巫女レスラー   作:陸 理明

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妖魅の法則

 

 

 山への入り口にあたる、ちょっとした広いスペースにタクシーが停止した。

 さびて汚れた看板が立っているのでここが登山入り口で間違いないようだ。

 もうそろそろ秋も近いということもあり、瑞々しかった葉っぱも木々もやや元気をなくしているように感じられる。

 それでも夏の間に伸びきった丈の高い草が道のわきを埋め尽くしていた。

 

「……お客さん、ここを上がっていけば、わりとまともな登山道に出るから」

 

 タクシーの運転手が言う。

 地図をみると、どうもそれらしい道があった。

 

「正式な道なんですか、それ?」

「いや、違うよ。あまり使われていないルートだけど」

「じゃあ、どうして?」

「おたくらの言うがけ崩れがあったっていうのは、そこから先なんだ。ただ、まだ半年ぐらいしか経っていないし、立ち入り禁止になっているかもしんねえから、もしそういう表示があったら引き返しな。わざわざ危険なところに行く必要はねえし、俺もあとで責任を追及されんのはお断りだぜ」

「なるほど。ありがとうございます。何かあったら、すぐに戻ります」

「あたりまえだ。それに午後になったら雨になるかもしんねえから、降り出したりしてもすぐに引き返せよ」

 

 山伏姿の御子内さんに引いていたとはいえ、運転手は親切な忠告をしてくれた。

 

「でも、よくこんな脇道がつくられましたね。本道とは関係なさそうなのに」

「そりゃあ、ここに用事がある連中がいたからな」

「何の用事ですか?」

「ああ、あんたらは知らねえ昔の話のことだよ。ここを上がった先に、へんてこりんな宗教の施設があったんだよ。十何年も前に、そこの信者連中のためにわざわざ道を拵えたって噂だ。まあ、路が先にあったのかもしんねえがよ」

「へえ」

 

 以前はそれなりに使われていたのか。

 一番近いバス停からは十五分は歩くのに。

 

「ありがとう、運転手さん。もし、帰りにタクシーを使うことがあったら、あなたを指名させてもらうよ」

 

 御子内さんが世慣れたことをいう。

 世間知らずな女の子だが、異常に世慣れている一面もあるのだ。

 引き返していったタクシーを見送って、僕らは山に登り始めた。

 それほどきつい勾配ではなく、まさにハイキング程度のコースであった。

 高尾山程度かな。

 ただ、高尾山と比べれば道幅が狭いし、足場も古いので、気をつけないと転びそうな気がする。

 僕もそうだが、御子内さんも山にはかなり慣れているらしく、スタスタと登っていく。

 やや湿り気のある土も石も滑りやすくはあるが、準備万端な僕らにとってはどうということのない障害だ。

 山の澄んだ空気を肺に入れながら、無言で歩くのもまた楽しい。

 心地よい疲れもまた気持ちいいものなのだ。

 三十分もかからないうちに、運転手の説明にあったまともな登山道に出た。

 

「よし、ここを尾根伝いに西に行けば、がけ崩れのあった方向に行けるよ」

「……京一は本当に新しい鍾乳洞の入り口ができたと思っているのかい?」

「ううん。まず、ないと思っている」

「理由は?」

「今は地震があったりしたら、上からヘリコプターとかで確認するからね。あまりに大きな変化があったら誰かが気づくよ。誰にも知られていない、上からは見つけられない場所であったとしても、このあたりなら放置されているとは思えない」

 

 僕は道端にあったゴミを手に取り、

 

「この缶コーヒーなんて、賞味期限が16.6.10でしょ。普通は一年ぐらい余裕があるものだから、販売されたのはつい最近だよ。捨てられてそんなに経っていない。人がたまにしか行き来しない場所ならばともかく、これが無造作に捨てられているんだ。比較的人通りがある地域なんだよ、この辺は。つまり、人が入れるほどの鍾乳洞なんてあったら、まず見逃されるはずはないということさ」

「でも、巧妙に隠されているとしたら? たとえば、建物の裏とか、ボクらの使う人払いの術をつかったりとか」

「確かにそういう場合もあるけどね」

 

 そこまでして隠す必要はない。

 まして、深夜にダイバーを派遣して探索する必要はなくはないか?

 わざわざ現地まで来てみて、ようやく僕は今回の探検旅行が意外と意味がなさそうなことに気がついた。

 冒険的なワクワク感のおかげで少し見失っていたのかもしれない。

 

「そもそも、僕たちって何をしにここに来たのかな?」

「京一のクラスメートがいう妖怪が実はダイバーなのか、その確認かな。ボクとしては実際に妖怪でなければそれで構わないんだけど」

「でも、龍脈がどうとか言っていなかった」

「地表に剥き出しになっている龍脈があったら、かなり危険だからね。〈社務所〉でもそれは調査の対象になるさ。でも、それも、あまりボクには関係ない」

「じゃあ、どうしてこんなところに? 桜井の推理ってそんなに間違っていない気がするんだけど」

 

 すると、御子内さんはちょっとだけ真剣な顔になって、

 

「少し前に、とある小さな男女が行方不明になった。そのとき、ネット上では彼らの両親に関するバッシングが広まったことがある」

「……覚えているけど」

「その内容は、子供たちを監禁して隠しているのは両親であり、彼らが犯人に違いないというものだ。その子供たちは死体となって発見されて、両親が今度は殺人犯として弾劾されることになった」

「……」

「でも、結局、別の犯人が見つかって両親へのネット上での冤罪は晴らされたけど、そのことからわかることがある。―――ネット上には“自称”名探偵がいくらでもいるけど、彼らの名推理が当たるかどうかは保証の限りではないということだよ」

 

 つまり、御子内さんが言いたいのはこういうことだ。

 あの時の桜井の推理があっている保証はないということである。

 従兄弟から聞いた話、ネットで転がっている噂、それらを勝手に推理しただけのものでしかなくて、それが必ずあっているとは限らない。

 

「要するに、御子内さんはあの桜井の推理から導き出されたものは間違っていると?」

「いや、そうじゃない。その彼が話す内容をヒントとして出てくる答えとしてはそんなに外れたものじゃないと思う。噂のすべてが真実であるという保証があればね。でも、実際にはそうじゃないはずだ。むしろ、ボクには特定の答えに誘導されているような気がしてならない」

 

 そこで、僕にはようやく意味が掴めた。

 

「―――誰かが噂を故意に流しているってこと? その、桜井の推理に合致するようなヒントを垂れ流して?」

「そうだね」

「でも、なんのためだろう。そんなことをして、世間を驚かせたい愉快犯とか……かな」

「今のボクの推理だって、当たっているとは限らないけど、ただ一つだけ真実に近いことは言える気がする」

「なんなの?」

 

 だが、御子内さんは答えを言わずに立ち上がると、道のない斜面に脚を掛けた。

 

「今から僕はちょっと別行動を採るから、ついてこないでいい」

「……えっどういうこと?」

「ボクは巫女としての修業中、こういう場所で訓練をしていたこともあるから一人の方がむしろ楽なんだ。で、調べたいことがあるのでボクだけは別行動をとる」

()()()()。……どういうこと? 僕はどうすればいいのさ?」

「京一は……」

 

 彼女は来た道の少し下を指した。

 わずかに離れた場所にこちら目掛けて登ってくる集団が見えた。

 見覚えがある。

 僕のクラスメートたちだ。

 もう追いついてきたのか。

 

「彼らと合流して、それとなく様子を見ていてくれないか。危険に近づかないように、変な真似をしでかさないように」

「―――どういうこと?」

「妖怪……というか妖魅を相手にする場合には、実は決まった法則のようなものがある。例えば、雪女や鶴の恩返しのように伝承内のルールに則ったものがね」

「ああ、覗くなといわれていたルールを破ると、手に入れたものをすべて失ってしまうというものかい」

「そうだ。他にもしっぺい太郎やら三枚のお札にもあるね。で、今回の場合もそんな感じがする」

「ルール?」

「というか、御伽噺的流れというか……。とにかく、京一はあのグループを守ってやってくれ。ボクが戻ってくるまでにね」

「だったら、ここで引き返させたほうが良くないかな」

「それができたら、たぶん、苦労はない。おそらく不可能になるだろうね」

「―――わかった」

 

 そろそろ一年になる退魔巫女との付き合いでわかったことがある。

 世の中には異常な出来事がそれこそ無数に存在し、人知の及ばぬ怪事が山ほど溢れているということに。

 デンマークの悲劇の王子が老僕ホレイショに語って聞かせたように。

 

「頼んだよ」

 

 御子内さんがまるで野生の(ましら)のごとく森の奥に消えていくのを見送りながら、僕は近づいてくるクラスメートたちをなんと言って誤魔化して同行するかをシミュレートするのであった。

 

 


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