襲撃して来たハクビシンが、金長狸によって制圧されたことがわかると、ホールの入り口に陣取っていたとみられる多数のタヌキたちが突入してきた。
瞬く間に、気絶をしたり痛みで動けなくなっているハクビシンたちを拘束し、縄で縛りあげていく。
タヌキの前肢は犬や猫のものと違って、ものを掴むことができる形をしているということもあり、その行動はスムーズにいっていた。
例の電気を発する道具によってやられたタヌキたちを肩に担いで運び出す作業と、破壊された後楽園ホールのスタンド席を検証する作業の二つも同時に進行している。
このあたり、タヌキたちの文化が僕たち人間のものとよく似ていることがわかる。
素早く組織だった行動を迅速に執ることができるようだ。
僕とグリフィンさんは、電気の怪光線を受けて昏倒してしまっている熊埜御堂さんの脇にいって、彼女を助け起こした。
「しっかりしろ、てん」
「大丈夫、熊埜御堂さん」
どうやら気絶はしていなかったらしく、しっかりとした眼差しは健在であった。
とはいえ、四肢の先まで痺れているのかがっくりと動かないままだ。
口はわずかに開閉できるみたいだけど、本来ならば呼吸するのがやっとという状態のようである。
『おんしゃあ、大丈夫かえ?』
いつのまにかすぐ傍にいた金長狸までが心配そうに覗きこんでいた。
「き、金長さんで……すか?」
『やったら悪いかや?』
「いいえ。僕の友達を助けてくださってありがとうございます」
「私からもお礼を言わせてください」
僕らはこの土佐出身の英雄タヌキに深々と頭を下げた。
それだけのことをしてもらったと思うからだ。
だが、金長狸自身は前肢をひらひらと振って、
『気ぃすんなや。この巫女がわしの同胞のために戦おうとしてくれたけん、そのお返しをしただけぜよ』
「それでもお礼はしないと」
『あんなのたすいこんぜよ。やき気ぃすんな』
話してみるとかなり気さくな性格のタヌキらしい。
見た目は動物そのものなのに、普通に人間と会話をしているような気になる。
『ワシが最初に江戸まで昇って来たときは、梅太郎と一緒だったんちゃ。そんときゃ、江戸の町にゃあ、おまんみてえなまっこと凄か武人がおおけえいたぜよ。……ワシの同胞を守るために身体張ってくれたこたあ、忘れっとよ』
どうやら、金長狸はハクビシンからタヌキを守ろうと一歩踏み出した熊埜御堂さんの漢気のようなものに感銘を受けているらしい。
確かに、あのときの熊埜御堂さんは聖女のごとき神々しさがあったのは間違いない。
でも、梅太郎って……
才谷梅太郎のことだろうか。
妖怪は長生きするものだから、時の感覚が僕らとは噛み合わないんだよね。
『……とはいえ、こうなると中堅戦は没収試合となるのか』
さっきまで僕たちの隣にいた老タヌキが言う。
あ、そういえば二人はこの対抗戦の選手だったっけ。
すると、さっきまで避難誘導の指示をしていたこぶしさんがやって来て、
「いえ、うちの熊埜御堂がもう動けず、今の事態の打開さえも金長狸さんにやられてしまった後となっては、こちらの負けということで済ますしかないでしょう。……それでいいわね、てんちゃん」
こぶしさんのキツイ言葉に、グリフィンさんの腕の中でぐったりとしている熊埜御堂さんがかすかに頷く。
唇を尖らせてかなり不満気だ。
だが、自分自身がもう戦える状態でないことを悟っているのか、潔く負けを認めるのは、いかにも彼女らしい。
「というわけで、中堅戦は江戸前の〈五尾〉の勝利ということでお願いします」
『金長狸もそれでいいか?』
ぶら下げていた瓢の中身をごぶごぶと飲んでいた金長狸は、特に関心もなさそうに「わかったぜよ」と頷いた。
「すると、勝敗は二勝一敗となる訳か。とはいえ、あと一勝すればいいのだから、巫女たちの方が有利ということは変わらないな」
「うん、そうですね」
『なんだと?』
ギロリと睨まれた。
老タヌキからしてみると、勝ち星を先行されているということがかなり屈辱的なことなのだろう。
自分たちの代表の〈五尾〉の実力を過信しているという訳ではなさそうだし(実際、金長狸を初めとして強さは折り紙付きだった)、想定外の進行に焦っているのかもしれない。
「……でも、後楽園ホールがこんな有様では、もう試合はできないんじゃないですか?」
『リングは無事に残っておる』
「確かに……」
ハクビシンによって荒らされて、椅子やら天井の照明やらが破壊されたのは、入り口付近から北側にかけてだけだ。
そこ以外は、熊埜御堂さんと金長狸の活躍で守られている。
「―――じゃあ、もう色々と時間も押しているし、さっさと決着をつけてしまおうか。……二対二のタッグマッチでどうかな」
聞き慣れた女の子の声がした。
僕たちと老タヌキ、金長狸などの視線が交わった先に、二人の改造巫女装束の少女が立っていた。
「次の試合に勝った方が親の総取り。……ってので行こうよ。まさか、そっちにとっても有利な条件なんだから怖気づいたりはしないよね」
『ぬかしたな、小娘。ワシらの用意した〈五尾〉の副将と大将は、今までのタヌキたち同様、音に聞こえたタヌキの英雄揃いだぞ』
「むしろ、望むところだよ」
上方から己を見据える老タヌキに対して、御子内さんは真っ向から睨み返した。
この古狸の纏う重々しい風格に一切怯みもせずに、御子内或子はいつものように傲然と構えている。
戦いにおいてならば、ボクに一切の敗北はないとでも言うがごとく。
いや、事実、その通りなのだろう。
御子内さんはそういう女なのだ。
『いいだろう、小娘。二対二の戦いという提案を受けてやる。リングに上がれ』
「そうこなくっちゃ」
今回の相棒となる音子さんを促がして、小鳥のように軽やかに御子内さんはリングへと向かった。
彼女を待つのは、最強のタヌキ軍団の最後の二人。
その結果がどうなるか、僕どころか、神さまでさえも予想はできないだろう……。