巫女レスラー   作:陸 理明

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天地にただ一人

 

 巨大な木箱に詰めた大量のダイヤモンドをいきなり黒い重油の上にばらまいたように、目の前が明るくなった。

 或子がまばたきを三回している間に、視界のすべてが広大な銀河系に変貌していた。

 自分自身がちっぽけな星にしか思えないぐらいに広い宇宙の片隅に、或子は立ち尽くしていた。

 幻覚であることは言うまでもない。

 だが、あまりにも突拍子もない幻覚であった。

 催眠術らしきものをかけられた記憶はないので、おそらくはこの建物自体にこの宇宙を映し出す機能があるのだろう。

 

「厄介だなあ」

 

 呑気に或子は言い放つ。

 努めて冷静にならないのは、敵の意図がどこにあるにせよ、片っ端から迎撃してしまえばいいのだからという理由である。

 彼女にとっては至極簡単な話だからだ。

 少し離れた場所に縦横無尽に曳いてある列車の線路が見える。

 すでに元ネタを看破している或子にとってはその意味ははっきりしていた。

 

「銀河鉄道ねえ。どこまでも元のお話を踏襲してくる」

 

 ジョバンニとカンパネルラの名前を聞いただけで、この〈迷い家〉が物語を見立てて罠を張っているということは一目瞭然だ。

 それ以前にここが注文の多い料理店である以上、賢治の童話をグロテスクに変貌させて力としているのはわかっていたことだが。

 魔導書〈春と修羅〉を利用して何かをしようと企む(すでにおおよそは判明していたが)相手は、やはり相性のいい同作者の童話をもとに守護の結界を張っているのだろう。

 さっきレイが足止めしていた〈よだか〉といい、この二匹といい、有名だからこそ顕現すれば力も増える。

 邪魔をしようとする或子のような敵を排除するためにはいいチョイスといえた。

 

「だけど、どうして猫なんだろうね。ジョバンニとカンパネルラが」

 

 もっともな疑問を口にして、いると線路の上に例の二匹が現われた。

 

『僕らが一緒にかかってもやれなかったねえ』

『やり方が悪かったのさ。ジョジンニ、ここからはね、登って遊んで行こうよ』

『そうだね。それがいい』

 

 なんと赤い猫はひらりと飛びあがると、蒼い猫の肩の上に降り立った。

 親亀子亀ならぬ親猫子猫という様相だったが、単純に高さが二倍になる。

 二対の視線に上下から睨まれた。

 すぐに敵の戦術的意図がわかった。

 

(普通ならばともに動きが鈍くなる無意味な形だが……。 妖怪ともなると話は別ということかな)

 

 とはいえ、時間もない。

 様子見をしている無駄な時間はないものとして、まず突っかけてみた。

 同じ線路上を走り、一気に間合いを詰めると、いきなりの飛び蹴りを下段にいる蒼猫に向けて放つ。

 蒼猫は前肢を十字にして或子の足裏を防ぎ、その瞬間、肩の上の赤猫がくるりと回って或子の背中に降り様に爪を振るった。

 身をよじって躱した或子だったが、蒼猫からもやってきた攻撃に対して巫女装束の白衣を切り裂かれる。

 いや、白衣が犠牲になった程度で済んだというべきか。

 或子であっても間一髪で刃の洗礼をようやく免れたというぐらいの奇襲でもあった。

 人間の眼は上下に見る対象が移動すると捉えきれないという欠点がある。

 鍛え上げた超人的な反射神経を持つ或子であっても、ベースとなる人間機能の限界をふりきることはできないのだ。

 彼女を救ったのは、経験と勘の二つであった。

 特に何十もの妖怪とリングで死闘を繰り広げたことによって培われた戦いの経験値は、他の退魔巫女同様に彼女にとって最大の武器の一つでもある。

 

「ちょいや!!」

 

 無理な姿勢でサッカーのバイシクルシュートのように蒼猫の腹を蹴りあげ、或子はバク転をしながら二匹から少しでも離れる。

 体勢を立て直さないと。

 だが、予想していた追撃はなかった。

 二匹は彼女を追うのではなく、再び上下に合体した。

 今度は逆に上に蒼猫ジョバンニ、下に赤猫カンパネルラである。

 そこでようやく或子には敵の戦術的意図が呑み込めた。

 

(攻防一体の構えということだね。しかも、完全にカウンター狙いだから下手に突っかかればどちらかにやられる。―――天地拳とでも言うべきなのかも)

 

 或子にとってみれば、かつて〈手長〉〈足長〉という妖怪と戦ったときを思い出す戦法だ。

 ただし、あっちは共に半巨人族といってもいい巨体の妖怪だったのでスピード自体はたいしたことがなかった。

 しかし、この魔猫二匹はあまりにも素早い。

 下を狙えば、上が回り込んでくる。

 上を狙えば、下から突いてくる。

 かといって、この場をさっさと放棄して隣の親分と呼ばれているもののところへといくと完全に挟み撃ちだ。

 あの魔猫たちを振り切って奥に向かったとしても振り切れる可能性はない。

 左右に揺さぶる?

 だが、この大宇宙を模した幻覚のおかげで足元に何があるか定かではない状態だ。

 もし罠でもあったら致命的なことになる。

 ただの段差でも危ないぐらいなのだ。

 はっきりと行き詰った。

 あの魔猫の天地拳を打ち破り、どうにかして先に行ってこの〈迷い家〉を消滅させなければならないというのに。

 どういう訳か、さっき感じた巨大な妖気は消えてしまっているが、それでもあんなものが近くにいるというだけで人々にとっては危険極まりない。

 

 今、ここで動けるのはボクだけなんだ。

 ボクがなんとかしないと……

 

 そう或子が悲壮な決意をしたとき、後方にある彼女が入ってきた扉が開いた。

 

「或子、待たせた!!」

 

 やってきたのは頼りになる親友だった。

 

「ボクだけじゃなかったっけ」

 

 或子は自分が焦っていたことを悟った。

 焦りは隙を産み、焦慮は好機を逃す。

 そんな基本を忘れかけていた。

 戦いは一人でするものじゃない。

 ボクは代表であるけれど、それは後ろで応援してくれている人があってのことだ。

 いい気になってはいけない。

 調子づいてもいけない。

 皮肉にも戦っている宮沢賢治の言葉が頭をよぎった。

 

(世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない)

 

 きっと賢治はこの思想の果てになにかを得たのだろう。

 世界ぜんたいのために戦うべき時はある。

 

「レイ!!」

「なんだ!?」

「肩を借りるよ!」

 

 ひらっと或子はレイの肩の上に乗った。

 まるで目の前の二匹の魔猫のように。

 

『なんだって!!』

『おかしいよ、あのお客様!』

 

 驚いた様子の二匹の魔猫に対して、或子は言った。

 

「同じ状況下なら、ボクがキミたちなんかに負けるはずはないね」

「ちょっと待て、或子……てめえ、ひとに勝手に乗りやがって……」

「うるさい、〈神腕〉」

 

 或子は魔猫を指さした。

 

「レイちゃん、GO!!」

「最悪だ、てめえは!!」

 

 レイは親友を乗せたまま飛んだ。

 鏡に映った自分たちを見るような戦法に魔猫たちは戸惑い、蒼猫は本能的なおそれも手伝って反射的に飛びあがった。

 同じ目の高さにいる或子目掛けて。

 だが、同じ高さの足場があるというのならば……

 

「ボクの方がキミよりも遥かに強い!」

 

 跳躍し、くるりと背を向けてからの、ローリング・ソバット!!

 降魔の利槍が妖魅を刺し貫く。

 そして、ともに落下しながらの、ニースタンプ。

 床に落ちたとき蒼猫ジョバンニは完全に動けなくなっていた。

 

「よそ見すんな!」

『なに!?』

 

 上段での決着がついてしまえば、下段もそれに倣う。

 破壊力では退魔巫女最強のレイの〈神腕〉から繰り出される、アックスボンバーがカンパネルラの顔面を粉砕した。

 こちらも一対一ならば当然というマッチアップであったのだ。

 床に伸びて動かなくなった二匹とともに銀河系は消えていく。

 もともとの廊下に戻っていった。

 

「……さあさあ、おなかにおはいりください、だとよ」

「おなかって、「お腹」のことかな」

「オレはともかくてめえは食っても腹を下しそうだがな。肉片になっても暴れ回りそうだ」

「キミだって筋張っている癖に」

「なんだと! オレはなこう見えても着痩せして女らしいふっくらとした……」

 

 レイが必死に自分のスタイルを説明しようとしているのに、或子は無視してさっさと歩きだし、扉に手を掛ける。

 躊躇なんて一切なしに開けるところがいかにも御子内或子であった。

 

 奥にはまだ敵がいる。

 

 だが、気にする必要はない。

 或子には頼りになる親友が傍にいるし、〈迷い家〉の外には絶対的に信じられる少年もいる。

 彼女のやるべきことはただ一つ。

 

 進んで倒す。

 

 ただそれだけなのだ。

 

 











すいません、どうもパソコンに不具合が出たのか、投稿時に二度押しをしてしまっているようです。
注意していきますが、もし再度同様のことが起きた場合も勘弁していただけたら幸いです……
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