エンディング『水の星におやすみを』 作:野生のムジナは語彙力がない
AM 06:00
東の空が徐々に明るくなっている。
まもなく夜が明けるのだろう。
それは同時にSCP-001という、1日限りの魔法が解けることを意味していた。
結局、彼は『約束の地』に現れなかった。
無理もない、あらゆるものがぐちゃぐちゃに崩壊した世界の中で、闇の中に取り込まれた最後の希望を見つけることは、砂漠の中でひと粒の砂金を見つけるようなものだ。
基地はすっかり花々に覆い尽くされている。
乗ってきたウァサゴGも、花の山になっている。
指揮官は時間を確認した。
後1時間もすれば全てが終わる。とてもそうは見えないが……どちらにしろ、今更ジタバタしても仕方がない。指揮官は花畑の上に腰を下ろし、ジッとその時を待った。
温かな日差しが指揮官の体を優しく包み込む。
穏やかな風が髪を揺らし、風の音だけが聞こえる
時間の流れに身を任せ、指揮官は目を閉じた。
にゃーん
(……?)
遠くで猫の鳴き声を耳にした。
うっすらと気配を感じ取った指揮官が目を開けると……いつからそこにいたのだろうか、目の前に1匹の黒猫がいた。花畑の中に座り込み、ジッと指揮官のことを見つめている。
しかも、指揮官はその猫に見覚えがあった。
(キャル……?)
それは喫茶店バビロンの名物猫『キャル』だった。
キャルはゆっくりと歩み寄ると、どこからともなく小さな黒い毛玉を取り出し、呆然とする指揮官の前に置いた。次の瞬間、黒い毛玉がモゾモゾと動き出し、それは動物の形へと変化した。
いや、それは全長30センチの狸っぽい見た目をした動物のようなものだった。二本の足で直立し、大きなフサフサの尻尾が特徴的な、ボロボロの機械の生物。黒のたぬきっぽい何かは毛玉から完全に置き換わると、つぶらな瞳で数回ほど瞬きした後、素早く指揮官を見上げた。
(博士……!?)
「ああ、どうやら間に合ったようだな……」
黒のたぬき……もといイシュメール博士は指揮官に向かってビシッと敬礼をした後、指揮官の制止を待って小さく息を吐いた。
「SCP-025-IS……いや、この猫のお陰でなんとかなった。一度は星喰らいの作り出した闇の中に呑み込まれかけたが、こいつのゼロ次元空間跳躍能力のお陰で、なんとか『約束の地』に辿り着くことが出来た。この猫は、最後の最後で僅か17パーセントの成功確率をやり遂げたんだ……」
(そっか、ありがとね……キャル)
にゃーん
指揮官が自分の足元でじゃれつく黒猫を撫でてあげると、黒猫は心地良さそうな鳴き声を漏らした。
「指揮官、まだ終わってはいない」
(ということは、例のものは回収できたの?)
「なんとかな……」
そう言ってイシュメール博士はポケット……もとい、フサフサの毛の中から小さな光の玉を取り出した。これこそが指揮官たちに残された、最後の希望だった。
「だいぶ形は異なるが、SCP-647-ISだ。こいつのタイムスリップ能力を使えば、世界が崩壊する以前の時間へと指揮官を送り込むことが出来る……」
(どれくらい時間を遡れるの?)
「……それが、長くても半年といったところだろう。本来であれば、大量の純正紅石を使うことで遡れる範囲を拡大出来るのだが……機械教廷が消滅してしまった以上、それらの回収までは出来なかった」
イシュメール博士はタイムスリップに必要なエネルギーが不足しており、能力が安定していないという旨のことを話した。さらにタイムスリップできるのは1人だけ、かつ本人を直接過去に送り込むのではなく本人の意識のみを送る形となることを伝えた。
(半年……だめだ、それじゃ足りない……)
タイムスリップ能力を使えば、人類崩壊のターニングポイントとなったオペレーション・オメガ発令前まで時間を遡ることが出来た。先の歴史を知る指揮官がそこに舞い戻ることで、ある程度の戦況の悪化を避けることができるかもしれない。
しかし、それだけだった。
星喰らいとの戦力差は圧倒的、いかに指揮官の持つ卓越した戦術を駆使したところで、それを覆せるだけの物量があちら側にはあるのだ。何せあちらは無尽蔵に増殖する能力を持っており、最終的に全球隔離という地球を丸ごと覆い尽くすという、非効率的な地球侵略すらやってのけたのだ。
(今回の件で敵についての情報は得られた、規模も分かった。星喰らいに対する戦略を根本的に見直す必要がある。だから半年ではとても間に合わない……最低でも1年、いや2年……それくらい前から準備しないと)
「……大して役に立てず申し訳ない。しかし、それでも行ってはくれないか? 指揮官、貴方だけが頼りなんだ」
(…………分かった)
指揮官は力なく頷いた。
それを確認すると、イシュメール博士はSCP-647-ISを操作し、花園の中央に時空間移動用のワームホールを出現させる。
「SCP-001が切れるまで、残された時間はもう僅かだ。さあ指揮官、早くこの中に……!」
(…………)
「指揮官?」
(…………)
「指揮官、何をしている? 早くしてくれ!」
(…………)
「……………………そうか、そうだよな」
イシュメール博士は指揮官の心情を察して押し黙った。大した勝算もない中、過去の世界に送り込んでも同じ歴史を繰り返すだけになるだろう。それは即ち、大切な仲間たちが死んでいくのを何度も見続けることを意味していた。
指揮官とて、ひとりの人間だ。
そのたったひとりに全人類と世界の行く末を任せているのだ……たった1つのミスで大勢の仲間たちと数億もの命が失われる、常人にはとても耐えられない重荷だろう。
ならばタイムスリップを連続して繰り返すことで、星喰らいへの対抗に必要な時間を確保すれば良いと考えるかもしれない。しかし、そうすることが出来ない理由があった。
とあるアノマリーを使用した観測の結果、1週目にあたる指揮官不在の世界線において、星喰らいの来訪に10年かかっていたものが、2週目にあたる今回の世界線では8年と、どういうわけか大幅に短縮されていることが判明したのだ。
さらなる調査の結果、それはタイムスリップの発動に起因していることが明らかとなった……つまり、こちらがタイムスリップを連続して使えば使うほど、世界終焉の歴史もその分だけ早く訪れるということだった。
そして今、僅か半年ほどのタイムスリップを使用することで確実に世界の終焉が早まることとなるだろう。1日か、1週間か、1ヶ月か……あるいは今回のタイムスリップ直後に世界が終わってしまうのかもしれない。
「……だったら代わりに俺が行こう。たかが狸ごときに未来での戦況を伝える以外に何か役に立つことがあるとは思えないが、やらないよりはマシだろう」
(いや、大丈夫)
ワームホールに手をかけたイシュメール博士を止め、指揮官は小さく笑いかけた。ワームホールの揺らいだ空間に触れる指揮官の手は震えており、そんな指揮官の心を察したのか、キャルは指揮官の足元にひっそりと寄り添う。
(…………)
『全く、これだから凡人は……』
(…………!)
意を決した指揮官がワームホールの中に身を投げようとした、その時……どこからともなく聞き馴染みのある声が聞こえた。
『余計なことは気にするなと言ったはずだぞ?』
(スロカイ様……?)
『それだけじゃないですよ!』
声はすれども見えはしない。しかし、指揮官は自分の周囲を取り巻く失われた仲間たちの、懐かしい気配を感じた。
『指揮官ってば、ほんと……』
『私たちがいないとダメダメなんだから』
『大丈夫! あたしたちが見守ってるよ!』
『本当は私たちも一緒に行きたいのですが……』
『でも応援してるよ、ずっと!』
『指揮官、お前ならやれるさ』
『そうだ。君はただ進み続ければいい』
『指揮官、信じているわ』
『そう、貴方は1人ではありません』
『だから、向こうでも私たちに頼ってね!』
『繋ぎ止めてください、貴方の手で!』
『全員を、そして世界を……!』
『指揮官殿! 』
『指揮官様!』
仲間たちの声が次々と響き渡り、そして指揮官の体の中へ温かい何かが流れ込んでくる。それは肉体が失われようとも、指揮官に対する絶対的な信頼が力となって現れたかのようだった。
「何だ……? 何が起きている?」
何も見えはしないが、指揮官の周りで何かが起きていることに気づいたイシュメール博士は、慌てて手元の計器を確認した。
「これは、指揮官を中心にエネルギーが集結している……? よし、これを応用すれば半年などと言わず、遡れるだけ過去を遡ることが出来るぞ! もう
(…………分かった、行くよ)
仲間たちから託された想いを胸に、指揮官はワームホールの中へと手を伸ばす。その瞳には決意の色が浮かんでいた。
「俺はここでこいつを制御しなきゃならない、ここでお別れだな。しかし、ワームホールは比較的安定している。こいつ1匹連れて行くくらいなら余裕だろう」
イシュメール博士は足元のキャルを掴み上げると、そう告げて指揮官に手渡した。一緒に行く? 指揮官がそう尋ねると、彼女は短く鳴いて自ら指揮官の胸に抱かれに行った。
「さあ行け! 失われた絆を取り戻して来い!」
(みんな、誓うよ。今度こそ絶対にみんなを救う。全員で生きる明日を掴み取ってみせる……だから、どうか力を貸して!)
指揮官はワームホールの中へと歩み出す。
指揮官と黒猫の姿が揺らぎの中へと消えていき……まもなく2つの存在は、この世界線から完全に消失した。
希望は確かにあった。
俺……いや、俺たちが約束の地へと送り届けた希望は、そこで新たなる希望を生み出し、仲間たちの想いと共に指揮官の元へと受け継がれた。
小さく息を吐き、東の空に目をやる
終焉を迎えた世界に朝日を見つけた。
こんな時でも日は昇るのか……
思わずそんな当たり前のことすら忘れていた。
いや、例え地球から生命の灯火が失われようとも、太陽はそこで輝き続けるのだろう。
地球
俺たちが生を謳歌してきた母なる水の星
世界終焉の危機を前に、そこに住んでいた俺たちが必死になって、どうにかしようとしていた間も……太陽は変わらずそこにあり続けていたのだ。所詮地球の危機など、太陽にしてみれば自分の周りにある星が1つ消えるだけで、とくに気にする程のことでもなかったのかもしれない。
むしろ銀河系の規模で考えれば、太陽系ですらその内の小さな塊の1つに過ぎないのだ。たかが小さな星が失われても、この広い宇宙は変わらず、常にそこに在り続けるのだろう。
それが宇宙の運命だと言わんばかりに……
タイムスリップを引き起こすたびに、崩壊の歴史が早まるという謎の現象……今思えば、あれは宇宙全体の拒否反応のようなものだったのかもしれない。
時間を遡っても歴史は変わらない
宇宙の法則を乱すな
滅びの運命からは逃れられない
全てを諦めて、結果を受け入れろ
……そう言いたいかの如く
「……ハッ」
思わず、嘲笑が漏れ出た。
いいわけがない
断じて許容できない
そんなもの知ったことか
SCP-647-ISを操作してワームホールを閉じる。
空間の揺らぎが徐々に消え失せ、小さくなって行く……過去と現在を辛うじて繋ぐこれが完全に消失した瞬間、パラドックスが発生し、どちらにせよこの結末には戻れなくなる。
時間は先には進まない、進ませやしない。
指揮官が目指す明日を迎えるまでは……
その為なら、俺は悪に堕ちよう。
例え宇宙の法則を捻じ曲げてでも……
そうか、これが俺の役割だったのか……
そして……
「次の世界線では、俺たちだけでやろうや」
なにがゼオライマーだ
なにがゲッターロボだ
なにがマジンガーZだ
なにがグレンラガンだ
余計な外来種どもは、俺が全員始末する。
害悪の塊である裂生獣ども
クソほどの役にも立たない漂流者
そして奴らに肩入れする愚か者どもも同様だ
奴らの言い分など、聞く耳を持たない
奴らの存在を許してはならない
誰が来ようと、何が来ようと
この世界に害をもたらす物は、全て……!
これは俺たちの世界だ。
余計なものはいらない
俺たちの物語は、俺たちで作る。
指揮官が『白鯨』における主人公・エイハブならば、俺は登場人物の1人(イシュメール)としてその物語を目撃し、そしてメルヴィルとなって記録しよう。信頼する仲間たちと共に『世界の敵』に挑み続ける、狂気に満ちたその雄姿を。
「そうすることが、出来るのなら……」
ワームホールは閉ざされた。
時間はもう、先には進まない。
そして、新たな未来が生まれた。
『機動戦隊アイアンブラッドサーガ』に続く……