学都〝フラメリア〟は、ある施設を中心に街が形成されている。
それは、嘗て魔王討伐に著しい貢献をした賢者、〝サナルカ・ミラボ・ラソウム〟が開いた学園だ。
再来する可能性のある驚異に備え、後進を育成する為に造られた学園は、長い月日の中で人が集まり今の学都となり、歴史に名を刻む魔術師や騎士を多く輩出してきた。
「というのが、この〝フラメリア学園〟なんだけど……、どうしたの? 〝ヒメ〟」
『うむ? いやな、妾の知る賢者とはちと違うものでな』
「え、ヒメ。学長の事を知ってるの?」
朝日に照らされた通学路を行くマルコの驚きに、テレスティアは姿無く頷く。
現在、テレスティアはマルコが首から提げるペンダントの内に潜んでいる。
テレスティアは、生前と変わらぬ知性を持っているとは言え
魔に属し、祓われる存在。そんなテレスティアに万が一があってはいけないと、マルコが提案しテレスティアがこれをマルコに贈った。
透ける様な水晶を銀の細工であしらったペンダントは、マルコの稼ぎでは手に入れる事すら難しい物だが、テレスティアが出してきた他の物に比べたら、一番ましな物だった。
『うむ、あやつが勇者と旅をしておる時に、妾の元を訪ねて来て、手を貸せと言われたものじゃ。……無論、断ったがの』
「どうして?」
『主様。魔王を倒す。否、この四元世界の四王の一人を倒す。この意味は非常に重いのじゃ』
この世界は四つに分けられる。菱形に存在する世界は天界を頂点とし、両端に人界と魔界、最下層に冥界が存在する。それぞれの世界は互いに繋がりを持つが、互いに過度な干渉を避けてきた。
テレスティアが語る四元世界の四王、それはこの世界の絶対者だ。
天界の天王、人界の人王、魔界の魔王、冥界の冥王。
世界に於いて、神に等しい存在で人王以外の王は永い時を生き、己が世界を統治している。
『あの勇者は、嘗ての人王ヘンドリクセンは、それを解してはおらんかった。ただ、魔王を倒せば人界に平和が訪れると盲信しておった』
「でも、人界は平和になったよ」
『……そうじゃな。それも事実、しかし主様。四王を倒すという事は、英雄の条件足るものではないのじゃよ』
悲壮感というよりは憐れみが強い声音。
まるで、何かを後悔する様なテレスティアの言葉に、マルコは疑問しながらも何も言えなかった。
『主様、努々忘れる事無きよう。世に生まれる〝勇者〟という存在は、希望ではなく呪いなのじゃ』
「〝勇者〟が呪い?」
『左様、あれは呪いじゃ。どうしようもない呪いなのじゃ』
勇者とは人界の憧れであり、現王家の初代王でもある。
それが呪いとは、一体どういう事なのか。
「それって一体……」
「よーう、マルコ。一人でぶつぶつとどうしたよ?」
「ラルフ、びっくりした」
マルコの疑問を遮ったのは、唯一と言っても過言ではない数少ない友人のラルフだった。
「今日の実技試験の対策か? まったく、勤勉だよな」
「ラルフこそ、対策は大丈夫なの?」
「まったく大丈夫じゃないな! だからマルコ先生! 一手御教授をば!」
「言ってもラルフなら出力を絞っていけば合格点は採れると思うけど……」
「いやいや、俺だけ合格点でどうするよ? お前も揃っての合格点だよ」
よく日に焼けた人好きのする笑みを浮かべて、ラルフはマルコの肩を叩いた。
ラルフとは入学当初の筆記試験からの付き合いで、学園で居ない者として扱われるマルコと、今でも交遊を続けている稀有な人物だ。
野性味を感じさせる整った顔立ちと、社交的な性格に加え、平民ながらに貴族にも迫る魔力出力を持つ彼は、同級生の中でも平民生徒のリーダー的な立場に居る。
マルコに対する嫌がらせが致命的なものにならないのも、ラルフと交遊があるからだ。
「僕は合格点は無理だよ」
「いやいやいやいや、座学実質上位のマルコなら大丈夫だって。今回は二人組の試験だからワンチャンある。マルコが指示して俺が撃つ。完璧だ」
「でも、点数下がるよ」
「構うかよ。どうせ、貴族連中は平均以下でも合格なんだ」
そうラルフは吐き捨てた。
マルコやラルフ、平民出の生徒は皆平均点が試験の最大点数であり、これは貴族という支配階級に隷属階級の平民が勝つという図式を作らせない為に作られた仕組みだ。
この世界は強い魔力を持つ貴族や王族が絶対であり、弱い魔力しか持たない平民は従属するべきである。
学園という小さな箱庭でもこのルールは絶対で、教師達は貴族子息や令嬢の機嫌を取る為だけに、教職という概念をねじ曲げている。
「ま、実質の実力じゃ勝ってる。……とは言い難いが、教師連中の評価よりましさ」
「そんな事言って、誰かに聞かれたらまた怒られるよ?」
「落第しなきゃいいの。それに落第なんか出したら評定に響くからまず無いしな」
ケラケラと笑うラルフだが、マルコは生来魔術が発現していない。
生来魔術の発現には十分な魔力を持っているにも関わらずだ。マルコが学園に残れているのは、〝基本的〟に自主退学以外の退学を認めない学園長の方針があるからだ。
これについて、周りの教師や貴族達は出来損ないにも情けをかける慈悲深い賢者と、嫌味とも取れる賛辞を贈っているが、マルコは何か違う気がする。
学園長に会った事は無い。入学式に祝辞を述べていたのを、遠く離れた席から見ただけだ。
だがそれだけでも、この学園の長に慈悲というものがある様には見えなかった。
「あ、そういやお前、昨日は何処行ってたんだ? ハーフストンの奴が探してたぞ」
「あー、ちょっと野暮用が出来て町外れまで行ってたんだ」
「配達のバイトか? 金を稼ぐ手段は増やすに限るな」
「まあね」
「おっと、そうだった。食堂に用があるから先行くぜ。後で教室でな」
「うん、また」
ラルフが急ぎ足で去り、マルコは首に掛けたペンダントを見る。
『主様の御学友、妾は挨拶しなくてよかったのか?』
「うん、今はまだね」
『ふぅむ、妾は主様に従うまで。時が来るまで、ここで大人しくするとしよう』
しかし
『あの耳長め……。一体、何を企んでおるのやら』
ペンダントの中、テレスティアは荘厳な学園を眺めながら、マルコには聞こえぬ声で呟いた。