「結局、どうしてあの〈ぬりかべ〉は学校にいたんだい?」
後日、僕と御子内さんがお茶をしているときに、気になっていたことを聞いてみた。
そこのところだけがよくわからなかった。
学校内にいなければ、もう少し探すのに手間取っただろうし、もしかしたら別の被害者が出たかもしれないからだ。
「……例のバイクのタイヤ跡を覚えているかい?」
「うん。くっきりついていたね」
「原因はアレだよ」
「アレ?」
よくわからないって?
「あの〈ぬりかべ〉はバイクと衝突したことで怪我をしたんだ。それを癒すために、自動車やオートバイの通らない広い場所―――つまりあの辺では学校の校舎の中に潜り込んだ。建物とはいえ、多くの人の通る通路もあるからね。居心地も悪くはなかったんだろうね。で、エネルギーの回復のために人を捕食しようとした」
「要するに、轢かれて逃げ出したってことか。でも、バイクに轢かれる妖怪ってのも変な話だね」
「ところがね、そうでもないんだ」
「どういうこと?」
「前に、〈ぬりかべ〉は意外と多く存在していたけど、今は少なくなったって話をしたよね。それは、路上を塞ぐ〈ぬりかべ〉が車なんかに轢かれたりして数が減っていったせいらしいんだよ」
「……まさかぁ」
「そのまさかさ。かつては何もない道で人を通せんぼしていた妖怪は、交通機械の発達によって危険すぎて路上に立てなくなり、無理にたったとしても猛スピードの車にぶつかられた挙げ句消滅して、ついには人のいる地域には住めなくなってしまったんだよ。ボクが倒したあの〈ぬりかべ〉もそういう経緯で、人里に現れて、でも長くはいられなかった可哀想な妖怪だったというわけさ。そう考えると、なんかちょっと凹むよね」
まるで、沖縄のイリオモテヤマネコみたいだと思った。
妖怪に住みづらいのは都会だけではなく、要するに人間の住む場所全般になってきているということだろうか。
生活地域を脅かされた妖怪が人に牙をむくのも当然かもしれない。
せっかく人を助けたのに元気のない御子内さんを励ますために、僕は用意していたチケットを見せた。
「なんだい、これ?」
「今夜のWBAのバンタム級の試合のチケットだよ。たまにはボクシングなんか観てみたら新鮮だと思って手に入れたんだ。どう、一緒に行こうよ」
「ボクシングかあ、いいねえ、生の試合は観たことなかったんだ」
「じゃあ、行こうよ。さ、元気出して、出発、出発!」
僕はちょっと笑顔になった御子内さんの手を引いて、珈琲ショップを出た。
今日もいい天気だ。
妖怪や巫女なんて関係のない楽しい時間を過ごすにはもってこいの。
「さあ、行こうよ、巫女レスラー」
―――落ち込んでいる姿は君には似合わないよ。