巫女レスラー   作:陸 理明

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妖怪〈手長〉〈足長〉

 

 

〈手長〉と〈足長〉は、異常に長く伸びた手と足を持つ妖怪である。

 その他の容姿は特段変わったものではなかったけれど、その憎悪に満ちた眼差しだけは特徴的だった。

 僕が知っているだけで、ここ数日の間にこの海では三人も亡くなっている。

 おそらくはこの妖怪の手にかかったのだろう。

 かなり凶暴な妖怪であることは疑いがない。

 

「だっしゃあああ!」

 

 御子内さんが突っかけた。

 だが、〈足長〉が肩車をしている〈手長〉の長い腕を掻い潜ることができず、距離をとらざるを得なくなる。

 なんといっても〈手長〉の腕は三メートル以上あるのだ。

 リングは六メートル四方の正方形となっているので、その半分以上を占めているということである。

 つまり、リーチの差は歴然としていた。

 しかも、人間の腕の稼働箇所は「肩」「肘」「手首」の三ポイントであるというのに、〈手長〉のものは自在に鞭のようにしなり、御子内さんを追い詰めていく。

 上下左右から孤を描く凶悪な攻撃を躱すだけで精一杯という有様だった。

 敵の攻撃を見切るということに関しては天性のものがある彼女でさえ、あれほどの猛攻を躱すのにかなりの苦戦をしていた。

 

「単純に強い……」

 

 音子さんが呟く。

 僕も同感だった。

 何倍ものリーチがあるということはそれだけで絶対的な差となるのだ。

 両手を振り回すというただそれだけの攻撃が、御子内さんの反撃を許さない防禦にもなっている。

 

『人め』

『人め』

『許さぬ』

『許さぬ』

『叩き殺してやる』

『叩き殺してやる』

 

 二匹の妖怪は、まるで鸚鵡返しに繰り返すかのように、同じ憎しみに満ちた言葉を吐く。

 不気味だった。

 人語を話す妖怪はよくいるが、これほどまでに強く、人間そのものに対して恨み言をぶつけるものは珍しい。

 叩きつけられた方の御子内さんもさすがに戸惑っている。

 

「ふん、ボクには覚えのないことで文句を言われても困るよ」

 

 足元を狙ってきた右腕を絶好のタイミングで踏みつけると、御子内さんはそのまま跳んだ。

 左腕に迎撃される前に、懐に入りこもうという作戦か。

 彼女ほどのアジリティの持ち主なら、本来は難しいものではない。

 潜り込んだ御子内さんの神速のストレートが〈手長〉の顔面を捉えようとした。

 

「嘘っ!」

 

 だが、その拳は食い止められてしまう。

〈手長〉ではなく、〈足長〉の手によって。

 さらにまずいことに、肩車されている〈手長〉の足が御子内さんを牽制してくる。

 その一瞬で、再び長い腕が背後から襲い掛かった。

 背中を強かに殴られて、さすがの御子内さんもダウンせざるを得ない。

 

「或子!」

 

 コーナーポストにいたレイさんが叫ぶ。

 そのまま、リングの中に乱入しようとするが、ギリギリで思いとどまる。

 

「どうして、レイさんは止まったのさ?」

「―――〈護摩台〉は二人以上の巫女が同時に存在することを拒否するの。台の上で戦っていいのは一人だけと決まっているから」

「えっと、……どういう意味?」

「退魔巫女が妖怪と戦うための結界は、もともと一人分の力しかくれない。だから、こういう変則的な戦いの場合は交互に後退しながら戦うしかないの」

「要するに……冗談抜きでタッグマッチということなんだね?」

「シィ」

 

 なんてこった。

 つまり、相手の〈手長〉たちが二匹がかりの状態だというのに、御子内さんたちはタッチするなりして意思表示をしないと入れ代わりができないということか。

 背中に打撃を受けて倒れている彼女を救うことはできない。

 

「だけど、乱入できないことはないんでしょ?」

 

 以前、切子さんと蒼さんがしていたように。

 

「うん。でも、巫女の神通力への補助がなくなるから、攻撃力も防御力も並に戻っちゃうの。ただの人間と一緒にまで下がっちゃう」

「となると……」

「自分の基本的な力だけになるから、フォールなんかができなくなる」

 

 つまり〈護摩台〉のトンデモ力はなくなるということでいいのか。

 でも、それなら……

 

「御子内さんを助けられるね!」

 

 僕はリングの端に進んだ。

 倒れた御子内さんを蹴りつける妖怪たちから彼女を救おうと。

 だが、その肩を掴まれる。

 音子さんだった。

 彼女は首を振り、

 

「大丈夫だから」

「でも……」

「京いっちゃんはまだまだね」

「え、何が?」

「アルっちとミョイちゃんのことをまだわかっていない。あの二人はこんなことで負けるコンビじゃない」

 

 その真摯な言葉に僕が驚いたとき、リング上では御子内さんが驚異の反撃を開始していた。

 

「ていっ!」

 

 まるでブレイクダンスでもするかのように開脚して、回転し、その反動で立ちあがると、下方から掬い上げるようなジャンピング・アッパーカットが飛び出した。

 長い脚が仇になったのか、避けきれずに〈足長〉の顔がひしゃげる。

 そして、得意のローリング・ソバットが炸裂。

 巨人たちはダダダとたたらを踏む。

 そのまま縦に一回転してのバイシクルシュート・キック!

 もう一度顔面が吹き飛んだ。

 

「よしっ!」

 

 レイさんがガッツポーズをとる。

 あれは御子内さんがどういう行動をとるか熟知していたからだろう。

 乱入して失うデメリットを考慮したのではなく、御子内さんの自力での反撃があるということをわかりきっていたからこその、さっきの躊躇だったのだ。

 音子さんの言う通りだった。

 

「どう?」

「うん、僕はまだわかっていなかったみたいだ」

「京いっちゃんも成長したね」

 

 音子さんが微笑む。

 覆面越しでもわかる優しい笑みだった。

 巫女レスラーたちはみんながこういう温かい心を持っている。

 リングの上で見せる激情だけではなく、仲間や友達、他の人間すべてに向ける優しい顔とともに。

 だから、僕は彼女たちが好きなのだろう。

 

「或子、替われ!」

「わかった!」

 

 御子内さんがバックステップを使って、自陣コーナーまで下がる。

 そして、手を伸ばしたレイさんとタッチをした。

 勢いよく飛び出てきたのは明王殿レイ。

〈神腕〉を持つ最強の一角だった。

 

「よく見てろや、或子。こういう敵と戦う時の見本を教授してやるよ」

「ふん、どうせ力任せの殴り合いだろう?」

「舐めんなよ、爆弾小僧」

 

 レイさんが構えた。

 両手を広げ、腰を深く沈めた大きな構えだった。

 

劈掛掌(ひかしょう)

「それ、レイさんの中国拳法だよね」

「うん。アルっち対策にレイちゃんが学んだ唯一の拳法技。レイちゃんが使えばどんな敵とも渡り合える」

 

手は鷹の羽根のごとく、身は蛇のごとくと言われる鷹翅蛇身の形をとり、上半身を前後左右に大きく動かしつつ曲線的に歩む。

打ちおろす手の打撃「()」と打ち上げる手の打撃「()」を真髄とした拳法であり、御子内さんのなんちゃって八極拳とは対極に位置する技だ。

だからこそ、神通力のこもった〈神腕〉を持つレイさんが使えば、確かに音子さんの言う通りになるだろう。

 

「いくぜ、妖怪。てめえの腕なんぞすべて叩き落してやる」

 

 レイさんの凄味のある美貌が不敵な笑みを浮かべた。

 

 


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