Liella!〜恋愛物語〜   作:ジャガピー

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#23 アップルパイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日もいつも通りに作業を終えると、ちょうど12時を指した時間になっていた。

 今日のシフトは朝までにしているので、アルバイトはこれで終わりになる。

 

 吹く風に晒されて感覚が鈍くなった両手に息を吹きかけると、白い息が出る。

 12月の中旬にも差し掛かろうかというこの時期にもなると、吐く息も白くなるほどに気温が下がる。

 夏は嫌いだけど冬は好きと、夏休みの時には思っていた気がするけど、いざ冬になってみれば冬は嫌いだけど夏は好きという些か勝手すぎる思考になるのは、僕だけなのだろうか。

 

「すみれさんって、冬と夏どっちが好き?」

 

 隣で同じ作業をしていたすみれさんにそう質問してみる。

 

「冬よ」

 

 今の僕とは違う答えが返ってきた。

 

「えー、夏の方が良くない?」

 

「日焼けするじゃない、夏。肌の天敵だわ」

 

「寒くて手とか悴んじゃうからなぁ冬って」

 

「着込めばあったかいわよ」

 

「そうかなぁ」

 

「寒いの?」

 

「そりゃ寒いよ。今日、気温1桁だよ?」

 

「私、案外寒いの得意なのよ」

 

 ほら、と言って僕の手をすみれさんは両の手で包み込んだ。

 突然のことで少し動揺したけれど、それよりもすみれさんの手の温かさが心地よかった。

 

「なんでそんな温かいのさ」

 

「正解はこれよ」

 

 そう言って巫女服のポケットから出したのは白いハンカチ程度の大きさのもの…、そうカイロだ。

 

「忍ばせてたの」

 

「僕も買おうかな」

 

「あげるわよ」

 

 そう言って、ぬくぬくのカイロを僕に手渡してくれる。

 

「すみれさんの分無くなるからいいよ」

 

「まだいっぱいあるのよ。薬局でお徳用って安くなってるやつ買ったの」

 

 そう言ってすみれさんは僕の手にカイロ押し込む。

 ここは好意に甘えることにする。

 

「それより、最近休土曜日は朝までシフトが多いわね。この前まで一日入れてたのに」

 

「あぁ、最近ちょっと予定があってね」

 

「ふーん」

 

 そう言って作業をしながらすみれさんは僕の顔を一瞥する。

 気になっているけれど、聞けない。という所だろうか、僕をチラチラ見ながら作業を続けている。

 別に話しても良いのだけれど、まぁ何か悪い事をしているわけでもないし、それを言ったところで「あーそうなんだ」程度にしかならなさそうなので、僕からは言わずに聞いてきた時に話せば良いと言うことにしよう。

 

「じゃあ、僕はこれで」

 

 そう言って更衣室へ向かうと、お疲れーと背中越しにすみれさんの声が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 来慣れた喫茶店の前に着く。

 来慣れた、と言ってもここ1カ月の話なのだけれど、それでも毎週来ていると、メニューが何があるのかくらいは覚えるものである。

 今日は気になっていたこのお店特製のアップルパイと、いつものアメリカンを注文しようとバイト先から歩いてきたのだ。

 

「先輩、バイトお疲れ様」

 

 店内に入ると、いつもの席にいつもの人が座って僕に手を振っている。

 

「お待たせ若菜さん」

 

「別に。私がお願いして来て貰ってるから」

 

 そう言う若菜さんは手元の参考書に目を落とした。

 席に着く時に覗くと過去問題集と印字されていたので、今の今までこれを解いていたのだろう。

 見慣れた店員さんが注文をとりに来たので、アメリカンとアップルパイ2つを注文した。

 

 若菜さんは集中して目の前の問題に取り掛かっている。見たところ、今は数学を解いているらしい。

 スラスラと式を書いては止まり、また書き出して答えを導き出している。時たまに数分ペンが止まっても、なんとか自分なりに答えを出しているし、間違っていても、途中まであっていたり考え方は間違っていなかったりと言う程度のものなので、数学は得意と言っていたことは本当なのだろう。

 

「お待たせ致しました!」

 

 そう言って店員のお姉さんがアメリカンコーヒーと2つのアップルパイをテーブルに置いて一礼すると向こうに歩いていく。他にお客が居ないのか、僕たちのことを店主らしき男の人と店員のお姉さんが微笑ましく眺めている。

 

 その視線の意図はよく分からないけれど、むず痒さを覚えながら「ありがとう先輩」という恐らくアップルパイに対してだろう若菜さんからのお礼を耳にアメリカンのホットを口に含んだ。程よい苦味と独特の香りが鼻腔を刺激する。美味しい。

 若菜さんの前に置かれたコーヒーのカップは、なんの種類のコーヒーかは分からないけれど、湯気があまり立っていないところを見るに少し冷めてしまっているのは分かった。僕が来る前に頼んで時間が経ってしまっているからだろう。

 

 暫く時間がかかりそうなので僕は携帯を取り出してスクールアイドルの情報を見る。東京予選の詳細が今週発表されたので、東京予選に出る他のスクールアイドルグループの情報を眺めている。

 

「先輩、何見てるの」

 

 暫く携帯を眺めていると若菜さんが僕の携帯を興味津々に見ていた。

 

「え、あぁ、終わった?」

 

「うん。目標の点数は取れた」

 

「分からなかったとこあった?」

 

「前に先輩が言ってた立体図形の解き方やれば応用が解けた」

 

「そりゃ良かった」

 

 最初は上手く教えられるか不安だったけれど、こうやって解けたと言ってくれると安心する。

 大事な受験シーズンに教え方が悪くて更にややこしくしてしまうなんて事になってしまっては大変だ。

 

「次はどうする?また古典にする?」

 

「うん、と言うより先輩に聞きたいことがある」

 

「どーしたの?」

 

「再来週の土曜だけど、どーする」

 

「再来週?うーん、若菜さんが何か予定なければいつも通りでいいんじゃないかな?」

 

「……、予定とかないの?」

 

「予定?特にないよ…、若菜さん何かあるの?というか、この勉強会若菜さんが主役だから予定あるなら全然無しでもいいんだよ?」

 

「私は特には…でも、本当にいいの?」

 

「なにが?」

 

「クリスマスだよ?」

 

 あ、と思いそこで携帯のカレンダーを見る。

 確かに、12月25日土曜日となっていた。

 クリスマス、と言うとそう言う沙汰には疎い僕でも流石に理解している。愛する人と共に過ごす大切な聖なる夜でもあるのだ。

 しかしまぁ、僕にそんな相手は居ないし、特に予定もない。まぁあるとしても、25日の夕方は今週出た情報によるとスクールアイドル東京予選が行われるのでLiellaのパフォーマンスを配信で見ようとしているだけである。

 大きな会場で一堂に介してという開催方法でもなく、それぞれ配信で行い、視聴者がネット投票するというシステムらしいので、外で携帯さえあれば見れるのだ。だから、これと言って予定はないに等しい。

 

「僕は構わないよ。夕方にすぐ終わる予定がある程度だよ」

 

「そう」

 

「若菜さんこそ大丈夫なの?僕なんかとクリスマス一緒に勉強してて」

 

「うん、私にそんな浮ついた相手は居ないしそれに…」

 

「?」

 

 そこまで言って若菜アップルパイを頬張って飲み込む。僕も釣られてアップルパイを食べる。うん、甘酸っぱくて生地も美味しい。そんな感想を心中で放つと、フォークを置いた若菜さんは続けた。

 

「先輩とは普通に、先輩と後輩の関係にしかならなそうだから」

 

 そう言うとぺこりと頭を軽く下げて、

 

「"その日もいつも通り"私の勉強見てほしいな」

 

 そう言った。

 少なくとも、僕にある程度の気は許してはくれているみたいだと言うことは分かるので、

 

「もちろん」

 

 そう言って、2人で古典に取り掛かる。

 分からないところを事前にチェックして来てくれているので、何が分からないと言う事が無いためにスムーズに進む。この辺りに若菜さんの地力の高さが窺える。

 

 暫くそんな時間が過ぎて、若菜さんが僕に勉強じゃない質問をして来た。

 

「先輩、女の友達多い?」

 

「え、どうして?」

 

「いる筈、親しい女の友達」

 

 なぜ分かるんだろう不思議に思った。

 だって、確かに居るから。

 昔から親しいかのんや千砂都、それに高校生になって仲良くして貰っているすみれさんや葉月さん。クゥクゥさんは…どうだろう、あまりあの人のことは僕は知らないけど…この前風邪引いた時にお見舞いに来てくれたので少なくとも、顔見知りとかではない。

 

 と言うより、どうしてそんな事がわかったのか気になる。

 

「居るけど、どうして分かるの?」

 

「勘」

 

「なにそれ」

 

「なんとなく」

 

 若菜さんは両肘をついて両手に顔を乗せると、僕の顔をまじまじと口角を上げ見ながら話す。

 

「その人たち、"そうだとしたら"すごく大変そう」

 

「なにがさ」

 

「分からないならいい」

 

 そう言って悪戯に笑うと、

 

「先輩とは、これからも仲良くしたい」

 

 と続けた。

 

「?そりゃもちろん。こちらこそ」

 

 僕がそう言うと、若菜さんは納得したのか食べかけのアップルパイを美味しそうに頬張っている。

 

 今日の若菜さんは、いつもの口数の少なく読み取り辛い表情とは変わって、年相応にお茶目によく笑って話している気がした。気の所為かもしれないけれど。

 

 僕もまたそれに釣られて、半分残ったアップルパイを食べる。さっき食べた時よりも少し冷めてしまっている気がしたけれど、それでもそれを感じさせないくらいに美味しかった。

 

 僕と若菜さんはそんな適当な話を交えながら、今週の勉強会も幕を閉じた。

 

 

 

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