巫女レスラー   作:陸 理明

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不倫の果てに……

 

 

 要するに、この地味なサラリーマンは、中学時代の親友の奥さんと不倫をして、不倫相手から夫を始末するように持ち掛けられた、ということだね。

 親身になって話を聞いてあげるのが馬鹿らしくなってきたな。

 僕ぐらいの年齢だと、不倫の恋というものに嫌悪感が大きくて、とてもじゃないが同情してあげられない。

 もっとも、元華さんから貰った〈鎮静の顔料〉を使って精神を落ち着かせないと、罪のない人間が一人確実に死んでいたとなると放っても置けない。

 お節介になると思うけど、話ぐらいは聞いておくべきだろう。

 それで落ち着いて変なことを考えなくなるかもしれないし。

 

「……あ、僕は升麻京一と言います」

「おれは奥寺瑛作です」

 

 とりあえず名刺とメールアドレスも交換する。

 奥寺さんの名刺にはわりと有名な商社のロゴが刻印してあった。

 エリートに属するのだろう。

 

「霊能力者だけど、高校に通っているのか……」

「いえ、そっちはバイトでして。本職は高校生ですから」

「ああ、そうだよな。霊能力者じゃ食っていくのは難しそうだ」

 

 なんとなく誤解されているような気がする。

 

「今回は、魔に差されていた奥寺さんを止められましたが、奇跡的な偶然ですからね。もうしないでください。あと、あまり年上にいいたくありませんけど、不倫も止めた方がいいですよ。誰も幸せになりませんから」

「そうだよね」

 

 しょぼくれて俯く奥寺さんには、不倫が悪いことだという認識はあるようだ。

 少なくとも背徳的な恋とやらに溺れて、俗にいうラリっている様子はない。

 後悔とか罪悪感でどうにもならなくなっている感じはする。

 相手は中学時代からの親友の奥さんとなれば、「寝取ってやった」みたいな歪んだ優越感よりもそっちの方が先立つのだろうか。

 恋愛というものは不思議なもので、どんなことでも起こり得るという話だから外野がとにかく言えるものではないけれど。

 でも、実際人死にが出る事態になったら口を出さずにはいられない。

 

「……おれ、晴海とするまで童貞だったんだ」

「―――それは」

 

 思いもよらない告白をされた。

 

「初めて女の人を抱いてさ。それから、彼女のことが忘れられなくて。言われるままに呼びざれてはホテルやあの人の家にいって、いろんなところでやって……」

「はあ」

 

 生々しいなあ、もお。

 

「それで、告白された」

「……なんて」

「柳がDV男で、晴海をいつも殴るんだって。結婚半年ほどでおかしくなって、気に入らないことがあると殴ってくるんだって。泣きながら言われた」

「はあ」

「それで、柳を殺してくれって。逃げ出したいって。胸の中で泣かれた」

 

 中学時代からの親友を手に掛けようとしたのはそのせいなのね。

 正直なところ、僕に言わせてもらうと奥寺さんは晴海さんという女性に利用されている気がする。

 初体験の女性の色香に迷って人殺しまで決意してしまうというのは、だいぶおかしくなっていると思う。

 しかも相手は中学時代の親友だ。

 普通ではない。

 だから、あんな思いつめた顔でいたのだ。

〈鎮静の顔料〉を使わなければ止められなかったかもしれないとは尋常ではないし。

 それからぽつぽつと奥寺さんの懺悔を聞きながら、だいたいの状況を把握する。

〈社務所〉の管轄の妖魅絡みのものではなく、男女の痴情のもつれといったところだろうか。

 なら、吐きださせるだけ吐きださせてそれで終わりということにしよう。

 僕も授業があるのであまり長くは付き合えない。

 家にいったん戻れないけれど、人助けだとしたらしょうがないところだ。

 

「―――もうやめた方がいいですよ、不倫なんて」

 

 まあ、僕が言えるのはだいたいその程度だ。

 

 

               ◇◆◇

 

 

「……やっぱ人妻の色香だよなあ」

 

 昼休みに購買で買ってきたパンを食べていたら、何故か自分の机をくっつけてきて弁当を食べ始めたクラスメートの桜井がスマホを見ながらアホなことを言っていた。

 スマホの画面には結婚してから久しぶりにドラマにでる女優の画像があった。

 どうも昔グラビアでもならした人らしく、セクシーというよりもむんむんとした色気が漂っている。

 

「こういう美人と一発やりたい」

「君がそういう発言をすると、僕まで女性陣に白い眼で見られるので自重してくれ」

「……俺なんかじゃ人妻は相手にしてくれないよな」

「そっちの自嘲じゃない。―――というか、桜井って年上は懲り懲りとかいっていなかったっけ?」

「俺のストライクゾーンは極限まで広いぞ。熟女の良さもそのうちにわかるはずだ」

「たった二言で矛盾してるよね」

 

 クラスの女子数人が僕らを困った顔で見ている。

 止めて欲しい。

 僕まで同類にカウントされるかもしれないのは遠慮したいところだ。

 

「ちなみに升麻はどうよ。人妻、好き?」

「不倫予備軍みたいなことはいいたくないね」

「ノリの悪いこと言うなよー。今は人妻の三割は浮気してんだぜ」

 

 どこからそんな馬鹿知識を仕入れてきたのか知らないけれど、あまり真に受けない方がいいよ。

 だいたい酷い目にあうから。

 

(そういえば奥寺さんはどうなったかな)

 

 数日前に少しだけ話した地味なサラリーマンのことを思い出す。

〈社務所〉の仕事を始めてから、色々な人と出会うようになったけれど、あの人は妖魅・オカルト関係ないところで印象深かった。

 不倫やめたかなあ……

 

「人妻のむっちり感が~」とか「きっと床のスキルも高いんだろうな~」とか下品な妄想を垂らしまくるクラスメートを聞き流しながら、僕はスマホのメールをみる。

 奥寺さんからのものはない。

 さすがに胡散臭い高校生霊能力者にまた話をする気にはならなかったか……

 とはいえ、()()()退魔師であるところの御子内さんたちに通すべき話でもない。

〈社務所〉はただでさえ人手不足で、最大戦力である退魔巫女は普段はできる限り休みを取らせていざという時に備えさせなくてはならないはずだ。

 僕の判断では〈社務所〉に連絡するレベルの問題ではない。

 だから、個人的に連絡を取り合うのならばともかく〈社務所〉を絡ませるほどではないと思う。

 

 その時、スマホに通知が入った。

 僕のスマホのデータ欄と同期して必要そうな情報があったら選択して通知するようにセットしておいたのだ。

〈社務所〉の仕事には意外とどうでもいい事件が発端となるものが多く、アンテナを十分に張り巡らせることで妖魅事件を発見しやすくするのだ。

 こういう小さな努力が、僕だけではなく御子内さんたちの安全を確保することにつながる。

 彼女たちのためにもやっておかなければならないものはたくさんあった。

 これはその一つだった。

 

(……自殺者情報?)

 

 池袋駅で男性が飛び降り自殺をしたというものだった。

 今朝がたのことだった。

 あまりのことに目を見張った。

 飛び降りた男性の名前も載っていたからだ。

 

 その名前は……

 

「……奥寺さん」

 

 都内の会社員・奥寺瑛作(27)とあった。

 

 

 

 

 

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