それはいい思い出ばかりとは限らない。
ドラマ「流星の絆」の二次創作です。
配信開始されて、最終回を見た勢いのまま書きました。
ドラマ版最終回後の話なのでネタバレありです。ご注意ください。
思い出の味、それは人によって様々で家の定番料理であったりお祝いで行った高級店の料理であったり色々とだ。
そして、その思い出というのは決して良い物ばかりとは限らない。彼女に振られた日に食べた牛丼だって立派な思い出の味だ。
そして、俺の思い出の味も良い物とはとても言えない。
俺が務める会社は一般的に見れば一流と呼べるだけの規模を持っていた。その中で俺は特に目立つこともなく任された仕事を淡々とこなすだけの毎日。
そんな日々の中で一つ、俺の精神を大きく揺さぶる出来事があった。
「おい山岸、お前確か出身は横須賀だったよな?」
教育係である先輩からの唐突な問いかけ。
「え?はぁ、そうですけど。」
「お前さ、15年前くらいに横須賀で起きた洋食屋夫婦殺人事件って知ってるか?」
洋食屋夫婦殺人事件
その言葉を聞いた瞬間、俺の鼓動が勢いを増したのを感じた。
「え、えぇ。知ってますけど、それが何か?」
「実はさ、隣のチーム、あの高山の所の女性社員がその関係者って噂が流れてるんだよ。なんでも被害者の遺族だって話でさ。
あくまで噂だからはっきりしたところわかんなくてさ。そういえばお前が横須賀出身だから何か知ってるかな……っておい!」
俺は先輩が話し終わる前に席を立ち隣のチームのデスクへと向かう。
高山さんのチームは……ここだ!
あいにくチーム長である高山さんは席を外して居ないようだが、何人か作業中のメンバーが居るから手近な人間に声を掛ける。
「すみません!このチームに横須賀出身の人が居るって聞いたんですけど。」
「え?横須賀出身ですか?この中だと私だけですけど……」
突然の事に戸惑いながらもそう話す女性社員の顔を見るが俺の探していた顔とは似ても似つかない。首から下げてる社員証を確認するも、そこに書いてある名前は全く知らない人の名前だった。
「あ、そ、そうですか。その、人違いというか、勘違いでした……」
急に冷や水をかけられたように気持ちが落ち着いて行くのを感じる。
「すみません、お騒がせして。失礼しました。」
そうだ、もう14年も前だ。いまさら再会できるなんて、そんな都合のいいことあるわけない。
所詮噂話、横須賀出身の人がたまたま居て、どこかで事件のことが話題に出ただけだろう……
思わず抱いた期待を捨て、自分の席に戻ろうとしたとき女性社員から思わぬ言葉を聞いた。
「あの、もしかして探してるのって、有明さんですか?」
「え……」
結論から言うと俺の探していた人物、有明静奈は確かに高山さんのチームに在籍していた。
しかし、噂が俺の耳に届く直前に上司からのパワハラのせいで会社を退職してしまったらしい。
「私、ある日のランチの時に有明さんがあの『アリアケ』だって気付いたんです。その時態度に出ちゃって、その後同席していた友人たちに話しちゃって……
それからなんとなく接し方が分からなくなってしまって……」
そんな話をする彼女は少し後悔しているような顔をしていた。有明静奈が退職した原因はパワハラだけでなく自身の行動のせいでもあると考えているようで、責任を感じているらしい。
俺は彼女が退職した後の行方や家の場所などを聞いてみたがどちらも知らないらしい。一緒に遊びに行く時などは必ず外を選んで家に行ったことがある人間は居なかったらしい。
どうやら彼女から聞ける話はもうないらしく、礼を言って席に戻ることにした。
14年前、横須賀で起きた洋食屋夫婦殺人事件。ある夏の夜に『アリアケ』という洋食屋を営む夫婦が殺される事件が起きた。
その夫婦には男の子2人と女の子1人、計3人の子供が居て、3人は当日の夜しし座流星群を見るために家を抜け出していたため無事だった。
そして、俺はその有明夫妻の長男である功一の友達だった。
俺と功一は仲が良く、互いの家を行き来して遊ぶ仲だった。
そして、俺が遊びに行ったときはいつもお店で出しているハヤシライスをお昼ご飯に出してくれていた。
功一や弟の泰輔なんかは飽き飽きした表情で食べていたが、俺にとって『アリアケ』のハヤシライスは特別で、何よりも大好きな料理だった。
親にせがんで外食の時はいつも『アリアケ』に行ってハヤシライスばかり。
そしてそんな俺におじさんは
「その年でうちのハヤシライスの味が分かるなんて良い舌してるじゃねぇか!ほれ!いっぱい食えよ!」
なんて言って大盛にしてくれたりして。とにかく、とても良くしてもらっていた。
事件当日、俺たちは一緒に流星を見るために夜中神社近くの空き地に集まろうという約束をしていた。
もちろん、当時小学生だった俺たちだけで夜中出歩くなんて許されるとも思っていなかったので親には内緒で。
しかし、その日は夜から雨が降り出してしまい、とても星なんて見える状態ではなかった。
俺はそこで諦めて家を抜け出す計画を断念して拗ねるように眠ってしまった。
功一だって諦めてるはずだ、もしも諦めてなくても明日謝ればいいや。なんて思いながら。
翌日、気持ちのいい晴れ晴れとした朝だった。
雨上がりの濡れた道を歩いて学校へ向かう。いつも通りの朝だった。
だけど、学校に着いて、いくら待っても功一が来ない。
いったいどうしたんだろうと思っていると教室のドアが開き副担任の先生がやってきた。
そして功一と担任の先生が居ないまま一日が始まった。
その時はまだ明日になれば戻ってくるだろうという気持ちで居た。
だけど、功一ともう一度会うことは無かった。
そして、もう『アリアケ』のハヤシライスも食べることも無かった。
それから14年、俺の中で思い出すことも少なくなってしまっていたところに飛び込んできた噂。
本当に功一の妹の静奈ちゃんであれば功一の居場所を知っているかもしれない。もう一度会えるかもしれないという期待はあっけなく砕け散った。
もうやめてしまった従業員の住所なんて一介のサラリーマンが手に入れられる訳もなく、あっという間に手詰まりになってしまった。
そもそも14年も前の話をほじくり返されて相手が良い気しないことなんて分かっているのに、俺は会って何がしたいんだ……
もう忘れよう。今功一が無事って保証もないし、会ったところで何かできるわけでもない。
そんなことを考えていつも通りの日常に戻った。
そして、その数か月後。有明夫妻殺害事件の犯人が捕まったというニュースが世間を賑わせた。犯人は捜査を担当していた刑事。
このセンセーショナルな事件は連日ニュースに取り上げられ、どうにか遺族につながる情報を得ようと俺に対してまで取材の依頼が来たほどだった。
もちろん、俺が何かを知っているわけでもないし、仮に知っていたとしてもマスコミのおもちゃにする気なんかさらさらなかった。
そして結局、ニュースに遺族である功一や泰輔、静奈ちゃんの名前は上がることなく日々起きる事件や事故のニュースにし流されるように世間からまた忘れられていった。
あれからまた3年ほど経ったある日、俺は久々に横須賀に来ていた。
東京で就職してからあまり返ってくることは無かったが、祖母が亡くなり葬式のために帰ってきた。
式はつつがなく終了し、この機会に少し多めに取った有給を使用して実家でゆっくりとしていたのだが、母親からの結婚しろという圧力に耐えきれずあてもなく外をぶらつく羽目になった。
まずは近所からと歩みを進めるが、面影こそ残っているものの店は入れ替わり、新しい道ができていたりとどこか自分の記憶との差異を感じ、少し居心地悪そうに歩いていた。
すると無意識のうちにいつも遊びに行っていた功一の家への道を歩いていた。
未だに忘れられずにいるのかと自分自身に苦笑しながらそのまま歩を進め、曲がり角を曲がると
「あった……」
17年も経っているというのに、まるでそこは時間が止まっていたかのように変わらず洋食屋『アリアケ』がそこにあった。
あの後誰も買わなかったのか?曰く付きだしな。いや、それにしてもおかしいぞ。17年も経ったのに外装がそのままな訳ない。
よく見るとあの頃よりも少し綺麗な印象もある。改修した?誰が?
突然のことに頭の中がまとまらず店の前で立ち止まっていると不意にドアが開いてサラリーマン風の男が出てくる。
「いや~、うまかった!ご馳走様、また来るよ。」
「ありがとうございました!」
営業していることに驚いていると、客を見送るために女性店員が外まで出てきた。
そして、女性店員が店の前で立ち尽くしている俺に気づいたようだ。
「いらっしゃいませ!まだランチやってますよ。」
「え、あ、はい」
俺は思わず返事をして中へ入ってしまう。
今の女性店員、もしかして静奈ちゃんか?いや、もうだいぶ昔のことで顔なんて変わってるだろうし……なんて考えていたが、店内を見て今度は思考が停止した。
そっくりなんてもんじゃない、あの時と変わらない『アリアケ』がそこに有った。
広い厨房に傍のカウンター、いくつかのテーブル席。そして唯一違う、厨房で料理を作っている同い年位の男性。
(面影がある。功一、なのか?)
思わずじっと見つめて固まってしまった俺を不思議そうに見つめながら女性店員がカウンターの席を引いて待っている。
「こちらにどうぞ、……?」
「あ、すみません。」
その声に俺はハッと意識を取り戻し、急いで席に座る。
「お冷、ここに置きますね。こちらランチメニューで、今日の日替わりはポークジンジャーです。ご注文決まりましたらお呼びください。」
そう言って渡された手書きのメニューを見て、俺はすぐに店員を呼び止めた。
「あの!ハヤシライスって、まだありますか?」
手書きで『おすすめ!』と目立つように書かれた商品。
俺の……思い出の味。
「ハヤシライスですね、少々お待ちください。
お兄!ハヤシライスまだある?」
「あぁ、まだあるよ。というかしぃ!営業中なんだからお兄はやめろって。お客さんすみませんね。」
「はいはい、ごめんごめん。で、ご注文はハヤシライスでよろしいですか?」
「あ、はい。お願いします。」
「かしこまりました。店長!ハヤシ1です。」
「あいよ!」
お兄に、しぃ。
間違いない。この二人は功一と静奈ちゃんだ。
二人は元気そうで、静奈ちゃんは空いた席の片づけをして、功一は厨房でハヤシライスを作って。
まるで、あの頃のおじさんとおばさんみたいで。
思わず涙が出そうなのを必死に我慢して、誤魔化すように店内を見回すと壁には3枚の写真が飾ってあった。
1枚目は俺も知っている17年前の『アリアケ』の「7周年」の写真。
2枚目と3枚目は大きくなった功一と静奈ちゃんも写っている「復活!!」と書かれた物と「1周年!」と書かれたもの。
そして、その写真のどちらにも映っている男性がもう一人。もしかして、これが泰輔か?
「お待たせしました。当店特製のハヤシライスです。」
そう言って俺の目の前にハヤシライスとスプーンが置かれる。
俺の子供の頃の記憶と寸分たがわぬそれを見ると一度奥へ引っ込んだ涙がまた出そうになる。
そして、涙が溢れる前に一口、そして二口、三口と口の中へ運ぶ。
変わらない。味も当時の味そのもの。
そして俺はもう涙を止めることが出来なかった。
「う゛っ……うう、はぐっ、はぐっ、うぅぅ。」
「あの、お客さん?どうかしました?大丈夫ですか?」
「ちょっとお兄!何してんの!」
「いや、な、何もしてないよ!急に泣き出して!」
「何も無いのに泣くわけないじゃん!絶対なんかしたでしょ!」
「ただいまー!腹減ったぁ、兄貴!ハヤシライス!って、え?なに、なんかあったの?」
「あぁ、泰輔おかえり。いや、何が何だか……」
「お客さんがハヤシライス食べて急に泣き出しちゃったの。」
「え?なにそれ、しぃかよ(笑)」
「はぁ!?ちょっと!何よその言い方!」
「こぉら!喧嘩すんなよ。」
「だってたい兄が!」
「はいはい、わかったから。
それよりお客さん本当にどうしたんですか?」
「こ゛ういちぃ、た゛いす゛けぇ、しずなち゛ゃん……うっ、ううっ」
「なんで呼び捨てなんだよ(笑)」
「いや、それより……」
「なんで、俺たちの名前を……?」
俺の思い出の味は二つある。
一つは、ある理由で食べたくても二度と食べられなくなった思い出のハヤシライス。
もう一つは、これから何度も通い詰めるであろう洋食店の極上のハヤシライス。