巫女レスラー   作:陸 理明

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ゲームクリア

 

 

 僕はある意味では突然姿を現したも、長い黒髪の巫女さんを見つめた。

 この間(僕の主観時間では三時間も経っていない)、後ろから声を掛けられたときは夜だったので気が付かなかったが、意外と肌が健康的な褐色をしていて、彫りの深い顔つきをしている。

 ひと目で南国の出身だとわかった。

 日本人形のような髪型とはあまりあっていない気がする。

 いや、クレオパトラヘアーだと思えばいいのか。

 少なくとも、外国の血を引いているっぽいイメージはあった。

 

「―――えっと、〈社務所・外宮〉の月巫女さん……でしたっけ?」

「月巫女は役職ダヨ。私は神撫音(かんなね)ララ。あなたが助手をしている御子内の先輩にあたるネ」

「はあ」

 

 その格好といい、この狭い〈護摩台〉の上で僕に一切見つからずにずっと姿を消していた魔法といい、まず本物の〈社務所〉の関係者だろう。

 年齢からいっても御子内さんたちの先輩というのもわからなくはない。

 僕をここまで攫ってきたのは予想通りにこの人だったわけだけれど、じゃあどうして、と考えるとわからない。

〈護摩台〉の下の怪物も、赤鬼の人形も、テレビの画面からでてくるという女も、どれも下手を打てば殺されていてもおかしくない罠だ。

 僕を殺す気ならばいつでも殺せただろう。

 逆に、こんなに傍に隠れていたということはいざとなったら助けてくれるつもりだったとも解せる。

 そうそういい方に考えることはできないけど。

 なんといっても僕は拉致・監禁されているのだ、ストックホルム症候群でも発症しない限り、この人は敵でしかない。

 

「動くナヨ!!」

 

 いきなりララさんが怒鳴った。

 一瞬、ドキっとしたが、その視線の先に僕にこっそりと近づこうとする赤鬼人形がいて、手に包丁を握っているということでわかった。

 鎖を使うために解放してやったのに、性懲りもなく僕を襲おうとしていたのだ。

 だが、ララさんの一喝によって完全に硬直している。

 恐れのこもった造り物の眼で彼女を見上げている。

 もし生き物であったなら冷や汗を大量に流していたに違いない。

 

『ベ、ベツニオレハ……』

「もうあなたの仕事は終わりダヨ。余計なことをするというのならば、―――選べ」

『イヤ、ナニモシナイ、モウナニモシナイ!!』

 

 ララさんはにこりと笑って、

 

「そう。たいみそーちー。邪魔をしないでその辺に座っていナヨ。私が彼と話をしている間はネ」

『……ハイ』

 

 やけに素直に狂暴な人形は隅っこまでいってぽつんと座り込んだ。

 体育座りだ。

 関節が曲がるもんなのだね。

 

「……で、ララさんはいったい僕になんの用なのです? こんなところに閉じ込めて、変な罠をかけて。何度死んだっておかしくない話ですよ。だいたい、この画面から出る女の怪物をどうにかしてもまだ実は次があったんでしょ」

「どうしてそう思うのカナ?」

 

 僕はポケットの中にあった鍵をだした。

 

「これの使い道がなかったからです」

「―――正解。実のところ、画面(そこ)からはでてきた〈呪殺女〉をどうにかできたあとに、使うことができるようになっていたんダヨ。つまり、あなたは全部のイベントをクリアしないでゲームクリアをしてしまったということダネ。想定外だ」

 

〈呪殺女〉……また恐ろしい名前だ。

 そんなものと対峙せずにすんで助かったよ。

 ただ、ララさんの言い草だと僕は持ちかけられたゲームをクリアしたと認められたようだ。

 人形を止めたことからして、もう危害を加える気はないみたい。

 

「―――どうして私が隠れていることに気が付いたんダネ? 私の〈月の羽衣〉だけでなくて、気配さえ完璧に近い形で消していたはずなのだケド」

 

 よほど隠形の法に自信があるのだろう。

 僕に見抜かれたことが気になって仕方ないらしい。

 ついさっきわかったばかりだから、あまり偉そうに言えたものではないんだけど、とりあえず説明をしておくことにする。

 

「―――この〈護摩台〉の上で起きていることは一つ間違えれば死んでしまうものばかりでした。でも、最初に『ゲームをしよう』と言われた通りに、やり方さえきちんと考えやれば切り抜けられるものばかりです。例えば、下に落ちている鍵はいかにも怪しいし、手を伸ばせばギリギリ届く距離に置かれている。ただ何もない下に降りることはどう考えても誘われている。つまり、何かあることは予想できる。そして、こういうときは大抵下に何かが隠れていることが多い。皐月さんたちの家にいる〈ベッドの下の怪物〉みたいなものがね。だったら、用心して望めばいい」

 

 僕は最初の罠について語り、次に赤鬼人形についても説明した。

 

「次に僕が気にしなければならないのは、あの液晶テレビでした。あんなところにむき出しで置いてあるのはどう見たって変です。だから、触るのも近づくのも用心していたら背面に人形がぶら下がっている。〈社務所〉の扱う妖魅事件では人形が勝手に動き出すものは山ほどありますからね。注意するに越したことはないと思っていたら、案の定、動きだしました。あいつ自体は危険とはいっても僕程度でもなんとか凌げる妖魅ですけど、それでも不用意に手を出していたら終わっていた。これも知恵があれば切り抜けられるものです」

 

 人形は不本意そうに僕を睨んでいた。

 

「残った液晶テレビには「テレビをつけろ」と指示があったけど、素直に従えばどんなことになるかはわからない。最悪、爆発でもされたら逃げ場がないし。かといって、他に手もないから捕虜にしておいた人形に訊ねたら教えてくれた。黒い髪の女が画面から出てくるって……。最初はララさんのことかと思ったけど、人間がそんなことできないし、ゲームの一環だと思うとそれについても対策を練っておく必要がある。そこで閃いたんですよ」

「何をダイ?」

「―――確かにこのゲームは僕にとって危険極まりないけれど、でもどこかで助かるようにできている。実際、僕はいくつか切り抜けましたし。でも、それができなかった場合、どこかに保険は掛けてあるのか?ということが気になりました」

「……」

「もしも、僕がしくじって最悪死んでしまったら、そのときは不慮の事故として片づけられてしまうのか。―――それはありえません。少なくとも、僕がこんなところで理不尽に殺されでもしたら絶対に御子内さんが許さないからです。音子さんもレイさんも、場合によっては美厳さんも報復に出るのはわかっています。友達が不条理に殺されたら、絶対に仇をとってくれる人たちだからね。そうなったとき、彼女たちと全面戦争をするほどのリスクをとれるものだろうか。……まず、そんなことはないはずでした。だったら、どうなるかはわかります」

 

 僕は室内と〈護摩台〉を見渡した。

 

「どこかに隠れていて、僕がどうしようもなく失敗したときにすぐにでてこれるように見張っているはずです。でも、室内がこれだけ広いと、咄嗟に駆け寄るのは難しいし、隠れるとしたらマットの下しかない。だけど、さっき歩き回ってもそんな場所はなかった。なら、どこにいるのか? 気になっていたのは、僕を観察するような視線があることでした。そして、僕には透明人間の友人がいます。彼のことを思い出したとき、だいたいの目星がついたんです」

 

 よく考えれば、御子内さんや美厳さんじゃないのだから、遠くから僕を見張っていたとしても気がつくはずがない。

 僕が何となく感じる程度なら、相当傍にいなくてはならないはずだ。

 ありうるとしたら、もうそれしかない。

 ()()()()姿()()()()()()()()()()()()()、と。

 あとは、どうやって引き摺り出すか、それだけのことである。

 僕の予想通りに引きずり出された神撫音ララさんだったけれど、あまり気にはしていなさそうだった。

 まあ、そうだよね。

 彼女は僕を相手にゲームだかテストだかをしていたのだから、クリアされたとしてもどんな感慨もないはずだし。

 

「大したものダヨ。まさか、これほど頭が回るうえに度胸があるとは思わなかった。見出した御子内の目か、それとも成長させた手法カナ? どのみち、あなたは自分の選択でクリアを勝ち取った訳ダネ」

「じゃあ、どうして僕を誘拐までしてこんなことを強制したか教えてください。僕の感じからすると、もう何日も監禁されていそうだし、家族を心配させてしまったと思うんで相応の謝罪も要求します」

「賠償はいらないのカネ?」

「あなたの一存ではないでしょうし、そのあたりを聞いてからにします。〈社務所〉の予算だって不足しているみたいですから」

 

 すると、ララさんは、ニヤリと笑った。

 野獣のようだった。

 語尾の変なイントネーションといい、顔つきといい、他の退魔巫女のみんなとはまったく違う印象を押し出してくる人だった。

 僕の知っている巫女たちとは人種が違うようにさえ感じる。

 ただ、なんとなく御子内さんと同じ匂いをさせているところが奇妙ではあった。

 

「簡単ダヨ。私らが確認したかったのは、〈一指〉という運命の相をもった人物がどの程度使い物になるかということだったのだからネ」

「やっぱり〈一指〉狙いですか……。で、なんのためにこんな回りくどい真似を。言っておきますけど、僕は怒っていない訳ではないんですよ。場合によってはホントに報復させてもらいますからね!」

 

 僕の必死の恫喝もあまり聞いてはいないようだった。

 結構、命がけであなたのいうゲームをクリアしたというのに嘲笑られる覚えはないというのに。

 

「いいネ、そのぐらいの気迫も欲しいところダヨ」

 

 そうニヤニヤと笑い続けながら、ララさんは僕をこんな目に合わせた理由について衒いもなく喋りだした……

 

「ゲームオーバー、ダヨ」

 

 

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