Liella!〜恋愛物語〜   作:ジャガピー

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#16 フェイク

 

 

 

 

 

 

 薄曇りの8月中旬。

 灼熱の太陽は雲に覆われ、日光が照りつけるというような天気ではないけれど、変わらない30度を超える気温に湿度が煩わしい。

 シャツの真ん中をつまんで風を起こしながらベンチに腰掛けていると、左の横顔に小さい風が当たった。

 

「暑すぎるわね」

 

 すみれさんはそう言って、昨日駅で配っていたのを貰ってきたという団扇を僕に向けて仰いでくれていた。

 すみれさんも僕ほどではないけれど、額にじっとりと汗をかいているのが目で見ても分かった。

 

 今日はすみれさんとバイトで同じだった。

 いつも通り出勤のタイムカードを押して、いつも通り労働して、いつも通りに退勤のタイムカードを押して、着替え終わって今に至る。

 

「圭太さんどうぞ!」

 

 そう言って神社の事務所から出てきた可愛らしいすみれさんによく似た女の子が冷えた麦茶のペットボトルを、ベンチに腰掛けた僕に差し出してくれた。

 僕のバイト先であるここ隠田神社は、すみれさんの家でもあり、もちろんすみれさんの家族も住んでいる。

 

 つまり、このよく似た女の子はすみれさんの妹である。

 

 最初会った時は知らない男だと警戒されていたがここ最近では少し慣れてくれたおかげなのか、こうやって向こうから話しかけてくれることも増えた。

 妹さんだけで無く、すみれさんの家族にも良くしてもらっている。

 高校生で初めてアルバイトを経験させて貰っているけれど、僕のアルバイト環境はすごく恵まれていると感じている。

 

「ほら、お姉ちゃんは圭太とお話ししてるからあっち行きなさい」

 

「えー、私も混ぜてヨォ」

 

「いいからほら向こう行きなさい」

 

 ぶっとむくれた妹さんは不服そうに家の方へ歩いて行った。

 

 何気なくスマホを見ると時刻は午後5時半を過ぎたところだった。

 平日とはいえ今は夏休みなので、いつもなら土日しか組めない昼から夕方というとても働きやすいシフトも組める為、学校終わりにバイトに勤しんで夜遅くに帰るという事も無い。

 今現在は理想のアルバイトライフを送っている。

 このまま一生夏休みならいいのにと思うのだけれど、考えれば考えるだけ後数週間後に迫る新学期が逃げることの出来ない現実を突きつけて来て虚しくなる。

 考えるのを辞めて、冷えたペットボトルのキャップを開けて中の液体を喉へと流し込む。

 体が水分を欲していたのか、ペットボトルから口を離すと中の液体は半分近くまで減っていた。

 

「そう言えば、この前のライブのアーカイブ見たの?」

 

 拳一つ分空けた横に座るすみれさんは団扇を仰ぎながら僕を見ている。ペットボトルのキャップを閉めて横に置く。

 

 アーカイブというのは、この前すみれさん達が行っていた、サニーパッションさんにゲストとして呼ばれ神津島で行われたライブの事だ。

 

「もちろん」

 

 スマホを取り出して、その何度も見たアーカイブ動画を再生する。もちろんダウンロード済みだ。

 動画が始まると、千砂都の歌声から歌が始まる。

 

 そう、千砂都はあの日行われたダンスの都大会で良い結果を残し、しっかりとダンスに区切りをつけ、かのん達のスクールアイドルグループに加入する事になったのだ。

 

「どうだった?」

 

 4人が踊る動画を見る僕を横目にすみれさんが感想を聞いてくる。

 

「夏っぽくて良かったよ、皆んな可愛いね」

 

 4人の衣装は常夏に似合うカラフルなもので、はつらつで快活なダンスに、ポップな曲調。

 何度も何度も見返したが、可愛い。

 

「それにしても千砂都、数日でよくこんなにダンス合わせれたね」

 

 あの都大会からライブまで、ほんの数日しか無かった筈だ。

 

「あー、元々この歌のダンスの振り付け考えてたの千砂都だから」

 

「なるほど」

 

 確か、クーカーの時もダンスの振り付けを考えていたのは千砂都だった筈。

 ダンスという競技に区切りをつけたとはいえ、ダンス自体は今の千砂都を形取っている。

 こうやって、スクールアイドルでも、そのダンスは必要不可欠なものだから、また違う形で千砂都はダンスと向き合っているのだ。

 

 流れるライブ映像のアーカイブをバックに、千砂都が神津島に来て以降のことを楽しげにすみれさんは話してくれた。

 神津島でのリハーサルのダンスの直しに2時間も要したとか。

 ダンスのレッスンと体力トレーニングが千砂都が入って一層厳しくなったとか。

 神津島が暑すぎて日に焼けたとか。

 

 この反応を見るに、すみれさんもクゥクゥさんも千砂都がグループに入ってくれて心底嬉しそうだ。

 僕も嬉しくなった。

 

 

 

 その話がひと段落したところで、僕はあることを思い出して、すみれさんにその話を切り出した。

 

「付き合ってるってフリ、あれどうする?」

 

「え?」

 

「ほら、もうすぐ夏休みも終わっちゃうしさ」

 

 すみれさんとのあの一件以降、すみれさんに付き纏っていた新井先輩を諦めさせるためについた嘘。

 それが、僕とすみれさんが恋人同士だという事。

 

 新井先輩との一件が終われば終わると思っていたこの恋人ごっこは、関係を解消すれば嘘だったと新井先輩にばれるリスクもあった事、そしてこの件で結ヶ丘の前で僕たちが騒ぎを起こしてしまったせいで、僕の学校とすみれさんの学校双方で大きな噂が立ってしまった事もあり、ごっこ関係をすぐに解消せず、とりあえずほとぼりが冷めるまで続けましょうという事になった。

 

 心春とも話して出た結論が、夏休みに入れば周りからの僕達への注目も興味も落ち着くだろうということ。

 

 もうその夏休みも、後数週間もすれば終わりが迫っていた。

 

「友達から、彼女がどうのって夏休みの最初の方はメッセージとかで揶揄われたりしたけど、もう今はあんまりそういうのもなくなってるから、すみれさんの見立ては正しかったね」

 

 最初はどうなるかと心配したものだけれど、いざやはり月日が経つと人の噂というものは波が落ち着くというものだというのが実感した。

 

「すみれさんは?」

 

 僕の問いかけにピクリと肩を振るわせ反応する。

 

「そうね、私も周りから言われる事も大方落ち着いてきたわね」

 

 その言葉にホッと胸を撫で下ろした。

 僕のところではそうでも、すみれさんのところではまだ僕らの関係が大きく噂されていたらどうしようと心配していた。

 

「じゃあ、終わりにしよう」

 

 すみれさんも、色々と学校では揶揄われたりもしただろうし、こんな恋人のふりなんて関係は早く終わりにしたい筈だろうから。

 

「どういう別れ方にするんだっけ」

 

 そう質問したけれど、すみれさんからは返答が無かった。

 不思議に思いすみれさんを見ると、真っ直ぐと前だけを見て表情は変わらなかった。

 

「すみれさん?」

 

 僕がそう催促すると、

 

「そうね、」

 

 と、また話してくれた。

 

「友達の方が2人にはしっくりきたって事と、友達以上恋人未満って関係にしようって2人で話し合って決めたって事にする」

 

「そうだったね」

 

 僕の家で心春とすみれさんと話し合ってそういう事にしようと決めた詳細が脳から掘り起こされた。

 

「夏休み中に、2人で話し合ってそうなったって設定ね」

 

「そうね」

 

 心無しか、すみれさんの声が先ほどより小さくなっている気がするけれど、多分それはジワジワと鳴いている蝉の声が煩いからだろう。

 

「よし、じゃあそういう事で」

 

 そう言って僕は手を一つ叩いた。

 この関係も終わり。

 

 すみれさんにとって付き纏ってくる嫌な男を諦めさせる為のものであって、こんな関係良いものでも無かったろう。

僕は、まぁふりとはいえ初めて恋人という関係を築かせてもらえたし、すみれさんと2人で出掛けたり話なんかをする時間は結構楽しかったから、悪くは無かったのが本音なんだけれど。

 

「待って」

 

 すみれさんの言葉に反射的にすみれさんを見る。

 すみれさんは真っ直ぐ僕を見て、ぎこちなく笑っていた。

 

「最後にお願いがあるの」

 

「なんなりと」

 

 すみれさんは一度下を向き、小さく息を吐いてまた僕の方へ顔を上げた。

 

「最後に、私とデートしてくれない?」

 

「え?」

 

 予想にもしないお願いだった。

 

「え、デート?」

 

「ええ、まだ恋人とという関係のままで」

 

 すみれさんの目は僕をじっと見て離さない。

 僕の一挙一動を逃さないというような、そんな目で。

 

「構わないけど、どうして?」

 

「そ、それはほら、別れ方もちゃんとした方がいいと思って。最後のそのデートの後に2人で話し合って別れたってことした方がいいでしょ?前みたいに、ちゃんと念には念を…写真とか撮ってた方が説得力増すし…ね?」

 

 確かにと、納得した。

 いくら今、噂が落ち着いてきたとは言え何があるか分からない。

 当時の学校での噂の根付き具合を思い出すと、ちゃんとやるべき事は本当にやっておいた方がいいに決まっている。

 あれだけの騒ぎを起こしたのだ、僕たちの関係はそうな適当に済ませて、口だけで終わりましたでは根掘り葉掘り聞かれた時にボロが出てしまうかもしれない。

 

 流石はすみれさんだ。

 

「うん、確かにそうだね」

 

 ぎこちなかったすみれさんの表情がその言葉で柔らかくなった。

 

「いつにする?そのデート」

 

「そうね」

 

 すみれさんはスマホを取り出した。予定を確認しているのだろう。

僕はバイトの日以外なら基本いつでもいい。

 高校の友達とはこの前遊んだし、そもそも皆んな部活やらで忙しいのだ。

 

「8月31日は、どうかしら」

 

 すみれさんが提案してきたのは、夏休みの最後の日だった。

 

「いいけど、そんな最後の日じゃなくても僕はバイトの日以外はいつでも空いてるし、合わせられるよ?」

 

 そう言うと、すみれさんは首を振った。

 

 

「この日がいい。8月31日がいいの」

 

 すみれさんはそう言って携帯電話を握りしめている。

 すみれさんも色々予定があっての事なのだろうと推測して、僕は頷いた。

 

「すみれさんがいいなら、その日で構わないよ」

 

 すみれさんは小さく頷いた。

 こうして、嘘の恋人関係の僕たちの最後のデートの日にちが夏休みの最終日という事になった。

 

 西の空が橙色に色付いている。

 スマホの時計を見ると時刻は午後6時半を回ったところだった。

 すみれさんの妹さんから貰ったペットボトルの麦茶は暑さのせいぬるくなってしまっていた。

 

 

 

 






次回もすみれ編です。

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