九校戦6日目。本日行われる競技はバトル・ボード新人戦の準決勝~決勝、アイス・ピラーズ・ブレイク新人戦の決勝。
アイス・ピラーズ・ブレイクの決勝とは言うが、少し変則的で、まず予選突破者がそれぞれ戦い、トップ3を決める。そうしてからそのトップ3でリーグ戦をするという形式だ。
雫、エイミィ、深雪は予選を突破しているが、決勝リーグへと進むには後1回勝たなければならない。
ただ、雫と深雪は何ら心配がなかった。
他の選手に申し訳ないが、深雪は当然、雫の実力も選手たちの中で抜きんでている。雫と競い合えるのは、それこそエイミィと、第三高の十七夜栞くらいだろう。深雪とは戦いになるか難しいところだが。
とかく、クジ運が良いのか悪いのか、雫と深雪はその2人と当たらず、そして、エイミィが栞と当たってしまった。
原作通りなら栞が負けてエイミィが勝ち進むはずだが、エイミィの担当エンジニアが達也から十六夜に変わっている事を考慮すると、その勝敗は分からなくなる。
だから、雫と深雪が勝ったのを見納めてから、十六夜はしっかりエイミィのサポートへ徹する。つもりだったのだが――
「……なんか眠そうだけど、明智さん」
「いやぁ、分かっちゃう?昨日緊張しちゃってあまりよく眠れなくて」
――開始前から転んだ。
エイミィはどうも緊張に弱いと言うか、気負って眠れなくなってしまう気質らしかった。その事を当然知らなかった十六夜は、そこまでケアできなかったのである。
「すまん、明智さん。もっと早く気付いてたらやりようはいくらでもあったんだが……」
「いいよいいよ!そこまで面倒見てもらっちゃうのはさすがに情けないし、雫にも申し訳ないし」
「……なんでここで雫?」
「え?あ、あはは、なんでだろうねー」
十六夜は自身の不甲斐なさを気にしつつ、しかし元気はありそうなエイミィに甘える事にして流した。雫の件ではあまり流したくない気持ちはあったが。
「あまり無理はしないようにな。負けても雫たちが代わりに勝ってくれるだろうし」
「そうだね。雫も深雪も、勝てるビジョンが湧かないくらい強いし。じゃあ、心置きなくあの2人に任せちゃうね」
少し茶目っ気を出しつつ、エイミィは試合へと臨んだ。
結果としては、負けだ。エイミィの、自陣の氷柱を転がして敵陣の氷柱を薙ぎ倒す戦法は、残念ながら対策されていた。
対戦相手である栞は、転がって体当たりしてくる氷柱に対し、自陣の氷柱と地面の摩擦係数を低減させて対処していた。摩擦係数を低減させたらどうなるかと言うと、転がってきた氷柱にちょっと当たっただけで自陣の氷柱が滑り、滑った氷柱が後ろの氷柱とぶつかる。その氷柱も一緒になって滑っていき、結果、氷柱3つが1つに纏まる。
そうなってしまうと、単純な氷柱の体当たりではその纏まった氷柱を倒せない。もっと転がす氷柱に勢いをつけ、敵陣の氷柱を砕くくらい威力を持たせなければいけない訳だが。そこそこの重量がある氷柱をその勢いで転がすとなると、消費されるサイオン量が馬鹿にならない。おまけに、即興でその魔法を構築しなければいけないのだから、如何に組み込まれている移動系魔法の構築式を流用できるとは言え、サイオン消費を抑えるのは無理だろう。
結局、エイミィはそれを1度実行しただけでサイオンを枯渇させ、防衛もままならないままに栞に敗北した。
(……俺じゃ無理だったか。……原作の達也はどうやって勝たせたんだろうな。ま、俺に達也と同じ事しろって言われても、土台無理な話だし。仕方ない仕方ない)
十六夜は多少の無力感に苛まれつつ、達也と自身、それぞれの技術力を比較する事でその差に諦観を抱き、あまり引き摺らずに済ませるのだった。
何はともあれ、栞、雫、深雪と選手が出揃った決勝リーグ。午後から始まるそれに、3名は各々英気を養う。
初戦は、十七夜栞VS北山雫。
雫にとっての本命である対深雪が後に控える中、それでも雫は覇気を漲らせていた。
「雫、次に深雪さんと戦うんだ。連戦じゃないとはいえ、余力は残しておくべきじゃないか?」
「……深雪以外に負けたら、深雪に勝てるビジョンが浮かばなくなる」
十六夜が初戦は手を抜くように助言するも、雫はそれに精神論で反論した。
ただ、魔法師にとって精神論も馬鹿にできない。魔法という力は、かなり精神に依存するモノなのだ。魔法の発動をたった1度失敗しただけで、『また失敗するかも』という不安が、二度と魔法を使えなくさせる事さえある程に。
だから雫は、深雪と戦う前に負けたくないと、自身を微塵でも崩したくないと、初戦にも全力で臨む姿勢を示していた。
「……そうか。ま、マイ・プリンシパルがそう仰せなら、雇われは何も言いませんよ。……せめて、後悔のないようにな」
「……うん。行ってきます」
十六夜に送り出され、今、雫は戦いの舞台へと上がる。
自らの陣地で、雫も、そして栞も、両者静かに火花を散らしていた。
雫にとって、栞は本命の控える状況で負けられない相手であるように、栞にとっても、雫はスピード・シューティングの雪辱を晴らすために負けられない相手なのである。
負けられない思いを抱えた2人が戦う。なら、その戦いが白熱する事は必定である。
試合開始のブザーが鳴る。まず攻めを選んだのは、栞だった。
栞が使う魔法は振動波を発生させる単純な振動系。ただ、そこにアレンジが加わっており、複数の起点から振動波を発生させ、その波を合成させる事によって破壊力を増大させる、という魔法になっている。仮に『合成振動波』とでも名付けよう。
栞はその『合成振動波』によって、予選を勝ち抜いてきた。ならば、対策する時間はいくらでもあり、そして、振動系は雫の得意分野だ。
よって、雫の防御札は情報強化ではなく、同じ振動系だ。
雫も、自陣に振動波を発生させる魔法を放つ。
(……氷柱が壊れない。とすると、あの振動波は、こっちの振動波を相殺する魔法って事ね)
栞は即座に状況を理解した。
そう。雫は栞の振動波を、同じ振動波で相殺しているのだ。それが波である以上、逆位相の波をぶつければ相殺できる。おまけに、合成を前提とした振動波であるから個々の波は然程強力ではない。故に、相殺するための波もそれ相応で済む。
さて、相手の攻撃を防いだところで、攻守交代だ。
雫の攻撃札は、まずアレンジ『共振破壊』。こちらも振動系なので1つの起動式ストレージ・カートリッジに収まっており、カートリッジを切り替える必要がない。
予選だったら、これ1つで済んでいた戦い。そうは行かないのが決勝リーグと言ったところだろうか。
対策する時間があったのは、栞も同じ事なのだ。
栞もまた、防御札として振動系を切る。
(……振動、相殺されてる)
意趣返しという訳でもないが、物質の振動を武器としているのだから、当然あっちも振動を相殺してくるという話。
奇しくも似たような防御手段を相手が取ったと、雫はすぐに感知した。
攻撃も防御も振動系で固めた両者。このままではお互いに魔法を切り替える大きな隙を望めず、長期戦になる事が予期された。
だからこそ。雫は打って出る。
(カートリッジの切り替え!?何をする気!)
雫がCADのカートリッジを切り替えた事に、栞は身構えて思わず防御を優先してしまった。照射される超音波に、対処する術もないのに。
指向性を持つ超音波が、真っすぐ栞側の氷柱に照射される。魔法知覚がレーザーを幻視させるその魔法が照射された部分は、無残にも融解していた。
「っ!『フォノンメーザー』!?」
魔法師として優秀であるからこそ、栞はその魔法に当たりを付けられた。振動系魔法の中でも高等とされる魔法、『フォノンメーザー』であると。
「……『競技用CADで高等魔法を』って、驚いてるのかもしれないけど。……私の事をよく知ってる十六夜なら、私の技量を加味して、競技用CADのスペックにその高等魔法の起動式を収めるくらい、訳ないよ」
達也だったら、選手の技量などを加味せずとも、『フォノンメーザー』を競技用CADのストレージに組み込むくらいはやってのける。
エンジニアとしてまだアマチュアの域を出ない十六夜には、よく知る雫の魔法資質を加味した上で、どうにかと言ったところだ。
これは十六夜の技術力が低い事を表す評価でもあるが、同時に、十六夜と雫が互いをよく知っている事実も表している。
雫にとってその事実が大事であり、その事実が、彼女の精神を強く保つ芯となっている。
だから、雫にはこの戦いに負けるビジョンがない。
「……」
『フォノンメーザー』までは予測できておらず、また、対策もできていない栞。彼女は数瞬だけ考えた。
今やっているのはリーグ戦。この試合は諦め、次の対深雪戦に希望を託すという選択肢はある。対深雪戦を勝つものと計算すれば、雫も対深雪戦を勝っても、自身は準優勝を拾える。
だが、この試合に全力を注いだ場合、自身に対深雪戦で勝利を望める余力は残らない。仮にここで勝っても、次は絶対負けるのだ。
では、どうするか。雫との勝負を諦めるか、否か。
結論は、とても感情的なモノとなる。
「……負けたくないわね」
そう。負けたくない。とても単純で、とても感情的で、とても純粋な答えである。
一度負けた相手だ。例え勝てないにしても、見返してやらなければ気が済まない。一度の負けを糧にできたのだと、示さなければ自身じゃない。
もちろん、負ける気など、諦めを捨てた時点でないのだが。
「私は、負けない……!」
栞は己の感情に従って、隠し玉を取り出した。自身が今使用している
「起動式ストレージ・カートリッジ機構……!?」
「……『どうして私たちと同じCADを』と驚いているのかもしれないけど、そう驚く事ではないでしょう?貴女たちが一昨日持ちだしたこの起動式ストレージ・カートリッジ機構は、既に市販品として世に出回っている物なのだから。……ノーザン・ウィッチ・クラフトというCADメーカーが九校戦指定に収まるスペックの物を販売していたのは、本当に運が良かったわ」
自身らの戦法が模倣されていた事に驚く雫。しかし、栞が言う通り、この模倣は驚く事ではない。なにせ、起動式ストレージ・カートリッジ機構は特別な技術でも独占された技術でもなく、また、NWCが注力して開発に取り組んでいる技術だからだ。
そして、NWCは中小企業の域を出ない新興企業。経営戦略として、スペックを抑える事で値段を抑えたCADも売り出している。
栞たちはそのCADを目ざとく発見し、すぐに取り寄せていたのである。
「そちらにはこのCADの調整になれたエンジニアもいるのでしょうが、私たちのエンジニアも負けてはいない。つまり、装備の優劣は
栞は装備を整え、勝負を地力の優劣で決まる土俵まで持ってきた。それは、地力なら負けないという、彼女の自信である。
彼女は切り替えたストレージから物質冷却の振動系魔法を呼び出し、発動する。これで、『フォノンメーザー』による氷柱の融解を阻害した。
「……負けない。負ける気はない。私のCADは、十六夜が託してくれたCADなんだから」
相手に意表を突かれても、雫の精神は揺るがない。なにせ、雫が使っているCADは市販品ではない。この九校戦のために十六夜が持ちだした、試作品にして特注品。十六夜が雫のために作ったCADなのだ。
その事が、彼女の自信を守ってくれている。
それに、見逃していない事がある。
「……冷却魔法、深雪程じゃないね」
『フォノンメーザー』の融解は阻害されているだけで、完全に止められた訳ではない。『フォノンメーザー』は充分にその効力を発揮しているのである。
その事を見逃さず、雫は『フォノンメーザー』を立て続けに使う。
そうすれば、氷柱の破壊判定が出た。
「くっ……!でも、守りがおろそかになってるわよ!」
「なってないよ」
栞が『合成振動波』を使うためにストレージを切り替えたのに合わせ、雫も防御用のストレージに切り替える。
よって、『合成振動波』を相殺する魔法が間に合う。それを確認するや否や、雫は攻撃用のストレージに切り替え、『フォンメーザー』を発動する。
「……そう。そういう勝負という訳ね!」
栞は気付く。この勝負の決め手が、攻守の切り替え速度である事に。
防御が間に合わなければ氷柱を破壊され、攻撃への切り替えが遅ければ氷柱を守られてしまう。
それに気付いたからこそ、栞はその勝負に乗り、雫はその勝負に打って出る。
試合は、攻守が激しく切り替わる、白熱したモノとなる。試合は、雫が優勢だった。何せ、雫は最初からこういう勝負をするために、ストレージ切り替えの練習をしてきたのだ。対する栞はそのCADを取り寄せたばかりで、使い慣れていない。ストレージ切り替えの慣れという点では、雫が勝っていた。
だが、それだけで一方的な有利を取る事はできなかった。使っている魔法の差だ。
雫は攻撃に『フォノンメーザー』という高等魔法を使っているために、サイオン消費は激しく、魔法演算による疲労も大きい。対する栞が使う魔法は、『合成振動波』と単純な冷却魔法。波の合成に緻密な物理演算が必要であるが、振動波を2・3点で起こすだけの魔法であるため、サイオン消費も魔法演算による疲労も抑えられている。
やはり勝敗は、それぞれの地力が分ける。
「……っ」
「ハァ……、ハァ……」
雫も栞も、呼吸を乱している。だが、明らかに栞の方が呼吸を乱し、汗を流していた。保有サイオン量と魔法演算領域の耐久性によるモノだ。
単純に言って、雫の方が多く魔法を発動できる地力があったのである。
「これで、最後……!」
雫は敵陣の最後の1本を破壊すべく、『フォノンメーザー』を放つ。激しい攻防で、さすがの雫もそれが力を振り絞った最後の1発だった。
これを防がれたら、雫にはもう防御する余力も残っていない。
そんな状況で栞は――
「……。……無念、だわ」
――最後の1本、それの破壊を見届けた。彼女の余力は、雫より早く尽きていたのである。
試合終了のブザーが鳴る。力を出し尽くした栞は、眠るように倒れ伏した。
その顔は、負けたというのにとても清々しいモノだった。
「……。対戦、ありがとうございました」
同じく力を出し尽くしていた雫は、しかし意地だけで気を持たせる。同時に、スピード・シューティングでの対戦とは違い、対戦相手である栞に感謝を伝えたのだった。
自分は得るモノがあり、そしてきっと、彼女も得るモノがあっただろうと。