雫の涙も九校戦のほんの幕間に過ぎず、何事もないかのように、裏でうごめく妨害工作も知らぬ振りで、九校戦が進行されていく。
大会9日目に行われたミラージ・バット本戦で、また第一高出場選手を巻き込む事故があったが、表ではやはりただの事故として処理された。
裏では、ちゃんと達也が原因を処分した。深雪に対する妨害工作を仕掛けられかけて達也が動かないはずもない。
しかし、十六夜はその事実を確認しないし、する気もなかった。雫がその妨害工作に巻き込まれないのだから、十六夜にとって動く動機がないのである。
妨害工作の仕掛け元に関する情報が何処かからもたらされれば、十六夜も雫に降りかかる危険を完全に取り除くべく動いただろう。あいにく、達也からはもちろん情報を流されなかった。第101旅団からお声がかかる微細な可能性を十六夜は考えていたが、それもなかった。
よって、九校戦の裏でうごめいていた犯罪組織に対し、十六夜は完全スルーを決め込むのだった。
九校戦10日目を迎えるも、原作通りで特筆する事はなく、予定されていた競技であるモノリス・コード本戦も終了する。
結果として、第一高が新人戦優勝にして総合優勝。表彰式にてそれが大いに称えられた。
少年少女の競い合いが終われば、その日の晩には後夜祭が催される。九校戦前夜祭たる懇親会での張りつめた空気は打って変わって、本当の意味で親交を深めようと和やかな交流が盛んに行われている。
十六夜もまた、和やかな交流を行う1人、と言うか交流に巻き込まれてる1人だ。
「なるほど!あの2つのCADの合体はCADの並列接続だったのか!」
「CADの並列接続技術、実用化されていたのか……!」
「いやぁまだ試験段階っぽいっすよ?ノーザン・ウィッチ・クラフトで最近実用化目指して動いてるみたいっすけど、商品化できるレベルには達してないらしくて。今回は良い試験になるって事で、試作品提供してくれたんすよねぇ」
十六夜は主に、技術屋・第四高の交流に巻き込まれていた。本人も意見交換ができて満更でもなさそうだが。
「あの起動式ストレージ・カートリッジ機構採用のCADも、NWCに頼み込んで作ってもらったんで、あの機構に興味あるんでしたらNWCを御贔屓に」
さりげなく宣伝する事も忘れない十六夜である。
「レバーアクションでのカートリッジ変更は実に興味深かった。先生たちにも研究題材として取り寄せてもらえるよう、お願いしてみよう」
「あ~、あの機構採用してる商品は軍に卸してる物だけだそうですので、その商品を取り寄せるのは高くつきそうっすねぇ。うーん、そうだなぁ……。今回使ったヤツ、いくつか第四高に貸与できないか、ちょっと相談してみます」
「可能なら有り難いが、可能なのか……?」
「俺の後見人がNWCの出資者なんで、そっちのコネ使えばいけるかもっす。後、あそこまだまだ中小企業なんで、興味持ってもらえるのはもちろん、入社希望者とか増えたら有り難いですし。第四高出身者ならウェルカムでしょう。なんなら高卒で採用しちゃうかも」
「そうか!ありがとう!」
「まだ貸与の確約できないっすけどねぇ」
さりげなく会社の人員確保も忘れない十六夜である。
ちなみに同じく技術者としての力を見せたはずの達也は、担当選手の地力が凄かっただけという過小評価に収まったため、あまり話しかける人間はいなかった。モノリス・コード新人戦の決勝で一条将輝を倒しているのだから、選手としての人気はありそうなものだったが、それでも寄ってくる人間は同校の人間のみだった。おそらくは、もっと人気を誇って大勢が話しかけてくる深雪のボディーガードみたいな事をしていたせいだろう。
話は十六夜に戻る。
「よう雫ぅ、楽しんでるかぁ?」
十六夜は技術交流をある程度で切り上げ、達也を倣うように(?)雫の下へ舞い戻る。
「十六夜が他校の女子生徒と話してるのを見て、絶賛不機嫌」
「束縛系女子かな?その女子生徒だいたい第四高の人たちで、技術交流目当てだったんですが」
「色目使ってるの、何人か居た」
「マジで?連絡先聞いとけば良かったかなぁ」
「……携帯端末、遠隔操作のアプリケーション入れといて良い?」
「微塵も良かねぇよ。マジモンの束縛系になる気か、お前は」
「冗談」
「目が冗談じゃなさそうだったんですが、それは」
「冗談と言ったら冗談」
「あっはい」
他愛のないやり取りを、雫と十六夜は繰り広げる。そこに、彼女が涙を溢れさせたあの時のような雰囲気はない。努めてそうしているのかもしれないが、そうできているだけ回復したのだと、十六夜はそう考えておく。
「少し良いかしら」
丁度コント(?)が終わったところで、そこを見計らっていたように少女が声をかける。
「……十七夜選手と、一色さんと四十九院さんだっけ」
雫がちゃんと覚えていた通り、声をかけてきた少女は十七夜栞、彼女に付いてきていたのが一色愛梨と四十九院沓子だった。
「ええ。改めて、私は十七夜栞。良ければ、栞と呼んでもらえないかしら」
「私の方も愛梨で良いわ」
「だ、そうじゃ、北山十六夜殿。愛梨が下の名前をアウチッ―――「そっちには言ってない」―――……、儂も沓子で良いぞ?十六夜殿の方ものぉ。うぬらとは何か縁がありそうじゃし」
栞は雫との交友を持ちたいようで、それに愛梨と沓子が付いてきたようだ。さりげなく沓子は愛梨と十六夜の縁結びをしようと余計な世話を働かせ、愛梨に軽く小突かれていたが。
「……、私の方も雫で良い。十六夜との区別が面倒だろうから」
「俺の方は十六夜呼びでも北山呼びでも良いぜ?十七夜さんに、一色さんに、沓子さん」
「ほれ、愛梨が気後れしておるから、儂のほうが一歩リードしてしまったぞ」
「……沓子、後でしっかり話し合いましょう。しっかりと、ね?」
「……ちとやり過ぎたやもしれん」
行き過ぎた揶揄いで顔を青くしている沓子。残念ながら、交流はそんな彼女を他所に進む。
「雫さん、アイス・ピラーズ・ブレイクでは本気で戦ってくれてありがとう」
「礼を言われるような事じゃない。実際、本気と言っても並列接続CADは隠してたし」
栞から本気で戦ってくれた事への感謝を告げられるが、雫は手札を隠した戦いだったため、素直にはその感謝を受け取れなかった。
「それは要否の問題でしょう?並列接続CADで使ったあの魔法、威力はあるけど消耗が激しいモノに見えたわ。私との試合で、あれ程の威力は必要なかった。私との試合で必要だったのは魔法の威力ではなく、技量、魔法切り替えの上手さ。そして、地力だった」
栞は『フォノン・レンジ』をあの試合で不要な札だったと考えていた。
あの試合、最終的に勝敗を分けたのは保有サイオン量と魔法演算領域の耐久性だ。それらを激しく消耗する『フォノン・レンジ』を使うのは悪手であり、使わない判断こそが最適解である。
よって、『フォノン・レンジ』を使わなかった事が手抜きとはならない。少なくとも、栞はそう考えている。
「ありがとう。あの試合のおかげで、私は私を見つめ直せたわ」
栞が感謝していた理由は、その言葉に詰め込まれている。
彼女は、失敗を、敗北を恐れていた。それは、自身が有能であると示し続けなければいけなかったから。無能になり下がり、自身が縁を切った実の両親と同じになりたくなかったから。
でも今回の敗北、スピード・シューティングのも合わせたそれで、彼女はその思いを見つめ直し、その思いの根幹を見つける事ができた。
彼女はただ失敗を恐れていた訳ではなかった。自身が有能であるという自尊心を守りたかった訳でも、実の両親を憎んでいた訳でもなかった。
彼女は、自身の才能を見出し、引っ張り上げてくれた愛梨の、隣に立ちたかったのである。愛梨の隣に立つ者として、相応しい人間になりたかったのである。
では、愛梨の隣に立つ者として相応しいのは、ただ有能で失敗しない者なのか。
否である。
真に愛梨の隣に相応しい者は、失敗を恐れず挑戦し、その経験を糧として成長していく者だ。
自身の思いの根幹と、その思いの成就に必要なモノ。それらを見つけ出せた栞は、間違いなく今回の敗北以前より成長していた。
「でも、ごめんなさい。私との試合に本気を出したせいで、その後の試合に万全で臨めなかったわね」
同時に、栞は気付いていた。雫は、自身との試合、その先にある深雪との試合を見据えていたのだと、気付いていた。
「それこそ謝らなくて良い。深雪との試合だけ見据えてたんだったら、栞との試合は手を抜けば良かった。全部本気で臨んだのは、私のわがまま」
「……そうね。では、やっぱり伝えるべき言葉は『ありがとう』で良いわね。……改めて。ありがとう、雫さん。来年は私が勝つわ」
「……次も負けてあげないよ」
「望むところよ」
雫も栞も、色々な思いがあった。だから、お互い色々な思いを汲み取って、来年の九校戦での健闘を祈り合う。どちらともなく握手を交えるのだった。
「さて、栞の用は済んだようじゃし、儂の用に移らせてもらおうかのぉ」
雫と栞が握手を交え終えたところで、沓子が一歩前に出る。しかも、十六夜の前に立つようにして、だ。
彼女の用事について聞いていなかったようで、栞も愛梨も小首を傾げていた。
沓子が十六夜にどんな用事があるのかについて、栞も愛梨も、そして雫も十六夜も思考を巡らせる中、おそらく沓子はその4人も思考を飛び越えた用事を口に出す。
「北山十六夜殿。儂、四十九院沓子と婚姻を結ばぬか?」
「「「……え?」」」
「……なるほど、そう来たか」
沓子が悪戯好きのような笑みを浮かべながら口に出した告白に、女子3人は思考が追い付かず固まった。ただし、どういう思惑があるのか、十六夜だけは少しの思考で当たりを付ける。
「四十九院家は早々に俺を囲い込みたいって腹だろ?」
自身の活躍に『
日本魔法師界の名家たち、『ナンバーズ』は大なり小なり有力な魔法師を囲い込みたい、当家の戦力にしたいと、日々暗躍している。
そんな家々が、スピード・シューティングとクラウド・ボールで圧勝した選手を無視できるはずはない。
沓子の告白は、ただ他の『ナンバーズ』より早く、かつ、好意的に動いた結果だ。排除や牽制をせず、まず婚姻関係に持っていこうというのは、実に性急で好意的だろう。
「儂、決心して告白しとるんじゃぞ?もう少し純粋に受け止めても罰は当たらんじゃろ」
「決心って言ったって、恋愛方面の決心じゃなくて、家のために自身を省みないって決心でしょうが。純粋さが欠片もない告白に、純粋な反応はできないって」
「恋愛感情が微塵もないとは言っておらんし、自身を全く省みないつもりもないんじゃがのぉ」
「……なるほど」
十六夜は沓子の目を真っすぐ見て読み解く。彼女は確かに恋愛一色ではないが、恋愛模様がない訳でもない、割と本気で十六夜を求める目をしていた。
「四十九院家は、悪い言い方をすれば節操なしじゃ。我らが本家である古式魔法師家、『白川家』の戒律を破り、『九』の魔法師を血に混ぜ、現代魔法にも手を染めた。故に『白川家』からは縁を切られたが、数字を冠するに至った」
沓子の家、四十九院家は、自身らの秘技を発展させる事にとても貪欲だった。古式魔法師家の分家でありながら、魔法技能師開発第九研究所、通称・第九研関連で溝があるその研究所出身の魔法師と婚姻を結んだ。そこから端を発し、現代魔法も取り込んだ。
結果、古式魔法師界隈からはほぼ孤立してしまったが、古式魔法師家をルーツとする家なのにも拘らず、『ナンバーズ』の一員にまで上り詰めている*1。
そこまでの成果と貪欲さがあるからこそ、四十九院家は十六夜の能力に目を付け、我が家に取り込もうとしている。
「儂は我が家の意向に賛同しておる。旧態依然となるのは勘弁じゃ。じゃから、儂の婚姻がその意向のために使い捨てられても文句はない」
沓子は、しっかりと『四十九院』の一員だった。
「ただ、おぬしが相手なら文句なしどころか最上じゃ。おぬし自身が才覚に溢れておる。おぬしの移動ベクトル操作と我が家の水流操作も相性が良さそうじゃから、次代にも期待できる。個人的に気も合いそうじゃ、色々と、な」
沓子は、論理的に、そして精神的にも十六夜を求めていた。
これは、ただその血筋、良血統を欲しての婚姻ではない。その才能に惚れて、あわよくば子孫にもその才を引き継がせるための婚姻だ。
そして、才能に惚れているのは沓子本人もそうであり、人格も悪くないと思っている。単純に夫として良物件であると、彼女は考えている。
だからこそ、彼女は十六夜を『最上』と評したのだ。
「厚遇は約束しよう。おぬしが技術者としての大成を望んでおるなら、修学の資金は提供するし、講師も呼び寄せよう。おぬしが今の立場を維持したいと願うならば、我が家に居ついてもらう事は強要せぬし、なんじゃったら婚姻も結ばんで良い。子種だけは貰うがな?」
腹を割って打ち明けるだけでなく、しっかりと交渉する。彼女が、四十九院家がどの程度本気であるか、それで窺えるだろう。
周りの女性たちはその本気度を窺い知り、十六夜の婚約には是が非でも口を挿みたい雫すら口を噤んでいた。
そんな中、十六夜の思考はと言うと――
(……この子、割と好みの見た目してるな)
――まさかの外見寸評をしていた。
そう。本編『四葉十六夜』と態度が別人レベルで変わっているが、自室に合法ロリの美少女フィギュアを飾っていた前世は『北山十六夜』も変わらないのである。今世では引き続き、その手のフィギュアを飾っているし。
そして、変わった態度に釣られて精神も大分変わっている『北山十六夜』は、沓子の言葉を真面目に聞きつつも、思考は自身の性癖に従って外見寸評していたのだ。
合法ロリが性癖である十六夜にとって、のじゃ口調の低身長という沓子のステータスは割とドストライクだった。
ただ、安心してほしい。彼は『四葉十六夜』であろうと『北山十六夜』であろうと、『●●』である事は変わりない。
(キャラ性がしっかりしてるし、絶対原作スピンオフのキャラだよな。前世でお目にかかってたら推してた自信がある)
やはり、何処か他人を『人間』ではなく『キャラクター』として捉えていた。
(……彼女が俺に手を差し伸べてくれた最初の人だったら。……俺は、彼女に尽くしていたかもしれないな)
彼の贖罪の意識も、相変わらずだ。罪を償うために、誰かに尽くそうとする。
ならば、彼が至る結論も相変わらずのモノになるだろう。
「いやぁ、すまんけど。その期待には応えられんよ」
彼は、手を差し伸べてくれた最初の人たち、北山家に忠義を貫く。
「恩人らに尽くしたいってのもあるし。それにまぁ、
十六夜は意外と、熱烈なアプローチをしてきた沓子に対して応えるように誠実に考えていた。
彼女らは十六夜の遺伝子を欲していたが、十六夜の能力はそのほとんどが遺伝しない。
超人技能やリライト能力は、遺伝しないのだ。少なくとも、『Rewrite』においてその事例は一例たりとも存在しない。まぁ、『Rewrite』作中の超人やリライターが軒並み子を成さずに死んでいただけだが。
とりあえず。推測ではあるが、リライト能力が遺伝する事はないだろう。逆説的ではあるが、『Rewrite』作中に登場したリライターに血縁関係はなく、よって、血縁に関係なく継承されるから、逆に血縁による遺伝はないという仮説が組み立てられる。仮説は仮説であるから確証はないが。
つまり、何が言いたいかと言うと。沓子が十六夜の能力、その遺伝を求めているが、それは望み薄であるから期待に応えられないので、それを踏まえて十六夜は婚姻をお断りしている、という事だ。
「
「気兼ねがなくなるのは、俺の力を狙っている奴らじゃないですかねぇ。……それにだ。レディ、試しで人生を棒に振るものではありませんよ」
「……ふむ、今のままでは駄目そうか」
十六夜の真面目ではあるがその気がない態度から、現状において彼の引き抜きは不可能であると、沓子は判断した。
「では、お互いをよく知っていこうではないか」
よって、まずは絆すところからだ。沓子は交流を深める方向にシフトする。
「どうやら儂の外見はおぬしの好みのようじゃし」
「……」
「黙秘か。あれだけ儂の肢体を目で嘗め回しておいて、言い逃れはできんと思うがのぉ」
十六夜が外見寸評していた事は、どうやら沓子にバレていたらしい。十六夜は内心冷や汗をかいた。下世話な行為がバレた事も原因だし、沓子以外の女性3人、特に雫から湿度の高い視線で睨まれているのも原因だ。
「気の迷いで手を出してくれても構わんぞ?」
「……人が悪いですよ?レディ」
「おぬしも大概似たようなものに見えるがの。……で、どうする?連絡先の交換だけでもせぬか?」
「……、レディからのお誘いです。喜んでお受けしましょう」
「据え膳も誘えば食べるかのぉ」
「……さすがに下世話すぎんか」
紳士的な態度を仮面にして壁を作っていた十六夜だが、さすがにグイグイくる沓子に仮面を維持できず、苦笑しながらツッコんだ。対する沓子は笑って流すだけだ。
何はともあれ、これ以上この場でグイグイ来られるのも嫌なので、十六夜は沓子と連絡先を交換する。
「……沓子、相手は選ぶべきだと思うわ」
「北山十六夜、貴方を軽蔑します」
連絡先交換を終えるや否や、栞と愛梨が沓子を守るように十六夜から引き離し、壁として割って入る。先程までのやり取りで色々勘違いが起こってしまったようだ。『勘違い』という表現が正確かはともかくとして。
それにより、愛梨の方は口調が敬語になる程、十六夜とのすれ違いを起こしてしまっている。
「しっかり選んだ結果なんじゃがのぅ」
「……俺も、彼女の告白に真面目に対応した故なんだが。まぁ、途中に無礼は働いたけど。結婚相手なら、外見も大事な評価基準だろう?」
沓子も十六夜も、このすれ違いは長引くだろうと、簡易な弁解だけで済ませた。
「……もう用はないですし、行きましょう。栞、沓子。……それでは、ごきげんよう」
「……さようなら」
「じゃあのぉ!家に着いたら連絡するからのぉ!」
愛梨が頃合いだろうとこの交流を切り上げ、栞と共に沓子を引っ張っていく。
十六夜は、愛梨や栞とのすれ違いが、時間によって解決する事を祈るのだった。
「……十六夜」
「……どうした、雫」
雫に袖を掴まれ、その声音すら湿度が高く感じられた十六夜は、恐る恐る彼女を見やる。
「……自室に飾ってるのも、小さな女の子のフィギュアだよね」
そう言葉を発する雫の目に、ハイライトはない。少なくとも、十六夜の目にはそう映っていた。
「……2つだけ弁解させてもらう。1つ目は、あのフィギュアの女の子たちは設定上18歳以上である事だ。間違っても、俺は幼女性愛者ではない。2つ目は、俺は二次元の趣味趣向を現実に持ってくるつもりはない事だ。俺は二次元の女の子と同じステータスを、現実の女性に求めたりはしない」
「でも、沓子さんは体を嘗め回すように見られたって」
「……」
十六夜は純粋に『どうすれば良いんだ』と焦っていた。雫の誤解をどうにか解かなくてはいけないのだが、彼女の中でその誤解が真実と断定されているため、どうにも解くのが難しい。
「……私も、そういう目で見てたの?」
ここでようやく、雫の目にハイライトが戻ったように十六夜には見えた。
十六夜はこれを好機と捉える。話の焦点が幼児性愛者疑惑についてから、雫を性的に見ていたのかについてへ変わっているのだ。ついでに、雫の感情が嫌悪から羞恥に変わっている点も良いだろう。
今まで異性として認識してなかった相手に、異性として認識されていたという疑惑を挟み込めば、この話は有耶無耶にできると、十六夜は考えた。雫の感情をそもそも読み違えていたり、雫が自身を『異性として認識していなかった』という間違った認識をしていたりする時点で、朴念仁も良いところなのだが。
「そういう目で見てたって言ったら、どうする?」
その誤認をしたまま、十六夜は当初の考え通りに舵を切る。
「……っ」
雫は俯いた。少し赤くなった耳は十六夜の目に入ったが、歓喜で緩んでいる頬は死角に入ってしまった。だから、十六夜はこの路線で行けると、そのまま突っ走る。
「なぁんてな!お前とは幼馴染つぅか家族みたいなもんだ。今さらそういう目では見れねぇよ。…………どうした、雫」
十六夜が冗談だったと笑い飛ばした瞬間、雫の赤面が白面へと変わる。そうして上げられた顔に一切の感情が抜け落ちていれば、朴念仁の十六夜もさすがに異変に気付く。時すでに遅し、だが。
「……しばらく話しかけないで、このクソボケ」
「……え?」
「後、しばらく半径50、いや10、……3m以内には入らないで」
「え、待って、雫……。いや、マジで待って、雫!し、雫ぅ!」
雫は十六夜を『クソボケ』と言い捨て、そそくさと十六夜の元から立ち去る。十六夜は訳も分からず、割と真面目に涙目になりながら、立ち去る彼女へ手を伸ばす事しかできないのだった。
「……雫と何かあったのか、十六夜」
意気消沈し、後夜祭会場の壁際で席に沈座もとい鎮座していた十六夜に話しかけたのは、意外にも達也だった。
「……雫に、嫌われてしまった。……もう、俺に生きる価値はない」
冗談や洒落のようなセリフを吐いて落ち込んでいる十六夜。実際は十六夜の事情及び心情を加味すると、割と冗談じゃないし洒落になってないのだが、達也がその事情・心情を知る由はない。
「……経緯が分からんが。生きる価値がないと断ずる前に、関係修復へ尽力すべきじゃないか?」
「……俺に、できるかなぁ。……俺、やり直せるかなぁ」
「可不可はともかく、やってみるべきだろう。CAD開発と同じだ。できるかもしれないと信じて挑戦する。そうしなければ、停滞して朽ちゆくのを待つだけだ」
「そう、だな……。停滞はダメだ、成長しなくちゃダメだ。……『今度こそやり直す』と決めたのは、お前自身だろ」
これまた意外にも達也は熱心に立ち直させるべく言葉をかけ、十六夜はその意外な応援に自らを奮い立たせた。傍から見たらコント紛いが、十六夜の実情的にはかなりシリアスな場面だった。
「立ち直ったばかりで悪いが、客人だ」
達也が意外な行動を見せていたのは、客人がいる故だったという悲しい事実を、ここに明記しておく。達也からすれば、その所用がなければここまでする義理はなかった。まだ好感度はそこまで稼げていないのだ。
「客人?」
「初めまして。君が北山十六夜君ですね?私はエルンスト・ローゼンと言います」
「エルンスト、ローゼン……。ローゼン・マギクラフト日本支部社長じゃねぇか!」
達也が連れてきた客人の素性に気付いた十六夜は、即座に席から腰を跳ね上げて背筋を伸ばした。
「し、失礼しました!俺が第一高九校戦技術スタッフメンバーの北山十六夜です!」
「驚かせてしまいましたかね。ですが、こちらのご用事を察していただけているようで何よりです」
CADメーカーのお偉いさんが自身に話しかけてくる用はそれしかないだろうと、十六夜は察していた。それが正解だったようで、エルンストは柔和に微笑みを浮かべる。
「起動式ストレージ・カートリッジ機構、レバーアクションによるカートリッジ変更機構、そして並列接続CAD。どれも素晴らしい技術でした。あのカートリッジ機構1つだけでも素晴らしい。広く知られている技術ですが、あれ程の可能性が秘められているとは思いもしませんでしたよ。聞けば、日本軍が採用する程だとか」
「お、お褒めに与り光栄です。ですが、あれはコネクションを用い、ノーザン・ウィッチ・クラフトから取り寄せた物。俺が開発した物ではありません」
エルンストは十六夜をおだてるが、十六夜はむず痒く感じていた。確かにアイデアは自身のモノだが、ソフトウェアとハードウェアを組み立てたのは自身ではない。
ちょっとここで小さな詐称ポイントだが。『俺が開発した物ではない』と言う事によって、自身がアイデア出しとしても開発に関与していないかのようなミスリードをしている。
「でも、それらを整備できるのでしょう?私には、それだけで充分にあれらの技術を得ていると思います」
「……申し訳ありません、エルンストさん。俺のその技術を評価して勧誘してくれるのはとても嬉しいのですが。俺にはノーザン・ウィッチ・クラフトのコネクションがあります。言い方を変えれば、俺はノーザン・ウィッチ・クラフトに対するしがらみ、繋がりがあるのです。同時に、ノーザン・ウィッチ・クラフトに対する恩もあります。俺はノーザン・ウィッチ・クラフトから離れられないし、離れるつもりはないのです」
エルンストの迂遠な引き抜きを、十六夜は率直かつ誠実に断る。
十六夜にとって、NWCで成果を上げる事、北山家に尽くす事が第一義なのだ。ならばこそ、如何な好待遇を持ち出されたとしても、引き抜きに応じる事はできない。
「……ふむ、そうか。……こちらこそ失礼しました。貴方は日本人の美徳たる義理堅さをお持ちのようだ」
引き抜きは不可能と感じ取ったエルンスト。彼はリスクマネジメント的に大人しく引き下がった。
「ところで、確認したいのですが。貴方の技術はノーザン・ウィッチ・クラフトのコネクションによるモノなのですね?」
「ええ。俺が扱った技術は、ほとんどノーザン・ウィッチ・クラフトのモノです」
「そうですか。では後程、共同開発を申し込むかもしれません。その時は宜しくお願いします」
「俺個人がよろしくする事はないでしょうが、まぁ、お伝えしておきます」
「ありがとう。それでは、また」
エルンストはさり気なく、か細いながらもNWCとのコネクションを作ってから、この場を辞するのだった。実際はか細くなかったりするのだが。
「……はぁ、全く。無駄に人気になったもんだなぁ。なぁ、達也?」
「……そうだな。俺自身、あの程度で目を付けられるとは予想してなかった」
「お前の実力は隠し切れてないだろ」
「……お前に言われたくはない」
互いに隠している能力の片鱗を知っている十六夜と達也。隠したいけど隠しきれていないと、両者互いに苦言を漏らした。
そう。十六夜は言わずもがな、達也も深雪に対してはその技術力を惜しげもなく使ったり、一条を直接対決で倒してしまったりと、何処か抜け目があるのだ。
そんな彼らに、さらに畳みかけられる。
「北山、司波。少し良いか」
十文字克人が、丁度集まっている2人に声をかける。彼は十六夜と達也に同じ用があるから、彼にとってはこれが好機だったのだ。
「……ほら来た。……どうかしましたか?十文字会頭」
「ここでは何だ。付いてきてくれ」
克人はそう言い切るとすぐに背を向けて歩き出した。十六夜と達也に拒否権はないという訳だ。
十六夜と達也は顔を合わせて溜息を漏らし、仕方ないと克人の背を追った。
連れて行かれた場所は会場の外、建物からも出たところ。ただ、後夜祭の喧騒が聞こえてくるくらいの距離で、然程離れてはいない。
「それで、会頭。どんなご用事ですか?まさか、『うちの妹を嫁にどうだ』とか、ですか?」
十六夜は克人の用事も、というか『ナンバーズ』からの用事はそれしかないだろうと察しており、先制しておく。
「話が早くて助かる。率直に言うが、お前たちは十師族の一員になるべきだ」
「……俺も、ですか」
「司波の方は特に、だ。十師族直系を公式戦で打倒した事には、それだけ重要な意味がある」
「俺よりも、十六夜の方にその意味はのしかかっていると思いますが」
「十師族直系に比肩し得るという事と、十師族直系を打倒したという事では、残念ながら後者の方が重視されるだろう。まぁ、確かに北山の実力は比肩どころでは済まなそうだが。だからこうして北山にも声をかけている」
克人は達也にも十六夜にも、善意で声をかけていた。彼はすでに十文字家代表補佐を務めているのもあって、『ナンバーズ』同士の小競り合いは少なからず把握しているのだ。
だから、『ナンバーズ』の引き抜き合戦に達也と十六夜が巻き込まれるだろうと、そうなる前に十師族に後ろ盾になってもらえと、彼なりの助言をしている。
「……」
「助言、ありがとうございます。でも、まだ俺たち高校生で、そういうの考えた事もなかったので。ちょっと考える時間が欲しいっす」
達也が返しに困っているのに対し、十六夜は助言を受け取った体裁を整えた返答をした。さらに、そういう小競り合いについて全く取り合うつもりがなかったので、それらしい理由を取って付けつつ、結論を保留するような形に取り繕っている。
「そうか……。分かった、お前たちの意志を尊重する。だが、あまりのんびり構えてくれるなよ」
「承知しました」
克人の忠告を、十六夜は内心面倒臭がりながら真面目に聞き入れた。
克人は言いたい事を言い切り、自身でも世話を焼き過ぎたと自覚しているので、そそくさと後夜祭会場へ戻っていく。
「……だとさ、達也。お前はどうする?」
十六夜は原作知識で分かり切っている事を、知人の恋路を揶揄うように達也へ尋ねた。
「さぁ。どうなるものか」
「なるほど、激流に身を任せるしかないって事」
「……」
達也は自身が自身の婚姻を自由にできない身分であると、このやり取りで十六夜に見抜かれたような気がした。実際は見抜くどころかあらかた知っているのだが。
「戻ろうぜ。そろそろ舞踏会の時間だ。今は今できる青春を楽しもうぜ?」
「……そうだな」
達也は結局少し警戒するだけに留め、その警戒する相手と一緒に後夜祭会場へ戻るのだった。
ちなみに、この後に後夜祭お決まりの、学生たちによる似非舞踏会の時間がやってくるのだが。十六夜は雫にダンスパートナーを申し込まれる事なく、意気消沈した。
雫は十六夜の方から申し込んでくると待っていた、というのは話のオチである。