突然、目の前に現れた見知らぬ美少女が学校終わりの帰宅途中の道で話しかけて来たならば、他の人ならばどう考えるだろうか。
美少女が話しかけてきたことに舞い上がり意気揚々と要件を尋ねるのか、逆に邪な気持ちをひた隠して無難に取り繕うのか、それは各人様々十人十色であろう。そして、僕のような特に何の特徴も取り柄も無い1人の男子高校生からすれば、取り繕うと言う土俵にすら上がらずに、まず人違いでしょうという結論を脳内で自動的に演算してしまうわけなのだ。
詰まるところ、見知らぬ美少女様が僕に話しかけてくる訳がないと骨の髄で理解していると言うことであり、ここは素通りが安牌なのだという事である。
人違いか、実は僕の後ろに人が居て…と言うような状況に違い無いと何も無かった様にただ平然と歩行するだけ。
と、思っていたのだけれど、
「あのぉ、聞こえませんでしたでしょうか…。私です、昨日階段から転げ落ちて受け止めて頂いた者です。」
通り過ぎてわずか数秒で僕のその対応は間違いで、僕に用があって話しかけていた事を知る。
こうなってしまうと、ただ単純に僕が失礼極まりないやつだと言うことになってしまう訳なので、間違いでも多少なりとも反応を示すべきだったと後悔する。
昨日歩道橋の階段から落ちてきた子を受け止めた…と言うと僕が助けてあげたかのように聞こえてしまうけれど…実際は突然過ぎて避けることもままならずに身を守る為にも受け止めざるを得なかったと言う表現が正しいんだけれど…、と考えた所で、そういえば今いるここがその出来事が起きた場所だと言うことに気づいた。
という事は、ここで僕がくるのを待っていたという事になるが…。
「えっと、ごめんね。あの後すぐ別れちゃったから昨日の君だと分からなくて…あはは」
「いえ、私もアポ無しで待ち伏せして突然話しかけたもので、失礼致しました。ここに居れば、貴方に会えるかもと思ったもので…。」
そう言って深々と頭を下げられる。真っ黒で漆を塗ったかのような艶の髪を後頭部でまとめ上げる所謂ポニテという部分が背中からするりと落ちる。
「いや、そんな頭あげて下さい。そんなに深く頭を下げられるようなことは断じてしていないし、本当に偶々の出来事だったんだし。助けたというよりは、突発的で受け止めざるを得なかったというか…。」
「いえ、それでも私がこうやって無傷でいられるのはまごう事なき貴方のおかげです。」
公衆の面前で微動もせず深々と頭を下げられる僕は、これ以上埒があかないと思い、この人の頭を上げさせるために、はい…と言わざるを得なかった。
だって周りの人がすごく見てるんだもの。女性にあんなに頭を下げさせて何してんのこいつ…なんて思われても嫌だし。その上に、目立つということに慣れてないので羞恥が過ぎるのだ。
僕が彼女の礼に応じると、ゆっくり頭を上げてくれた。
「じゃ、じゃぁ僕はこれで…」
「あ、ちょっと待ってください。」
踵を返して立ち去ろうとする僕の腕を掴む。
「な、何でしょう。」
「お名前…」
「え?」
「お名前を教えて下さい。」
そう言うと、グッと僕を掴む彼女の手の力が強くなった気がした。さっきより近い顔が僕の顔を凝視している。というか、何この人凄く綺麗な人じゃないか。美という字が相応しいとはこの事だと理解する。
人当たりの良さそうな目尻に金色の美しい瞳。それに心なしかいい匂いが漂ってくる気が…って、それより近い。凄く近い。
はやく、早くここから脱さなければ僕のみが持ちそうにない。
「す、鈴鹿です。鈴鹿圭太。」
「鈴鹿さん。改めて私は葉月恋と申します。よろしくお願いします。」
「ど、どうも。」
よし、名前は言った。はやく去ろう。もう会う事はないんだから颯爽と足早に去っていこう。
「あの、良ければ…」
「へ?」
「連絡先を教えていただけたらと…」
「えっ?!」
「何か形ある御礼を日を改めてさせて頂きたいと。」
「いや、そんな、本当にいいですよ。さっきも言った様に…」
「御礼をさせてください。でなければ私の気持ちが収まりません!」
さっきのお辞儀の時といい、この子は恐らくだけれど言ったら気がなそうなタイプだ。頑固というか何というか…あぁそうだ、なんだか誰かに似ている気がすると思ったけれど、かのんみたいなタイプの子なんだ。かのんもほら、言ったら聞かないしよく似てる。となると、ここで幾ら食いさがってもどうにもならないだろうと推測できてしまう。
「あの、」
「お願いします。」
「はぁ…分かりました。」
僕はそう言って折れる事でしかこの場を解決できそうになかったのだ。
〜
その光景を目にした時、千砂都は思わずその場から身を隠してした。
それ程大きくない車道に掛かる歩道橋の影に身を隠して、反対側の歩道にいる2人を凝視していたが、事は済んだらしくお互いに別々の方向へと別れて行ったけれど、その後どうにもこうにも気が収まらなかった。
千砂都は古くからの友である鈴鹿圭太が女性と邂逅している瞬間を目撃してしまったからであった。
しかもその相手があの葉月恋だったもので、その場に出ようにも出れなかったのである。
あの2人に何か接点があるのだろうか、どういう関係なのだろうかと考えているといつの間にか2人は別れて行ってしまった。
この想定外も想定外、いや明後日の方へと向いてしまった様な状況に私は素早く可能な限りの知識で思考を巡らせる。
考えうる状況全てを巡らせた上で出た答えは、最悪の中の最悪。もう最恐最悪。
たまたま何かあって話していたということも考えては見たけれど、そうであるならば葉月恋が圭太の腕を掴んでいた状況に説明が付かないし、そもそもの話、何に葉月恋は圭太に深々と頭を下げていたのか。
そんな事は考えたくも無かったのだけれど、愛の告白という文字が脳内に浮かび出てくるし、告白を越して交際の申し込みだとか、結婚の約束とかだっらどうしようとか頭が変な方へと考えてしまっている。
そこまで突飛してないとしても、何かそれに近く通ずるものであったのなら千砂都はここで大声で発狂して頭をコンクリに打ち付けて出血しながら帰路に立つ事になってしまうと。
「いやぁ偶々見かけてさぁ!葉月さんと同じ学校なんだ!何話してたの?」
って白々しく聞いて仕舞えば、答えは返ってくるのだろうけれど、想像したくない状況だと心が壊れてしまいそうなので辞めておくことにした。
あの圭太が見ず知らずの女性…しかも葉月恋のような美少女と理由もなく話すわけなんて無いのだからなにか事情はあるのだろうけれど…。
葉月恋が一目惚れした…とか又はその逆も然りで、って葉月恋のような美少女が圭太に一目惚れなんてするわけ…と思ったのだけれど、それは人それぞれ容姿の価値観なんてものは違うから一概にどうとは言えないし、そもそも千砂都自身が言える"立場"でも無かった。
もうこれは最悪のライバルが出来てしまったと考えるのが妥当なのかもしれない。もしそうだとするのならば、かのんはどう思うのだろうかと千砂都は思慮する。
お互いに忠実に、かのんとの"あの約束"を2人で守ってきたのだけれど、このままだとそれを馬鹿正直に守っていては予期せぬ第三者に颯爽と持って行かれてしまう。
それだけは絶対避けなければならない。
あの時みたいに、手を回さなければいけない。
気になる点はたくさんあるのだけれど、最後のがどうにも引っかかる。携帯電話をお互いに出し合っているところ見るに、あれは確実に連絡先を交換していたと見れる。となれば、早くしなければ取り返しの付かないところまで行ってしまうかもしれないのだ。
つまり、かのんとの"あの約束"は今はデメリットしかもたらさないと言うことになってしまう。
この話題を出すことすら久しいことかもしれないけれど、そうは言っていられない。
かのんちゃんとの緊急会議を開くしかなさそうだと、千砂都は早々と携帯電話を取り出した。