02 魔法科高校の劣等生
雫の起こし役に何故か抜擢されている白髪赤目色白の少年、北山十六夜。もちろんだが、雫の着替えまで手伝うような事もなく、北山家邸宅にある自室へと一度戻る。
(思えば、奇妙な事になったもんだな。まさか、北山家に迎え入れられるとは)
自室の姿見で服装を整えつつ、十六夜は物思いにふける。
そう。北山家に居ついている事から察せられるだろうが、十六夜は奇妙にも北山家に迎え入れられたのだ。
沖縄海戦当時、彼は本編と同様に大亜軍から脱走した。本編と違うのはその後の顛末。彼は身を隠している最中に、北山家一行を見つけてしまった。
(原作だと雫たちは沖縄旅行なんてしてないはずだが……。まぁ、バタフライエフェクトってやつだよな……。そのせいで俺が助けに入らなきゃ雫が死んでた訳で、こっちとしてはたまったもんじゃないが。逆に、そのおかげで北山家に迎え入れられたとも考えられるけど)
自身の与り知らぬ原作乖離に苦笑しながら、その結果の良し悪しを姿見に写し見る。
大亜軍に殺されかかった雫を助けるためにリライト能力を行使し、変わってしまった己の容姿を見る。
(……あの場を打開する方法として、『
幸か不幸か、書き換えの参考元にした『とある魔術の
しかし、『一方通行』の能力、ベクトル操作については『魔法科高校の劣等生』準拠の仕様でかなり近しいモノを手に入れる事ができた。やはり、完全再現とはいかなかったが。
『一方通行』のベクトル操作を、加速系魔法特化、かつ、害となる物を全て反射する固有魔法付きの魔法演算領域として手に入れたのである。ほぼボーン・スペシャライズド、いわゆるBS魔法師仕様という問題点はある。だが、この結果は望外の幸運であったと、十六夜も自覚している。
「さて、雫ももう朝食を済ませたかな」
身支度をほぼ終えた十六夜は、雫と登校するべく改めて彼女の様子を窺いに行く。
そんな彼が袖を通した制服、国立魔法大学付属第一高校の制服には、八枚花弁の刺繍がされていないのだった。
「おはようございます、
「ああ。おはよう、航。気のせいかもしれないが、『にいさん』の字が違くない?」
「気のせいですね」
「気のせいか、そうか」
長い廊下でばったり出くわす雫の弟・北山航。彼に兄と慕われる状況は、十六夜がどれ程北山家になじんでいるかを表しているだろう。
一応捕捉だが、十六夜は血縁上も戸籍上も航の兄ではなく、もちろん雫の兄弟でなければ婚約者でもない。あくまで、北山家の家長たる北山
ただ、名前もなければ住む家もないという事で、なし崩し的に北山家邸宅へ居候し、あまつさえ北山の姓を貰っている。ついでに言えば、十六夜という名前も名付けてもらった。
雫の両親らが何か企てていると、多少透けて見えるだろう。具体的に言えば、雫とそのままくっ付けてしまおうとする企てが。当の本人たる十六夜はその事を「そんなまさか」で済ませる朴念仁だが。
「朝食は済ませたか?」
「はい。姉さんと一緒に済ませましたけど、姉さん、まだ着替えてないかも」
「……パジャマのまま食べたのか、雫。いや、万が一にも汚さないようにしたのかもしれんが」
雫の寝起きの悪さに、十六夜と航は苦悩の表情を浮かべる。
十六夜は仕方ないとばかりに溜息を付き、玄関で雫を待つ事にした。彼は航と別れ、ただ雫を待つ。
「やぁ!おはよう、十六夜!」
「おはよう、十六夜」
「おはようございます、潮さん、
待ちぼうけしていた十六夜に、自身の後見人・潮とその妻・紅音が声をかけた。潮はこれから会社への出立、紅音はそのお見送りだろう。
「相変わらずよそよそしいなぁ。パパあるいはお父様と呼びなさいと、言っているだろう?」
「ならどうして養子にしなかったんすか」
「何故だろうねぇ」
お茶目を披露する潮に十六夜が正論を返せば、潮は何かをはぐらかす。普通なら何をはぐらかしているのか明け透けだろうが、この朴念仁は首を傾げるばかりだ。
「十六夜。貴方は私たちの家族同然なんだから、そんな肩肘張らずに良いのよ?」
「ありがとうございます、紅音さん。でも、スンマセン。皆さんが家族同然に迎え入れてくれてんのは、分かってるんです。それに、これでも肩肘張っていないつもりなんですよ」
「……いいえ、私たちの方こそごめんなさい。私たちが性急なのでしょう」
紅音は、十六夜が自分たちに一線引いている事を感じ取っていた。実際、十六夜は自身の犯した罪に負い目があるため、他人に一定距離を置いているのだ。
ここですれ違いが起こっていると言うか、十六夜の上手く騙していると言うか、紅音は、そして潮たちも勘違いしている。十六夜が負い目としている罪は、大亜軍の少年兵として犯してきた殺人だと。
酷い話、十六夜は今世で犯してきた殺人に微塵の負い目も感じていない。
彼が負い目にしているのは、前世の罪。親不孝と無能の罪である。
十六夜はそういう勘違いをされていると理解しながら、まったく訂正をしていない。やっぱり、上手く騙していると言う方が正しいかもしれない。
ともかく。すれ違う3人の間に重苦しい沈黙がのしかかる。
そんな沈黙を破るのが雫である。
「どうしたの?お父さんたち、そんなお通夜みたいに」
「いや、何でもないよ。たまたま奇妙にみんな黙っただけさ」
「……、オーケー。把握」
沈黙の訳を詮索し、潮はそれをはぐらかすも、雫は難なく把握した。というか、十六夜が来てから、たまにこういう空気になるのだ。
そうして、その空気をぶち壊すべく、雫は動く。
「はい、十六夜」
「……はいって言われても。差し出された手を俺はどうすれば良いんだ?」
「英国紳士みたいに跪いて手にキスして」
「なんでやねん」
「それが嫌なら私の手を引いて」
「どういうドアインザフェイス?」
ドアインザフェイスとは、過大な要求から入り、それから下げた本命の要求を通す交渉術の事だが。雫のそれはあまりにも突拍子すぎて、十六夜はすんなり要求を呑めない。
「手を引いてくれなきゃ学校行かない」
「小学生か、お前は。……あのな、雫。俺たちは高校生なんだ。高校生にもなった男女が、おいそれと手を繋ぐもんじゃない。『男女七歳にして席を同じゅうせず』と言うだろう?」
「ヘタレ」
「『ヘタレ』!?この貞操観念がおかしいって言うのか!?そんな訳ないですよねぇ、潮さん!」
雫が意固地を発揮しているので形勢不利と悟った十六夜。彼は形成を傾けるべく、潮へ助けを求めた。だが、明らかに助けを求める相手を間違えている。
「いやぁ、どうかなぁ。確かに貞節は弁えるべきだけど、手を繋ぐだけでフシダラなんて事はないしなぁ」
「潮さん!?」
「雫と十六夜は兄弟みたいなモノなんですから、別に手を繋いでたっておかしくないわよねぇ」
「紅音さんまで!」
潮だけでなく紅音まで雫の味方に付き、形勢は一気に雫へと傾いた。
「……ん」
「…………、分かった。皆さんがそう言うなら、そうしましょう。でも、ほのかさんと合流したら手を離すからな」
「うーん……、ヘタレにはそこが限界か」
「まだ言うか!」
雫との漫才じみたやりとりで、重い沈黙はどこへやら。そこには確かに、皆が朗らかに笑う、一家団欒の光景があった。
その後、彼女たちの友人である
国立魔法大学付属第一高校の入学式、その式場で雫と十六夜は途中で合流したほのかと共に唖然としていた。
「……一科生と二科生、綺麗に分かれてるね」
そう。『魔法科』二次名物、『指定されている訳でもないのに一科生と二科生が綺麗に別れて座っている座席』を見て、ほのかたちは唖然としていたのである。十六夜はこの原作の一場面に内心小さな感動を覚えているが。
「十六夜は私の隣」
「いや、この現状をしっかり認識したよな?雫。俺は二科生だぞ?ただでさえ目立つ容姿してるんだから、これ以上目立つような事をさせんでくれ」
雫がそんな事は知らんとばかりに十六夜の袖を掴み、一科生の列に座らせようとしていた。もちろん十六夜は抵抗する。白髪赤目色白という容姿に加え、空気読まない行為で悪目立ちするのは避けたいのである。
「そもそも、どうして十六夜が二科生なの?試験で手を抜いた?」
「試験で手を抜いたら、俺は二科生どころか不合格だ。俺の魔法資質、分かってるだろ?」
沖縄海戦という死地から助けてくれたのもあって、雫は十六夜の実力を過大評価していた。しかし、身体能力や戦闘能力を考慮しない魔法科高校の試験だと、十六夜の評価は『二科生』が妥当なのである。
そう。害となる物を反射する固有魔法と加速系魔法以外、十六夜の魔法師資質は悲惨なものなのだ。ある種、強すぎる魔法を得た代償だろう。奇しくも、原作主人公・
「むぅ」
「ほら、お互いの円滑な学生生活のためだ。ここは空気を読め。……ほのかさん、頼んだ」
「は、はい。じゃあまた後で、十六夜さん」
雫が意地張って意固地になる前に、十六夜は雫を諭しつつ、ほのかに後の事を頼んだ。ほのかも悪目立ちは避けたいようで、十六夜の意図を汲み、雫を一科生たちの座る前方の席に引き連れていった。
そうして十六夜は、
ちなみにこの後、クラス分けで雫・ほのかと十六夜が別クラスになっているという当然の事に対しても、雫は難色を示すのだった。