ポケットモンスター Re:Champion Road 作:1.96
◯
たかがヤドン。ただ追って捕まえるだけ。そう先入観を持った人ほど、この修行は沼にハマる。
「待ーてぇぇぇぇぇ!!」
アオイは先ほどから直向きにヤドンを追いかけ続ける。だけど、その差は一方的に開くばかり。一向に捕まえられる気配はない。
当然だ。あのヤドンは、マスタードさんが育てた特殊な個体。あまりに速すぎて、並のポケモンじゃまず追いつけない。ボクの手持ちで最も速いエースバーンですら、アレ以上の素早さは無理だ。進化しきってないアオイのポケモンでは、まずスピード勝負は不可能。断言していい。
「まだ時間かかりそうだなー」
「まぁ、あの速さはね。普通に追いかけてるだけじゃ、まず無理だよ」
ボクとホップは彼女の付き添い。マスタードさんは、案内だけすると早々に帰って行った。
ひとまずノーヒントで挑ませてるけど、苦労しそうだなあ。まだ一匹も捕まえられてないのに、これが三匹いるんだから。
キツそうだったら手本を見せてもいいって、マスタードさん言ってたっけか。
「ひぃはぁ……ウ、ウェルカモ、ワタッコ少し休憩しよっか……」
アオイが天を仰いで倒れ込む。散々追いかけ回して、それでいて捕まらないとなれば疲労度も増すだろうに。それでも泣き音入りしないのは、流石の精神力といったところ。
見たところ、アオイが使ってるのは素早さ自慢のポケモン。追いかけて倒そうとして、沼にハマった感じか。わりとよくあるパターンだね。
「苦労してそうだね」
「せんせぇ……。これホントに私の手持ちで捕まえられるのぉ?」
「スピード勝負をしなければ、ね」
わざわざ相手の得意な土俵で勝負する必要は全くない。動きさえどうにかできれば、あとは普通のヤドンなんだから。
その動きをどう捉えるか……。それは、何も追いかけることが正解とは限らない。
「ホップならどうする?」
「俺か?うーん、見たところアイツの走るルートは同じっぽいから……」
そう言って、ホップはヤドンの通った跡を指でなぞる。さすがに鋭い。
「通り道に……こうだ!」
そう言って、ホップは腰に下げたモンスターボールを取り出した。
空高く投げたボールから出てきたのは、ボクらの何倍もの巨体。その質量は、地面に降り立った瞬間に地響きを起こすほど。
いねむりポケモンのカビゴンだ。
「で、デカぁ!?何このポケモン!?」
「これなら通れないだろ!」
カビゴンは、ヤドンの通り道に大胆にも寝そべった状態で構える。するとホップの睨み通り、ヤドンはカビゴンに一直線に突っ込んできた。
避けようとしない。いや、あのスピードを制御できなくて分かってても避けられないんだ。
おまけに、ヤドンは頭が良くないときた。カビゴンの腹にバウンドしたヤドンは、すぐに離れればよいものをその場で首を傾げる。その瞬間、寝返りをうったカビゴンの下敷きになってしまった。
秒殺。あれだけアオイが追いかけ回していたのを、ホップはいとも簡単に捕まえてみせた。
「っと、ゴメンなヤドン。手当てするぞ」
「す、凄い……。こんなにあっさり」
「追うんじゃなくて待つ。逆転の発想だね」
『捕まえる』という目的を果たすために、どうしても追いかけるイメージが先行しがちだ。誰もが思いつく方法なのに、実は一番難しい攻略方法なのがこの修行の落とし穴。
ヤドンの通るルートは一定だ。それさえ分かってしまえば、無理に追うのではなく待ち伏せする方がずっと楽だ。
でも、これは答えの一つに過ぎない。じしんみたいな広範囲の技で無差別にダメージを与えるとか、やりようは他にもある。
「私こんな大きなポケモンいないしなぁ……。先生はどうやってクリアしたんですか?」
「ボク?ボクはもっとシンプルで……」
二匹目のところに向かい、エーフィを出す。二匹目も同様、決まったルートを爆走していた。
「エーフィ、トリックルーム」
彼女が作り出した不思議な空間。ヤドンが足を踏み入れると、その動きが途端に緩慢になった。
トリックルームは、ポケモンの素早さを逆転させる空間を作り出す技だ。要するに、すごーく速かったヤドンがすごーく遅くなる。
そうなれば話は簡単で、サイコキネシスで捉えて終わり。ヤドンは降参したのか、『やぁん』と気の抜けた声をあげて大人しくなった。
「……なんかズルくないですか?」
「何を失敬な。これも立派な答えだよ」
「分かってますけどぉ。トリックルームできる子もいないしなあ……」
知ってる。
この修行をやる前、アオイの手持ちを見せてもらったからね。カビゴンみたいに通路を塞げる子も、トリックルームを覚えている子もいないのは承知の上だ。だって、答えを見せちゃったら修行の意味がないし。
だけど、ヒントは十分に与えた。ただヤドンを追いかけるのではなく、動きを止めるという柔軟な考え方。そして、それを実現する選択の広さ。
手持ちポケモンの個性を見て、的確に指示を出すのはトレーナーとして重要な資質だ。
「うーん……。よし、やろう。ワタッコ、戦術Bでいくよ!」
むむむ、としばらく考えてたアオイは何かを結論づけたみたい。ウェルカモをボールに戻し、なんとワタッコ単騎で挑もうとする。
ただ、今回はヤドンを追いかけることはしなかった。草むらに身を隠して、ヤドンの通るルートに待ち伏せしている。
「いくよ、わたほうし!」
ワタッコは走路上にフワフワの綿毛を振り撒き、ヤドンの体に纏わりつかせる。なるほど、素早さを落としにきたか。
ヤドンは気に留めずに、わたほうしを突き抜けて爆走する。確かにスピードは落ちたけど、それでもまだワタッコより速い。これでは結局捕まえられなさそうだけど……。
だけどアオイは動かない。どころか、ワタッコを両手で抱きかかえて眺めているだけだ。まるで、もうあの子の仕事は終わってるとでも言いたげ。
素早さを落とすだけじゃ意味ないけど……。
「やぁん!?」
展開が変わるのは唐突だった。
わたほうしを受けてから、同じルートを数周。問題なさそうに走っていたヤドンの足がいきなり止まった。力が抜けたようにその場で立ち止まり、地面に倒れこむ。
この時点で、もう修行はクリアしたも同然だった。アオイがヤドンを抱き上げる。
「やったー!狙い通りだよ、ワタッコ!」
「おお、凄いぞアオイ!」
「ふふーん、どう?先生」
ドヤ顔のアオイ。
でも、どうやって直接手を下さずにヤドンを弱らせたんだろう。
……あ、ヤドンの足に巻き付いてるこの蔓ってもしかして。
「やどりぎのタネ……?」
「です!結構決まるんですよ、これ」
なるほど、わたほうしに隠して植え付けたってことか。バトルにも応用できるだろうし、素直に感心せざるを得ない。
文句なしの合格。アオイは、見事ひとつ目の修行をクリアしてみせた。
◇ ◇ ◇
二つ目の修行。
ダイキノコ探しは呆気なく終わった。
ていうか、これに関しては修行でも何でもなくて、ただのお昼ご飯の材料調達だったのはここだけの話。探す過程で野生ポケモンの妨害とかはあるけど、宝探しをしてるアオイなら苦にしないしね。
まぁ、確かに三年前ボクもやったけど……。
ちなみに、せっかくガラルに来てもアオイはダイマックスを使えない。ダイマックスバンドがないから当たり前だ。
だから、ダイキノコは彼女にとってみればただのヘンテコなキノコだ。
本当は、キョダイマックスに姿を変えさせるというトンデモキノコなんだけど……。
「流石はリンドウちんの教え子だね〜。あっさり二つの修行をクリアするなんて」
「いやぁ。えへへへ〜」
閑話休題。
お昼を終えたアオイに、マスタードさんは三つ目の修行を言い渡そうとしていた。
ボクの時も修行は三つだったなぁ……。爆走ヤドン三匹に、ダイキノコ集め。
確か最後のひとつは……
「じゃあ、三つ目の修行に行こうかねん。内容はシンプルにして王道。ズバリ、ポケモンバトル。アオイちんの腕前、見せてもらうよん」
「キターっ!」
「こら、騒がない」
だよね。知ってた。
ボクの時は、二つ目の修行をクリアしたのがボク含めて二人しかいなかったから、雌雄を決するって名目だったっけ。勝てば合格だったはず。
となると今回の場合、相手は……。
「じゃ、裏のバトルコートに移動しよっか〜。リンドウちん、お相手よろぴくね〜」
「よっし!先生、負けないからね〜!」
……ま、そうなりますよね。
断る理由もないし、ボクはおとなしくマスタードさんについて行く。
それに、アオイと勝負するのは久々だ。すでにジムバッジを五つ手にした彼女のポケモンは、おそらくボクの手持ちより馬力は上だろう。
道場裏のバトルコートは、遮蔽物が一切ないとてもシンプルな作りになっている。純粋な技のぶつけ合いになりそうだ。
『リンドウさんがバトルだって?』
『参考にさせてもらいます!』
『対戦相手の子も、ヤドンの修行クリアしたんだってよ……』
いつの間にか門下生がたくさんいる。一応ここで指導者をしていた以上、下手は見せられないな。
「リンドウー!アオイー!どっちも頑張れー!」
そして、健気に声援を送るかつてのライバルの姿も。いいね、ボルテージ上がるよ。
「ワシちゃんが審判をするよー。使用ポケモンは、リンドウちんに合わせて四匹でいいかなー?」
「問題ありません!」
「大丈夫です」
ボクもアオイも、モンスターボールを手にする。
さぁて、前期間での成長を見せてもらおうか。
「では、バトル開始!」
「ニャローテ、頼んだよ!」
「行って、エクスレッグ!」
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アホみたいに速いガラルヤドン。ゲームだと実数値どんなもんだったかな……。かなりレベル上のインテレオンより早くてビックリした記憶。
今作においては、入国制限無しでいきます。じゃないと、お話が書けないのでね……