巫女レスラー   作:陸 理明

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美少年幻想

 

 

 一人暮らしの高校生のものにしては広めの八畳間は、びっしりと埋め尽くされていた。

 

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 遠藤拓海の部屋の中は、着飾った少年たちが直立不動で呆然と突っ立ったまま、身じろぎもせずにいたのだ。

 一瞬のうちに僕が数えた結果によれば七人。

 それだけの人数が眼を見開いて俯いたまま、何をするわけでもなく棒立ちでいるのだ。

 八畳といえど、これだけ人が入ればほとんどぎゅうぎゅう詰めである。

 中には、遠藤拓海が使っている折りたたみのベッドの上にまで立っているものもいる。

 まさしく異常な光景だった。

 だが、異常といっていいのはそれだけではない。

 さっき僕はここにいる少年たちのことを着飾っていると表現したが、その言葉に間違いはない。

 見たところ、ここにいるのは十五~十八程度の年頃の怖いほどに顔だちの整った男ばかりだった。

 端的に言うと美少年ぞろい。

 造形があまりにも整っていて、場合によっては女の子に見えなくもないぐらいだ。

 その全員が太もものあたりで幅広く余裕をもってつくられ、逆に膝から下が細すぎるジョッパーズを履いて、肩パットのついた赤と黄色の派手な柄に紐のようにひらひらとしたフリンジがついた上着、そして、どういう訳かへそ出しのピチピチとしたシャツを着ていたのだ。

 最初に頭に浮かんだのは、スペインの闘牛士(マタドール)

 でも、それよりははるかに今風だし、ある意味では統一感がなく、ちぐはぐとした印象だ。

 次に思いついたのは、たった一つ。

 昔の男性アイドルグループの衣装だった。

 僕らの世代の男性アイドルグループというと、例のJのつく事務所とEのグループだが、後者はどちらかというとやからなイメージが強く、この少年たちの格好からすると前者のものに近い。

 ただ、Jのグループでも僕が知っているのは漢字一文字とか平成跳躍とか接吻舞などで、この格好はかなり古臭い部類に入るだろう。

 あえて言うのならば……光○○N○Iか?

 しかし、そういう視点で見てみると、確かにここで生気もなく突っ立っている連中はその格好を真似ているといってもいい。

 もっとも、それがわかったからといって異常さが緩和するわけではないけれど。

 

「な、なんだい、この変な連中は!?」

 

 むしろ、僕よりも御子内さんの方がはるかに混乱していた。

 魑魅魍魎、妖怪変化が巻き起こす不可解な現象に慣れっこのはずの彼女が、意味のわからなさに取り乱していた。

 

「落ち着いて、御子内さん」

「―――こ、この変な格好は何だい!? チンドン屋かい!!」

 

 チンドン屋自体、まったく見当たらなくなったけど、御子内さんにとってはそうとしか見えないのだろう。

 そういえば、テレビ番組の類いはほとんど見ないと言っていたな。

 歌番組やバラエティよりも空き時間はトレーニングに勤しむタイプだから、知らなくても無理はないか。

 

「落ち着いて」

 

 僕は御子内さんの手を握った。

 すると、一瞬で大人しくなる。

 最近学んだコツなのだが、平静を欠いた御子内さんを落ち着かせるにはこういうスキンシップがいいらしい。

 

「あ、う、うん。……わかったよ」

 

 ようやく静かになった彼女とともに、室内の美少年たちを見る。

 きちんと数えなおすと、やはり七人だった。

 僕らがここにいてもまったく反応しないことから、意識というか、心ここにあらずといったところなのだろう。

 

「魂を弄られているね。生きたまま無理矢理に霊にされようとしている状態だ」

 

 落ち着いたら、さすが退魔巫女らしい観察眼を発揮しはじめる。

 

「霊? このまま幽霊になるってこと?」

「ああ。何かの呪法の類だとは思う。……こんな状態はそうそうお目にかかるものじゃないよ」

「なるほど。……そうだ、ちょっと写真撮っておくね」

 

 スマホを取り出して、七人それぞれの顔を撮影する。

 少し思うところがあったのだ。

 

「ねえ、御子内さん、この人……」

 

 僕はそのうちの一人を指さした。

 御子内さんが頷く。

 

「うん、彼が遠藤拓海だろうね。写真で見たから確かだよ」

 

 一番隅にこの部屋の本来の持ち主がいた。

 七人の中で一番血色がよい。

 ただ、魂がない状態らしいのは他と一緒である。

 

「ほお、なかなかのハンサムじゃないか。なるほど、女遊びに夢中になるのもわかるよ。放っておいても誘蛾灯に蛾が寄ってくるように、女の子がやってくるだろうからね」

「……御子内さんもこういう美形が好きなの?」

「趣味じゃないかな。ボクは漫画で言ったらベルセ○クのガッツが好きなタイプだからね」

 

 うん、年頃の女の子にしては微妙だ。

 そういえばテラフォ○マ○ズとかも僕の家から借りていったりしてたなあ。

 自分と同じ拳法使いの第四班の劉が好きらしく、七巻からまとめて本棚からなくなっている。

 

「それは良かった。こんなにイケメンじゃない僕としては、ちょっと羨ましいんだけどね」

「京一も結構ハンサムだと思うよ」

「ありがとう。そこはイケメンの方が今風だよ」

「前から思っていたが、イケメンってどういう意味なんだい? ハンサムとどう違うんだ?」

「そこから入られても……」

 

 叶姉妹風に言うと、グットルッキング・ガイなんだけど、あのカリスマ読者姉妹を御子内さんが知っているはずもない。

 そもそもイケメンって新宿二丁目とかのゲイ用語だったとかどうでもいい知識が浮かんだが、それこそ必要ない知識だし……

 と、ホントにこの緊迫した状況下でくだらないことを考えていると、

 

「京一!」

 

 いきなり腕を引かれた。

 おかげで僕はバランスを崩して、御子内さんの手の中によたよたと倒れこんでしまう。

 転ぶ前に抱きとめてもらったので助かった。

 御子内さんの胸のやわらかさを僕は感じ取ってしまう。

 思わず赤面しそうになったが、その前に彼女の厳しい声色が聞こえた。

 

「外になにかいるよっ!!」

 

 言われたままに僕も外を見る。

 玄関の反対側のベランダへ続くガラス戸がいつのまにか完全に開いていた。

 ただ、さっきまでガンガンにかかっていたエアコンの冷気が流れ出していることに気がつかないはずもない。

 では、いつ、あの戸は開いたのだろう?

 そして、御子内さんの指摘通りに、ベランダの外からでた中空に何かが浮かんでいた。

 白い服―――服と言っていいものか、なんの変哲もない白い布を身体に巻いただけだった―――をまとった女がいた。

 漆黒の髪は腰まであるが、手入れもされていないボサボサだ。

 何よりも眼がなかった。

 眼窩には黒い空洞がぽっかりと空いているだけ。

 口も歯らしいものはなく、毒々しい真っ赤な丸い亀裂のようだ。

 一目でわかる。

 あれは生きているものではないと。

 しかも、ただの霊なんかではない。

 間違いなく、凄まじい呪いをもった悪霊の類だ。

 

「待って!」

 

 御子内さんが進み出ようとしたところを押さえつける。

 というか抱きしめた。

 彼女を止めるにはそれが一番だったから。

 相手は空を飛んでいるのだ。

 少なくとも、なんの準備も無しに挑むのはいくら退魔巫女の彼女でも無謀すぎる。

 

「だがね、京一!」

「堪えて! まだ、何もわかっていないんだ! 焦っちゃ駄目だ!」

 

 僕の直訴が通じたのか、御子内さんの身体から力が抜ける。

 

「わかったよ」

「……良かった」

 

 ただ、僕らが見ている中、白い悪霊が何かを叫ぶと、今まで突っ立っていただけの七人が突然動き出し、歩き出した。

 ベランダに向かって。

 もしかして、このまま行くと落ちてしまう!

 最悪の展開が頭に浮かんだが、それは杞憂に終わる。

 なんと七人の派手な服装をした美少年はよろよろと何もない空間を歩き出したのだ。

 つまり、あの空を舞う悪霊のように、宙に浮いて歩き始めたのである。

 一列に並んで。

 

「これが、〈七人ミサキ〉の由来なのか……」

 

 御子内さんがぽつりと漏らす。

 確かにその光景は彼女から聞いた講義の通りであった。

 一列になって彷徨い歩く七人の亡霊。

 七人の美少年は今まさにその姿を体現していたともいえる。

 気がつくと、外には雨が降り出していた。

 激しいものではなく、ぽつりぽつりとした傘をさすのも躊躇われる程度の雨。

 だが、水辺を好むという〈七人ミサキ〉には相応しい天候であった。

 そして、空を歩む亡霊たちは、あの女の悪霊に導かれるようにして消えていった。

 最後尾にいたのが、遠藤拓海だということに気がついたときには、もう彼もベランダから踏み出した後であった。

 こうして、とても世界に冠たる渋谷で起きたものとは思えない妖々とした出来事は終わった。

 退魔巫女として化け物の世界とやりあってきた退魔巫女の御子内さんと僕の目の前で。

 

「京一、とめてくれてありがとう」

 

 しばらくたって、エアコンの冷気が完全になくなってから、御子内さんが言った。

 

「あれが本物の〈七人ミサキ〉だとしたら、なんの考えもなく飛び出していたらボクでも危なかった。あれは尋常ではないほどに強烈な呪いのようだからね。だが……」

 

 少し覚悟を決めるように呼吸を溜め、

 

「あの中に引きこまれたばかりの遠藤拓海ならば、まだ助けられるかもしれない」

「勝算はあるの?」

「わからない。ただ、人の世界に仇なす邪悪を退治するのがボクらの仕事だ。それがどんな相手でもね」

 

 いつもの彼女らしい決意をする御子内さんを、僕は眩しくも誇らしく思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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