巫女レスラー   作:陸 理明

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言霊パフォーマンス

 

 

 モニタールームに無理矢理に押し入ると、さっき御子内さんと熊埜御堂さんが交渉をしていたホテルの経営部部長と、あと二人の男女がいた。

 一目見ただけで親子だとわかる中年女性と男性。

 着ている服装の高級感からして、おそらくこのホテルの支配人かオーナーだろう。

 ケントゥリア・リージェンシー・ホテルのトップ3が覗き見をしていたということか。

 巫女たちとの約定を破ってまで。

 

「な、なんですか、あなた方は!?」

「出ていってくれ!」

 

 母子らしく似たような反応をする。

 どちらも顔が必死だ。

 お客様商売をしているにはちょっと顔に出過ぎだと思う。

 

「後ろのモニターに或子先輩が映っています。やっぱりてんちゃんたちとの約定を違えたということですねー」

 

 熊埜御堂さんがモニターの一つを指さした。

 確かに、御子内さんとその脇にあるリングが映っている。

 もっとも、実際にモニターされているのは29階の広間だけではなくて、その他のフロアー全般だ。

 防犯のためであろうから、設置すること自体はとやかく言わないが、プライバシーを守るという観点からすると高級ホテルにこんなにカメラをつけるというのはいかがなものだろうか。

 各階ごとにカメラが設置され、ボタンで幾つかのカメラを切り替え、又は分割して表示できるようになっているらしい。

 ただ、それでも31階だけは黒い画面のままだ。

 動いてはいるようだけど。

 

「あ、当たり前だろ。俺たちはここのオーナーなんだ。所有者なんだ。ここで何が起きているかを知る権利がある!」

「妖怪退治のために私らに与えられた権限を上回る権利なんて、ほとんどないですよー」

「ふざけるな! そもそも、俺たちはあの妖怪を退治してくれなんて言ったことはない! おまえたちが勝手に……」

「そうよ。ここはわたくしが父から受け継いだものよ! あのバケモノだってそう! 勝手なことをしないでちょうだい!!」

 

 おかしなことをいうなあ、と僕は思った。

 ホテルがこの人たちの所有物というのはいい。

 だけど、妖怪も自分たちのものというのは少しおかしくないだろうか。

 しかも、その形相はかなり必死だ。

 嘘がばれたというよりも、何かを隠しているような気がする。

 その思いは熊埜御堂さんも一緒だったらしく、

 

「ユーたち、何か隠しているねー」

 

 と、懐に仕舞っていたワイヤレスマイクを取り出した。

 ミニスカの巫女がマイク。

 場末のアングラ・アイドルのようだった。

 だが、退魔巫女である彼女にはそんなチープな印象すら覆す恐ろしい秘術があるらしいのだ。

 彼女の言うところによれば体質というべきだろうか。

 

『こんばんは、熊埜御堂てんです』

 

 それまでは普通に僕たちに対して敵意剥き出しだった三人の表情が一瞬だけきょとんとして、白けたような沈黙が流れた後、

 

「こんばんは、熊埜御堂さん。私はこのホテルの支配人の渡辺清司です」

「こんばんは、熊埜御堂さん。私は前のオーナーで、清司の母の伸子です」

「こんばんは、熊埜御堂さん。私はこのホテルの営業部長を勤めております、権藤孝彦です」

 

 と、口々に自己紹介を始めた。

 ついさっき僕たちに名乗っていたことも覚えていないかのようだ。

 やや眼の焦点が合っていないようにも思える。

 

「ユーたち、コノヤロー! おまえらが何かを隠してんのは私たちにはバレバレなんだよ! 今のうちにくっちゃべっちまった方が楽になるぞ、コノヤロー! おまえらは何を隠してんだよ、さっさと吐いちまえ、コンチクショー」

 

 正直なところ、まったく迫力がない上に思わず失笑してしまうような尋問だった。

 これに真面目に答える相手はいないだろうという内容なのに、三人はまったく真剣さのない顔で口々に言った。

 

「……はい、熊埜御堂さん。俺はあなたに隠し事をしています」

「……はい、熊埜御堂さん。私たちはあなたに隠し事をしています」

「……はい、熊埜御堂さん。私と支配人たちはあなたに隠し事をしています」

 

 まるで洗脳でもされたかのような気味の悪い返事を三人ともする。

 僕は薄気味悪くなった。

 さっき、廊下で見せてもらったのだが、熊埜御堂さんはこうやって特定の人物たちをまるで傀儡のように操ってしまえるのだ。

 その人間の認識をずらし、まるで熊埜御堂さんが誰にも逆らえない権力者であるように思いこませ、好きなだけ秘密を喋らせることができるらしい。

 必ずしも通用するわけでもなく、任意の数人にしか効果がないうえ、肉体を自在に操るということはできない、ただの尋問用でしかないが、これはある意味ではとてつもなく恐ろしいことだ。

 彼女はこの秘術のことを、「マイク・パフォーマンス」だと言い張っているが、どう見ても妖術の類である。

 さすがは御子内さんや音子さんの後輩といえよう。 

 ただ、熊埜御堂さんの一種特別な体質と、方術を仕掛けたマイクを使う必要があるために、チートすぎるほどではない。

 むしろ、さっき廊下を進もうとする僕らを遮ったガードマンの腕を一瞬で脱臼させた、サンボの技の方が地味に恐ろしい。

 飛び腕ひしぎ逆十字なんて、猿でもなければできないのに、あの狭い廊下でやってのける敏捷性は音子さん以上だ。

 

「どんな隠し事なんですかー!」

「はい、熊埜御堂さん。俺はあのバケモノが逃げ出さないようにしています」

「はい、熊埜御堂さん。そのために、あの子供を捕まえています」

「はい、熊埜御堂さん。あのガキの親がやって来た時に、バケモノに攫われたと嘘をついてしまいました」

 

 僕と熊埜御堂さんは顔を合わせた。

 てっきり、もっと別の何かだと思ったのに、どうも風向きがおかしい。

 この人たちが隠していることは僕らの予想とは違う、下手をしたらもっと犯罪めいたことかもしれない。

 

「……その子供はどこにいるんですか?」

 

 どうやら僕が訊いても返事がないので、改めて熊埜御堂さんが繰り返す。

 

「はい、熊埜御堂さん。17階の俺の執務室兼寝室です」

「はい、熊埜御堂さん。息子がよく彼女を連れ込んでいる部屋です」

「はい、熊埜御堂さん。支配人の部屋で、部下に命じて閉じ込めています」

 

 ……僕たちは妖怪退治に来たのは間違いない。

 ついでに攫われた男の子の奪還も目的にしていた。

 ただ、その男の子は妖怪〈オサカベ〉でなく、この人たちが拉致していたというのなら、話はかなり変わってくる。

 いったい、どういうことなのか。

 その時、僕は広間を映している画面が突然暗くなり、火の玉が浮かび上がるような闇の炎が立ち上がるのを見た。

 御子内さんだけを残してきた広間に、怪異が発生しているのだと理解する。

 じっと画面を凝視していると、闇の炎にみえたものは十二単姿の女性だった。

 間違いなく、あれこそが妖怪〈オサカベ〉。

 御子内さんがリングにあがる。

 そうすればたちまちゴングが鳴って死闘が始まるだろう。

 ただ、それを見過ごしておいていいのか?

 僕は不安を覚えた。

 この戦いはやっていいものなのか、どうしても思案してしまうのだ。

 もしかしたら取り返しのつかないことをしてしまうかもしれない。

 僕はそう考えたら黙っていられなかった。

 

「熊埜御堂さん。17階にいって例の男の子を助け出そう」

「えっ、あ、それはいいですけど……。先輩の戦いが始まりそうですがー」

「大丈夫、僕の御子内さんが勝つ。ただ、決着がつく前に、僕はどうしても知りたいことがあるんだ。その鍵は、攫われた―――図書健司くんが持っているはずだ。だから―――」

 

 熊埜御堂さんの手を握った。

 

「手伝って!」

「は、はい、喜んで!」

「じゃあ、行こう!!」

 

 僕らは地下から出るためのエレベーターに戻る。

 支配人たちはしばらくあのままだそうだ。

 ことのあらましは彼らでも説明できるだろうが、攫われたという男の子から聞き出す話の方がもっと重要だろうと、僕の勘が告げていた。

 一刻も早くその子を助け出さないと。

 

 最強の御子内さんがすべてを決着させる前に。

 


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