巫女レスラー   作:陸 理明

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スカイ・ハイ

 

 僕たちが急いでリングのある畑に戻ったとき、その上で戦う御子内さんは満身創痍の状態だった。

 怪我こそしていないが、肩で荒い息を吐き、ロープに寄りかかりながらなんとか〈天狗〉の猛攻をしのいでいるというところだった。

 だが、一方的にやられていたというわけではなさそうだ。

 なぜなら、さっき同様にコーナーポストに立っている〈天狗〉の側も疲れているように見えたから。

 その理由はすぐに判明した。

〈天狗〉は相変わらずリングの制空権を支配していたが、攻撃そのものはそれほど複雑なものではない。

 コーナーポストとトップロープの上を単調に撥ね回り、御子内さんの隙をみつけては蹴りを入れたりひっかいたりするだけだ。

 つまり、攻撃にアイデアがない。

 多くの妖怪退治の場数をこなしてきた御子内さんと違い、戦いのためのイマジナリティーを持っていないのだろう。

 つまり単調で意外性のない攻撃だけならば、どれほど驚異的な跳躍力と機動力を持っていたとしてもおのずと限界はでてくる。

 もっとも、凌ぐだけならばともかく、それを逆手にとって攻めることは難しい。

 制空権という大きなものを完全に握られているのだから。

 しかし、不屈の闘志を持つ我らが巫女レスラーがたかがその程度で諦めるはずもない。

 御子内さんは空飛ぶ敵からの致命的な攻撃を避けながらも、反撃の機会を窺っていたようだった。

〈天狗〉が飛び、御子内さんのつむじ目掛けて爪を尖らせた瞬間、彼女はパッとマットに伏せて、身をねじる。

 そのまま無理な体勢ではあるが、オーバーヘッドキックのように右足を撥ね上げる。

 美しい孤を描く虹のごとき回し蹴り。

 本来ならば、それでノックアウトさせられるかもしれないぐらい腰の入ったものだったが、なんと〈天狗〉は頭上でロープを掴むことで謎の回転をし、躱しきった。

 

「マジか!」

 

 あの羽根の神通力か。

 一部の鳥には障害物をよけるための生体センサーとも呼べるべきものがついているというが、あの〈天狗〉もそれを備えているようだった。

 あれほどの渾身の回し蹴りを避けるとは……。

 もっとも、驚くべきは御子内さんの方かもしれない。

 相性の悪い、しかもこれほどの敵を前にして、音子さんという援軍を待つために時間稼ぎをしているように見えて、実のところは一発逆転を狙い続けているのだから。

 彼女が肩で息をしているのは、あの大技を何度も繰り返しているからのはずだ。

 しかも、〈天狗〉の圧倒的な空中攻撃を必死に掻い潜りながらという、奇跡的な集中力をもってして。

 さすがは僕の御子内さんだ。

 絶対に容易く屈したりはしない。

 

「……アルっち」

 

 音子さんが声を発した。

 いかに無口な彼女と言えど、友達のあの戦いぶりに思わず呼びかけずにはいられなかったのだろう。

 リングで激闘中の彼女には届かなかったが。

 

「音子さん。良かった、間に合ったね」

「……シィ」

 

 空飛ぶ妖怪相手には、ルチャリブレをスタイルとする音子さんはかなり相性がいいという話だから、これで助かる。

 ただ一つだけ問題があった。

 

「でもさ、少し聞きたいんだけど……。試合―――退魔の最中に巫女を交代するってのはいいの?」

 

 どことなくルール上駄目な気がする。

 一応、これが妖怪退治のための戦いというのならばルールなんて無用なんだし、別にアテナの聖闘士でもないから一対一であることもいらないはずだ。

 でも、ここまで散々引っ張ってきたこのプロレスみたいな様式に従うと、当事者を交代することは違反なんじゃないだろうか。

 いや、ルールがあるとしてだよ。

 ところが、音子さんは……

 

「……ノ」

 

 と首を振った。

 YesかNoでいったら、たぶんノーという意味だろう。

 

「え、どうして駄目なの?」

「儀式中の巫女の交代はフェアじゃない」

「……そうくると思った。ちなみに理由はフェアかそうでないかだけなのかな?」

「……?」

 

 心底不思議そうだよ。

 なんなんだ、この謎空間は。

 しかし、そうなるとせっかく音子さんを連れてきたというのに、御子内さんの苦境を救えないじゃないか。

 でも、彼女を連れてくるように僕に頼んだのは彼女だし、何かしらの意図はあったはずなんだけど……。

 

「京一! 音子!」

 

 御子内さんが僕たちに気がついたようだ。

 

「御子内さん、助けを連れてきたよ!」

「ありがとう、さすがはボクの相棒だ!」

「うん、それはいいんだけど、これからどうすればいいんだよ! 試合中の巫女の交代はできないんだろ!?」

 

 だが、そんな僕の疑問を無視し、御子内さんはこちらに手を伸ばした。

 背中を向けられたことを好機とみたのか、その背後に〈天狗〉が忍び寄る。

 ガッ!

 御子内さんが吹き飛んで、ロープに顔面から叩き付けられる。

 

「アルっち!」

 

 音子さんがリングの脇に駆け寄った。

 一方の御子内さんは、マットに降り立った〈天狗〉のストンピングの猛打を受けている。

 空を自在に飛翔するために痩せていて細い〈天狗〉ではあるが、大きさとしては女の子よりは大きい。

 そんな大人の踏みつけの嵐に丸くなりながら御子内さんは堪えていた。

 あの御子内さんがこんなにやられ放題になるなんて。

 くそ。

 僕も思わず走り寄った。

 手にはゴングを握っていた。

 あの〈ぬりかべ〉のときの女子高生たちのように、乱入してでも〈天狗〉を止めてやる。

 リングに上がろうとしたとき、僕は気がついた。

 御子内さんがこちらを見て、攻撃に耐え忍びながら、手を差し伸べているのを。

 その細くて白い手はリングの外に突き出されていた。

 

「こい!」

 

 と。

 音子さんがその手を握る。

 次の瞬間、覆面の巫女レスラーが飛翔した。

 リングの中へ。

 友を苛む敵を目掛けて。

 両手を目の前で交差させたフライング・クロス・チョップと共に。

 御子内さんに集中しすぎていたのか、〈天狗〉はもろにその攻撃を喰らいはじけ飛んだ。

 よたよたと反対側にまで後じさり、〈天狗〉が顔を上げたとき、奴の目の前には敵はいなかった。

 いや、いた。

 さっきまでとは居場所が逆転したかのように、マットに立ち尽くす〈天狗〉を見下ろして、コーナーポスト上から睥睨しながら。

 雄々しく、凛々しい、覆面の巫女レスラー。

 彼女は空を支配するのはおまえではなく、この私だとでも宣言するかのように、すっくと立って太陽のごとく君臨していた。

 

 チャン―――チャカチャカチャン―――チャーーーンチャチャチャチャチャン♪

 ぶぉーらんずあわーーーー♪

 

 いきなり聞き覚えのある曲が鳴り始めた。

 そちらを見ると、リングから転がり落ちてきた御子内さんが手に携帯電話を握りしめていて、そこからスピーカーモードで流れているものらしい。

 誰かが代打でやってきそうな音楽だったが、これはまさか……

 

「ジグソーのスカイ・ハイだね」

「え?」

「音子はこの曲が掛かると最初から全開だよ。著作権的にも大丈夫だろうしね」

「そんなことは聞いてないけど……」

 

 しかし、リング上の音子さんは確かにノリノリに見えないこともない。

 どうやら完全に彼女たちの交代は成功したらしい。

 でも……

 

「試合中の選手の入れ替わりは反則じゃないの?」

 

 これだけはどうしても聞いておかなければならない疑問をぶつけてみた。

 今までも色々あったけど、さすがにこれぐらいは説明をしてもらわないと納得できない。

 タッグマッチでもないのにタッチしただけでいいというのは、ちょっとどうかな。

 

「そうだよ」

 

 あっさり肯定された。

 

「じゃあ、どうして音子さんはあそこに……」

「あれはタッチじゃない」

「……じゃない?」

「友情の握手(シェイクハンド)だよ」

「―――どう違うの?」

「孤軍奮闘する友と駆けつけた仲間による握手はどんな逆境をも貫くんだ。それを友情の握手(シェイクハンド)という!」

 

 ―――ああ、そういうこと。

 結構正義の名のもとに友情パワーとかで物事を解決していた正義の超人たちがよくやっていたよね。

 意外とルール破っていたのは悪じゃない超人だったし。

 その理論なんだ。

 

「うん。わかった。これ以上はツッコまない」

「何をツッコむというんだい?」

「なんにせよ、君が無事で良かった。御子内さん、怪我はない?」

「……多少の打ち身はあるがそれほどではないよ。心配かけたかな」

「ううん。僕は御子内さんを信じているから」

「そうかい。ふふ、嬉しいよ」

 

 そうやって僕たちがリングの脇で語り合っていると、ついにしびれを切らしたのか、〈天狗〉が跳びあがり、音子さんとは反対側のコーナーポストに着地する。

「スカイ・ハイ」も止んだ。

 戦いのためのテンションは完全にメーターを振り切る。

 ついに、これから、僕がお目にかかったことのない空中戦が始まろうとしていた。

 

 想像を絶する空中の魔戦が!

 

 

 


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