巫女レスラー   作:陸 理明

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約定破り

 

 

 パーティー会場にもなる上下ぶち抜きのフロアーは29階にあった。

 広い一枚ガラスの窓から、東京の夜景が見渡せるというなかなかの見晴らしである。

 なるほど、これなら常に予約でいっぱいになることだろう。

 とはいえ、すでに解体が決まっているからかカーテン等はすでに取り払われており、室内はかなり殺風景ではある。

 その方が搬入した資材によって、結界用のリングを準備しやすいのでとても楽ではあったけど。

 まあ、ホテルの最上階あたりでプロレスリングを設置するというシュールな絵づらはどうにもならないけれど。

 

「でも、或子せんぱーい。この広場までどうやって〈オサカベ〉を引き出すんですか? どうも、最上階からは降りてこなさそうですよー」

 

 甲斐甲斐しく僕の手伝いをしていた熊埜御堂さんが訊く。

 いつものように一人でストレッチをしていた御子内さんはその手を休めて、

 

「幾つかは考えてある。一番いいのは、天守閣―――じゃない最上階の31階まで行って例の男の子を助け出してくることだ。〈オサカベ〉が彼に執着しているのならば追ってくるだろうさ」

「執着していなかったら?」

「もっと別の方法を考える」

 

 意外と杜撰な作戦だ。

 とはいえ、リングにかかっているような強力な結界を張らないといくら退魔巫女が強くても、妖怪と堂々と渡り合うことはできない。

 特に古い妖怪を相手にする場合には。

 だから、自分のテリトリーをもってそこに引きこもっているような相手に対しては、退魔巫女たちはいつも苦戦することになるみたいだった。

 

「とはいえ、31階に直接リング―――〈護摩台〉を設置するわけにはいかないしね。あそこには搬入用のエレベーターがないから」

「え、そうなんですかー?」

「うん。それどころか通常はエレベーターも停まらないんだ。支配人だけが年に一度、最上階の〈オサカベ〉に会うことになっていたらしい」

「伝説の通りですねー」

「まあね」

「でも、ちょっと不思議だったんですけど、どうしてこのホテルに〈オサカベ〉が棲みついているんです? あれって、大きなお城につくものですよねー」

「今の時代、城みたいな建造物が存在しないからじゃないか」

 

 スポーツ飲料を飲みながら、タオルで汗を拭きつつ、御子内さんもやってきた。

 

「だから、ビルですか? うーん、わからなくはない理屈ですけど。でも、それだとどうしてホテル側は私たちに妖怪退治を依頼してこなかったんですか? いや、怖かったってのはわかりますよ。実際、うちら退魔巫女でも妖怪とサシでやりあうのは怖いですもん。祟りもあるし。……でも、おかしくありません?」

 

 熊埜御堂さんの疑問ももっともだ。

 

「それはわかるね。最上階の31階のフロアーを丸丸明け渡すという、ある意味では最も稼げる立地を無駄にしているわけだから。しかも、エレベーターに細工をして、普通はたどり着けないようにしていたり。ホテル側が積極的に妖怪を隠ぺいしているようにも思える」

「図書くんのご両親の捜索願いも無視しようとしていたみたいですね。〈社務所〉が調査して、妖気を突き止めるまでむしろ邪魔をしていたようだとも聞いてますよー」

「確かに、いくら客商売でもそこまでする必要はないな。ボクらならば三日も閉鎖してくれればいくらでも対処できるんだしね」

「そうですよねー。非協力的にも程がありますよー」

 

 いくら僕たち―――というよりも退魔巫女たちが色々とツッコミどころ満載とはいっても、妖怪を放置しておくことで割くリソースに比べたら大した問題ではない。

 ホテル側があえて妖怪を野放しにしておいたとするのが結論としては正しいだろう。

 だが、それはなんのために?

 

「非協力的なこともあるけど、ボクとしてはさっきから覗かれているのが腹が立つね」

「えっ」

 

 僕と熊埜御堂さんの視線が集まる。

 いったいどこにホテルの人がいるというのだろう。

 さっきから誰もこの広場には入ってこないというのに。

 

「アレだよ」

 

 顎をしゃくった先には、防犯カメラが設置されていた。

 そういえばあんなものがあったな。

 

「そんな。打ち合わせでは、こちらの様子をカメラで見張らないという約定をしたはずですよ!」

「最初から破る気だったんだろうね。ずっとカメラが動いていたから」

「よくわかったね!?」

「ボクは他人の視線には敏感なんだよ。それがカメラのレンズ越しでも」

 

 戦国時代の武芸者たちは何百メートルも先にいる見張りの存在にも気がついていたらしい。

 常在戦場の人たちは、そういう人間離れした感覚の持ち主になるものなんだろうか。

 そして、日頃から妖怪と命がけの死闘を繰り広げている御子内さんも同類なのかもしれない。

 

「許せません! 抗議に行きましょう! ねえ、京一さん!」

「いや、まだリングの最終調整が……」

「それはボクがやっておくから、京一は熊埜御堂と一緒に行ってきてくれていいよ。ついでに、さっきの疑問もぶつけておいてくれ。隠し事をされていると、どうにもおさまりがよろしくない」

「そういうことなら……」

 

 手袋と頭に巻いていたタオルを外す。

 最近では普通にリング設置の職人にようになっていた。

 それから、さっさと歩き始めて、場合によっては駆けだしそうな勢いの熊埜御堂さんを追いかけた。

 

 

        ◇◆◇

 

 

「例のマイクを持った巫女と職人が〈(おおとり)の間〉から出ていきます」

「……トイレか何かか?」

「職人は男ですから、まずそれはないと思います」

「では、監視に気づかれたのか?」

「わかりません。廊下の方のカメラでも追跡します」

「そうしろ。あいつらの行動から目を離すなよ。……まったく面倒なことになったぜ」

 

 薄暗いモニタールームで三十代と思しきスーツ姿が頭を抱えた。

 

「だいたい、先々代の支配人がやったことのツケを俺が返さなくてはならなくなるなんて理不尽だろうに……。俺がなにやったっていうんだ!!」

「支配人、落ち着いてください!」

「落ち着けるか、ボケが!」

 

 支配人と呼ばれた男とともにモニターを睨んでいた年配の女性が言った。

 

「仕方ありません。このホテルが何事もなく無事に一流のホテルとしてやっていけたのは先々代の采配のおかげなのですから。それが、今年で廃業することになったのはすべてあなたのしくじりのせいなのですよ。全従業員を路頭に迷わせた挙句、それですんだだけで良かったとお思いなさいな」

「ですけど、母さん……」

「それに、あの巫女たちを招き入れてしまったのはあなたの失策ですよ。あの子供の両親をうまく騙せおおせておけば問題はなかったのです」

 

 支配人は頭を抱えて項垂れたまま、

 

「でもさ、結局、あの化け物を閉じ込めておくのもそろそろ限界だったんだよ。俺のせいというよりも、親父が悪いんじゃねえのか? あんなことをするから」

「お父さんの悪口はやめなさい。まったく、だらしない息子よね」

「母さんが俺のせいばかりにするからじゃないか!」

 

 親子の言い合いを制したのは、怒鳴り散らされたばかりのもう一人の男だった。

 

「支配人、会長、ちょっと見てください!」

「なんだよ」

 

 指さされた先には、従業員用のエレベーターを降りる巫女とツナギの職人の姿があった。

 

「これがどうした?」

「あのエレベーターの目的地は地下二階です」

「だから。帰るんじゃないのか?」

「―――えっと、この総合監視室があるのも地下二階ですよ」

「なんだと? じゃあ、もしかして……」

「ここに来る気かもしれません!」

「おい、待てよ。それは面倒だぞ。ガードマンに近寄らせないように命令しろ。ここからならできるだろ」

「ちょっと待ってください。今―――」

 

 監視カメラの映像が、エレベーターの中からでていく二人の姿を捉えていた。

 そして、間違いなく二人が向かっている先は……。

 

『止まって! ここから先は関係者以外立ち入り禁止だ!』

『関係ないですよー。私たちも用事があるから関係者ですからねー』

 

 そんな会話が聞こえ、何かが倒れる音がしたあと、総合監視室の扉が外側から開かれた。

 

「―――まさか!」

 

 薄暗い部屋になんの躊躇いもなく入ってきたミニスカの巫女装束は満面の笑顔で言った。

 

「巫女との約定を破る悪い子はいねえがー?」

「なまはげみたいだよ」

「いいんですよ。神の使徒との約束破りなんて大罪を犯した相手なんですから」

 

 ……ケントゥリア・リージェンシー・ホテルの支配人とその実の母は、まだ十代半ばぐらいの小娘の眼光に凍り付いた。

 

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