魔法科高校の編輯人if~枝世界~   作:霓霞霖

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25 横浜事変・2、2人は軍属 Violence Mind

 論文コンペ会場の会場を襲撃してきた謎の集団をあらかた片付けた十六夜は、一旦達也たちと合流した。

 それで、十六夜は達也にこれからどうするか訊ねたのだが、「まずは論文データを削除する」と、情報がない中でやるべき事を決める。「じゃあ俺はそれが終わるまで会場守っとくわ」と、十六夜も自分にできる事を選択した。

 そうして十六夜は達也の護衛をレオとエリカに任せつつ、また建物の外に出る。

 敵は逐次投入されているのか、戦火の火種が再燃しており、そこかしこで交戦が再開されていた。

 

「兵の逐次投入は愚策って言葉、知らんのかねぇ。あるいは、兵士は畑から取れるって勘違いしてんのか。どっちにしろ哀れなもんだ」

 

 十六夜は余裕綽々で建物出入り口に陣取りつつ、遠目から交戦している所を援護する。今度は克人というフレンドリーファイア防止策がないので、『全反射』に頼って近接戦闘を噛ますのではなく、敵の銃器や得物を加速系魔法で奪い取っていった。

 そうしているとヘイトを買ってしまったようで、攻撃がこっちに向くが、今度は反射方向を意識して綺麗に銃弾をお返ししていく。銃は無駄だと近接戦闘を挑んでくる輩もいたが、打撃だろうが斬撃だろうが攻撃なら反射する超人に対して、それは自殺行為でしかなかった。挑んだ者から無力化されていく。

 

「ふぁ~……、欠伸が出ますねぇ……。ん?」

 

 手ごたえがなく、飽きさえ感じ始めたところで、十六夜はこちらに突っ込んでくる装甲車を視認した。

 厚い装甲を纏って猛スピードで突っ込んでくる大質量。通常だったらひとたまりもない。

 ただ、十六夜は動じない。悠然と出入り口で待ち構える。

 

「転生トラックは間に合ってまーーーす」

 

 加速系魔法を使うまでもない。装甲車は『全反射』の適応領域に触れ、まるで逆再生するかのように跳ね返った。100m後退したところで、装甲車は動かなくなる。

 装甲車が壊れたのではない。運転手含め乗っていた人員全て、慣性の法則に従い装甲車の内壁にものすごい勢いで衝突しただけだ。衝突した者たちがどうなったかは、フロントガラスに塗りたくられた赤い液体が示している。

 

「シートベルト締めなきゃ駄目ですよー、てね。……あの勢いじゃシートベルトごと吹っ飛ぶか」

 

 十六夜の手によって、敵の攻撃が全て対処されていく。しかも、その対処している本人はほぼ突っ立っているだけと来た。

 これにはさすがに敵側もしびれを切らしたのだろう。携行ミサイルを多数取り出し、撃ち放った。

 十六夜に奪われる事を考慮して、構える時間も惜しいと撃ったのだろう。狙いはまばらで、十六夜へと向かってくるのは少ない。それが、逆に十六夜を困らせた。

 

(俺の対処が遅れたら建物が被害受けるって事じゃねぇか!メンドクセェ事しやがる!)

 

 自身に向かってくるミサイル以外も含め、全てを対処しなくてはいけない現状。さすがの十六夜もこれには焦った。

 焦りながらも全てのミサイルに加速系魔法をかけようと演算する。演算が間に合うかどうかは、かなりギリギリな事が予測された。

 ただ、十六夜の予測は良い意味で裏切られる。

 

 突如として携行ミサイル大の円柱が敵のミサイル群を超音速で横切り、発生したソニックブームでそのミサイル群を爆破させていったのだ。

 本来だったら、そのソニックブームはミサイル群以外にも被害を与えるところだが、振動系か収束系かの魔法により、目標範囲外の衝撃が弱められていた。超音速で飛んでいった円柱の方も、間違って何処かに着弾しないよう、役目を果たしたところで空中にピタリと止まっている。

 つまり、円柱の超音速射出、目標範囲外の衝撃弱化、円柱の空中制止は一連の魔法によるモノだったのだ。

 では、そんな魔法を誰が使ったのかと言えば―――

 

「余計なお世話だったかな?北山十六夜君」

 

「いやぁ、ナイスアシストでしたよ。真田中尉」

 

「今は大尉だけどね」

 

――日本国防陸軍第101旅団独立魔装大隊大尉、真田繁留だった。

 

「昇進してたんすね。まぁ、沖縄海戦から3年以上経ってますし、昇進くらいしてますか」

 

「大隊所属じゃなかったら、もっと昇進できてたんじゃないかな。隊長の風間少佐がなかなか昇進できない身の上だから、所属隊員の階級は塩漬け状態さ」

 

「出世街道外れちゃったんですねー。ご愁傷様です」

 

 沖縄海戦の時に面識がある2人だが、それを加味しても十六夜と真田は仲が良すぎる会話をしていた。

 

「おっと、無駄話はこれくらいにしないと。……十六夜君、悪いが大隊長がお呼びだ」

 

「大方予想はしてたんで、素直に付いて行きますよ」

 

 無駄話を切り上げた真田は気を引き締め、十六夜に同行を願う。そろそろだろうと思っていた十六夜は、特に抵抗も異論もなく、真田に付いて行く事にした。

 そうして、真田は他の国防軍部隊に守護を任せながら、十六夜を建物内へ引き連れていく。

 

 十六夜が連れられたのは、論文コンペの控室、達也一団に真由美と克人、第一高論文コンペメンバー(市原と五十里)にその護衛役(摩利、千代田、桐原、壬生)という学生面子、風間と藤林の軍人面子まで揃っているその一室だった。

 捕捉だが、コンペ会場にいたほとんどの人は、桜木町(さくらぎちょう)駅地下シェルターを目指してそこへ繋がる地下通路に移動済み、あるいは瑞穂埠頭に避難船として寄越される予定の輸送船を頼って陸路を移動中だ。会場が管轄だった上記以外の警備隊員はそれらの警護に当たっている。

 

「来たか」

 

「お待たせしました、少佐」

 

「お久しぶりでーす、風間さんに藤林さん」

 

「うむ。では、状況説明を再開する」

 

 十六夜の到着を待っていた独立魔装大隊・大隊長、風間玄信少佐。彼は十六夜からフランクに話しかけながらもそれを咎める事なく、ここにこうして皆を集めている用事を済ませようとしている。

 

大黒(おおぐろ)特尉、鈴木(すずき)特尉。情報統制は一時解除されています」

 

「ですよね。……失礼しました、藤林殿、風間少佐殿」

 

 藤林から緊急的に自身らの所属を明かして良いと許可された達也、そして十六夜は背筋を正し、藤林らに敬礼した。十六夜は雰囲気まで正している。

 達也の方は横目に十六夜を見ているが、学生面子(雫は除く)が瞠目しているのに比べたら、上手く動揺を隠せている方である。

 

「藤林、現在の状況を説明して差し上げろ」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!大黒特尉と鈴木特尉というのは、まさか達也くんと十六夜くんの事なんですか!?」

 

 風間は学生たちの動揺など気にせずに話を進めようとしたが、真由美が待ったをかけた。学生が軍に所属しているなど、彼女には信じ難かったのだ。

 

「……司波達也殿と北山十六夜殿、その両名とはとある契約の上、国際法上の軍人資格を持つ非正規の士官として国防軍に所属していただいております。また、その契約上、彼らの軍属を秘匿するため、大黒竜也(りゅうや)、鈴木凡人(ぼんど)として軍に登録されております」

 

 彼女らには信じ難かろうが、風間は真実だけを告げる。

 そう。達也は原作と同様、交戦者として保護を受けるために『大黒竜也』として軍に所属している。

 そして、十六夜もまた、『北山十六夜』としての自由を得る代わりに、『鈴木凡人』として軍に所属しているのだ。

 ただ、十六夜の方は緊急時でもない限りお呼びがかからないようになってはいる。そのため、今までお呼びがかからず、軍人として達也と接触する事はなかったのである。

 

「と、とある契約って……」

 

「その契約の内容については国防軍秘密保護法に基づく軍事機密であり、両名の身の安全に関わる事でもあります。そして、軍として特尉らの地位について守秘義務を要求する。本件は国防軍秘密保護法及び国家機密保護法に基づく措置であるとご理解いただきたい」

 

 十師族七草家長女からの追及とあっては無視する事もできず、風間は最低限の説明責任を果たすべく、達也と十六夜の軍属までは明かした。しかし、これ以上の開示は許されていないし、追及を許すつもりない。

 そうして、軍事機密で、さらに2人の身の安全にまで関わると言われた真由美には、もう追及できない。克人も含めた他の学生面子も同様である。

 少しの沈黙が訪れるが、これ幸いにと風間たちは話を進める。

 

「我が軍は現在、保土ヶ谷(ほどがや)駐留部隊が侵攻軍と交戦中。また、鶴見(つるみ)藤沢(ふじさわ)より、我が軍の各1個大隊が現地に急行中。魔法協会関東支部も独自に義勇軍を編成し、自衛行動に入っています」

 

「ご苦労、藤林少尉。さて、大黒特尉、鈴木特尉」

 

 風間は藤林を形式的に労った後、改めて達也と十六夜を正面に据える。

 

「現下の特殊な状況を鑑み、別任務で保土ヶ谷に出動中だった我が隊も防衛に加わるよう、先程命令が降った。国防軍特務規則に基づき、貴官らにも出動を命じる。鈴木特尉は独立部隊であるが、今回は我が隊の指揮下に入ってもらう」

 

「命令を受領しました、風間少佐。今作戦におきまして、鈴木特尉は風間少佐の指揮下に入ります」

 

 風間の軍事命令に対し、十六夜は軍人という役を羽織ったように、ともすればそちらが本性であるかのように、固く応答した。

 各々度が違えど、ここにいる全員がその態度に動揺する。

 風間は軍人として動揺と感情を押し殺しているが、少し憐れむような視線を十六夜に向けていた。

 達也と克人も風間同様に思いをおくびにも見せなかったが、十六夜の本性が分からなくなっていた。

 藤林と真田、そして雫は、沖縄海戦終息直後の彼に戻ったような錯覚に陥っていた。

 真由美や摩利を含めた上記以外の面子は、十六夜の変わりように混乱していた。

 だからといって、十六夜はそれらに構う気はない。今果たすべき役目は軍人としての働きであり、それによって雫の安全を確保する事だ。その他は構う必要がない。

 似たような状況なのが軍人面子。十六夜の変貌にそれぞれ思う事はあれど、それらを押し殺して彼らは防衛作戦に移行する。

 

「ムーバル・スーツを我が隊のトレーラーに準備してあります。急ぎましょう」

 

 真田に促され、十六夜は頷いてからさっさとそのトレーラーへ向かう。達也が学生面子に言葉をかけている事も気にせず。雫から伸ばされた手も気にせず。

 

 そうして達也より先にトレーラーでムーバル・スーツへ着替える十六夜。達也もあまり時間をかけずに同じトレーラーに乗り込む。

 

「……雫たちの護衛に藤林少尉が付いてくれるそうだ」

 

「ご報告、ありがとうございます。少尉へは後に直接感謝を伝えます」

 

 達也が声を掛けた十六夜の態度は、命令が降った瞬間から変わらぬモノだった。

 

「……そっちが本性か、十六夜」

 

「大黒特尉、軍務中は『鈴木特尉』とお呼びください」

 

「……そうか」

 

「……なぁんてな。さっさとこんなくだらない仕事終わらせて、愛すべき友人らの下へ帰ろうぜ?」

 

「……そうだな」

 

 十六夜の態度は、一瞬だけ戻った。しかし、達也のそれが『戻った』と称すべきか、『被った』と称すべきか、依然として分からないままだ。

 そして、ムーバル・スーツのフルフェイスヘルメットによって表情を覆い隠されてしまった彼からは、もう何も推し測る事ができないのだった。

 

 

 

 プロテクター付きのライダースーツが如き黒いツナギ、ムーバル・スーツと呼ばれる特殊兵装を纏った十六夜は、1人戦場に立っていた。

 彼は特務士官ではあるが、兵士としてろくに教育を受けていない人物である。それは、少年兵だった頃を加味しても、だ。

 故に、高度な作戦行動はできない。風間たちの部隊と共に動いたとして、連携が取れない。だからこそ、風間が下した命令は単独の遊撃部隊としてある事、敵を屠るだけの暴力装置である事だ。

 その命令に、十六夜は一切不満がない。しっかり訓練された軍人部隊と連携を取れる程熟達していない事は、彼自身が自覚しているのだ。それに、自分が本気を出せば誰も付いて来られないという、似非『一方通行』の能力に対する信頼もあるのだ。

 現に、彼は戦場を高速で飛び回っていた。文字通り、飛んでいるのだ。自身にかかっている引力、移動の際に生じる空気抵抗、それらの力の向きを操って。

 

 十六夜は空中から戦場を見下ろし、劣勢を強いられている交戦場所に魔法を行使していく。時に侵攻軍の武器を奪い取り、時に放たれた銃弾や榴弾を操り、時にその交戦場所に降りて拳を振るい、時に装甲車や戦車の突進を跳ね返す。

 時には侵攻軍の攻撃で崩落する建造物の瓦礫を空中で制止させたり、時には地形的に孤立した人たちを避難場所へと浮かせて移動させたり。

 彼1人の加勢で、いくつもの交戦場所が押し返した。彼1人の力で、多くの命が救われた。

 心強い援軍に歓声が上がり、自身らを救ってくれた英雄に感謝の言葉が贈られる。

 ただ、それらに大きな反応を示す事もなく、彼は次へと向かう。彼の目的は援軍となる事でも、まして英雄となる事でもないからだ。

 彼の目的は、さっさとこの戦いを終わらせる事、雫にとって危険となる存在を排除する事。

 だからこそ、銃声・砲声・怒声、あらゆる轟音が響く中で、ある音は聞き逃さなかった。

 その音とは、雫が緊急時のサインとして鳴らす、ホイッスルの音に類似した高いそれである。

 

「雫……?雫!何処だ、雫!」

 

 音の発生源は超人的な聴覚によって凡そ特定する。だが、あくまで『凡そ』だ。詳細な位置までは特定できないため、後は自身の足で(飛行しているが)探すしかない。

 しかし、この戦場で緊急時のサインが鳴らされたのだ。探すのに時間がかかっていれば、当然間に合う訳もない。

 

「雫!……雫?」

 

 とあるビルの影に十六夜は雫たちの姿を見つける。腹部が赤く染まり、口から吐血しているその姿を。

 

「雫」

 

「いざ、よい……」

 

 雫以外にも2名(桐原と五十里)が重傷を負っていたが、そんなのに目もくれず、十六夜は雫の目の前に降り立つ。

 顔まで覆った装備なのに、雫はそれが十六夜であると一瞬で見抜いた。

 

「気を付けて!敵はまだ―――」

 

「大丈夫です。もう片付きます」

 

 脱出用のヘリに乗り込んでいた真由美が注意を促すが、その必要は十六夜の手によってなくなる。

 辺りに折れて落ちていた標識の柱複数。それがまるで意思を持つように浮き上がり、雫たちを傷付けた敵目掛けて飛んでいった。物陰に隠れていようが問答無用で、柱が辺りに潜む敵を刺し貫いていく。

 それだけに留まらず、最早敵の死に体で焼き鳥串のようになっている柱が全て1か所に集まり、そうしてから瓦礫が飛来してそれらを埋め立てた。

 十六夜は、敵が生き残る可能性を微塵も残さない。

 情け容赦ない殲滅行為をしたのだが、その十六夜からは怒りの一切がなかった。

 

「特尉、ごめんなさい。私が付いていながら……」

 

 護衛に付いていた藤林は、自身の不甲斐なさを十六夜に向けて謝る。藤林は十六夜にとって雫がどれ程大切な人間か知っているのだ。だからこそ、彼女は純粋に謝意と悔しさを抱いて言葉にしている。

 ただ、十六夜はその謝罪を聞き入れない。いや、興味がないとした方が正しいだろう。

 

「深雪さん。大黒特尉を、達也を呼んでください」

 

 十六夜は謝罪を聞き入れるより、無力を悔いる事より、現状へ対応する事を即座に選んでいた。1秒でも判断が遅れれば、雫を死なせてしまうから。

 

「ええ。……お兄様!」

 

 深雪も友人らを死なせたくないと、泣かせたくないとすぐに達也を呼ぶ。そうすれば、達也は現れるのだ。達也はいつだって、()()()()()()()()()()()()()()()

 十六夜と同じ装備を纏った黒づくめの男が、深雪の声が響くや否や、彼女の前に降り立つ。雫に呼ばれた十六夜なんかよりもずっと早く、達也は深雪の下へと駆け付けた。

 

「お兄様、お願いします!」

 

 深雪のお願いに返事する事もなく、間髪入れずにその願いを叶えようとする。

 達也は彼の愛用する銀色のCAD、シルバーホーン・トライデントを構え、雫、桐原、五十里に向けてそれぞれ1度ずつ引き金を引く。

 それにより起こされるのは奇跡だ。雫たちの体は再生、いや、『再成』される。

 

「大黒特尉、感謝します」

 

「後で良い」

 

「そうですね」

 

 十六夜も達也も、どこか平坦なやり取りだけで会話を済ませた。

 そう。感謝なんかは後で良いのだ。今は、自身の大切な者を襲った敵を殲滅する時だ。

 達也も十六夜もすぐに飛び立つ。片や飛行魔法で、片やベクトル操作で。

 ただ、彼らは向かった先が違った。達也は味方に加勢すべく交戦場所へ、そして十六夜は敵を根絶やしにするべく敵本陣へと向かったのだ。

 

 敵本陣を探して空を飛んでいた十六夜は、敵の流れを辿りつつ港に至り、敵が出入りしている偽装揚陸艦を見つけ出た。

 そうして、その揚陸艦に仕掛けようとした瞬間、耳に声が響く。

 

〈鈴木特尉、何をしている〉

 

 聞こえてきたのは風間の声。ムーバル・スーツに通信機が組み込まれ、おまけにGPSのような現在地を知らせる機器も仕込まれていたのだろう。何をしようとしているのか察している風間の声は、十六夜の独断専行を責めているようだった。

 

「敵揚陸艦を発見しました。なので、破壊しようとしました」

 

〈敵揚陸艦は既に我々も発見している。その揚陸艦を攻撃しなかったのは、ヒドラジン燃料電池を使用しているからだ〉

 

 十六夜の浅慮を、風間はしっかりと説明しながら咎めた。

 ヒドラジンは人体にも動物にも毒性があるのだ。攻撃して万が一にでもそのヒドラジンが漏れてしまったら、周囲は間違いなく汚染される。

 

「了解しました。では、破壊から追放に移行します」

 

〈追放、だと?〉

 

 十六夜は風間が咎めている理由を理解し、方針を変える。そして、風間が詳細を問う前に、十六夜は実行する。

 

 何を実行するのか。簡単だ。揚陸艦にかかっている引力の向きを反転するのだ。

 そうすれば、揚陸艦は徐々に浮上し、海面を離れ、空中へと浮かび上がり、なおも上昇していく。

 そう。地球の外を目指して。

 

 揚陸艦がどんどんと上昇していく異常事態に混乱しながらも、乗員たちは危険を察知して海へと飛び込んでいく。

 残念ながら、十六夜はそんな者たちも逃す気はないのだが。

 

 飛び込んだ海は、突如として半球状に陥没する。十六夜が水流のベクトルを操作して起こした事象だ。後は適当なところでベクトル操作を解除して、海に飲み込まれていく敵を見送るだけ。発生した津波が陸を襲わないよう、さりげなくそこら辺は操作している。

 そんな片手間で戦略級魔法『深淵(アビス)』を再現しつつ、敵揚陸艦をまだまだ上昇させ続ける。あくまで引力を反転させているだけなので、上昇速度はそこまで早くない。

 

〈鈴木特尉〉

 

「風間少佐、罰は後程受けます」

 

〈いや、懲戒処分の通達ではない。そこで維持しろ、という命令だ〉

 

「……?……了解しました。敵揚陸艦、空中で制止させます」

 

 予想外の命令に一瞬首を傾げながら、特に自身には不都合ないと、十六夜は命令に従う。

 引力の反転を半分だけにし、そうして通常引力と反転引力が拮抗し、揚陸艦が空中に制止する。

 少しの間そうしていれば、空中で制止していた揚陸艦が突如として灼熱の炎に包まれた。ヒドラジンが漏れ出す心配はない。その灼熱の炎によって、一瞬のうちに完全燃焼している。

 達也の『質量爆散(マテリアル・バースト)』によるモノだ。

 風間が何故上空で揚陸艦を維持するよう命令したかというと、『マテリアル・バースト』の余波が日本国土を襲わないようにするためだった。

 

〈ご苦労だった、鈴木特尉。その残骸を安全に着水させ次第、残敵掃討に移れ〉

 

「了解しました。残骸を安全に着水させ次第、残敵掃討に移ります」

 

 風間の命令を復唱しつつ、十六夜は命令を実行する。

 こうして、本陣を失った侵攻軍は、あえなく掃討されていく。

 敵兵の敗走も許さず本陣を叩いたため、残敵数は多かった。だが、そのほとんどが戦意を喪失させ、投降する者ばかりだったという。

 

◇◇◇

 

 後に『横浜事変』と呼ばれる争いは既に昨日の事。横浜での争いは終息したが、侵攻軍との争い、大亜軍との戦争はまだ終わっていなかった。

 しかし、それも今日までの事だ。

 そう。日本はこの戦争を終わらせる一打を、大亜細亜(だいあじあ)連合国土に打ち放つ。

 使われた一打は『マテリアル・バースト』。

 その戦略級魔法によって、出撃準備をしていた敵艦隊が、接岸していた鎮海(ちんかい)軍港もろとも消滅するのだった。

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