08 習い始めて約2年というのを考慮に入れてください。
『ブランシュ』による事件は無事終息し、平和を謳歌する日々が過ぎて行った。
途中十六夜含め達也たちが吉田幹比古と面識を持ったり、期末テストを迎えたりと、原作通りと評せば特筆する事もない日々。ちなみに、十六夜のテスト結果は、実技が下から数えた方が早い順位、理論が11位と優秀なのだが何とも言いづらい順位だった。『四葉十六夜』と違い、四葉の遺伝子に由来する能力を持っていない弊害である。理論の順位は真面目に魔工技師を目指して頑張った、努力の賜物だ。
何はともあれ、実技の成績を見るに間違っても九校戦の選手には選ばれないだろうというのが、十六夜の自己評価。エンジニアについても、アマチュアが良いところの自分が選出されるはずがないと、高を括っていた。凄腕の達也が1つ2つ悶着あっての結果だった原作から、そう思ってしまうのも仕方ないかもしれない。
以上の自己評価から、九校戦のいざこざに巻き込まれる事はないだろうと、十六夜は暢気に構えていた。万が一でも雫が怪我をしないように見守るため、現地観戦は絶対する、という程度の気構えだった。
そんな十六夜は、何故だか部活連本部に呼び出されていた。三巨頭と面談する形式で。
「あのー……、会頭並びに風紀委員長、生徒会長。何故俺はこんな2気圧くらいありそうな場所に呼ばれたのでしょうか……」
それぞれが座る位置も雰囲気も圧迫面接じみた状況。前世今世累計アラフォーの十六夜も、これには委縮している。
「む?空調も換気扇も正常に動いているが」
「違う、そうじゃない。いやもうそれは良いんで、俺が呼び出された理由を、まず結論からお願いします」
克人の天然から入った流れをぶった切り、十六夜はさっさと本題を聞きにかかった。真由美と摩利は笑いを堪えているので、自然と克人が応答する。
「そうだな、結論から行こう。……北山。俺たちはお前の九校戦出場を願っている」
「……はい?」
克人の返答は、十六夜にとってまさかまさかのモノだった。先述しているが、十六夜は自身が選手になる事はないと自己評価していたのだ。雫から「出られた良いね」と言われるならまだしも、三巨頭から直々に「出てほしい」と言われるなんて、想像できるはずがない。
「ブランシュ事件の際、お前は加速系に関してのみ並々ならぬ、いや、常軌を逸した才能を持っているのが分かった。後で聞いたのだが、銃弾も加速系で反射していたそうだな」
克人の発言から、十六夜はブランシュ事件での自身の失態と、達也のチクリがあった事を認識する。「あれ?やらかした?」というのが十六夜の頭に今絶賛過っている言葉だ。
「私も、勧誘週間の時に萬屋を捕まえていたのを目の当たりにしてるからな。あれ、加速系だったんだろう?」
克人だけでなく、摩利も十六夜の実力を認識し、評価していた。「やったぜ。これで堂々と九校戦会場に乗り込める」と、十六夜は現実逃避前向きに考え始めている。
「という事で、会頭と風紀委員長からの推薦があり、貴方の九校戦新人戦への参加が望まれています」
そうして最後、真由美が克人と摩利からの十六夜評を鵜呑みにし、十六夜の参加希求に否を唱えず締め括った。
「参加に際し、お前を加速系特化の魔法師であると周知させなくてはいけない訳だが。もちろん、秘密にしておきたいと言うのなら、断ってもらって構わない」
二科生を選出する事への顰蹙について十六夜が問う前に、克人はそれへの対応案を提示して、十六夜に参加の是非を問う。
「……ちょっと考えさせてもらって良いですか?」
十六夜は、すぐに是非を返答できなかった。
堂々と九校戦会場に乗り込めるというのは手間がなくて良いし、他人の顰蹙を買う事もBS魔法師と周知される事も、正直彼にとってはどうでも良い。
でも、その顰蹙が雫へ飛び火するかもしれない。
それらメリット・デメリットが、彼の返答を鈍らせていた。
「構わないわ、私たちも割と無理を言っているのだもの。自身の損益を考慮して、返事をくださいね」
こうして、真由美が代表した保留の許しを得て、十六夜は九校戦参加をどうするか考えるのだった。
「雫ぅ。なんか三巨頭に九校戦へ出てくれって頼まれたんだけど、どうすれば良いと思う?」
「出て。さもなくばコレクションの美少女フィギュアを全部焼却する」
「俺、九校戦に出ます!」
そうして、十六夜は雫に脅迫されて背中を押されて、九校戦への参加を表明するのだった。
◇◇◇
参加保留→相談→参加表明を全てその日に済ませてから幾日か。
〈1のE、北山十六夜君。至急、課外活動連合会*1本部まで、お越しください〉
突然、そんな校内放送が放課後の校舎に響いた。当然、部活中でまだ学校にいた十六夜も耳にする。
(え?今って部活連本部じゃ九校戦準備会合やってるんじゃなかったっけ?参加が内定してる選手は全員集められてのヤツだけど、俺は来なくて良いって会頭直々に言われたはずなんだが?)
一応、参加内定状態の十六夜。ただ、二科生を選手として選出する事への面倒事を避けるため、俺が内定しているのは三巨頭内で秘匿されているはずだ。
だから、十六夜はまだその会合に参加しないという事になっていた。だが、急遽、その会合に呼び出された訳である。
疑問や不安はあれど、答えは現場にしかない。仕方ないと、十六夜はやや重い足取りで部活連本部へと向かった。
「1のE、北山十六夜。出頭いたしました」
十六夜がちょっと冗談めかして固い台詞で会合が催されている部屋の扉を開けば、中からピリピリとした空気が漏れ出し、同時に刺々しい視線が十六夜に注がれた。超人である十六夜は視線に敏感であるため、その注がれた視線によってチリチリと胃を痛めた。
そして、視線に敏感であるため、その刺々しい視線とは別の視線に、変わった視線がある事に気付く。その視線は、達也のわずかながら期待を込めた視線だ。
それで、十六夜は察した。「これ、九校戦エンジニアとして呼ばれたんじゃないか?」と。
選手とエンジニアの兼任というのは、前例がない。選手がエンジニアに頼らず、自身でCADを調整する事はあるが。
ただ、第一高はエンジニア不足だ。猫の手も借りたいと、選手とエンジニアを兼任させかねないのである。実際、原作においてはかなり特例ではあるが、達也はエンジニアと選手を兼任していた。
「突然ごめんなさい。まずは掛けて?」
会合の議長を務める真由美が、十六夜に着席を促す。ちょうど、達也の隣が空けられていた。十六夜は苦虫を噛み潰しながら、その指定されているその場所へ着席する。
「単刀直入に言いましょう。司波達也くんが、貴方を九校戦エンジニアに推薦しました」
「……やっぱりお前か」
「……死なば諸共、だ」
「……何が『死なば』やねん」
真由美が語った十六夜の呼び出し理由は、十六夜が予想した通りだった。思わず、十六夜は小声で達也に抗議する。達也はまったく受け止めない。
「えーと、失礼、生徒会長。俺について、内定選手の皆様へはどこまでお話になられましたか?」
「貴方も内定選手であり、BS魔法師である事について。そして、一年生の成績優秀者、北山雫さんのCADは貴方が調整していると、達也くんから周知されました」
「……『時々』言うたやん」
「……ちゃんと『時々』と俺も伝えたぞ」
もう一度達也に抗議する十六夜だが、軽くあしらわれる。
「もう1つ、良いですか?達也はエンジニアに内定しましたか?」
「ええ。テストをして、良好な結果を示しました。その結果を鑑み、
達也がエンジニアチーム入り内定の顛末が語られ、十六夜は原作通りである事を確認する。同時に、ほんのわずかであるが、二科生のチーム入りに対する精神的ハードルが下がっている事も。
つまり、その精神的ハードルを突っぱねる材料にするのは難しくなっている。
「じゃあ、俺もテストしてください。その結果を受けての判断をお願いします」
「ええ、それで構いません。こちらの準備もできていますからね」
さっき達也が試験したから、その試験に使用した機材を流用できるという話。
九校戦で実際に使用される車載型のCAD調整機が、これ見よがしに会議場の隅に置かれていた。おまけに、達也は自身が使って変更した設定の初期化にかかっている。ついでに、試験に使っただろう九校戦既定のCADも同時並行で初期化している。仕事が早すぎる。
もう逃げ場がない雰囲気に、十六夜は苦笑を浮かべながらCAD調整機の前に腰を下ろした。
「それで、誰が実験台になってくれるんです?」
「俺がなろう」
調整する相手がいなければ調整しようもないと、十六夜が実験台の志願を募れば、率先して立ち上がったのが克人だった。克人は選手として十六夜を選出した責任がある故に、ここでもその責任を果たしに来たのだ。
「会頭、ですか……。責任重大ですね」
「問題ない。仮に俺のCADを壊されたとしても、替えは常時持ち歩いている」
十師族のCADを調整する事の難しさに、十六夜は顔をしかめていた。が、天然なのか、あえて話題をすり替えているのか、克人は何も心配する事なく調整機を挿んだ十六夜の対面に鎮座する。「違う、そうじゃない」とツッコみそうになったが、十六夜はぐっとこらえた。
「課題は?」
「競技用CADへの設定コピー。即時使用可能な状態まで調整。ただし、起動式には手を加えないものとする」
「十師族が使ってる高スペックCADの設定を、スペックが制限されてる競技用CADにコピー、ですか……。手ごわい課題ですねぇ、全く」
克人が提示した課題に、十六夜はそれの難題について吐露する。競技用CADは一般的なCADの平均性能と同じくらいだが、家庭の金銭事情でもない限り、第一高の一科生は平均より高い性能のCADを使っている。その時点で、競技用CADと性能差の開きがあるのだ。だから、十師族が使用するCADとなれば、その開きはさらに大きくなる。
これが、十六夜が顔をしかめていた訳だ。そのまんまコピーしようものなら、競技用CADのスペックをオーバーする事必至なのである。
「……起動式は弄っちゃいけないんだろう?……とすると、それでの対策はなし。……マジで設定だけでどうにかしなくちゃいけないのか」
どうしたもんかと、ぶつぶつ呟いて思考を回す十六夜。そこに、思わぬ助け船が出される。
「我が愛すべき後輩よ!これを使え!」
「え?うわ!?って部長!急になんすか!」
その助け船の船頭は、起動式プログラミング部の部長*2、さりげなく九校戦エンジニアとして内定していた人である。
そんな彼が、スティック状の小型記録媒体を投げて寄越したのだ。
「そのメモリにはCADの設定を調整するためのソフトウェアが入っている。スペックオーバーでCADに入らないけど、起動式は削りたくないなぁって時に便利な設定テンプレートが備わっている優れ物だ!」
「わぁ!なんてこんな時にジャストな優れ物!」
「毎度馬鹿みたいに長くなったオリジナル起動式に合わせてCADの設定するのも、オリジナル起動式の試し打ち終えた後に設定戻すのも面倒でな!テンプレあれば便利だと思って作った!」
「部長、天才っすね!馬鹿だけど!」
CADの設定を弄るのに便利なソフトウェアを作るのは、さすが起動式プログラミング部部長と言ったところだ。しかし、そこで起動式を弄らない辺りはちょっと馬鹿である。その感想を十六夜は率直かつ素直に言葉にした。
「ところで、これ使うのはセーフですか?」
「……まぁ、セーフにしよう」
明らかに十六夜の力じゃないモノを使って良いのかという話だが、克人は周りを、特に頷いているエンジニア陣*3を見て許可を出す。
「よっし。じゃあ、やったりますかぁ!」
問題解決と準備が諸々済んだ十六夜は、CAD調整に取り掛かる。起動式プログラミング部部長・阿賀沢のソフトとCAD調整機に元々備わっているオートアジャスト機能をフル活用し、無難にCAD調整を進める。
「……無難だな」
「無難に決まってるでしょ。こっちは高校生でまだ一年生ですよ。高望みはせんでください」
達也が十六夜のCAD調整する姿を詳細に観察し、ちょっとガッカリそうにしていた。十六夜が魔工技師『ノーザン・ダンサー』の中の人と知っている達也は、十六夜の調整技術を高く見積もり過ぎていたのである。
ただ、十六夜本人が言う通り、まだ高校一年生であり、あくまで『ノーザン・ダンサー』のアイデア担当である。さらに言えば、CADについて学び始めたのが北山家に拾われてからなので、まだ2年くらいの経験値だ。それらを加味すれば、むしろよくやっている方である。
「という事でいっちょ上がりぃ!」
作業時間も無難な長さで収め、調整したCADを提出した。
「うむ……、なるほど。違和感はある。だが、使用に問題はないだろう。……北山が『手ごわい』としたのはこういう事だったか」
自身が普段使いするCADとの差異を如実に感じる克人。しかし、許容範囲内である事も明言しておく。ついでに、十六夜が手ごわいと称した理由を肌で感じていた。
競技用CADにインストールする起動式は競技用に調整して毎年インストールしている事を、克人は思い出す。そうしていたのも、十文字家お抱えのCAD整備士に言われたからで、スペックの差で感覚が狂うからと、その整備士に説明されていた。その感覚が狂う感じを、丁度実体験している訳だ。
「司波君程ではないですが、充分な技量だと思います」
「僕も同意見です。厳密には畑違いの僕も選出されている技術者不足の状況で、彼を除外するのは惜しいかと」
エンジニアチームである
達也の時はあずさと服部が熱心に支持したため、選手たちの異論は抑え込めたのだが、今回も異論は抑え込めるも、やはり懐疑的な視線は減らせなかった。
「まぁ、最悪俺はどちらでも。俺自身選手ですから、CADが必要ないBS魔法師とはいえ、そんなに多くのCADを面倒見れないでしょうからね」
十六夜はそれらの視線を気にせず、余裕そうに構える。エンジニアチーム入りしようがしまいが、十六夜にとっては本当にどうでも良いのである。
そんな余裕を見せている十六夜に、待ったの声がかかる。
「それです!それだけは認められません!」
女子生徒、十六夜には面識がない選手内定済みの三年生*4が声を上げた。
「エンジニアならまだ許容できます。でも、選手には認められません!ボーン・スペシャライズドを選手にするなんて、真面目に努力して選手になろうとしている一科生を侮辱しています!」
その女子生徒は十六夜の選手内定に反対し、一見正論に見える意見を提示していた。しかし、『一科生』という言葉が含まれている辺り、一科生としての驕りや二科生への蔑視が透けている。
「はぁ……。どうします?生徒会長。実技のテストもします?」
「……ええ、そうね。……北山さんが得意そうな競技は何かしら。それでテストしましょう」
くだらない批判は成果で黙らせるしかないと、十六夜はエンジニアチーム入りのテストと同じように、実技もテストしてほしい意向を示す。そうすれば、同じ考えに至っていただろう真由美は即応した。二科生蔑視の意見が出た事に、お互い一瞬表情を歪めたが、あくまで一瞬である。
それで、自身の意向を汲んでもらえた十六夜はしたり顔で宣言する。
「競技はスピード・シューティング。対戦相手は生徒会長で」
「なっ!?貴様!調子に乗るのもいい加減にしろ!」
当校屈指の実力者を指名する十六夜。声を荒げたのはその態度が不遜に映った服部
「良いじゃないですか。調子こいた馬鹿が恥を晒すだけです。ま、負ければの話ですが」
「貴様!……生徒会長、此処は俺に。会長がお手を
「いいえ、私がやります」
十六夜が態度を改めない事に、服部は怒りを禁じえない。その怒りのまま叩きのめしてやろうと意気込む服部だが、真由美はそれを制した。
真由美には分かっているのだ。二科生の選手入りを認めさせるのは、屈指の実力者に匹敵する程の実力を示さなければいけない事を。
それと、もう1つ――
「十六夜くん?手は、抜かないからね?」
――彼女だって、プライドがあるのだ。自身の得意競技で喧嘩を売られて、おずおずと引き下がるなんてできない。
「もちろん。ですからあえて言いましょう。こっから先は一方通行だ」
不敵な笑みに闘志を潜め、十六夜は啖呵を切った。
テスト会場はすぐに用意される。コンバット・シューティング部が普段からスピード・シューティングの練習をしているので、その練習場を借りる形だ*5。
何人かが揚げ足を取るために、何人かが純粋に実力を見定めるために、十六夜へと注目が集まる。正直、誰も十六夜が勝つ事なんて想像していなかった。良くて善戦の末の敗北だろうと、真由美すらもそう思っていた。達也を除いては。
そうして始まり、終わった実技試験。皆が呆然とし、勝つ可能性すら考えていた達也も唖然としていた。
スコアは100対0。どちらが0だったのか――
「わ、私が、スコア0なんて……」
――もちろん、真由美の方である。
必然として、十六夜がフルスコア。対戦形式だったのに、十師族の一角・七草家の長女を相手にして、まさかの完勝である。
「さて、文句ある人います?……いませんね。じゃあ、そういう事で」
呆然とする皆を尻目に、十六夜はさっさとこの場を後にする。これで選手内定取り消しだったら笑い種にもならない。なので、もう結果は決まったも同然だが、くだらぬ野次や詮索は飛んできそうである。それらをやり過ごすため、会合から一抜けしたのだ。
十六夜は悠然と去っていく。その背中を、達也と克人は目で追うのだった。
※当初は横浜騒乱編までの執筆を予定していましたが、延長して来訪者編まで執筆する事にしました。そのため、執筆が間に合いそうにないので、更新頻度を見直します。とりあえず、今日から一週間は毎日1話更新で様子を見させてください。