巫女レスラー   作:陸 理明

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あの幼女はどこへ?

 

 

「……その夕陽に消えていった女の子が怪しいということなんだね」

 

 お姉さまは普通ならば眉唾物の話を真剣に聞いてくれる。

 職業柄、そういう話を担当しているということもあるのだろうが、基本的に態度が真摯な女性(ひと)なのだ。

 あたしが魅かれているのはこんなところだった。

 

「怪しい……というか、もう100%、怪しいところしかないというべきなんだと」

「どういうことだい?」

「―――つまり、ですね。その女の子……羽沼サクラは、十年ぐらい前、あたしが幼稚園のときに行方不明になっているんです」

「まあ、涼花の口ぶりからすると、だいたいそんなところだろう。亡くなっているという訳ではないんだね」

「はい。当時、結構大々的な捜索がされたんですけど、みつからなくて、ニュースにもなったと思います。ちっちゃかったんで、細かくは覚えていないんですけど……」

 

 お姉さまは腕組みをして、おとがいに指を当てた。

 考え事をしているときの彼女の癖だ。

 はっとするほど知的に見える。

 もともと並大抵のレベルではない美少女なので、こういう何気ないしぐさがとても魅力的だった。

 

「十年前に消えた女の子が、当時の姿そのもので戻ってきた、ということか。神隠しからの戻り人か、この世に未練の残った幽霊の可能性があるね。さっきも言った通りに、涼花は妖魅に好かれやすい体質だから、異常が現われたとなったらとっとと解決した方がいいか。よし、すぐにとりかかろう」

「ごめんなさい……」

「何を言っているんだい、涼花のために動くのは当然のことだろ。なんといってもボクの可愛い妹分だからね」

 

 この人はいつも男前だなあ。

 だから、あたしはお姉さまが好きなんだけど。

 

「じゃあ、とりあえず、その羽沼サクラがいなくなった事件というのを調べてみようか」

 

 

           ◇◆◇

 

 

 お姉さまが所属している〈社務所〉という組織に問い合わせると、一時間もしないうちに事件の詳細が送られてきた。

 たまに愚痴られているのを聞くけど、組織としては相当フットワークの軽いところみたい。

 

「羽沼サクラの失踪は五歳の時。涼花と同い年だから、幼稚園の年長さんといったところか。ボクが小学校にあがってすぐぐらいの出来事だね。覚えてないな」

「ちっちゃい頃はニュースなんて見ませんし」

「そりゃあそうだ。たぶん、その頃だと、ボクはデカレンジャーかマジレンジャーを観て夢中になっていたかな」

 

 趣味嗜好が男の子なのよね、この女性(ひと)って。

 女子力が欲しいというのが口癖なのに。

 

「母親がいつまでたっても帰ってこない子供を心配して、近所の交番に届け出た。これが男の子ならば、コンビニでいつまでも立ち読みしていたり、どこかで昼寝をしていたりすることもあるけれど、サクラは女の子だ。事件に巻き込まれた可能性もあるから、警察もすぐに動いた。結果として、彼女は見つからなかった。足取りも消えた、と」

「―――そんな、お母さんが疑われてる……」

「匿名掲示板全盛の時代だからね。益体もない風聞がすぐに駆け巡ったんだろう。子供が消えた母親の苦悩なんて、ネット越しに見ている連中には見えないんだ。無責任に囃し立てるだけさ」

 

 あたしはお姉さまと一緒に、サクラと再会した路を歩いていた。

 子供の頃からよく知っている場所だ。

 意識的に思い返してみると、色々な記憶がある。

 その中にはサクラとのものも当然に存在していた。

 今となってはあまりにも噓っぽい友達関係だったけれど。

 

「児童公園があるね」

 

 お姉さまが指さしたのは、住宅街の片隅にあるそれなりの大きさの児童公園だった。

 見覚えのある遊具がまだ備え付けられている。

 

「少し観てみるか」

 

 野球やサッカーをやるには狭いが、バレーやバスケットボールをすることはできそうな空間を木々で囲まれた癒しのための場所であった。

 まだ陽は昇っているのに、子供の姿は見えない。

 少子化の影響というだけではなさそうだ。

 雑草の生え方はあまり人が利用していないことの証明かもしれない。

 

「ふーん、ここで涼花や京一が遊んでいたのか。そのサクラという行方不明になった女の子と一緒にね」

 

 感慨深そうにお姉さまが呟く。

 実際、あたしの家からは近いし、そう考えても不思議ではないだろう。

 でも、違うんです。

 

「あたしはそうかもしれません。でも、お兄ちゃんは違います」

「うん? どういうことだい?」

「お兄ちゃんはあまり外に出て遊ぶ子供じゃなかったので」

 

 すると、お姉さまは不思議そうな顔をした。

 

「京一は見た目よりも外に出掛けたり、他人とコミュニケーションを取るのが得意なタイプだと思うけど……?」

「それは小学校の高学年になってからですね。それまでは、外で誰かと遊ぶなんてことはしない男の子でした」

「へえ」

「幼稚園でもたぶん積極的に遊んでいたことはないと思います」

「意外だね。まあ、ガキ大将のイメージはないけど、誰かについていったいして遊びには混じっていた感じがしていた。じゃあ、なんで件のサクラは京一と遊びたがっていたんだい?」

「それは……」

 

 サクラについては、いずれ全てを話さなくてはいけないことはわかっていた。

 でも、彼女が今になって姿を現したことと、それとは別かも知れず、どこまでお姉さまに話していいものか、その加減がわからなかった。

 とはいえ、お兄ちゃんに頼れない以上、お姉さまに縋るしか道がないのも事実。

 やはりきちんと説明をするべきだよね。

 

「実は……」

 

 そう切り出したとき、またあの声が聞こえた。

 

「すずちゃん、その子……だれ?」

 

 昨日と同じ夕陽。

 その中からサクラは現れた。

 さっきまでは気配も感じさせなかったのに。

 やはり、お姉さまの言うとおりの……

 

「この人は……」

「サクラと遊んでくれないのに、そんな怖い子となにをしているの?」

「待って、サクラ。この人は……」

 

 あたしが説明をしようとしたとき、お姉さまに止められた。

 彼女はあたしたちの間に割り込むように入って、

 

「ボクはこの子の義姉だよ。初めましてだね、羽沼サクラ」

「嘘。すずちゃんにはお姉ちゃんなんかいない。おまえ、ウソつきだ」

「キミが涼花のことを全部知っている訳ではないだろ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あからさまな挑発だったが、サクラは見た目と同じで幼女でしかない。

 簡単に引っかかった。

 なんというか、お姉さまは煽るのがものすごく上手い。

 

「サクラのこと、バカにしてる?」

「いや。でも、キミのようなお子様を家にお邪魔させて京一に会わせるのはダメだとは思っている」

「きょいっちとサクラを遊ばせないつもり……なんだ」

「まあね」

「許さない……。絶対に許さない……!」

 

 サクラの様子が変わっていく。

 それはまるで人が猿にでもなるかのごとき、変貌を遂げていく。

 あたしは、かつての友達がやはりもう人間ではなくなっていたことを受け入れざるを得なくなっていた……

 

 

 

 

 

 

 

 


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