幹比古が美月の肢体にラッキースケベしたり*1、論文コンペのデータを盗もうとする下手人*2が出たり、その下手人を尋問するため達也・摩利・真由美が彼の入院する病院を訪れたり*3、そこで大亜連の特殊工作員*4と戦うはめになったり。
やはり達也が物凄く忙しくする中、十六夜は警備隊の練習に交ざって健やかな汗をかく充実した日常を過ごしていた。
そうして時間は瞬く間に過ぎ、論文コンペ当日となる。
「貴方は警備隊に入らなかったんだね」
論文コンペの開催場所である国際会議場の最寄り駅に着いたところで、雫は今さらな疑問を十六夜に投げた。
ちなみに、手は繋ぎっぱなしで、行動を共にしているほのかはちょっと居心地が悪くなっていた。「日常になるから慣れて」というのが雫の談だ。まだ慣れていないので、ほのかはさっさと達也一団に合流しようと、最寄り駅に着いた時点で彼らから別れている。
「呼び方……、は、人目はそんなにないし、良いか。……正直な話、俺は雫が最優先どころか雫以外はどうでも良いからな」
「そう」
ともすれば口説き文句に聞こえそうな十六夜の台詞を、雫は特に恥ずかしがる事無く受け止めた。それが口説き文句ではなく、彼の恩返しであると分かっているからだ。
相変わらず恋愛感情が感じられない十六夜に少し苛ついて、雫は手を強く握りしめる。ただ、パワーは断然十六夜の方が上なので徒労に終わる。
徒労だと察してさっさと会場に向かおうと雫が歩き出した瞬間、とある声が響く。
「十六夜殿ーーー!!」
雫にとっては聞き覚えがある、十六夜にとっては聞き慣れた少女の声だ。
「沓子ちゃんじゃん。おーーーっす!」
体面上は彼女となっている雫が隣いて、しかも手を繋いでいる十六夜。だというのに、駆け寄りながら手を振ってくる沓子へと、空いた手を振り返していた。
「こんな所で会うとは、奇遇じゃの!」
「おう、マジで奇遇だな。論文コンペあるから、ワンチャン会うかとは思ってたけど」
沓子と十六夜はここでの邂逅を約束していた訳でもなく、またお互い論文コンペに出向く事を伝えていた訳でもない。なので、この邂逅を奇遇と称した。ただ、沓子の方は奇遇ではないのである。
「何が『奇遇』よ、沓子。キャビネット使うならこの最寄り駅を使うだろうって、ずっと張り込んでたじゃない」
「沓子、相手は選ぶべきよ」
この邂逅が沓子の計画だった事を語るのは、彼女の親友たちである愛梨と栞だ。愛梨は沓子のがめつさに呆れており、栞は十六夜へ色々な疑いを持っているために警戒心を向けていた。
「なんだ、待っててくれたのか?事前に言ってくれれば良かったのに」
愛梨と栞の言葉から自身に都合の悪い分は耳を塞ぎ、十六夜は自身の到着を待ってくれた親しい友人として沓子に接した。彼女が相変わらず自身の貞操を狙っているのは、度々の通話で把握済みなのである。
「再会に物語性があった方がおぬしの気も引けるじゃろ?……まぁ、残念ながら先を越されてしまったようじゃがの」
「ん?ああ。雫と仲直りした時に進展して、な」
「何も進展してない。こいつは相変わらずクソボケのまま」
沓子は十六夜が雫と手を握っている光景に、2人の中が恋仲に収まったと判断した。十六夜もそのように取り繕うつもりだったのだが、雫はそこに異論を差し込む。
「ん?どういう事じゃ?仲良く手を握ってるようじゃが」
「北山さん、もしかして無理矢理させられてるんじゃ……」
「……警察、呼んだ方が良いかしら?」
「なんで犯罪方面に捉えるんですかねぇ!?」
沓子はまだ手を繋いでる状況と雫の異論とに齟齬がある事を不思議がったのに、栞と愛梨の方は侮蔑するような視線を十六夜に浴びせている。
「皆の勘違い。何と言うか、こいつに甲斐性がないだけ」
十六夜が、明確に言うとその先にある『●●』が自身を愛していないのに付き合っているという不可解な状況。その状況を説明するのが難しかったため、雫はとりあえず『甲斐性がない』と表現した。彼の側から歩み寄って来ないのだから、その表現もあながち間違いではないかもしれない。
「なんじゃ、付き合ってすぐに倦怠期か?なら、早々に見限るのも良いかもしれんぞ?」
「絶対見限らないし手放さない」
沓子は揶揄うように別れを唆してみるが、雫はその後に彼を掻っ攫おうとする彼女の魂胆が読めていたし、それがなくとも彼を絶対に愛し愛される事を誓っているので、何があっても彼を放す気がない。
「……その。私たちは何を見せられているの?」
「……新しい手法の惚気ではないかしら」
「アツアツじゃなぁ」
雫の誓いは傍から見れば惚気であったがため、そう見ていた愛梨・栞は何故だか虚しくなってきていた。沓子は一旦引き下がりつつ、微笑ましく見つめている。
「はぁ……。なんだが、色々と言う気もなくなってしまったわ。本当は少しくらい卑下が改善しているか試したかったけど。カップルを邪魔するのは良くないでしょう。私たちはこの辺りで失礼させてもらうわ」
「そうか。じゃあのー」
「沓子もこっちよ!何自然にカップルに割って入ろうとしてるの!」
愛梨は本気で十六夜と雫の邪魔をすまいと思ったのだろう。まだ2人の間に居座ろうとする沓子を無理矢理引き剥がし、栞も引き連れて、十六夜と雫から離れて行くのだった。
十六夜と雫にとって、嵐が去ったと言う程ではないが、つむじ風が通り過ぎていったようだった。
「……そろそろ行くか、雫。ほのかさんたちも待ってるだろうし」
「ここで女の名前を出す?」
「ほのかさんは別枠だろうが!」
達也一団に合流すべく動き出した十六夜と雫は、すぐにその目的をできた。合流できたのがコンペ開始前だし、第一高の論文発表は午後に予定されていたため、達也と深雪もまだ一団の中にいて、十六夜は少しばかり会話する事ができた。その会話で今回起こる騒動の情報を聞けた訳ではないが。十六夜としては横浜事変が起こる事を原作知識で知っているので、達也の秘密主義には何も思う事はない。そもそも、達也自身そこまで大きな騒動が起こるとは予想できていなかっただろう。
とかく。合流しての交流は学友としてのそれ。嵐の予兆を感じさせるものではなかった。
それなのにも拘らず、レオ、エリカ、幹比古、美月は気を張っている。
「わざわざ得物まで持ち込んで、随分やる気だなぁ」
昼食の時間。十六夜は今更ながら皆がやる気な事を言及した。
「むしろ、アンタはやる気がなさすぎじゃない?あれだけ色々とあって、本番では何もないって事はないでしょう。達也君も、事件は1度につき1回だけとは限らないと言ってたし」
エリカは逆に、十六夜の気の抜けっぷりを指摘し、少しばかり睨む。
「ああ。やる気があるのが悪いって話じゃないさ。ただ、今から張り切るだけ無駄だって言ってるだけだな」
「……同じ意味じゃない?それ」
「違う違う。軍人でもない一般人が気を張ったところで無駄だって話だ」
肩透かしをくらうかもしれないと杞憂を抱え、ちょっと神経質になっているエリカ。そんな彼女に、十六夜は慰めというか、予告をする事にした。
「……どういう事?」
「
達也が呂と交戦した事から然も予想したように、十六夜はこの後起こる事を予告する。国防軍まで出てくる、大火災になる事を。
ただ、肩の力を抜かせようとしていた十六夜の思惑は失敗し、逆に、エリカたちに気を引き締めさせる事となるのだった。
そうして、時が来る。
その時とは、第一高の論文コンペメンバーが自身らの論文テーマ『重力制御型核熱融合炉』を発表し終えた時である。
次に控えていた第三高の論文コンペメンバーが自身らの発表を準備しているところに、轟音と振動が会場を揺るがしたのだ。
それで十六夜は、『横浜事変』の始まりを予感した。
聴衆は何が起こっているのか分からず、またどうすれば良いのかも分からないためざわつくばかり。
達也はグレネードの爆発だと逸早く感知しているため、即座に深雪の下へと駆けた。そして、同じくグレネードの爆発であると感知していた十六夜は、観客席を後にし、悠然と発表会場の出入り口に悠然と陣取り、待ち構えていた。
何を待ち構えているのか。答えは銃器を携帯して雪崩れ込んできた集団が示してくれる。
「大人しくし―――」
「正当防衛パーーンチ!」
集団の先頭にいた男が十六夜に小銃の銃口を向けようとしたが、それを見計らったかのように十六夜は男の鳩尾へと膝をめり込ませた。『パンチ』と宣いながら、肘でもなく膝を、である。
男は悲鳴を上げるための空気も失ったように、静かに倒れ伏す。まさか躊躇いもなく攻撃してくるなんて予想できなかった集団は、この現状に頭が追い付かない。
だから、十六夜が先手を取る。そうして十六夜が選んだ手は、聴衆の守護である。
「十文字総隊長!いますぐ観客席とステージに障壁魔法を!」
ただ、十六夜自身は個人の守護ならともかく、大多数の守護は得意でないため、代わって守護できる人に指示を飛ばした。十文字克人1人を指名したのは、彼が最も障壁魔法に優れている人間であると同時に、複数の者が魔法を発動しようとして阻害し合わないように、だ。
その十六夜の判断は正しく、警備隊として控えていた克人は観客席もステージもまとめてカバーするように障壁魔法を張った。おまけに、十六夜の意図をしっかり汲み取り、十六夜と雪崩れ込んできた集団をその障壁魔法の外に置いている。
「くっ、貴様!手始めにコイツを殺せ!」
ようやく頭が追い付いてきた集団の1人。気絶した男から指揮権を引き継ぎ、十六夜を取り囲むように集団を指揮した。
「銃器で少年1人を囲んじゃってまぁ。そんなに俺が怖いですかー?」
「この、クソガキが!全員、撃て!」
「残念。こっから先は一方通行なんだよ」
集団が十六夜へ銃口を向けた小銃のトリガーに指をかける。なのに、十六夜は余裕綽々だった。
それはそうだ。銃器なんて、『全反射』を持つ十六夜に最も向けてはいけない武器なのだから。
今、トリガーが引かれ、放たれた弾丸は、全て放った者たちへ返っていくのだから。
「……いったい、何、が―――」
さっきまで指揮を執っていた男は放った弾丸が脳天へと反射された、そんな哀れな1人だった。その男が状況を呑み込む前に、命が絶える。
「心臓・脳天に返ってった人は大外れ。日頃の行い悪いんじゃない?運よく致命傷避けた人は大当たり。悪運強いね。記念に拳をプレゼントってな」
反射された弾丸が致命傷を撃ち抜かなかった者たちには、十六夜が容赦なく拳を振るった。せめてもの情けは、殺すのが手間だと気絶を選択された事か。結局、顎や鳩尾に拳を叩き込まれ、バッタバッタと倒れていくのだが。1人残らず。
「総隊長!片付きましたよぉ!」
「……見事だな」
加勢するまでもなく集団を十六夜1人で片付けた光景には、さすがの克人も苦笑を浮かべていた。
「状況、分かります?」
「詳しくは。だが、警備隊員からの通信によると、複数個所でここと同じような事が起こってるようだ」
「そですか。じゃあ、さすがに総隊長をここの守りに集中してもらうってのはできないっすね」
「そうだな。俺は加勢しに動かなければならない」
「とりま、ここの安全をある程度確保しましょうか」
「そうするとしよう」
何はともあれ、会場周りの敵を片付けるべく、十六夜と克人はこの建物の出入り口へと歩いて行く。
会場内に侵入できたのはさっきの集団だけだったようで、出入り口の道中までは安全だった。
しかし、出入り口から外を見渡せば、銃と魔法の撃ち合い。さっきの集団と似た、明らかに敵意のある者たちが警備隊員及び警備員(日本魔法師協会が論文コンペの警備に雇ったその道のプロ)と交戦していた。
「やぁ、混戦状態だなぁ。ちょっとめんどくなりそう」
「お前の反射魔法を以てしてもか?北山」
「いや、俺の反射魔法『全反射』って意識しないと反射角を操作できないんすよ」
「反射した銃弾が味方へ飛んでいくと。……分かった。そちらは俺が対処しよう」
「あざます!」
フレンドリーファイアを気にしていた十六夜だが、克人のおかげでその心配はなくなる。なので、意気揚々と戦場へ飛び込む。
「こんにちは!死ね!」
鳩尾と顎を狙ってはいるが、それで死んでしまうなら仕方ないと、十六夜は加減なしに拳を振るっていく。相手が銃乱射しようがお構いなしだ。全て反射されて届く事はないのだから、恐れる事など微塵もない。おまけにフレンドリーファイアは克人が味方に障壁魔法を張ってくれるため、そっちも恐れる必要がない。敵へと好き放題突っ込んでって、もう殴る蹴るの暴行三昧である。
程なくして、論文コンペ会場となっている建物の正面は敵をあらかた片付いた。
「完全に出遅れたぜ」
「アンタがすっとろいからよ!」
「なんだとぉ!お前だってビビってしばらく動けなかっただろうが!」
「アタシのはビビってたんじゃないですぅ、状況を整理してたんですぅ」
やる気満々だったレオとエリカはすでに片付いている現場を見て、お互いに責任転嫁している。構っている暇は割とないので、十六夜はそれを放っておく。
「これからどうします?総隊長」
「まずは避難誘導を、……する必要はないようだな」
克人は論文コンペ会場にいる人たちの避難誘導をしようと会場内を覗いたが、それにはすでに真由美が動いていたのを見て取った。
「俺は会場から市民が避難するまでここを守護する。それが済み次第、ベイヒルズへ向かおう。どうにも、敵の目標は魔法協会らしい*5」
「そうっすか。俺の方は一旦避難誘導を手伝っときます」
「……できればお前にはすぐに鎮圧に動いてほしいが」
「ああ、大丈夫。そんなにせずにそういうお呼びがかかるでしょうから」
「……詮索はすまい。それぞれの役目を果たすぞ」
「了解」
克人は時間が惜しいし、おそらく答えはすぐに分かるのだろうと判断し、何も訊かない。それよりもと、装備を整えるべく、一度会場内に戻る。十六夜も達也一団に合流すべく、会場内に戻るのだった。