魔法科高校の編輯人if~枝世界~   作:霓霞霖

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04 首輪付き

 早朝。達也は日課である九重寺(きゅうちょうじ)の稽古を受け、その寺の主であり古式魔法師(当人は頑なに『忍び』と自称している)である九重(ここのえ)八雲(やくも)の薫陶を賜っていた。稽古の内容は体術オンリーだが。

 

「……何か悩みでもあるのかい?」

 

 達也の拳を受け止めながら、八雲が唐突に切り出した。

 

「……何故そう思ったんですか?」

 

「いつもより拳に気が乗ってないからね。他の事に気を割いてるせいだろう?」

 

 達也が気付いていない、わずかながらの集中力の欠如。八雲はそれを指摘し、『今日の稽古は止めだ』と、稽古を中断する。

 

「何が気掛かりなんだい?」

 

「……師匠は、『北山十六夜』という人物をご存知でしょうか」

 

 八雲に促され、達也は自身が集中できていない原因と思しき男の名を口にした。

 達也は、ずっと十六夜の異常性を感じていたのだ。

 まず、その無名。紫外線を反射する魔法が常時展開できるという魔法資質は、例えそれ以外の魔法がほとんど使えないのだとしても、魔法師界隈で話題になるはずだ。なのに、達也は彼の名前を聞いた事がなかった。

 次に、その身体能力。人垣を跳び越え、あまつさえ森崎とエリカの得物を一気に奪い取るという常軌を逸したそれは、戦闘魔法師として教育を受けてきた達也にも異質に映っていた。

 おまけに、あの人垣を跳び越えた跳躍は魔法で補助されたモノである事を、達也は『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』で見抜いている。つまり、十六夜は紫外線を反射する魔法しかほとんど使えないというのが嘘になっているのだ。跳び越えの時に恐ろしく緻密な演算をされた加速系魔法を使っていた事から、加速系に特出した魔法資質を持っている事が推測される。

 以上から、達也は十六夜を警戒しているのだ。

 

「『北山十六夜』か。もちろん知ってるよ?一部では有名だったんだ」

 

「……一部とは?」

 

 八雲も十六夜を知っていた事と、それをすんなり明かしてくれた事に意外感を持ちつつ、達也は十六夜の素性について詮索する。

 

「国防軍の一部だよ。彼、大亜連合の脱走兵なんだ」

 

「大亜連合の脱走兵?あいつは俺と同い年のはず。それに、大亜連からどうやって日本に……。いや、そうか。沖縄海戦時に大亜連が投入した少年兵団か」

 

 唐突に出てきた衝撃の情報に一瞬は思考を鈍らせるも、達也は即座に思考を回復させ、正解を導き出した。その回答に丸を付けるように、八雲はニッコリと笑う。

 

「あの兵団に生き残りがいるなんて、初めて聞きました」

 

「ほとんどが特攻を仕掛けてきて、殺すしかなかったそうだからね。でも彼は兵団加入時から脱走を企てていたらしいんだ。他の少年兵を見ても、酷い扱いされてたのはお察しだからね」

 

 沖縄海戦に投入された少年兵たち。彼彼女らの装備はお粗末なモノで、サイズの合ってない軍服と、整備不良の小銃だった。おまけに包帯だらけの者が多数。傷口が化膿している者さえいた。物資も治療も、ろくに施されていなかったのである。

 なのに皆が死に物狂い。敵を殺さなければ味方に殺されると、少年兵たちほぼ全員が死ぬまで国防軍に抵抗し、あえなく国防軍に皆殺しされる事となった。

 その事は、達也も聞き及んでいた。敵ながら哀れだと、達也も同情を禁じ得なかった。

 

「だから、彼は自身の力を隠し、脱走の機会を窺っていた。沖縄海戦への投入は、彼にとって渡りに船だったんだろう。日本は比較的平和だと、彼は知っていたみたいだ」

 

 そんな少年兵団から脱走した者が1人。当初からの計画であり、好機を得て実行したのが十六夜だったという訳だ。

 ただ、国防軍の一部が知る真実は、完全なる真実ではない。リライト能力について一切触れられておらず、それに付随した情報が大分抜け落ちている。

 十六夜は力を隠していたのではなく、力がなかった、と言うのが真実になる。

 詳細は以下の通りだ。

 十六夜は少年兵時代、本編同様にリライト能力を使い、一般人とはかけ離れた身体能力を持つ超人になった。

 そして、ここで少し本編との違いがある。本作の十六夜は、この時点で魔法師になる事を望み、魔法師へと自身を書き換えようとした。しかし、本編のように魔法師についての資料を読み込んだ訳ではなかったため、イメージが不十分だった。結果、書き換えは失敗し、手に入れたのは魔法師と呼ばれるレベルには到底及ばない、劣等生以下の魔法演算領域だったのだ。

 故に、十六夜は力を隠すまでもなく、使い潰される少年兵の仲間入りをした。

 魔法師として見られるレベルになり、同時に強い力を手にしたのは、雫を助けたあの時である。

 以上の事を知らない国防軍から得た情報のまま、八雲は十六夜を能ある鷹のように語っていく。

 

「少年兵にして脱走兵であるとはいえ、能力のある魔法師を国防軍が野放しにするでしょうか」

 

「まぁ、そうだね。当然、野放しにはしてないみたいだけど……」

 

 つらつらと語ってきた八雲が、ここに来て言葉の歯切れを悪くした。達也は思わず首を傾げてしまう。

 

「色々事情が重なったみたいだよ。まず、彼は国防軍に投降してきたんだ、北山のお嬢さんを保護しながらね。自身と年の変わらない少女が襲われているのを見て、体が勝手に動いてたんだってさ。少年兵の死を見過ごしてきた事に、罪悪感があったんだろうね。それと、自分だけのうのうと逃げ延びてしまった事に」

 

 それは国防軍に語った、嘘の動機。十六夜があの時雫を助けたのは、そんな動機では決してない。原作を知る者として、メインキャラクターの早期退場なんて原作乖離は御免だっただけだ。少年兵を見殺しにしてきた事に罪悪感の欠片もなければ、雫に対して特別な感情もない。少なくとも、本人の表層意識ではそういう事である。

 

「ほぼ軟禁状態にも拘らず従順だったせいで、彼を捕えてた人たちは忍びなくなってしまった。おまけに北山家からの熱心なラブコールがあったみたいだよ、娘の恩人を解放しろってね」

 

 とかく、嘘の動機は信じられ、大人たちの心を少年の姿で揺さぶったのだ。

 そうして良心の痛んだ大人たちは、少年の境遇を哀れみ、少年が幸せを取り戻せるようにと、一肌脱いだ、という事になっている。

 

「それから彼の事を知る軍人らと北山家、そして当人の間で何かしらの取引をした後、晴れて大亜軍の少年兵は北山家に迎えられましたとさ。めでたしめでたし」

 

 語りの最後にお茶目を加え、八雲は語りを締めた。

 

「その取引の内容は?」

 

「詳しくは、ね。まぁ、日本に敵対しないとか、スパイ容疑がかかったら問答無用で処分とかじゃない?」

 

「……そうですか」

 

 達也は、八雲にはぐらかされているのを感じ取った。だが、それ以上は踏み入らない。

 そもそも、十六夜が敵でないと分かれば良く、四葉の、ひいては自身らの敵であるかどうかは自身らで見極めるべき事だ。

 よって、達也にはこれ以上、八雲に訊く事はない。

 

「ありがとうございました。本日はお暇させていただきます」

 

「そうすると良い。また明日ね」

 

 達也は稽古を切り上げてこの場を後にし、八雲はその背が見えなくなるまで見送った。

 しばらく胡坐をかいたまま、達也の気配が境内から失せたところで立ち上がる。向かう場所は、大事な客人の待つ客間だ。

 

「達也君には彼の事をただの脱走兵として伝えましたよ、青波(せいは)入道閣下」

 

「うむ」

 

 その客人とは、東道(とうどう)青波(あおば)。かつての魔法技能師開発第四研究所のオーナーであり、今の四葉家の最有力スポンサーであり、日本の政財界と魔法師界の奥深くに潜む、影の権力者である。

 そして、もう1つの顔を明かさねばならないだろう。

 

「ついに、我らが前に『英雄』が現れた」

 

 東道青波は、世界に魔法を広めた男・『英雄』*1に仕えた集団の末裔なのである。

 そして、十六夜が『英雄』であると気付いた、ただ1人の人物だ。

 東道は変わった少年が国防軍に投降してきたという情報を掴んだ時点でその少年の調査に乗り出し、そうしてその少年が黒髪から白髪に変わる瞬間を、町にあった監視カメラの映像から見つけ出し、少年が『英雄』であると確信した。

 雫はその瞬間の当事者であるが、あの変化はなんだったのかを十六夜から聞けていないし、リライターである事も打ち明けられてもいない。

 本当に、十六夜が『英雄』であると気付いたのは、東道青波ただ1人なのだ。

 

「如何なる求道であろうと、かの『英雄』の日本帰属は、望外の喜びであろう。故に、かの者の歩みを阻んではならぬ」

 

 『英雄』と称される存在、リライト能力保有者、リライター。

 東道は『英雄』に仕えた者の末裔として、『英雄』はただリライト能力を受け継ぐ存在である事を知っていた。記憶は継承しない事も然り。

 魔法を広めた本当の意味での英雄と、今回その能力を継いだ十六夜は同一人物でない事も把握している。

 しかし、それを抜きにしても、だ。リライト能力という強力な異能を持つ存在は、日本護国を旨とする東道にとって、囲い込みたい戦力だったのだ。

 それが、労せずして転がり込んできた。ならば、戦力として緊急時には徴兵できるようにしつつも、日本への帰属意識を強めるために自由を与えておきたい。

 そういう思惑があったため、東道は裏から糸を引いて、十六夜を自由にさせているのだ。十六夜が北山家にいられる現状は、東道の手によって成り立っていると言っても過言ではない。

 

「はぁ……。まぁ、入道閣下がそう言うのでしたら、そうなんでしょうね」

 

 東道の言葉は正直真に受けきれていなかった。八雲自身は『英雄』と一切関わりがなく、リライターと言うのがどうにも夢物語にしか聞こえない。

 だが、飼い主の手を噛む気はない。飼い主が如何に夢想に耽っているとしても、自身がその飼い主に生かされる犬でしかない事を自覚しているのだ。

 内心、八雲は溜息を吐く。出家しても、俗世から離れた気になっても、しがらみからは逃れられないのだと。

 

「くくく、善哉善哉」

 

 そんな八雲など眼中に入らず、東道は望外の喜びを噛みしめるのだった。

 

◇◇◇

 

「……」

 

 達也は第一高への登校を済ませ、校舎裏を歩いていた。その足は、どんどん人気(ひとけ)のない方へ向かっていく。

 何故彼がそうしているのか。簡単だ。十六夜に付いてきてほしいと言われたからだ。

 達也の前を、十六夜が行っている。その間中、十六夜はコインを弾いてはキャッチを繰り返していた。

 

「やぁ悪いな、貴重な朝の時間を貰っちゃって」

 

 十六夜の足が止まる。その一帯は、人の気配がない。朝のホームルーム前というのもあるだろうが、多くの学生で賑わうこの第一高校では、とても珍しい事だ。

 

「……構わないが。なんだ、話って」

 

「そう大した話じゃないんだけどさ、みんなに聞かれると都合が悪いと思ったんだ。俺にとっても、お前にとっても」

 

 一帯の静寂も合わさって、達也には十六夜の背に不気味さを感じ、警戒を強めた。特に、先程から魔法が掛けられているコインに、達也は警戒する。

 

「達也。お前、BS魔法師だろ」

 

「なっ、っ!?」

 

 自身の真実について、表層の一部とはいえ見抜かれていた事に、達也は動揺した。でも、コインへの警戒は緩めていなかった。

 なのに、『術式解体(グラム・デモリッション)』は間に合わず、コインが達也目掛けて飛来する。

 当たれば怪我は間違いないスピードだが、速すぎて避ける事も叶わない。だから、達也は反射的にコインを『分解』してしまった。

 

「……俺の魔法より強力そうだな」

 

 十六夜は、達也の『分解』をその目にし、苦笑する。原作通り、強力な魔法であると再認識したのだ。

 

「十六夜、これはなんのつもりだ……」

 

 達也は臨戦態勢を取った。あのコインは、達也には十六夜からの攻撃としか映らない。

 

「なんのつもりだって、こっちの台詞だよ。お前、ずっと俺の事警戒してたろ?俺が紫外線を反射する魔法を持ってるBS魔法師って言った時からだったか。だから、BS魔法師という言葉がお前の琴線に触れたんだと思った。もしかしたらお前もBS魔法師で、その事を隠したかったんじゃないかって」

 

 十六夜は悠然と構える。余裕を感じさせるその構えと、秘密を見抜いた洞察力。それらが、彼に強者の風格を付与していた。

 

「……お前も、隠していたじゃないか。さっきの魔法は加速系だろう。引力によって下に引っ張られる力の向きを、俺目掛けて飛ぶ方向に転換した。おまけに、空気抵抗による反作用の力の向きすら進行方向へ転換していた。紫外線反射という光波振動系とは、全く別系統だ」

 

「お互い様だろう?魔法式をそこまで見抜く知覚系とコインを消した魔法、どう考えたって別系統の魔法だ」

 

 達也と十六夜、両者は奇しくも似ている。

 達也は『エレメンタル・サイト』という知覚系魔法と、『分解』『再成』という構造情報に直接干渉する魔法。

 対して、十六夜は自身に害となる物を反射する魔法と、常軌を逸した加速系魔法。

 両者は共に強力な魔法を持っている。それ以外の魔法は劣等生止まりというのも共通だ。

 

「……」

 

「……」

 

 互いが互いを見つめる膠着状態。どちらかが動いた瞬間、闘争の幕が開ける――

 

「ぷっ、ふふ、ふははははははは!」

 

――はずだったがそうはならなかった。

 唐突に、十六夜が腹を抱えて笑ったのだ。

 

「ど、どうした……?」

 

 達也はその唐突な笑いと悠然とした構えが解かれた事に気勢を削がれ、何事かと純粋に心配してしまった。

 

「いやー悪い悪い。達也を揶揄うのがあんまりに面白すぎてな、つい悪ふざけが過ぎた」

 

「悪ふざけ?」

 

「ああ。お前の警戒を解こうと、俺の立場を明確にしたかっただけなんだ」

 

 十六夜に、達也と敵対する意思はない。だから、そうそうに敵でない事を伝えたかった。

 ではさっきの攻撃紛いは何か。十六夜は悪ふざけと称する。暗に、達也の力が原作通りか試していたのだが。そして、原作通りの達也の力を確認したところで、達也から見えないところに冷や汗をかきつつも、達也と友好ないし敵ではない事を示す。

 

「俺は、北山家に報いたい。雫を守りたい。それが、俺を迎え入れてくれた彼女らへの恩返しになり、同時に、俺が犯してきた罪の償いになると信じているからだ」

 

 十六夜は、自身の目的を、至上命題を明かす。

 そう。本編の『四葉十六夜』が真夜に尽くす事を贖罪の手段としていたように、本作の『北山十六夜』は北山家に尽くす事を贖罪の手段としている。

 北山十六夜は『恩返し』とも言っているが、そこはこの意思表明を相手に真実だと受け取ってもらうための脚色(きゃくしょく)だ。

 『●●()』の根幹は、例え運命が変わろうと、何も変わらない。

 

「正直、お前が何者かなんて、俺にはどうでも良いんだ。北山家の敵にならない限りは。最悪、敵にならないなら多少の不利益は甘んじて受けようとも思ってる」

 

「……何故だ?俺が何者か分からないなら、警戒すべきだろう」

 

 敵かどうかまだ分からないのなら、警戒してしかるべきだ。少なくとも、達也はそう考えている。

 

「何と言えば良いかな……。達也、お前からは俺と同じ匂いがするんだ。大事なモノの敵でないならどうでも良いし、敵であるなら容赦しないっていう、強いて言うなら猟犬みたいな匂いだ」

 

 十六夜は達也を同類と語る。目的のためなら最悪手段を選ばないという、どうしようもない人間性の持ち主だと。まぁ、手段を選ばなくなるのは最悪の場合であるという良識は、お互い持っているが。

 

「……そう、か。そうだな」

 

 その『猟犬』という評価に、達也は異論を唱えられなかった。そういう自覚は本人にもあるのだ。

 達也には、深雪のためであるなら、人を殺す事にさえ抵抗感がない。逆に、普段大人しくしているのも、深雪の立場を悪くしないためだ。

 そういう、世界の中心に深雪を置き、彼女のためなら良識も常識も捨てられるという、狂った人間性をしている自覚が、達也にはある。

 だから、十六夜の評価は的を射ており、返す言葉も出て来ない。

 

「後、個人的にお前とは友達でありたいってのもある。敵に回したら適いそうにないしな」

 

 そんな狂人である達也相手に、十六夜は友好を示す。不純な動機をちょっぴり漏らすのがスパイスだ。

 

「ふ……。俺も、お前を敵に回すのは厄介そうだ。敵に回さないよう、前向きに検討しよう」

 

 スパイスが効いたようで、達也の警戒心は何処へやら。スパイスのお返しとばかりにボケを返す。

 

「うーん、検討じゃなくて実行してほしいなー」

 

「善処する」

 

「……」

 

 ボケ合ってじゃれ合う達也と十六夜。こうして2人は爪を隠しながら、確かに友好を育むのだった。

*1
本編及び本作独自設定。詳しくは本編第四十四話を参照されたし。

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