「え、新入部員?」
春の夕暮れ、陽光に照らされた穏田神社桜の木から落ちる花弁が美しく照らされる中、ダンボールの箱を下ろして隣でお守りを作成していたすみれさんの横に座ってそう聞き返した。
「そう、Liellaに一年生の新メンバーが入ったのよ」
予想にもしなかったことに驚いたけれど、学校が始まってから数日が経過した今日、部活なんだから新しい部員もといメンバーが加わっても何の不思議もなかった。
ただ、去年から5人で活動して来たので、それを外から見て応援して来た身からすれば、新鮮ではある。
Liellaも、元はクーカーというかのんとクゥクゥさんから始まったもので、すみれさんと千砂都と葉月さんが後から加わったわけだが、よくよく考えると、メンバーに加わる以前から、千砂都は当然として、すみれさんもバイト先が同じだったし、葉月さんも歩道橋の件で知り合いだったので、今回の様に全く知らない人というのが、新鮮さを引き立てているのかもしれない。
「お披露目はいつ頃でしょう」
「まだ入ったばかりだから。決まってないわね」
「楽しみだなぁ」
どんな子なのだろうか。
単純に、Liellaのファンとして気になるところだ。
「あ、そういえば」
そんな新入生の会話をしていると、数日前のとを思い出した。
春休みも終わりに近いその日に、学校が始まることに憂鬱な気持ちでいつも通りバイトの業務をしていた時のことである。
「なに?」
「この前、僕がバイトしてたら、道に迷ったって言ってそこのベンチに腰掛けてた子がいてさぁ」
「どんな人?」
「間違いなく、結ヶ丘の子だったよ。結ヶ丘の制服着てたし」
「へぇ」
「おっきなスーツケース押して疲れた様子だったから、『大丈夫ですか?』って聞いたら、『道に迷った』って」
「新入生かしら」
「だと思うけど」
「それで?」
「え?」
「その後どうなったのよ」
「あぁ、どこに行きたいのかって聞いたら、『今日越して来て自分の家に行きたい』って言ってて、どうにかしてあげようとしたんだけど、」
「うん」
「『お仕事中に申し訳ない』って言うから、じゃあせめてって事で、かなり疲れて汗だくだったから自販機の水だけ買って渡したら、律儀にお礼してくれてその後すぐ居なくなっちゃった」
「家がわからないって何よ…」
「越して来たって言ってたし遠いところから来たんじゃ無い?」
「ふーん」
「訛ってたし、この辺の人じゃないよ」
「どこ訛りよ」
「えー、どこだろう。分かんない」
一年生なのか、転校して来た二年生なのか、それはわからない。
無事に着いてるといいけど、と、そんな事を考えながら、もう一つ、思った事があった。
「ねぇ、すみれさん」
「なに?」
そこまで言って、もう一度よく考えた。
やっぱり気のせいかも知れなかったから。
ただの自意識過剰かもしれないから。
「やっぱり何でも無い」
そう言って、僕はバイトの業務に戻った。
〜
バイト先の神社を出たのは19時。
今日のシフトは18時までだったけれど、すみれさんと話をしていたらこんな時間になった。
歩き慣れたいつもの家路の道を歩く。
この時間はまだ帰宅する社会人や大学生らしき人が多く行き来しているのだけれど、21時までのシフトだと、あれほどいつも賑わう原宿がシンと静かになるのだ。
今日はまだ人が多いほうだと、ヒルズを歩いて感じた。
そんな事を考えながら暫く歩いていると、ある違和感を感じた。
気のせいか、自意識過剰か、思い過ごしか、何度も考えてみたけれど、どうにもそうでは無いらしい。
誰かに付けられている。
明らかに後ろから、様子を伺ながら僕の跡をつけてくる人が居るのだ。
怖い人だったらどうしようとか考えたけど、僕の知り合いかも知れないし、いつかの若菜さんの時の様な『いやぁ、落とし物を拾ってねー』なんてことかも知れない。
またそこから暫く歩いて、やっぱり付けてくる人の気配に疑いようの無い確信めいたものを感じたので、その角を曲がったところで待ち伏せして引き返すふりをして顔を見ようと思った。
表参道ヒルズを超えた路地に差し掛かったところで、僕は角で曲がって止まった。
何かあったときは、すみれさんの一件の時にした、金的蹴りをして走り去る事を頭に、近づいてくる足跡に耳を澄ませて、すぐそこに来たところで、僕は角から飛び出した。
「んなっ!」
「えっ?」
追跡者は、予想にもしない僕の行動に驚いた顔で、固まっていた。
僕も、想像していたものとは随分違った人、しかも…
「その制服は……」
「なっ…」
そう、見慣れた制服だったのだ。
すみれさんもかのんも千砂都も通う学校……、結ヶ丘高校の制服に身を包んだ女性。
街灯に照らされたその正体は、真っ赤な髪をサイドでお団子を作り、やや釣り上がった目に青い瞳。
僕の記憶上、知らない人であるのは確かだった。
「あのー」
「ハッ」
突然のことに固まっていたそこ女性が反応する。
「僕に何か…?」
「アッ、えっと」
少し後退りながら僕の顔を見たり逸らしたりを繰り返すと、
「お前、平安名さんとどう言う関係だ!」
僕の顔をビシッと指差してそう言った。
「え、…?」
「ずっと一緒にいただろ!し、知ってるんだからな!」
「えーっと」
一体どう言う事なのだろう。すみれさんの知り合いなのだろうか。
「バイト、してるんです。あそこの神社で」
「そんなの見れば分かる!」
そう言って腕を組んで、僕を睨みつけてくる。
「仲が良過ぎないかって話。男と女にしては距離も近い。だから、あの人の何なんだって聞いてるんだ!」
「そう言われても……」
明らかに敵意剥き出し、という感じが見て取れる。
しかし、僕に怯えてるとか、そう言った感じでは無さそうで、本当に質問の事を知りたがっているだけだというのは分かった。
「友達…としか言いようが」
「嘘つけ!平安名さんのあんな顔、ライブでも見たこと無い!」
「あの、すみれさんの知り合いか何かでしょうか……?」
「なっ…その呼び方…、その下の名前で呼び合う仲ってのが怪しんだ!」
後退りした距離を一気に詰めて顔を突き出して来た。
まるで、威嚇する猫の様である。
「えぇ…」
この状況、どうしたものかと考えたその瞬間、
「────こらメイ、迷惑だよ…」
突然のその声に思わず声の方向、僕と向かい合う追跡者の、その後ろにいる人物へ視線を移した。
「なっ、四季…。着いてくんなって言ったろ!」
僕と、振り返って言い返している追跡者の視線の先に居た、僕のよく知った人物。
「────こんばんは、先輩」
僕を先輩と呼ぶ、この世でたった1人の人物。
若菜さんが立っていた。