
このままでは埒が明かないので、やしきずのために〝きっかけ〟を作ってやった。これはさすがに、優しくてイイ女すぎるかもしれない。
「え? ああ、だから悪かったって――あ、ああ……そういうヤツ……? マジで……?」
うちが差し出したもの――手袋を外した小さい手を見たオトナが、そのありきたりすぎる〝恋人らしさ〟に戸惑っていた。
「ぬー……ッ……! やし!きず!のせいで! うち!寒かったんやけどぉ!!」
「声でっか!? あー!わかった……わかったよ……!! こういう感じでよろしいでしょうか!?」
やしきずも手袋を外して、差し出したことを後悔しているものをわっしりと掴んだ。
自分のそれより、一回りも、二回りも大きい温もりに包まれる。手袋を貫くほどの寒さが消えていき……二人分の震えが妙に噛み合って、握り心地を良くしていた。
「……笹木……お前、手汗すごくない……?」
「~ッ――お前なんでそんなデリカシーないこと言えんの!? そっちに驚きなんやけど!? 付き合ってもヤッても一生童貞オタクムーブかますつもりか!?」
「ごめ――いたたた!痛い!暴力反対!ダイパンで鍛えた力を披露しないでくれ!折れる!折れます!ごめんって!」
「はぁ~……ったくよぉ……! せっかくクリスマスっぽい、恋人のあれこれをしようとしてんのに……これじゃ平常運転じゃねえか!」
「いや、こういうの勝手がわかんねぇんだよ……! 笹木の方がリードしてくれると助かるんだが……!」
「うちに聞かれても困るんだが!? そりゃあ、いつものデートとかなら行く場所選べるけど……こんな時間からじゃ、やることほとんど思いつかねぇよ……!」
「あぁ……まあ、そうだよな……。昨日の通話で散々話し合って、1個しか思いつかなかったワケだし……まあ、普通でいいんじゃないか……?」
「……せやな……それじゃ、イルミネーション見に行こか……?」
「………………え? もしかして……手、繋いだまま行くの? 恥ずかしくね? 中学生?」
「……イヤなんか? うちの汗べっちょべちょで中学生みたいに小さい手がそんなにイヤなんか!?ああん!?」
「そんなこと言ってな――やめろ!お前、笹木ッ……手をわざとモミモミッ……ああ!これはこれで……こ、こっちも手汗かいてきた……!」
ロマンチックさの欠片もないやり取りをしながら、どちらからともなく歩き始める。恋人らしいことはまだぎこちないけれど、数えきれない数の思い出のせいで、息だけはぴったりなのだ。
やしきずと待ち合わせた場所は、異国情緒が溢れる駅前通りとクリスマス限定の豪華なイルミネーションが有名な駅近スポットだった。
二人とも夜まで仕事の予定が入っており、終わってからデートをするのも、何もしないのもイヤだったため、こうして近場でクリスマスの雰囲気を楽しめる時間を無理矢理作ってみたのだが……。
「あ゛~!ねえ見て見て~!クラゲ型のライトぉ! 動いてる!しゅわしゅわしてる!めっちゃかわいい~!」
「マジだ、すげえ……昏い海の中を泳いでるみたいだ……へぇ~……演出凝ってるなァ……!」
「はぁ~……♪ あのさ、光がしゅるるる!って流れるやつキレイやんな……! アレがたくさんあってさ……光の雨みたいやと思わん……!?きれ~……!!」
「あははは、なかなか厨二――いや、ロマンがある言い方をするな、うん。ああいう、流れを感じる動きって心をくすぐってくるんだよな……シャイニング……いや、良い技名思いつかね~……!」
……これがまた、意外にもお互いの満足度が高そうだった。元から安上がりな男女なのかもしれないけれど……この何にも代えがたい、冬だから、クリスマスだからこその煌びやかさには心を震わされるものがある。
駅前から伸びる、光が流れるようなイルミネーション・ストリートの中に溶け込んでいく。周囲のカップルたちと同じように、夜風の冷たさを二人の体温と楽しさでごまかしながら、あちこちで輝くライトの軌跡を堪能できた。
しばらく道なりに楽しんでいると――建物の壁が途切れて、大きく開けた場所に出る。そこはまた、これまでとは違う空気に満ちていた。
「……っ……わ、ぁ~ッ……!!」
「うぉおお……おおー……!! これはまた、すげぇな……さすがにアガる……!」
うちとやしきずの目と心を奪ったのは、広場の中央にそびえ立つ巨大なクリスマスツリーだった。星空まで届きそうな迫力に満ちたそれは、町中を彩るべきイルミネーションを集めたかのように豪勢な輝きを放っていた。
点滅する無数の電飾によって揺らめく煌めきのヴェールをまとい、括りつけられた色とりどりの夢を精一杯に輝かせる。その立派な姿は――〝光〟と称すべき、まっすぐで大きな温もりを放っていた。
しんと冷える夜の空気の中で、滲む光が闇を切り裂く。炎のような温かさはないはずなのに、その光は……どこか切なさに似た感動を生み、胸の中に火を灯していく。
「……きれい……」
じわじわと広がる熱が、うちの胸を際限なく高鳴らせていく。
その圧倒するような輝きの奔流は見ているうちに顔を変えて、その変化を感じるだけで胸がいっぱいになって……涙が滲んだせいで光が乱反射し、美しさを増して視界に広がっていた。
「……………やしきず………」
「…………ああ……」
繋いだ手を握ると、やしきずも同じだけの力で応えてくれる。普段は一人ずつの人間なのに、感動を共有する心が融け合って、うちとやしきずを〝ふたり〟にしてくれた。
こんなにも満たされた気分になったのは……やしきずと結ばれて、初めておとまりをした夜以来かもしれない。
…………衝動的に、あの夜に受け取った優しさと愛情を思い出し……身体を抱き締めたくなるほどに、自分の中に抑えていた感情が膨れ上がっていく。
「……きれいだな……もう少し、いろんな角度から見てみるか?」
「…………それもいいけど……やしきず、ちょっと屈んで?」
「へっ……? いや、なんで……? モミの木を眺めることと屈むことに関連性があるとは思えんが……え……?」
やしきずは戸惑いながらも腰を落としてくれる……が、まだ高い。こいつはタッパもギャグみたいな肩幅も……アレも……なにもかもがデカすぎるのだ。
ちょいちょいと招いて、もっと低くさせて、ようやく視線が重なってくれる。魅惑的すぎる光を反射するメガネを取って、コートの胸倉にスッと差し込んだ。
「あの、笹木さん……? 僕、メガネを外されるとイルミネーションとか見えなくなるんですけど……? 戦力外通告ですか……?」
「そんなん、見んでええから」
「まさかの企画全否定!? じゃあ俺たちここに何をしに――ぅむっ!?」
やしきずの顔に手を添えて、周囲のカップルと同じように……浮かれに浮かれた、知性丸投げのキスをぶつけた。
「んっ……は、ぁっ……やしき、ず……ん、むぅ……」
唇同士を食み合わせて、光に感嘆していた吐息を混ぜ合う。自分の中に抱え込むには大きすぎた感情を、大好きな恋人に渡して……嬉しいのに涙が溢れそうな……ひたすら恋人に甘えたいような……このよくわからない心境をごまかしたかった。
普段なら、こんな破廉恥なことをしたら奇異の目で見られてしまうだろう――けれど、今のうちらは、周りの空気と同化して〝クリスマスの風景〟の一部になれている。
この頭の悪い、節操なしの愛情表現を茶化す人は……この時間と空間に、誰も居やしないのだ。
クリスマスイヴという名の、ただの一日。それは、〝自分らしさ〟という面倒なものを忘れても『クリスマスだから』と許してもらえる――とんでもなく素敵な魔法がかかっているようだった。
「う……むぉ……!?」
……だから、こんな風に……ちょっとだけ、いつもより素直にやしきずを欲しても、後でいくらでも言い訳ができるはず。
いつもの自分らしくない。普段なら恥ずかしくてできない。それでもいい。今ならできる。しても許される。
……だって、『クリスマスだから』。
「ん……ちゅ、ぅ……むりゅる……んっ……!」
少しかさついた、オタク君らしい無防備な唇が震えている。そのクセ、差し込んだ舌は快感を吸い込むようにうちを求めてくる。
不器用なのか、器用なのかわからない愛情の受け取り方をしながら……やしきずは、うちの内面に寄り添うようにキスを受け止めてくれていた。
「んぷ……ぁっ……! はぁ……はぁ、ふぅ……!」
「……っ……はぁ……さ、笹木……?」
「……急に、ごめん……なんか……そういう気分だったから……」
長かった接吻をといて、名残惜しさをはぐらかすように顔を逸らした。
真っ赤になっているだろうものを見せたくなくて、ふいと視線を外すと……ぎこちない動きで立ったやしきずが、その大きな身体でうちを包み、くるりと反転させる。
「ひゃ、あっ……!? あ、あの……なに……?」
「……いや、くっついた方が温かいと思って……。この体勢なら、笹木……さ、さ……咲と、一緒に……ツリーも見えるだろうから……」
「……へへ……♪ せやんな……きずく……♪」
……やしきずも、うちとキスをしているうちに、クリスマスの魔法に気づけたのかもしれない。
オタク君には似合わなくて、からかいたくなるようなそのカッコつけも……今だけはとてもサマになって、魅力的に感じられていた。
俗に言う〝あすなろ抱き〟と呼ばれるかたちに収まって、もう一度ツリーを眺め直す。
その間、余計な言葉を発さずに過ごしていたうちと築だったけれど……胸元を抱いてくれる腕を握ると、ハグの力が強くなって……うりうりと後頭部で胸板をくすぐると、頭に頬ずりをしてくれる。
言葉で繋がる仕事をしているふたりだったからこそ、この無言で伝わる気持ちのやり取りが、嬉しくて、くすぐったくてたまらない。
きっと、築も同じことを考えてくれているのだろう――何の根拠もないのにそう信じられる、煌びやかさで満ちた時間が続いていた。
――――――
たっぷりと時間をかけてイルミネーションを見終えた頃には、周囲のカップルたちもまばらになっていた。
休日とはいえ、てっぺん近いこの時間では、できることが相当に限られてくる。ご飯を食べる場所も、飛び入りでは良いところを選べないだろう。
「……やしきず……うち、行かんか?」
「…………お、おぅ…………俺ん家じゃなくていいの……?」
「あ゛あん? 女の子連れ込んでナニをするつもりなんですかー? フツーにご飯食べようぜって言ってんのに!わー!やらしー!すけべー!あははは!」
「なッ……! い、いや、だって……クリスマスイヴの夜って言ったら、性の6時間として有名で…………違うな……ごめん、ちょっと先入観で先走った……」
「……いや、なんでそこでお前が折れるんだ……? エッチなんてもう何度もシてんだろ……退くなよ……」
「…………あっ、今の巧妙な罠じゃなくてただの照れ隠し……!? ……あー……いや、なんかもう……すいません……」
照れ隠しというか……ただ、〝その確定事項〟を考えるのが無粋だと思っただけなのだが……まあ、隣の大男が顔を真っ赤にして口をもにょもにょとしている姿を楽しめているのでヨシとしよう。
バタバタと乗った地下鉄を下りて、都内に設けた自分の拠点へ向かう夜道。民家や商店が設けた小さくてもきれいなイルミネーションを鑑賞しながら、抱いた腕から伝わる震えと温もりを分かち合っていると……やしきずがぽつりとつぶやいた。
「……いいな、これ……」
「……なにが?」
「いや、俺さ……クリスマスの良さを、ソシャゲのイベント以外で初めて知ったわ……。サンタコスの限定キャラとかで満足していた頃と、比べ物にならんぐらい幸せだ……夜がこんなに寒いのに、心がこんなにあったけぇ……」
「…………うわー、安直やな……これだからオタク君は……」
やしきずの腕を抱いた手を、うちはちょっとだけ強く握り直した。
――『今日はクリスマスだから、どんなに恥ずかしいことをしてもいい』。
この魔法じみた不思議パワーを使いたいがために、恋人たちはみんな、イベントかぶれのミーハーを装うのだろう。うちはようやく、カップルが漏れなく『クリスマス大好き男女』に変わる理由を痛感した。
1年に一度の奇跡は、みんなで作り上げた共有の財産だ。こうして自分たちも雰囲気づくりに貢献しているのだから、少しくらい悪用してもバチは当たらないはずだろう。
「……そっかー、きずく君はサンタコスでは満足できなくなっちゃったかー。じゃあ……せっかく買ったサンタコス、捨てちゃってええか?」
「うん、捨てッ――えッ――え゛ええっ!? 笹木さんッ、それは……エッ――そ、そういう、ことですか……? あっ!だから今日は笹木の家で……!?」
「な、なんやぁ……やしきずのために、けっこう攻め攻めでエッチなの買ってあげたのにな~。ミニスカサンタで興奮するオタク君はもうおらんのか~」
「いやマジかァ……笹木のサンタコス……しかもミニ…………す、捨てないでくださァい……!! 一生オタクでいいから、それだけは見てぇ~……!」
「ぷふっ……あッははははッ♪ 想像してたより必死なリアクションで笑えるなぁ……♪」
うちが決めた覚悟よりも強い緊張で、やしきずの腕がギュッと締まる。ガチガチに固まった身体は、期待と興奮で張り詰めていた。
うちは、その面白いぐらいの反応をすぐ近くに感じながら――。
「……うちも……幸せ、やよ……♪」
――少しずつ近づいてくる、甘ったるいばかりの時間にドキドキを募らせる。
こんな風に、気色悪いぐらい素直なことを考えたとしても――今日だけは、トクベツだから――。
おわり