巫女レスラー   作:陸 理明

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ファイナル・カウントダウン

 

 もうすぐ陽が落ちて、このあたりは真っ暗になる。

 唯一の灯りといっていいのは、圓山寺に隣接する通りに設置されたボロい外灯だけ。

 闇に潜む妖怪変化のための時間が始まろうとしていた。

 

「音子さん、あの車の〈付喪神(つくもがみ)〉の特徴を教えてくれないかな」

「……」

「君が苦戦するほどなんだから、きっと何かがあるんでしょ?」

 

 すると、音子さんは僕の顔を見て言った。

 覆面なので表情はわからないけど、露出している眼差しの真剣さは伝わってきた。

 

「……京いっちゃんって呼んでいい?」

「どうぞ。好きにして」

「……グラシアス」

 

 相変わらずたまにスペイン語らしきものが混ざる独特の会話をする娘だ。

 あと、今考えるとルチャリブレを使うからといって覆面を被る必要性はあるのだろうか。

 それとも正体を隠さなければならない理由があるのかな?

 

「京いっちゃん」

「何?」

「ノ。呼んでみただけ」

「そう。で、あいつの特徴はどうなのかな?」

「―――戦いのワンダーランドな再生能力があるよ。どんなダメージでも四十秒経過したら一気に元に戻る。だから、四十秒全力で完璧にボロボロにしないと」

「どこか壊せた?」

「……ノ。窓ガラスも堅くて壊せなかった」

 

 巫女レスラーの力でもセルシオのボディを破壊するなんて、容易じゃないだろう。

 最高級車というのは、内部の人間をちょっとやそっとの事故からなら守り切ることができるように設計・生産されているのだから。

 それでも御子内さんのパワーならドアを剥ぎ取ることぐらいなら可能だろう。

 

「音子さんはどうするプランだったの?」

「……中に入り込んで祓串(はらえぐし)を突き刺す予定だった。無人の車だから、スペースはあるし、入ってしまえばなんとかなると思って」

「それがいいよね」

 

 スモーク張りの窓ガラスの中には、誰も乗っていない無人の車《カー》なんだよね、アレ。

 無人車が行動を爆走していたなんてことが目撃されていたら、もっと面倒くさいことになっていただろう。

 幸い、さっきネットの町情報とかを調べても、「幽霊車(ザ・カー)現わる!」なんて記事は上がっていなかった。

 噂になったら大騒ぎだ。

 人が運転しない車というのは、無機質すぎてかなり不気味なものだからね。

 

「御子内さん、こうしようよ。……って、なに膨れているの?」

「いや、いつも思うが君はもう少し相手によって態度を変えたほうがいい」

「? そんなことしたら、一部の人に反感を買うじゃないか」

「いつか刺されるぞ、京一は」

「どうして? まあ、いいや。で、僕からの提案なんだけど、さっきの音子さんのプランを利用していこうよ。……まず、危険だけど御子内さんが〈付喪神(セルシオ)〉を引きつけて、ぶっ叩く。できたら、フロントガラス部分を破壊して欲しい。それから、身軽な音子さんが内部に潜り込んで祓串(はらえぐし)を差し込む。それで動きは止まるんでしょ?」

 

 二人の巫女は頷いた。

 

「セルシオは乗り心地はいいらしいけれど、大型車の常で小回りの利く車じゃない。だから、闘牛と一緒で直線の攻撃を躱したら、次には時間的余裕ができる。何度か繰り返してタイミングを見計らって、音子さんが動けばいいと思う」

「難しくはないけれど、退魔巫女としてはちょっと気が乗らないな。ボクはやっぱり〈護摩台〉の上で戦いたい」

「こういう野良試合も大事だよ。最強を目指すならストリートファイトにも勝てないと」

「……ほお、確かにそうだね。どんな状況でも勝ててこその退魔巫女だ」

 

 こう言っては何だが、御子内さんはチョロい。

 微笑ましく小鼻を膨らました巫女レスラーはちょっとワクワクしているようだった。

 その顔が眩しく光る。

 振り向くと、セルシオのヘッドライトが点灯して、僕らを照らし出していた。

 親切でやっている訳ではないはずだ。

 僕たちを威嚇するためだろう。

 いつまでたっても寺から出てこない僕らを挑発するためでもあるか。

 

『気ヲツケロ! 夜ニナッタラ妖怪ハチカラヲ増スゾ!』

 

 門の柱の上に宿っていた八咫烏が喚いた。

 そうか。

 いつまでもこの膠着状態が続くともいいきれないんだ。

 さっきから門の前で暴れ狂っているセルシオがいつ突入してこないとも限らないということだね。

 

「お寺の狭い境内での戦いは不利だ。打って出ようか」

「……シィ」

 

 御子内さんたちは並んで立った。

 ジャージ姿と巫女装束なんで、ミスマッチは凄まじいぐらいだけど。

 

「京いっちゃんは隠れてて……」

「うん。情けない男でごめんね」

「……この前、助けてもらったから」

「〈天狗〉の時のこと? ああ、いいっていいって、あんなのいつものことさ」

「……いつもなの?」

「うん。御子内さんも結構やらかすからね」

 

 いつもカッコいいくせに、僕の巫女レスラーはよく失敗をしでかす。

 リングの設営よりもその尻拭いが僕の一番の仕事かもしれない。

 すると、恐ろしい目つきで睨まれた。

 ゾクゾクするよね。

 

「京一。あとで折檻してやる」

「おお、コワ。―――じゃあ、音子さんもしっかりね」

「グラシアス」

 

 僕は門の隅っこに隠れた。

 結界の張られたリングの上と違い、あのセルシオとの戦いに迂闊に近寄ったら、完璧に足手まといになるだろう。

 御子内さんの足を引っ張る訳にはいかない。

 それに音子さんとのタッグならば、彼女の負担も減るだろうし、心配はいらないはず。

 ただ、いざという時に備えて楽観はしすぎないようにしないと。

 

「では、行こうか」

「……『スカイ・ハイ』が鳴らないとやる気がでない」

「ボクだって盛り上がりには欠けているとは思うけど、贅沢を言うんじゃないよ」

 

 セルシオの正面からのヘッドライトに照らし出された二人は、とても頼もしかった。

〈付喪神〉となったセルシオが沈黙する。

 どうやら怪異らしい本能で、敵が本気になったのに気がついたらしい。

 短い間だが睨みあう両者。

 突然、セルシオから高らかとキーボードの音が響き渡りだした。

 

 チャーンチャラチャチャチャ チャーラー チャラチャチャチャチャチャーン

 

「何だ?」

 

 このメロディアスなライン、聞き覚えのある旋律、最初の一撃を放つために数字を刻むかのようなハイアップテンポ……

 まさか、これは……

 

 ウィ イービング トゥーガーザ~♪

 

 ヴォーカルの歌声も加わり、僕にとっても曲名がはっきりする。

 間違いない。

 セルシオがどういう訳か生きているステレオから流し始めたのは、EUROPE(ヨーロッパ)の「ファイナル・カウントダウン」だ。

 スウェーデン出身のヘヴィメタルの先駆けと言われているバンドEUROPE最大のヒット曲だった。

 それを最大音量で流し始めたのだ。

 まるで自らの戦いのBGMのように。

 

「……なんのつもりだ」

 

 御子内さんにはわからないようだったが、僕には想像がついた。

 きっとあのセルシオがまともな高級車として、路上を走っていた頃の懐かしい記憶の曲なのだろう。

 八十年代の最期を席巻したヒットソング。

 それを戦いの鐘に選んだのだ。

 

「……燃える」

 

 自分自身もジグソーの『スカイ・ハイ』に左右される音子さんにとっては、かなりいいチョイスだったのかもしれない。

 さっきまでのやる気のなさが薄れ、闘志が漲っているようだった。

 そして、始まる。

 二人の巫女レスラーと鉄の〈付喪神〉の、容赦無用のストリートファイトが。

 

 カアアアア

 

 八咫烏の叫びを合図にして、鳴り響くヘヴィメタルのリズムに乗りつつ、御子内さんたちは自分たちを守っている寺の境内から飛び出ていった。

 左右に分かれ、的を絞らせない。

 だが、すぐにセルシオは左に行った音子さんに向けてノーズを向ける。

 やはり元々狙っていた方を優先したのだろう。

 V8・4000ccのエンジンが唸りをあげた。

 一度、バックして、車輪を動かし、切り返したうえで音子さんを狙おうとする。

 発進がスムーズなところはいかにも高級車だ。

 だが、その隙を逃すことのない抜け目のない戦士がいた。

 反対側から助走をつけて、御子内さんが後ろ回し蹴りを運転席側のドアにぶち込んだ。

 ベコンと嫌な音をたてて、金属が凹む。

 くっきりと足跡が残されていた。

 さすがは御子内さんの蹴りだ。

 普通、あんなにくっきりと足型が残ることはない。

 もっとも、それがセルシオにとってダメージになるかというとそんなことはないだろう。

 僕の愛車があんな目にあったら間違いなく発狂して、すぐに保険屋に電話しているに違いないけど。

 ブオンと排気音がして、セルシオは何事もなかったかのように音子さんを追う。

 逃げずに待ち構えていた音子さんは横っ飛びで避けた。

 その眼前をすり抜けていったセルシオは、キキキキと急停車して、また旋回する。

 まったく小回りが利いていない。

 最小回転半径を二代目で改良されたのもわかる。

 あれでは、日本の都内では融通が利かなすぎるだろう。

 

「とお!」

 

 旋回した瞬間に、走りこんだ音子さんがリアのトランクの上に脚をかけて、屋根にまで駆け上った。

 そして、踵を踏み下ろす。

 何かが砕ける音がする。

 車というのは正面や横からのダメージには強く設計されているが、上からのダメージは想定していない。

 いくら最高級車であろうとも。

 だから、てっぺんが弱いと見た彼女の策は当たっているはずだ。

 何度もストンピングをして凸凹にする。

 耐え難かったのか、邪魔だったのか、セルシオは急発進した上に蛇行して振り落とそうとするが、腰を落として窓枠に指をかけた彼女を外すことはできない。

 そのためさらに加速し急制動した状態で、乱暴にハンドルを切りスピンをさせつつ、タイミングを掴み、サイドブレーキを引いて後輪をロックしてグリップを失わせる。

 セルシオは横滑りをし始め、制動しながら向き変えた。

 

「ドリフト! 人生横向きか!」

 

 北村和浩みたいに綺麗なドリフトをする。

 ドリフトを使うのは、ハンドルを切っても、切った程には曲がれないことと、タイヤを横滑りさせることでタイヤのトレッド面と路面の間の摩擦をブレーキ代わりにすることにある。 

 そして、ドリフトの急制動に屋根の上でしがみついていた音子さんが吹き飛ばされる。

 ただのブレーキとはかかるGが違うのだから仕方ない。

 回転しながらの見事な着地はさすがという感じだった。

 しかし、たったわずかの攻防でも退魔巫女側はうまく戦いの帰趨をはかれないままでいることがわかる。

 今のドリフトでもわかることだが、あいつはただの無人の車ではない。

 一流ドライバーのテクをも備えた厄介な相手でもあったのだ……。

 

 

 

 


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