ポケットモンスター Re:Champion Road 作:1.96
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セルクルタウン。
テーブルシティからさほど離れていない、のどかな街だ。オリーブの名産地であること、有名なパティスリー『ムクロジ』があることで、小さいながらも活気で溢れている。
「む、やはり若い女性が多いな……。ワガハイは浮いてないだろうか?」
「大丈夫ですよ、サワロ先生。あくまで、表向きはボクの付き添いですから。どんと構えましょ」
「うむ……そうだな。今さらながら付き合わせてしまってすまない、リンドウ先生」
「いえ、ボクもここに用があったので。甘いもの大好きですし」
そんなムクロジのテラス席に男二人という組み合わせは、周囲と比べて少しだけ浮いていた。
ガタイのいいサワロ先生は、生徒から『シブい』とか『ダンディー』という評判。その実、辛いものが苦手だったり、逆に甘党だったりとイメージとは真逆で。
ムクロジのお菓子は食べたいけど、周囲からの印象は崩したくない。その結果、ボクが付き添いに参加した……ってのがここまでの経緯。
「ではいただくとしよう。おぉっ、これは――」
「ん〜、あま〜い!並んだ甲斐がありましたね!」「うむ……!疲れた体に染み渡るようだ」
行列ができるだけのことはある。甘いけどしつこくなくて、いくらでも食べられそう。
ガラルだとバトルカフェくらいで、ご当地スイーツとかないもんね。パルデア万歳。
「みんなも美味しい?」
ボクの言葉に、全員が元気よく答える。このケーキ、ポケモンも食べられるように味を調節してるようで、ボクの手持ちにも好評だった。
マリルは既にたいらげ腹を向けて寝てるし、カルボウは思いっきり頬張り、ニャオハは口の周りにクリームをべっとり付けて。
……お行儀あんまり良くないね君たち。まだ幼いし、仕方ないか。
エーフィだけは流石というか、お上品に小さな口でつまんでいる。
けど、ボクの膝に乗ったままだから台無し。いいレディーなのに、ずーっとボクが食べさせてるんだけど。どこのお嬢様なんだか。
「あーっ!サワロ先生とリンドウ先生だー!」
「んぐふっ!?」
「店内では静かにねアオイ……って、何その量」
ケーキに夢中になっていると、元気の良い声でアオイが駆け寄って来た。
彼女もここのケーキを食べに来たようで、お盆の上にケーキがいち、に、さん……いや、多い多い多い。何個食べるつもりなの?
「ここのケーキ、美味しいって生徒の間でも評判なんですよ」
「そうだね、それは知ってる」
「だから、コンプリートしたいなと!」
「普通そうはならないよ?」
恐るべき女子の胃袋。
「なんだか珍しい組み合わせですね。サワロ先生も甘いもの好きなんですか?」
「えっ!?いや、そのだな……ううむ……」
「ボクが頼んだんだよ。ほら、サワロ先生は家庭科専門だし、こういうのに詳しいかなと思って」
すかさずフォロー。目線で、サワロ先生が『感謝する』と言っているように感じた。
「なるほど〜!確かに、リンドウ先生は甘いもの好きそうですもんね!」
「ははは……。まぁね」
「私もご一緒していいですか?」
「どうぞ」
上手く誤魔化せてよかった。アオイの言い方に少し引っ掛かるところはあるけど。
アオイの純度マックスの笑顔を見ると、悪気があって言っているようではなさそう。いや気にしすぎだな、うん。
「アオイさんはジムに挑戦しないのかね?」
「もちろんしますよ!でも、ジム戦まで少し時間があるみたいで。私の前に一人予約者がいるんです」
ジムは予約制だ。挑戦権を得るためのジムチャレンジをクリアし、そのうえで予約をとる。どうやら、ジムチャレンジは既にクリアしたみたい。
セルクルジムのジムリーダーはここの店長。このテラス席からも見える広場が、バトルフィールドになっている。
「それで時間潰してるんだ」
「はいっ。それで、せっかくだしケーキをと……」
「ははは。腹ごしらえは重要だからな。むしろ、多すぎないか不安だが……」
「大丈夫です!こう見えて吸収は早いので!」
ジム戦前にお腹壊すとかやめてね?
美味しそうにケーキを頬張るアオイ。彼女のお皿からは、もう既に半分ほどのケーキが消えていた。若いって怖い。
「アオイさんは、この課外授業を通して、どんなトレーナーになるのかね?」
「えっ?」
サワロ先生のいきなりな質問に、アオイの手が止まる。
「なに、難しく考えなくていい。興味本位で聞いてみただけだ」
「うーん……。リンドウ先生にも同じこと聞かれたけど……やっぱり分からないです。ジムに挑んで、強くなりたいってのはあるんですけど……」
強くなりたい。
ボクの問いに対しても、アオイはそう答えた。
「どうして強くなりたいって思うの?」
「え!?えーと、強くなったら、ネモともっと楽しいバトルができるなーとか……」
「……そっか」
まだ決まってないみたいだけど、今はそれでいいのかもしれない。いつか転んだ時に彼女を支えてあげるのが、ボクたち先生の務めだから。
なんだか、質問責めみたいで申し訳ない。
「ならば、この後のジム戦はなんとしても勝たなきゃいけないな」
「サワロ先生、それプレッシャーですよぉ〜。私これが初めてなんですから」
これが初挑戦なんだ。物怖じしなさそうだけど、アオイでも緊張するんだな。
「戦法も手持ちも固まってないんですよねー。ネモは『大丈夫!』って言ってくれたけど……」
「不安?」
「すこーしだけ」
初めてのジム戦。ターフジムを思い出す。大観衆の前で、頭真っ白になりながらも戦ったっけ。
通常の野良バトルでは味わえない緊張感がそこにある。それは、新米トレーナーには結構な重荷かもしれないね。
なら、それを和らげるのが今のボクの役目か。
ボクはこの子の先生でもあり、トレーナーとして三年先輩でもある。
『リンドウさん、そろそろお時間ですが……』
「分かりました。すぐコートに向かいます」
「……えっ?コートってもしかして……」
スマホロトムから流れるのは、ジムの受付の声。どうやら、時間が来たみたいだ。
「ワガハイも久々にジム戦を見るからな。楽しみにしているよ、リンドウ先生」
「えっ、えっ!?私の前の人ってもしかして……」
ボクが立ち上がると、ポケモンたちがみんな気合いの入った表情で立ち上がる。そうだよね、ワクワクするよね。ボクもなんだ。
なんせ、三年ぶりのジム戦なんだから。
「まあ見ててよ。先輩として、ジム戦の戦い方ってヤツを見せてあげるから」
呆けるアオイを後に、ボクはバトルコートへと向かった。
バトルフィールドはムクロジの屋上に用意されている。ケーキを楽しみながら、バトルを見れるってわけだ。
そこには、ビビヨンを連れたエプロン姿の女性が待っていた。彼女がここのジムリーダーカエデ、通称『お菓子の虫』。
「あら、あら〜。先ほどケーキを買ってくれたお客さん〜?」
「こんにちは。とても美味しかったですよ」
「それは嬉しいわ〜。改めて、パティスリー『ムクロジ』店長のカエデです〜」
ふわふわとした口調で話すカエデさん。掴めなさそうな人だ。
「今はジムリーダー、じゃないんですか?」
「ああっ、そうでした〜。いけない、ジムリーダーのカエデです〜」
調子狂うなぁ。
「リンドウさんのことは、オモダカ委員長から聞いてます〜。大層腕がたつらしいですね〜」
「過大評価ですよ」
「手加減なしで良いとのことですので、私も楽しみにしてました〜。だから、ちょっぴり強い子たちでお相手しますね〜」
余計なこと言ったなぁ、あの人。
どうしよう。アオイにあんなカッコつけたこと言ったのに、負けたらシャレにならないよ。
「小さいけれど、大きな力を持つむしポケモン。足をすくわれないように、ふんばってくださいね〜」
「どうかお手柔らかにお願いしますよ……」
挨拶もそこそこに終え、トレーナーの配置につく。観客席からの歓声が大きくなり、いっそう会場のボルテージも上がった。
スタジアムほどの観客じゃないけど、やはり見られているというのは緊張する。でも、ジム戦はこうじゃなくっちゃね!
ジムリーダーの カエデが
勝負を しかけてきた!
「おいでなさいな、タマンチュラ〜」
「頼んだよ、ニャオハ!」
カエデさんが出したのはタマンチュラ。ニャオハでは相性不利だね。
先に言っておこう。セルクルジムはむしタイプを専門とするジムだ。
「え、ニャオハ!?せんせーい!くさタイプはむしタイプと相性悪いんだよー!?」
アオイの悲痛な声が聞こえる。周りのギャラリーも、この選出には驚きが強いみたい。
「あら、あら〜。くさタイプのポケモン?余裕があるということでしょうか〜」
「考えがないわけじゃないので」
「では、見せてもらいましょう〜。タマンチュラ、とびつ―――」
「ニャオハ、ふいうち!続けて、引きながらこのは!」
タマンチュラが跳びかかろうとしたところに、ニャオハが高速で潜り込んで一撃。
出足を挫かれ、行動を止めざるを得ないタマンチュラ。その間にニャオハは引き、ついでにこのはをぶつける。彼お得意の電光石火。
とりあえず先制はできた。この戦法は、こないだのアオイ戦でシュミレーション済みだ。
「目の覚めるような攻撃ですね〜。驚きました」
「の割には、驚いてなさそうですね?」
「そうですね〜。まずはその足を止めましょう。いとをはく〜」
「よけて!」
タマンチュラが真っ直ぐに糸を飛ばし、こちらの動きを封じようとする。
むしタイプの厄介なところは豊富な搦手。こと動きを封じることに長けている。技の貧相さと耐久の脆さを、知恵と工夫でしぶとく生き残る。それがむしタイプだ。
だけど、それも当たらなければどうということはない。ニャオハのスピードなら、攻撃を躱すのも苦じゃないはず。
「たいあたり〜」
「え、速っ――!?」
距離は十分にあった。
だけど、ニャオハとタマンチュラの距離はあっという間に潰され、強烈な頭突きを喰らった。あの見た目からは想像だにしないスピードで。
「……なるほど。あの糸はフェイクですか。最初からニャオハを狙う気はなかった」
いとをはくは、相手に直接当てて動きを封じるのが普通。だけどタマンチュラは、それを最初からニャオハの後方狙って飛ばした。
発射した糸を地面に貼りつかせて、その伸縮性を活かして突撃。これが、あの高速たいあたりのカラクリか。なんてトリッキーな。
まるで、自分が弾丸になったよう。これじゃタマンチュラじゃなくて弾ンチュラじゃないか。
「正解です〜。タマンチュラ、とびつく〜!」
「もう一度ふいうち!」
ニャオハが再び飛び込む。さっきと違うのは、タマンチュラが攻撃の体勢をとっていること。
これじゃふいうちは決まらない。カエデさんもそう思ったはず。
「今っ!戻っておいで!」
「ハニャォ!」
ボクの合図と同時に、ニャオハは身を翻して尻尾でタマンチュラをはたく。そして、そのままボクのボールに触れ、中に戻っていった。
次はこの子の番だ!
「マリル!アクアジェット!!」
「あら〜?」
ニャオハが戻ると同時に飛び出したマリルは、水の柱を纏って突進。タマンチュラを殴りつけた。
このジム戦、鍵を握るのは『スピード』だ。
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スイーツ系男子×2
さて、初めてのジム戦です。