ガードレールの上に直立し、肉まんを食べる覆面の巫女。
絵面としては文句のつけようがないぐらいに酷い。
コンビニの中から店員と他のお客さんがガチ見しているのが横目でもわかる。
正直なところ、彼女に話しかけるということはかなり勇気のいる行動だった。
しかし、たった今も戦っている御子内さんのためには、あえて火中の栗(そういうしか仕方ないでしょ)を拾うしかない。
「えっと、
覆面巫女は紙袋の中から今度はカレーまんらしいやや山吹色の饅頭をとりだしてかぶりついた。
それでも視線は僕に向いている。
綺麗な切れ長の眼をした女性だった。
スタイルもいいし、おそらくはかなりの美人なのだろう。
ただし、当然のことだか素顔はわからない。
後頭部で紐で絞められたらしい覆面の隙間から飛び出たポニーテールといい、快活な運動少女っぽい。
間違いなくわかるのは、御子内さん同様のイロモノではあるが、相当な実力者であるということだ。
「僕は、御子内さんの助手をしているものです。お願いします、ついてきてください。今、御子内さんが妖怪と戦っているんです!」
すると、覆面巫女の神宮女さんはガードレールから降りると、僕に紙袋を押し付けた。
手に持った感触からすると、まだ入っているらしい。
それから、左手のカレーまんをむしゃむしゃ食べながら、ガラケーを取り出して凄まじい勢いでメールを片手で打ち始めた。
すぐに僕のポケットにあった御子内さんのものに着信が入る。
まさかと思って慌てて見てみると、神宮女さんからのメールを受信していた。
ポチる。
そこには、
『どーもー、初めまして! あ・た・し、退魔巫女の神宮女音子でーす! ぶいぶい! ぎゃるるるん! あなたがアルっちの専属設営担当の人? すっごーい、ホントに男の子なんだ! きゃー、もってもてだね、あの子。もってもてだね。大事なことなので二度言いました! ちなみにー、あたしにはまだまだそういうステディはいないんだあ。シクシク、かなしー。マンモスかなP!』
凄まじく名状し難い内容が記されていた。
思わず脱力してしまう。
この内容を口頭で聞くのも遠慮願いたいところだが、文章で読むのも正直しんどい。
「えっと、神宮女さん? 普通に会話してもらえませんか?」
最低限度の挨拶ぐらいは口で行おうよ。
オーラル・コミュニケーションは人間関係の基本なのだから。
そうしたら、神宮女さんは一言。
「音子」
「はい?」
「呼称、音子」
と存外可愛らしい声で音節を区切るように喋った。
それ以外は喋ろうともせず、カレーまんを食べている。
(ああ、そういうタイプなのか)
これは相手の望んでいるものを察して相手をしなければならない物件であると僕は見当をつける。
つまり極端に無口というだけでなくて、諸々の事情をこっちが推測して解釈しながら付き合わなくてはならない面倒くさいタイプだということだ。
御子内さんも実のところこの部類に入る。
話を聞かないし、常識が枯渇してるし、ツッコミどころが満載という点で。
まったく退魔巫女という人種は……。
そこで、僕は神宮女さんの性格とさっきまでの会話内容を反芻し、結論を出した。
「はい、音子さんと呼べばいいんですね。じゃあ、僕のことは京一でお願いします。ちなみに御子内さん以外の巫女さんにはお会いしたことがないので無知なことが多いのは勘弁してくださいね」
「……グラシアス」
「じゃあ、御子内さんのところに急いで向かいましょう。実はもう試合が始まっているんです」
「……ウン モメント」
「はい?」
何かを言いたいらしいことはわかるが、それよりも袖を引っ張られたのでだいたい想像がついた。
僕を引き留めようとしているのだ。
この切羽詰った状況でなんのつもりだろう。
「―――説明」
なるほど、そういうことか。
御子内さんと一緒だ。
事に応じて臨機応変という出鱈目さは彼女たちにはない。
常にできる限り情報収集を行い、できたら相手のことを研究し尽くしてから、それから試合に臨むという退魔巫女の性質なのだろう。
だが、もうすでに御子内さんの戦いは始まっているので、悠長に立ち話をしている余裕はない。
僕は片手に饅頭の入った紙袋、片手に音子さんの手を握って早走りをはじめた。
「あ、ちょっと待っ……違う―――ウン モメント!」
なんで言い直したのかはわからないが、悪いけどつきあってあげられる時間はないんだ。
僕には御子内さんを助けるという正義があるのだから。
「普段の音子さんとはメールを介した方がいいみたいだけど、今回は後回しにさせてもらうね。ごめん、君を蔑ろにするつもりはないけど、さすがにマズイ状況なんだよ。わかってもらえたら嬉しい」
「……テ ペルドノ」
覆面のせいで表情はわからないが理解してくれたらしい。
僕が力を入れないでも手を握ったままついてきてくれた。
ただ、片手はガラケーを放さない。
普段から相当依存しているのだろうな。
しかし、退魔巫女で、覆面をしていて、無口で、たまに口を開けばよくわからない単語を口走るだけで、しかもメール依存って、五翻もあれば満貫だね。いや、美人の可能性も高いからそうしたら、六翻で跳満か。
まったく属性を足しまくればいいってもんじゃないぞ。
御子内さんだって、可愛くてボクっ子で退魔巫女でプロレスで満貫程度なのに。
「えっと改めて説明するとね……」
「ポル ファボール」
「ごめん。日本語でお願い」
「……どうぞって意味」
素直な性格らしいということはわかった。
メールだと訳わからないが、素面だと案外いい子のようだ。
「退治する妖怪は〈天狗〉。御子内さんの説明だと、赤ん坊を攫って行く連中だということ。戦い方は僕が見ていた限り、トップロープやコーナーポストの上を飛び跳ねて隙をついてくる感じ。御子内さんは、いつもみたいにカウンターを合わせられずに苦戦していた。多分、今でも対応できていないと思う。そこで君が必要になったみたい」
「……」
「ちなみに〈天狗〉を〈結界台〉―――〈護摩台〉に降ろした方法は言わない」
「……」
すると、またメールが受信された。
今度の内容は「剥かれたんだ~?」とかいう舐めたものが。
この子、僕が何をされたかわかってこんな意地悪をしてくるのか。
「放っておいて。尊い犠牲なんだからさ」
「……」
「ホント、無口なんだね。このぐらい口で言ってくれればいいのに。まあ、いいや。で、少し疑問なんだけど、音子さんはどうやって〈天狗〉と戦うの? 飛び道具でも用意しているの?」
見たところ、音子さんもリングシューズ(もう慣れた)を履いているし、巫女装束もほとんど御子内さんと同じ様式だ。
つまり、この子もやはり巫女レスラーなのは確かだ。
そして、この覆面の意味は……。
「……ルチャリブレ」
「へっ? もしかして、それって」
「あたし、ルチャドーラだから……」
ルチャリブレって、メキシカンスタイルのプロレスのことだったよね。
で、ルチャドーラは女のレスラーのこと。
僕の記憶が間違ってなければ、ただのプロレスよりも軽快で機敏な動きを信条にした、独特の戦いを持ったスタイルのはずだ。
空中殺法のイメージが強いのは、ロープを使って頻繁に飛び回るからと、あの有名な仮面貴族のおかげだろう。
なるほど空中殺法が得意というのならば、あの〈天狗〉とも互角にやりあえる……
(―――って、そんな馬鹿な話があるかあああ!!!!)
百歩譲って、御子内さんのレスリングスタイルの退魔方法は認めてもいい。
実際、よくわかんないけど妖怪退治はしているし、設定は意味不明だけどリングにも呪術的な効力があるから。
理には適っている。
でも、次にやってきたのが空中殺法を得意とする覆面の巫女って、なんなんだ!
そんな馬鹿な話があってたまるものか!
御子内さんもプロレスラー説を鼻で笑い飛ばしていたというのに、今度はルチャリブレの退魔巫女がくるなんておかしいだろ!
なんだ、次にくるのは
何でも来いってんだ!
「……でも、君なら御子内さんを助けられるんだね?」
だが、そんなものに一々ツッコミをいれている場合じゃあない。
御子内さんはこの瞬間も命がけで戦っているのだ。
孤軍奮闘で手ごわい妖怪相手に戦っている彼女を見捨てるなんてことは、死んだってできやしない。
あの可愛くて凛々しい女の子を助けなければ。
「……」
相変わらず無言のまま音子さんは頷く。
覆面からくり貫かれた穴からは鋭い闘士の眼光が輝いていた。
よし、信じる。
御子内さんを信じるように、この子も信じる。
僕は巫女レスラーたちを誰よりも信じて手伝う。
「他に訊きたいことはある? 〈天狗〉について?」
ぷるぷると首を横に振る。
おそらく〈天狗〉とは何度も戦ってきただろう彼女にこんなことを聞くのは野暮なのかもしれない。
「じゃあ急ごう。ついてきて!」
僕は走り出した。
音子さんもついてきてくれる。
もうやるべきことはやった。
後は御子内さんを救わないと。
ただ、少しだけ気になることがあったので、耐えられずに口にしてしまった。
「さっきから話しているのはメキシコだから―――スペイン語?」
「……(こくこく)」
「もしかしてメキシコ出身なの?」
「……(ぶんぶん)」
「そうなんだ。てっきりメキシコに縁があるもんだと……」
すると、音子さんは僕の手を握って、
「メキシコは治安が危ないので絶対に行っちゃ駄目。マフィアがたくさんいて物騒。とても怖いところ」
と、メキシカン無口キャラの癖に身も蓋もないことを力説するのであった……。