対戦相手が試合を放棄、と表示されたスマホの画面を見て、またかと心で吐き捨てる。
色々なボードゲームができるこのアプリは、ゲームランキングでは上位に位置している位には人気度が高く、多くのユーザーが遊んでいるらしいもので、暇つぶしにとダウンロードしてみるとそれなりに面白かった。
しかし最近気づいた欠点は、回線切断が多すぎると言う事。
ランク戦なるものがあり、勝っていけばいくほどにランクが上がる。
世界中のプレイヤーと、様々なボードゲームで競いランクを上げるというシステムは移動中の電車ではもってこいのものなのだけれど、いかんせん勝負に負けそうになると回線ごと切断するプレイヤーが多すぎるのだ。
アプリを落とし、メッセージを開く。
しかし僕が望んでいる状況にはなっていなかった。
昨日心春に言われた通り、今のすみれさんとの状況やその他諸々の事を説明しようと、学校終わりに会えないかと千砂都とかのんにメッセージを送ったのだ。が、いつまで経っても返信は返ってこず、メッセージを見たという表示がされているのみ。
何か忙しいのだろうかと、昨日は床についたのだけれど、朝になっても返信は無し。
この時間ならもう起きて学校に向かっている筈なのだが、返ってくる気配も無さそうである。
やっぱり、スクールアイドル始めたかのんも、音楽科でダンスを専攻している千砂都も忙しいのだろうと、適当な事を考えて目的地の恵比寿駅で降車する。
改札を出て外に出ると、地面がゆらゆらと歪んでいる。
一気に噴き出す汗に張り付いた制服のシャツをパタパタ揺らす。
先週の雨が上がってからうんざりするほどの暑さだ。
先週は先週で雨にうんざりしていたけれど、今はその雨が恋しい程の熱射に、肩を落としながら歩く。
校門を越えて、下駄箱で上履きに履き替え歩き慣れた廊下を進むと、先週には無かった視線や注目が注がれている。
昨日からの噂がまだ校内で行き来しているという事を表していた。
寝て起きて学校に行ったらもう僕のことなんか興味をなくして、新しい噂や話題になっている事をあり得もしない事をほんの少しだけ願って来てみたけれど、やっぱりそんなに上手くいくものではなかった。
「あの子だよ…」
「マジかよ…あいつが」
「金的蹴りしたっていう…」
廊下を歩いていると聞こえるその他クラスの会話に何事もなかった様に通り去り、教室に入る。
窓際の席に腰を下ろす。
意味もなく外を見ると、薄らと窓に映った男の顔が見えた。
左目の横が腫れた軟弱でなんの特徴もない冴えない男の顔。
よく考えてみると、すみれさんと僕って不相応な気がする。
フリとは言え一応恋人という事になっているけれど、側から見れば可笑しな組み合わせだ。
昨日今日と、経験したことない注目のされ方をして、そんな事だから客観的にどう映っているのか考えてはみたけれど、童顔で貧相な身体に平均以下の身長。
どこを切り取ってみても、不釣り合いな気がする。
まぁそれも、少し時が経てば噂も僕への注目も熱りが冷めるだろうし、夏休みになれば恋人ごっこは終わるのだから、卑屈になる必要もないと、窓から目を逸らす。
携帯を取り出して、メッセージを開けるが、やっぱりまだ2人からの返信は来ていない様だった。
〜
赤い屋根が特徴の小洒落た建物の前は多くの女子高生で賑わっていた。
場所は一昨日にも来た結ヶ丘高校。
校門から少し離れた曲がり角のところで僕は立っている。
少し待つと、金髪の髪を靡かせた人が校門から出てきて周りをキョロキョロと見渡している。
すみれさんだと認識すると、曲がり角から出て、校門の前に歩み寄った。途中で気づいたのか、歩く僕に軽く手を振ってくれる。
「お待たせ」
「ごめんね、呼びつけて。練習あったろうに」
「いいけど、どうしたの?」
「実は…かのんと千砂都に連絡を────」
と、そこまで話した所で
「あ、平安奈さん、さよならー」
すみれさんに向けられた声がしたので僕は口を噤んだ。
僕とすみれさんの前に来る3人組。
同じクラスなのだろうか、すみれさんも笑いかけていた。
その3人は僕とすみれさんの顔を交互に見ると、申し訳なさそう笑うと、ごゆっくりーと言って、軽く会釈をして歩いて行った。
「で、なに?」
「あーえっと、」
気がつくと、僕とすみれさんは好奇の目に晒されていた。校門から出てくる人たちが皆僕とすみれさんを一瞥しては上ずる声をあげる。
あの一昨日の騒ぎの大きさから、やはり噂は想像より大きなものになっている事を実感する。
僕とすみれさんの関係が、すみれさんの結ヶ丘高校でもここまで大きく広まってしまっている事は、キャッキャと舞い上がる僕らの周りの反応がそれを示している。
僕の高校と言いすみれさんの高校と言い、この噂の大きさを見るに、これは確かに恋人のフリでした、なんて今更言えるものでもないなと肌で実感した。
「かのんと、千砂都に話があったんだけど、2人連絡が付かなくて…」
「何かあったの?」
「昨日のこと、2人には言っておこうとおもってさ」
「あぁ、なるほど」
小声で耳打ちをする様に話す僕につられて、すみれさんも話す声が小さくなる。
「なら、呼んでくるわね…あ、…」
すみれさんが固まった。
その視線の方を見ると、口を大きく開けた千砂都が佇んでいた。
「う…」
「千砂都…良かった、話が…」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
目に涙を溜めて、千砂都はその場から思いっきり駆け出した。
「嵐さん?!」
「え、?千砂都?」
僕は遠ざかろうとする千砂都を反射的に追いかける。
「ちょっと待ちなさいよ!」
後ろから聞こえる声ですみれさんも追いかけてきていることが分かる。
「あの噂は本当だったんだぁぁ圭太の女たらしぃぃぃ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」
そんな、霰もない事を泣き叫びながら猛ダッシュで僕の前を駆けていく。
「千砂都ぉぉぉーーまってくれぇぇぇ」
小柄でスピードに乗る千砂都を、持てる力全てを振り絞って追いかける。
というか、なんだ女たらしとは。女の人の知り合いなんて指で数えるほどしか居ないのに。
体力も限界に近づいてきた時、ようやく千砂都が観念したのか、止まった。
僕は追いついて、逃すまいと千砂都の腕をしっかりと掴んだ。
お互い息を整え、向かい合うと同時に、すみれさんが後ろからゼェゼェと顔を歪めながら追いついてきた。
「あ、あんたねぇ…!」
そう言ってすみれさんは僕の腕を掴んだ。
「ごめんすみれさん、それどころじゃなくて」
そんなやり取りをする僕とすみれさんをみた千砂都は、また目に涙を溜めている。
「千砂都、話があるんだって…」
「ウッ…やっぱり2人は…」
呻き声を千砂都はあげる。
「嵐さん、違うのよ」
「なに、が…違う…の……ッ」
声を引くつかせている。
泣くのを堪えている様だ。
「とにかく、どっか座りましょ…」
肩で息を整えるすみれさんが、埒があかなそうなこの状況を察してそう言った。
「恋人のフリ?」
「そうなの」
一昨日同様、僕のアルバイト先もといすみれさんの家の神社の椅子に僕らは腰掛けた。
僕が説明をしようとしたけれど、すみれさんが「私が話すわ」と千砂都にこの騒動の事を一から全て説明していた。
「ほんとう?」
鼻を啜りながら、僕に確認を求めてきたので、こくりと頷く。
「ご、ごめんなさい、取り乱して…」
「嵐さんは悪くないわ…、私もちゃんと近いうちに嵐さんに話そうと思っていたんだけれど…。悪いのはちゃんと説明しない私達だから」
そう言ってすみれさんがテッシュを渡すと、千砂都は思いっきりそれで鼻を噛んだ。
千砂都はなぜこんなにも取り乱して泣いているのかは定かではないが、すみれさんが千砂都の背中を優しくさすっている。
「でも、平安奈さんなんで私に?」
「あの日2人でいるところで会ったでしょ?あの時に気付いたのよ。悪い事しちゃったなって」
「え…そんなに分かりやすい…?」
「なんとなくね、私は察しただけ。当の本人は鈍くて気付いてないみたいね」
僕を2人は一瞥する。
すみれさんは呆れた目で見てくる。
千砂都は僕と目が合うと、何故か目を逸らした。
「え、なんの話?」
「何もない!」
一向にこちらを見てくれない。
子どもっぽくて可愛いから良いけど。
「でも、」
「ん?」
「圭太と平安奈さんってバイト先が同じってだけで、知り合ってまだ間もないみたいだけど、圭太はどうしてそこまでするの?」
俯く千砂都。
すみれさんは、僕を横目に見て、じっとしている。
「すみれさんが必死に頼んできたから」
そこまで言うと、千砂都は驚いた顔をする。
俯いていた顔を上げて、目を丸くさせる。
「それだけ?」
「え、そうだけど」
また考え込むように、俯いてしまう。
どうも、千砂都の様子がおかしい。
幼馴染が噂になるほどの騒動を起こしたとなれば、多少の動揺や驚きなんかはあるかもしれないけれど、それとは別で、何かいつもと違う様相に少し心配になる。
そう言えば、千砂都とこう言う話をするのってあまり無かったなと振り返ってみて思う。
色恋沙汰なんて、縁遠いものだと思っていた僕だけど、千砂都のことに関して言えば中学の時にクラスメートに告白されてるのを数回目撃した事があるので、千砂都自身にはそう言う経験はある筈で。
だからといって、告白されてたね、なんて話をする事もなくいつも通り他愛もない話に変わらない関係で今の今まで来た。
それは、かのんも同様の事で、2人の好きなタイプなんてものも知らないし、話した事も無い。
かのんと千砂都の2人ではあったのかもしれないけど、僕は2人とそんな話はした事がなかった。
「そう…」
千砂都は分かりやすく肩を落とす。
恋人ごっこは千砂都にとって何か不都合で、それに付随する何かに関係があるのかもしれない。
慣れない話にどうして良いか分からない嫌な沈黙が流れていたを破ったのはすみれさんだった。
「あ、かのん達もう直ぐ着くそうよ」
そう言ってスマホを見るすみれさん。
気を利かせて、ここに居るという事をかのんに連絡をしてくれていたらしい。
そして、その数分後、かのんはクゥクゥさんと共にすみれさんの呼び出しに現れた。
かのんはというと、目の下に大きな隈を蓄えて顔を引き攣らせていた。
「あぁ……この世の終わりだぁ……」
と、よく分からない事を呟いていた。
そしてクゥクゥさんはそんなかのんを介抱しながら僕を呆れた目で見る。
どうしてクゥクゥさんまでそんな顔で僕を見るのか分からなかったけれど。
そんな2人にも、千砂都にした全く同じ説明を僕たちは繰り返した。
新メンバーの発表が待ち遠しいですね