Liella!〜恋愛物語〜   作:ジャガピー

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#15 スターマーカー

 

 

 

 

 外は真夏日、熱中症に注意をしましょうと、お天気アナウンサーがテレビの中で注意喚起をしてくれている何の変哲もない平日。

 しかしながらある一点に焦点を当ててみれば、それは大きなイベントの真っ最中でもある。

 その名も夏休み。

 僕等学生は真夏のオアシスの真っ最中で、僕はと言うと、空調の効いたリビングのソファの上で漫画を読み耽っている。

 

 少し肌寒いと感じるくらいの室温で、アイスクリームを食べながら漫画を読む。

 こんな日が未来永劫続いてくれればと何度も何度も願っているのは、絶対僕だけではない筈だ。

 

 そんな夏休みも中盤に差し掛かり、考えたくもない9月以降の事がほんの少しだけ脳裏によぎる今日は、特に予定なんてものは無く、ただ好きな時間に起きて食べてをしているだけである。

 心春は生徒会だのなんだのと最近は忙しそうにしているし、父さんや母さんは社会人であるが故、いつも通りに会社に出かけて行った為、僕は1人優雅なひと時を満喫している。

 

 お昼は何を食べようと、ソファに突っ伏していると携帯の音が鳴る。

 恐らくどちらかだろうと、予測を立てて床に転がった携帯を足で引き寄せて見ると、そこには澁谷かのんという名前が表示されていて案の定予測通りだった。

 

 メッセージ内容は「暑い」という簡素な言葉と、すみれさんとクゥクゥさんが浜辺ではしゃいでる写真だった。可愛い。

 

 かのんとすみれさんとクゥクゥさんは、サニーパッションの地元である神津島というところにゲストととしてライブに招待されている。

旅行も兼ねて、先週からすでに島に行き夏休みを満喫しているのだ。

そしてかのん達はその写真や動画なんかを定期的に僕にメッセージで送って、バカンスをお裾分けしてくれているのだ。

 

「羨ましいなぁ」

と返信をしたところで、すみれさんからも似た様なメッセージが届いた。

 今度はかのんが海ではしゃいでいる写真だった。可愛い。

 

「熱中症にはきをつけてね」

とメッセージを送り返して携帯を床に置く。

 

 ライブ、僕も行きたかったのだけれど、あいにくその日はバイトのシフトで致し方なかった。

 配信されるらしいので後でアーカイブで見ることにしようと自分を納得させた。

 

 また携帯が鳴る。

 さっきのメッセージの返信が返って来たのだろうと見ると、差出人は先ほどの2人とは違った。

 

 葉月恋

 

 そう表示されたアイコンから

「今日か明日、どちらか空いている日はありますか」

と簡素だけれど分かりやすい内容の文章だった。

 

 今日か明日。

 明日となるとそれはもう既に予定がある。

 今日というと、これは今から…というより午後からという事になるのだろう。時計を見ると11:40分を指している。

 

 今日は惰眠を貪る予定だったけれど、お誘いとなればそれは別だ。せっかく、こうやってメッセージまでしてくれている訳だし。

まぁちょっと、友人という距離感に難儀がある気がするけど。

 

「今日ならいつでも」

 

 そう送り返して、僕は寝そべったソファから勢いよく立ち上がった。

 

 

 

 

「退学届?」

 

「はい、鞄に入っていたのを見てしまいまして」

 

 午後1時、原宿駅前に集合した僕らはそこで会うなり、すぐ目の前のコーヒーショップに入った。

 今日僕を誘ってくれたのは、今日明日と特に予定はなく、ただ暇だったから会いたかったという事らしい。

 コーヒーを注文すると、葉月さんと僕は他愛も無い話をする。

 その中で、先日起こったという出来事を僕に話してくれた。

 

 それは、同じ音楽科の学校の知り合いのカバンの中に退学届が入っていた事。

 話を聞くとそれがその子にとってのけじめだと言うこと。

 

「こんな話、圭太さんに言っても仕方のないことですが、そんなに難しく考えずただの世間話の一つと思って聞いてもらえたら」

 

「でも、けじめってなんだろうね」

 

「まだ退学すると決まったわけではないそうです。その子が出る大会で優勝出来なければと言う事で」

 

「そこまでするなんて」

 

 自分の進路や今後の将来の事を賭けてまで何かに打ち込むということを僕はしたことがない。

 ただ適当にその学力に合った高校を選んで、惰性で日々を送っている僕とは、次元の違うところにいるのだろう。

 

 葉月さんの高校は確か、今年開設の新設校。かのんも千砂都もクゥクゥさんもすみれさんも通う結ヶ丘女子高等学校で、そこにある音楽科は、優秀な進学専門学科だった筈。千砂都も入る時にそんな事を言っていた。

 

 そういえば、千砂都も、明日はダンスの大会があるって言っていたっけ。

 

 

「気になるんだ」

 

「え、えぇまぁ」

 

 そこまで言うと、店員さんがお盆に乗せたコーヒーを2つテーブルに乗せてくれた。

 ホットではなくアイスの方のコーヒーを注文した。流石にこの暑さだとアイスが飲みたかった。

 

「圭太さんなら、大丈夫そうなのに」

 

「大丈夫とは」

 

「もし、圭太さんのお知り合いがそうで同じ状況だったとしたら、圭太さんは気の利いた言葉とか掛けてあげられるだろうなと」

 

 葉月さんの僕に向けられたその言葉は、お世辞でもなんでもない本心で言った言葉だと、葉月さんの目を見て理解した。

 真剣な目で真っ直ぐ僕を見ていた。突然褒められて身体がむず痒くなってしまう。

 

「買い被りすぎです」

 

 僕はそう返した。

 同じ状況だとしても、僕の力なんてたかがしれている。

 葉月さんのように、気になっているけれど何も言えずに過ぎるだろう。

 

「その子は何を専攻されてるんですか?」

 

 その時はただ、興味本位で聞いたその質問だった。

 

「え?あぁ、ダンスです」

 

 その質問の答え、ダンスという言葉に身体全身が反応する。

 明日、僕が応援に行く予定のその競技の名前。

 鼓動が徐々に早くなっていく。もしかすればという場合の事が頭によぎる。

 色々な思考が脳内を駆け巡る。

 冷房の効いた店内で、じっとりとした汗が背中を伝う。

 

「名前は…?」

 

 ここから先は聞いてはいけないと、全身の神経で感じた筈なのに。

 勘違いだったという、いや、勘違いであって欲しいという願望が、その先を知りたがった。

 考えうる、最悪の答えであって欲しくないという。

 

 けれど、それでも現実はそう優しいものではなかった。

 

 

 

 

「───嵐さんという方です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予定よりも早めに家を出て、今日千砂都が出場するダンス大会の会場に到着した。

 周りを見ると、制服を着た学生、そしてその保護者と見られる大人と応援しに来たであろう私服姿の同年代の人が既に多く居た。

 スマホを取り出し、千砂都に会場に着いた事をメッセージする。

 大会の前に、少しでいいから会って話がしたいと、僕から申し出たのだ。

 

 昨日の葉月さんの話で、千砂都がこのダンスの大会で結果が出なければ退学するという情報を聞いた。

 その真偽を確かめようとか、そういう無粋なものでは無いけれど、僕なりに考えて今の千砂都に伝えられる事を伝えたかった。

 

 千砂都の後ろ姿が見えた。制服では無くもう既に衣装に着替えていた。

 

「千砂都」

 

 僕の言葉にぴくりと反応した。ゆっくりと後ろを向くと、僕の目を見て笑ってくれた。

 いつもの垢抜けた笑顔じゃ無く、ぎこちのない笑顔で。

 

「応援来てくれてありがとう」

 

「そんなの、絶対来るよ」

 

「嬉しい…」

 

 緊張のせいなのだろうか、千砂都は落ち着きがない。この後にある本番が気になっているのだろうか。

 多分、僕が来る前からこうなのだろう。

 もしかすると、昨日からかもしれない。

 よく眠れていないのか、少し顔がやつれてクマが出来ているのに今気がついた。

 

「千砂都は、」

 

「?」

 

「この大会で一番になれたら、どうしたい?」

 

「え?」

 

「ほら、あれが食べたいとかこれがしたいとか」

 

「あ、あぁ」

 

 僕たち2人は近くにあった大きな柱にもたれかかる。

 お互いの顔は見ずに、目の前の人が行き来する景色を見つめながら話す。

 

「2人の隣に立ちたい」

 

 蚊の羽音のような消え入る声が溶けて消える。

 聞き逃すまいと、その音を脳に焼き付ける。

 もっと無理難題なことを冗談混じりに求めてくるかと思ったけれど、千砂都の願望は拍子抜けするほど単純で簡単で完成されたものだった。

 

「昔も今も隣にいただろ」

 

「ううん、私は後ろに居て守られているだけだった」

 

「そんな事」

 

「あるよ。私がダンスを始めた理由もそれだし」

 

 千砂都がどうしてダンスを始めたのか、その理由を僕は知らない。気がつけば、ダンスという競技を始めていた。

 

「じゃあ、一番にならなきゃな」

 

「うん」

 

「一番になったらアイスでもジュースでもなんでも一つ奢るよ」

 

「なれなかったら?」

 

 千砂都が、こちらを向いているとということは、前を向いていても気配で分かった。

 千砂都は今、僕をじっと見ている。

 

「なれなかったら、圭太はどうする?」

 

「そうだな、慰めるよ」

 

「私が今までダンスにかけてきたものを、一緒に背負ってくれるってこと?」

 

「その覚悟はあるよ」

 

「なら、死に物狂いで必死にやらなきゃね」

 

 そう言って千砂都は深く息をついた。

 必死になんて、今に始まったことじゃ無いだろうに。

 千砂都がダンスを始めてから10年は経っていると記憶している。

 それほどの月日をかけて、一つのことに取り組んできて、ここまで努力して来た千砂都は、今の自分の位置を見誤ってしまっているように思えた。

 

 千砂都が言った、隣に立ちたいという願望。

 どういう意図を込めたものなのかは分からないけれど、少なくとも千砂都はもうとっくの昔から僕の隣、いや…前を歩いている。

 そして恐らくそれは、かのんも同じことを思っている筈だ。

 千砂都の頑張りを見て、かのんも歌うことについて、まだ足掻いてみようと勇気づけられていた筈だから。

 

 それならば、千砂都が昔の何かに囚われて、それを脱却しようともがいて来た大きな要素の一つがダンスだとするならば、この大会にかける意味とはなんだろうか。

 進学校の音楽科に入れた事がゴールじゃないのなら、どこがゴールなのだろう。

 

 千砂都が必死に頑張って来た一つの証でもある結ヶ丘女子高等学校の音楽科を、退学すらも意識してまでこの大会にかける理由があるとすれば、一つだけ見当がつく。

 

 それは恐らくかのんだろう。

 

 歌う事が好きで、歌で皆んなを笑顔にしたいという夢を持ったかのんが、人前で歌えないという悩みを何年も持ち続けて、何度も何度も折れそうになったけれど、それでもスクールアイドルという新しい場所で、一生懸命練習して、人前で怖いのを我慢して、イレギュラーすらも降りかかったあの代々木のイベントでのライブを、力一杯歌った、歌いきった。

 その勇姿を、千砂都は僕以上に近くで見た。

 

 いつの日だっか、隠田神社でサニーパッションに連れられた3人を羨ましそうに、そして寂しそうに見つめていた千砂都を見た。

スクールアイドルじゃない千砂都が、献身的にかのん達を支え続けていた事も知っている。

 千砂都がどうしたいのか、ただの推察でしかないけれど、これでおおよその見当はつく。

 

 かのんとスクールアイドルがしたいと、本気でそう思ってしまったのだろうと。

 

 けれど、千砂都の今を形取るダンスというものを疎かにしてまで、という気持ちはある筈で。

 何も遂げないまま半端な気持ちと状態で、転んでも前を向いて頑張るかのんの隣に立ちたいとは、千砂都は思わない筈で。

 なら、大きなことを成し遂げて、今までの事に区切りをつけて、新しい道へと足を向けようと思ったのかもしれない。

 

 隣に立ちたい。

 そう言った千砂都の願望は、これなら筋が通る気がした。

 

 それでも結局、これは僕の推察でしかない。

 本当のことは、当事者にしかわからない。

 

 なら、それは当事者同士で話し合うのが一番だ。

 

 

「誰がどう言おうと、僕は千砂都を応援しているから。僕が言いたかったのはそれだけ。だから…」

 

「?」

 

 スマホを取り出してメッセージアプリを立ち上げる。

 今日、"ここに来る人"からもう到着したというメッセージが数分前に入っていた。

 今いる場所をメッセージに送信してスマホをポッケに仕舞う。

 

「千砂都の思いの丈は、僕じゃ無くてあっちに言ってあげて」

 

「どういう事?」

 

 千砂都は訳がわからないという表情をしている。

 説明してもよかったけれど、そうしているうちに、"ここに来る人"と千砂都を2人にさせてあげる機会を失いそうだったので、

 

「ここで待ってれば分かるよ」

とだけ言って僕はその場を後にして、観客席の方へと足を向けた。 

 

 

 

 

 きっと、ここに来る人…かのんなら、千砂都の背中を力強く押してくれるだろう。

 それは、かのん自身が辛かった時もそうだった筈だろうから。

 

 2人は互いに、見て見合って、知らない間に励まして励まされていた筈だろうから。

 

 そして、お互いがお互いのスターだから。

 

 

 

 

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