時はまだ雫VS栞の戦いが終わって少しした頃。
「雫は大丈夫なのか?十六夜」
「大丈夫か否かで言ったら、否の方だよ。全く、司波さんとの戦いも控えてるのに、あそこまで本気出すかねぇ」
達也と十六夜は共に担当エンジニア用の観戦席へ腰を落ち着け、共に雫の容態を慮る。
達也は素直に心配し、十六夜も心配しながら雫の向こう見ずな全力に呆れていた。
「まぁ、その本気な姿のおかげで、九校戦運営の方も休憩時間を設けてくれた訳だが。十七夜選手が棄権で、あわや連戦になるところだったぜ」
呆れつつも、得られた利益についてを口にする十六夜。
栞は雫との激戦の果て、文字通り病院送りとなり、続投不可能となっていた。そのため、通常だったら深雪VS雫がすぐに始まるところだった。しかし、さすがに九校戦運営委員会も雫がすぐに試合できる状態ではないだろうと、一試合分以上の休憩時間を用意してくれたのである。
「……あの状態を見ると、雫も続投は難しいはずなんだがな」
「ま、普通は棄権するよな。どう足掻いたって十全とは程遠いし。それでもやりたいってのが、マイ・プリンシパルの要望さ。ああなったら
雫の健康を考えるなら、本来だったら止めさせるべきだ。それは指摘した達也も、指摘された十六夜も分かっている。それと同時に、雫のような類の女性は意固地になったら絶対に説得できない事を、十六夜も、そして達也も分かっていた。
「……深雪も戦いたいと言っていたよ。雫と本気で戦ってみたい、と」
「本気の迎撃態勢じゃないですかヤダー。少しくらい侮っといてくれよぉ、その方が断然楽だぜぇ」
「悪いが、俺からも手を抜かないように言い含めてある。お前がどんな秘策を隠しているか、分からないからな」
雫が万全じゃないと分かっていても、深雪は戦いたがっていた。
そして、それは達也も似たようなモノだった。自分にない発想を持つ男、十六夜がどんな秘策を引っ提げてくるのか。達也は興味が尽きない。
「……勘弁してつかーさい」
天才兄妹がタッグを組んで本気でかかってくると知った十六夜は、思わず背もたれに背中を投げ出してグッタリとするのだった。ただでさえ勝率が低いのに、これでは勝率がまさしく万に一つだと。
休憩時間が終わり、決勝戦の幕が上がろうとしている。
深雪と雫が、それぞれのシューティングレンジに立つ。片や由緒に則った巫女装束、片や本格的な迷彩服。気合の入れ方は真逆と言って差し支えないが、気合の入り方は同じと言えるだろう。
両者は互いに勝利を見据え、お互いを見つめ合う。
そんな2人を、十六夜と達也は同じエンジニア用の観戦席で見守っていた。
「……もう1つの観戦席でなくて良いのか」
本来しっかりとこの観戦席は別けられている。通常、違う高校の生徒たちが対戦するのだから、当然の話だ。そして、同校選手が当たった場合も、しっかりと観戦席は2つ用意される。
なのに、あえて同席している十六夜に、達也は関心を抱いた。
「今更じゃないか。それに、俺たちにできる事はもう応援くらいしかないしな。こっから魔法で援護するような反則でもせん限り、俺たちが何したって勝敗には影響しないだろ」
「それもそうだな」
「後、個人的な話だが。俺が持ちだした秘策とお前たちの対策について、その場で技術交流がしたくてな。代わりにその場で解説してやるから、感想オナシャス」
「なるほど、すぐに本人から解説が聞けるのは有り難いな。分かった、感想くらいならいくらでも言うよ」
同校の技術者同士、それも市場に通じる製品を世に出している者同士だ。この交流にはかなり価値があるだろう。
そう思っているからこそ十六夜はその交流を提案したし、達也は了承したのである。
「さて、そろそろか……」
試合開始を合図するためのランプが灯る。十六夜は、そして達也も観客も固唾を飲む。
そんな自然と静まり返る中、赤、黄とランプが灯っていき、最後に、試合開始のブザーと共に青のランプが灯った。
先制したのは、深雪である。
彼女は素早く『インフェルノ』を行使した。自陣を冷やし、敵陣を熱する魔法。これで、自陣の氷柱は堅固となり、敵陣の氷柱は脆弱になる――
――はずだった。
(魔法が、不発した……?)
深雪、そして達也はほぼ同時にそう虚を突かれる。
深雪が魔法演算を失敗する訳がない。深雪自身も達也も信じている。よって、魔法が不発した原因は、予想外の変数が加わった事による式破綻。雫の妨害である。
(予想通り)
「予想通り」
雫と十六夜は、自身らの『インフェルノ』対策が成功した事に、不敵な笑みを浮かべた。今大会にて、誰も成すすべがなかった深雪の『インフェルノ』。まだそれを一度不発させただけとはいえ、確かな達成感が彼女らにはあった。
「……真空断層、
「なんだ、もう分かっちまったか。ま、
達也が気付いており、十六夜が見つけたアレンジ『インフェルノ』の弱点。
そう。今回の九校戦で深雪が使っている『インフェルノ』は九校戦用にアレンジされたモノ、九校戦規定のCADスペックに収まる調整がされたそれなのだ。
「オリジナルの『インフェルノ』は特殊な魔法だ。何せ、2つの空間にそれぞれ別の効果を発揮させる魔法だからな」
A空間を冷やし、B空間を熱する。熱エネルギーを操作していると説明される事がある魔法だが、やっている事は2つの空間に別々の魔法を使っているような事だ。
それだけ、特殊な起動式が使われているという事になる。普通だったら、九校戦規定のCADスペックに収まらないような特殊な式が。
「どうやって『インフェルノ』特有の特殊な式を収めてるのかって、ずっと謎だったんだ。なんのこっちゃねぇ、そんな式、
起動式プログラムの腕はアマチュアの域を出ない十六夜でも、『インフェルノ』特有の式を九校戦規定に収めるのは無理だと分かった。如何に天才・達也でも無理だと。
なら、今目の前の『インフェルノ』は何なのか。
「1つの空間の温度分布を操作してるだけ。そうだろ?達也」
「お見事、その通りだ。A級魔法師ライセンス試験で出される『インフェルノ』と深雪が今使っている『インフェルノ』は、全くの別物だ」
オリジナル『インフェルノ』は、A空間の熱エネルギーを奪い、その奪った熱エネルギーを離れたB空間に転移させる事で熱する。ここには、切り離された空間A・B間での、熱エネルギーの瞬間移動が起こっている。
A級魔法師ライセンス試験に出される程の難度とされているのは、この熱エネルギーの瞬間移動が、非常に演算しづらいため、というのは余談である。
対し、アレンジ『インフェルノ』は1つの空間にある熱エネルギーを移動させているだけ。熱エネルギーの瞬間移動は起こっていないのだ。
そのため、熱エネルギーの瞬間移動を起こすための式、九校戦規定に収まらないその式を省く事ができる。同時に、魔法師に求められる魔法演算とサイオン消費も大分省エネルギーにできる。
しかし、魔法師に求められるモノが少なくなった代わりに、アレンジ『インフェルノ』には弱点があった。
「ただ熱エネルギーをそのまま伝えてるだけなら、その熱エネルギーが伝わらない壁を間に作っちまえば良い」
「そうだな。自陣と敵陣の境に真空の層を作ってしまえば、自陣の熱エネルギーを敵陣に伝える事はできない」
熱を伝える分子が何もない真空の層。それがアレンジ『インフェルノ』の弱点。
『インフェルノ』が九校戦規定でも使用されているという衝撃で誤魔化せると、達也は推測していた。その推測を、十六夜の発想力が上回ったのである。
「だが、どうする?十六夜。有効な防御札を持っていても、有効な攻撃札がなければ防戦一方。持久戦に持っていくとしても、深雪の保有サイオン量は並じゃないぞ」
「おうおう、煽るねぇ。そう焦んなさんなって。雫がすぐにでも、その有効な攻撃札とやらを見せてくれるさ」
持久戦ならば保有サイオン量にも優れる深雪が有利と、達也は現状を分析し、その事実を口にした。もちろん、十六夜だってその事は理解している。だから、雫にはちゃんと攻撃札も与えていた。
雫は、アサルトライフル形とは別の、拳銃形特化型CADを取り出す。
その銃口から放たれるのは、対栞戦で見せた『フォノンメーザー』だ。その超音波熱線が深雪側の氷柱に直撃し、その1本を融解しだす。
「すでに見せられた攻撃札を、こっちが対処していないと思ったか?そもそも、『インフェルノ』を突破される可能性は考慮済みだ」
達也の期待に応えるように、深雪が次の魔法を行使する。
その魔法は『ニブルヘイム』。広域を冷却する振動系魔法にして、広く知られている冷却魔法の中で最高の1つに数えられるモノである。
最高と謳われるように、その高い冷却効果が『フォノンメーザー』による融解を完全に止める。
観客は皆驚愕していた。高難度魔法である『インフェルノ』だけでも滅多にお目にかかれない魔法なのに、同じく高難度とされる『ニブルヘイム』までお目にできるとは、皆思っていなかった。
同時に、皆が勝敗に見切りをつける。攻撃・防御共にここまで完璧な札を揃えた深雪に勝てるはずがないと、皆が諦観を抱いたのだ。
だが、雫も十六夜も、まだ勝ちを諦めるつもりはない。そして達也も、まだ油断していない。
何故なら、まだ切り札がある事を、達也は予想していたからだ。
その予想を、雫と十六夜は上回る。
「想定済みだよ、お前らが最高の冷却魔法を持ってくるのなんて。それに、切り札はここぞという時まで取って置くもの。対深雪戦を『ここぞ』と想定していた雫が、対深雪戦以外で切り札を出す訳ねぇよなぁ」
そう。できれば隠しておきたかった『フォノンメーザー』ですら、まだ見せて良い札だった。
切り札は、この時のために取って置いてある。
(持久戦じゃこっちがじり貧。なら、やっぱり、消耗度外視の短期決戦を挑むしかない。……十六夜、ありがとう。使わせてもらうね)
雫は、アサルトライフル形CADと、この
なんと、アサルトライフル形CADの銃身下部にあったレールに、拳銃形CADが装着される。
「CADの、合体……?まさか……!」
CADの合体。それが何を意味するか、達也は一早く見抜いた。
それが、CADの並列接続であると。
それに答え合わせをするが如く、雫は2つのCADを1つのCADのように稼働させ、九校戦規定のCAD1つでは発動できなかった魔法を発動させる。
それは、『フォノンメーザー』と『合成振動波』を合わせたような魔法。複数地点から超音波を発生させ、その超音波を合成する。超音波が合成された地点では、『フォノンメーザー』を越えた熱が生まれ、対象を熱する。
その地点が氷柱内部であればどうなるか。電子レンジで加熱しすぎた時と同様だ。
氷柱が、内部から罅割れる。
このアイス・ピラーズ・ブレイク新人戦が始まって初めて、深雪が失点したのである。
「……九校戦規定を擦り抜けるためのCAD並列接続、『ニブルヘイム』下でも物体を加熱する新魔法の出力。見事の一言だ」
CAD1つに対するスペック制限なら、制限内のCAD2つを並列処理させれば良い。そんな常識外の発想に、達也は素直な賛辞を送る。
そして、そこから繰り出される戦術も、賛辞の対象だ。
『ニブルヘイム』という分子を対象にした魔法に対し、音波を対象とする事で『ニブルヘイム』の影響力から逃れる。お互い熱エネルギーに作用する魔法であるから、全く影響がないという訳ではないが、それでも、こうした抜け道を突いていなければ氷柱を破壊する出力は保てなかっただろう。
「新魔法の魔法式はお前に書いてもらったんだがな」
「……あの時の魔法、確か、『フォノン・レンジ』だったか」
十六夜がしたり顔でした明言により、達也は思い出す。『こんな魔法を考えたんだが、上手く魔法式が組めなくてさぁ』と、頼まれて魔法式を書いた事を*1。
あの時、どう考えても九校戦規定に収まらない式だったし、超音波の合成による対象内部を加熱するという理論は面白そうだったしと、達也もノリノリで頼みを聞き入れてしまったのだ。
その事を思い出した達也は、ちょっと苦い顔をする。
なにはともあれ、そういう経緯で生まれたのが、音波による電子レンジの再現、『フォノン・レンジ』なのである。
「さぁ、達也。こっからが勝負だ」
「さぁ、深雪。ここからが勝負だよ」
奇しくも同時に、十六夜と雫は、それぞれ達也と深雪に対して宣戦布告した。
まだ俺/私たちは、勝負を諦めちゃいないと。
「ああ、そうだな。ならばこそ、俺たちの勝ちだ。深雪の実力が劣る訳はないのだから」
「ええ、そうね。だからこそ、私たちの勝ちよ。お兄様の技術が劣るはずはないのだから」
対する司波兄妹も同時に、十六夜と雫から挑まれた勝負に乗った。
自身が誇る妹/兄が、負けるはずはないと。
『フォノン・レンジ』と『ニブルヘイム』が、互いの全力がぶつかり合う。
しかし、少しおかしな点がある。深雪は何故、防御だけに徹しているのか。揺さぶりもかねて、『インフェルノ』を使うべきでないのか。
理由は2つ。
1つは、自身が今持てる全力をぶつけたかったという、実に高校生らしい熱さによるもの。
もう1つは、彼我のコンディションを比較し、自身が優勢であると分析した冷静さによるものだ。
「はぁ……、はぁ……っ」
雫は汗を流し、呼吸を乱していた。
無理もない。対栞戦でも全力を出しきったのだ。休憩時間を挿もうと、数時間で回復できる消耗ではない。
それに、『フォノン・レンジ』自体が『フォノンメーザー』と『合成振動波』を同時に使っているような魔法であるため、消耗が激しいのだ。
「……願えるなら、万全の雫と戦いたかったわ」
1つ、また1つと氷柱が罅割れていく中、深雪が冷静であり続ける。何せ、罅割れに要する時間が段々と長くなっているのだ。雫がどんどんと消耗している、何よりの証拠だろう。
「…………ごめん、いざ……よい」
その分析が正解であった事を示すように、雫は、深雪の氷柱が残り3本に迫ったところで、意識を手放す。
試合続行不能により、雫は敗北。
ただの一度も敗北しなかった深雪だけが、その場に毅然と立っているのだった。