千砂都好きの千砂都好きによる千砂都のための物語です。
#1 youthful days
嵐千砂都といえばと聞かれれば、穏やかで友好的な女の子、という立ち位置なのだろう。外見的なものと言えば、白髪に赤い瞳、髪型は特徴的で左右にお団子を纏めている。
見た目は華奢で小柄だけれど、幼少期から‥と言えばいいのだろうか、いつからだっか忘れてしまったが、ずっと近くで彼女を見てきたつもりだけれど、今の彼女はそんな見た目に反してアクティブで快活であるし、ダンスが上手くて、運動神経が悪そうに見えて実はめちゃくちゃに良いというギャップさえも持ち合わせている。
その上に頭脳も良くて、人間としての出来がはなっから構造そのものが違うのだろう…なんて事もなくて、それすら努力で積み上げてきた所謂、努力する天才型という最強タイプの人間である。
友達は多いのだろうかと聞かれれば、それはよく分からない。中学の時のことを思い出せば、多かったような気もするし、多くなかったような気もする。
モテるのかと聞かれれば、どちらかと言うとモテていた気もする。中学のクラスメートの子が彼女に告白している様を2度ほど偶然目撃したことがある。
2度ほど、興味本位で、本当に興味本位でなんの悪意もなしにただの興味本位で聞き耳を立てて聞いたのだけれど、それはどちらも断っていた。
「好きな人がいるから。」
そんな振られる側としてはどうする事も出来ない最恐最悪な理由で玉砕していっていた姿を見て、同じ男して涙を流さざるを得なかったけれど、あぁ彼女も青春しているんだなと妙な関心を覚えたことを思い出す。
偶然目撃したのが2回もあれば、少なからず母数はもっと多くなる筈だから、この件に関しては、モテていたと答えるのが正解なのかもしれない。
まぁ、だからと言ってどうこうと言う話ではないけれど、幼少期から今の今までそれなりに仲良くさせてもらってきたので、嫌われてはいない筈ということを前提での話であるけれど、遠い将来に昔の事を愛しむ時間なんかが彼女にあったときに、
「あぁ、あんな奴もいたな」
と顔と名前…いやせめて顔、顔だけでも良いので思い出として残っておいて欲しいというせめてもの願いがあるのだ。
彼女が僕にとってどう言う存在なのかなんてものは、僕以外の誰かにとってはこれっぽっちもどうでも良い物であることは理解の上に承知もしているのでここまでにしようと思う。
というのも、お互い別々の高校に入学をして、と言うより僕の場合はごく普通の高校で、彼女の場合は女子校でしかも超進学校の音楽科なんてエリート中のエリートであるので一緒に通おうなんて話にもならなかったけれど、
「高校生なったからバイトをしようか考えんてんだよねぇ」
なんて当たり障りのない話をメッセージでやり取りしていたら、
「私が働いてるたこ焼き屋紹介するよ!」
という、口角が上がりに上がってしまいそうなシチュエーションに鼻の下を伸ばしていたけれど、"彼女と2人きり"でたこ焼き焼いたりなんかしてしまった暁には、なんだかこちらの身が持たなそうという事態になってしまいそうなので、今一度、嵐千砂都という人物について我の中でおさらいをしたかったのだ。
その上で僕、鈴鹿圭太は全部ひっくるめて多分無理だな。という結論にちょうど今至ったわけである。
お断りのメッセージを入れようと携帯電話を出していると、画面は16:10という表示であった。
学校を終えて、ぶつぶつと1人で考え事をしながら帰って来ていたらこんな時間になってしまっていた。悩みとは時間すらも忘れさせてしまうから恐ろしいものである。
そしてちょうど、そんな事を考えて携帯電話を手に持ちながら歩道橋の階段に足掛けた時に、それは起きたのである。
そう、女の子が僕の上に落ちてきた。
〜
「バイト?」
向かいのテーブルに腰掛けたかのんが首を傾げた。
「そう。ほら、高校生にもなったし、自分の小遣いくらいは自分で稼ぎたいなって。」
「ふーん。ここでしていけば良いのに。」
かのんは顎に肘をつきながら橙色の髪をもう一方の手で触る。ここ、と言うのは今いるこの場所のカフェの事である。
かのん、澁谷かのんも僕の幼い頃からの友達である。橙色の外はね気味のセミロングに菫色の瞳。ここはそんなかのんの家が経営しているカフェであり家でもある為、何度も足を運んでお世話になった場所でもある。
「かのんのお母さんに迷惑かかるし。それで探したらなんかいい感じのがあったんだよ。」
そう言って僕は携帯の画面を向かいのかのんに見せると、少し身を出してそれを眺めている。
「神社の男性奉仕者募集…清掃及び雑務?」
「そう、時給もそれなりだし、そんなに遅い時間までの勤務じゃなさそうだから。学生向きかなって。」
じっと食い入るように見ているかのんは、それから目を離すともう一度僕の目を見つめた。
「ここじゃダメなの?」
「だからそれじゃあかのんのお母さんに迷惑かかるって何度も。」
「今更そんな変なことに気を使わなくていいって。」
「というかもう明日に面接申し込んじゃったから。」
そう言うとかのんは分かりやすくムクれた。
仕方ないじゃないか…と言葉にせずに心で悪態をついていると、かのんはじっと僕の手を凝視している。
「何それ、擦りむいたの?」
「え、あぁ、これ?」
そう言って左手の甲を上げると、かのんも吊られて顔を上げる。
「まぁ、なんと言うか、落ちてきて受け止めたら転んで擦っちゃったと言うか。」
「落ちてきた?」
「まぁ、大丈夫さ。」
「絆創膏あるけど、おっきいの。」
「いいよ、大した事ないって。」
そう言ったが、かのんは立ち上がってカフェスペースから居間の方へと繋がる扉へと消えてしまった。
上から女の子が落ちてきて…なんて大袈裟な言い方になってしまっているけれど、実際問題、僕からみればそう見えてしまったのだから仕方がない。連絡橋の階段で足を踏み外した女子高生後ろ向きに落ちてきたのだからこの表現が正しいのだ。
その後はそれを受け止めた…と言うより受け止めざるを得なかったという表現の方が正しくなるのだけれど、その反動で僕も後ろに転んで手を擦りむいてしまったのだ。その後はお礼を言われて、確か名前を言っていたような気もするけど、僕も突然のことでびっくりしてしまっていて忘れてしまっていた。
なんだったかな…えーっと…確か…
「はづき…」
「え?」
その声に現実に引き戻されると、プラスチックの箱を持ったかのんが目を開いて僕を見ていた。
「あぁ、なんでもない。」
「今なんて言った?」
「いや、ほんとうに何でもないから。うん。」
そう言って乾いた笑いを振り撒いて誤魔化す。
いや、別に経緯を説明しても良いんだけれど、かのんの目がこれでもかという程瞳孔が開いてて怖いだもん。何にそんな喜怒哀楽の怒の感情を曝け出しているのかは定かじゃないけれど、僕の保身の為にもかのんの為にも黙っておいた方が良いと僕の勘が言う。
「なんだか圭太の口から聞き覚えのある様な羅列が聞こえたからさ。」
「へ、へぇー。」
「絆創膏貼ってあげる。手出して。」
「大丈夫だよ。」
「もう、いいから早く」
プラスチック性の箱から一回り大きい絆創膏と消毒液が染み込んだコットンを取り出して僕の左手を握ると、慣れた手つきで作業を始めた。
「はい、おしまい。」
「ありがとう。」
「あ、この後ちーちゃんが来るんだけど」
「そ、そう。」
「それまでここに居なよ。そう言えば、ちーちゃんの制服姿観てないんでしょ?ちーちゃんが圭太にまだ見せてないって言ってたよ。」
「あー。」
「なに、なんか歯切れ悪いなぁ」
ここに来る途中に千砂都の事を頭に浮かべていたせいなのか、その名前と顔が浮かぶと妙な小っ恥ずかしさが込み上げてくる。
「それより、」
「ん?」
「歌えるようになった?」
その言葉に、かのんは携帯を操作していた指をぴたりと止めた。
あー、この質問は不味かったかなぁと後悔した。
今の現状を聞ける上に千砂都の話題を逸らす口実にもなると、安易にかのんの内側へと踏み込んでしまった。
気が強そうに見えて、大が付くほど繊細だから。
かのんは歌が好きで上手くて、でも慣れない人や大勢がいる場所ではアガってしまって歌えなくなる悩みがあるのだ。今の高校に行ったのも、まだ歌が好きで歌うことを夢見ているからだと思っていたのだけれど。
「まだ。」
「そっか。」
「でも、」
「ん?」
「ある子に誘われたんだ。私の歌が好きで、一緒に歌いませんかって。」
「ある子?」
「うん。同じクラスの子なんだけどね。スクールアイドル、やってみませんかって。」
スクールアイドル。
僕にとってはあまり馴染みのない言葉だけれど、その存在は知っている。
学校でアイドル活動をして、その学校や地元の魅力なんかを発信する活動…だった気がする。確か、高校野球で言う甲子園、高校サッカーで言う選手権みたいな、そんな大きな大会があった気がする。
「やって、みようと思うんだ。今までの自分にちゃんと区切りをつける為にも。」
そう言って僕を見るかのんの瞳はまっすぐで、とても綺麗で。
「そっか。応援してる。」
「まだ、本当に始まったばっかりだから、私自身もどうなるかは分からないけど。圭太には応援してほしくて…。今日呼んだのも、それを報告したかったっていうのもあるんだ。」
まてよ、かのんがスクールアイドルをするとなると…と想像に想像を膨らませてみた。
スクールアイドルと言えども、アイドルはアイドルな訳で、フリフリのメルヘンチックな衣装を着て笑顔で歌って踊ると言う事は…と頭で描いてみる。
うんすごく可愛い。何これすごく見たい。
「ら、ライブとかあったら、知らせてな。」
「え、うん。そりゃもちろん。」
「絶対観に行くから。」
「あ、ありがとう。」
かのんは少し照れくさそうに視線を逸らす。
きっと、それはきっと素晴らしい光景なのだろう。
あのかのんが、少し恥じらいながら可愛らしい衣装を見に纏って歌って踊るわけだ。目に焼き付けなければ一生後悔してしまう。
という、下心満載な僕のそれは置いておいて。かのんがそうやって一歩踏み出そうとしているのを見て嬉しくなった。繊細で小心で、でも芯は強かった彼女は今自分を変えようとして決心したのだ。並々ならぬ葛藤があった筈だから。ここは素直に喜んで、素直にこれからのかのんを応援しようと思った。そして、ある子とやらにも感謝しなければならない。
「じゃあ、俺は帰るよ。」
「え、もう?ちーちゃんも来るのに。」
その言葉にドキリと胸が大きく鼓動する。
いや、それも原因の一つ訳なんだけれど…
「心春に今日は早く帰ってくるよう言われててさ。」
「そうなんだ。ちーちゃんに圭太がいる事連絡しちゃったや」
「まぁ、千砂都の制服お披露目はまた今度って事で」
「あ、心春ちゃんによろしくね」
そう言うかのんに手を振って、僕は馴染みのカフェから外へ出た。
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