Liella!〜恋愛物語〜   作:ジャガピー

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今回、ちょっと長めです。


#28 不可逆リプレイス

 

 

 

 

 

 

 私、嵐千砂都は練習に物足りなさを感じながらクールダウンのストレッチをしている。

 周りを見渡すと、他の子達は部室に戻る後片付けを各自行っていた。

 

 それに急かされる事なく、私は入念にストレッチをする。

 怪我をしない為、とダンスを始めた時から癖づけている事で、実際に、練習や競技中の大きな怪我は一度もと言って良いほどした事がないので、我ながらしつこいくらいに入念にいつもしている。

 

 タオルと水筒のそばに置いてある携帯電話を見ていた。午後4時を回った所だった。

 前屈をしながら、足と足の隙間の地面を無心で眺めていると、

「千砂都先輩」

 と、まだあまり呼び慣れない呼称で、顔を上げる。

 予想通りというか、今この場で先輩なんて呼び方をするのはこの子しかいないのだけれど、しっかりとその子の顔を見て、

 

「どうしたの?きな子ちゃん」

 

 と、返答する。

 

「今日もありがとうございました」

 

 そう返すのは桜小路きな子、私の一学年下の後輩。

 新しく結ヶ丘スクールアイドル部「Liella」に加入したメンバーである。

 

「どうだった?」

 

「分からない事だらけっす…」

 

「最初はそんもんさぁ」

 

「早く追いつける様に頑張ります」

 

 そう言ってきな子ちゃんは小さくて可愛らしいお顔で笑った。

 

 目尻がいつもより少し垂れてるのは疲労からくるものだろう、練習が始まる時よりも明らかに顔つきに元気が無い。

 1年生のきな子ちゃんが加入してまだ少ししか経過していない。元々、運動をしっかりしていたと言う様なタイプでは無いらしいので、専門性の高い運動をするのは初めてなのだろう。

 

「ほどほどにね」

 

「それじゃあ追いつけないっす」

 

「それじゃあ、適度に…?」

 

「一緒っす!もう、きな子は真面目に言ってるんすよ…」

 

「今以上に頑張ってどうするのさ。きな子ちゃんは十二分に頑張ってるよ」

 

「ま、まだまだっす。とにかく先輩たちに追いつける様にきな子も頑張るっす」

 

 この時間に練習を切り上げるのも、こう言う理由があっての事だった。

 きな子ちゃんが加入するまでは、冬は17時、夏は18時や遅い時なんかは19時までと言う様な練習時間だったのだけれど、1年生のきな子ちゃんに無理をさせない様にと、最近はもっぱらこの時間で切り上げるようにしている。

 

 しかし、これも1年生のきな子ちゃんの為。

 運動もあまりした事ない子が、急激に負荷のかかるトレーニングなんかをすれば、怪我につながる上に、「しんどくてやってられない」と言う様に、継続できなくなる可能性が高い。

 せっかく、高校生という大切な期間の中で、スクールアイドルをしたい、Liellaに入りたいと言ってくれたのだから、嫌な気持ちや辛い気持ちで続けて欲しくない。

 また、今は1年生はきな子ちゃんだけだけれど、スクールアイドルのLiellaとしてもっと上を目指すには、新しい戦力が必要であるので、他にも入部して欲しいと言うのが本音。

 そう言う理由から、練習時間を短くして、興味を持ってもらおうと言うことで進んでいる。

 これは、私たち2年生みんなで決めた事なのだ。

 

 

「お疲れ様でした」

 

「おつかれー。ちゃんと休むんだよー」

 

 

 そう言うと、ぺこりときな子ちゃんは一礼する。

 低い位置で緩く結んだ薄茶色の二つ括りの髪が、はらりと背中から垂れ落ちた。

 落ち着いた印象を持つタレ目から覗くグリーンの瞳が私を一瞥すると、タオルと水筒を持って扉の方に向かって行った。

 

「ねえ、話があるんだけど」

 

 今度は、背後からする声に股割りをしながら振り向くと、西日に照らされた金色の髪が眩しい、これまたお顔の小さいお人形の様な顔を持つすみれちゃんだった。

 

「どうしたの?」

 

「この後、時間ある?」

 

「え、うん」

 

「あとそれから、…かのんも一緒に」

 

 そう言って、屋上の扉から出ようとするかのんちゃんを一瞥した。

 あまり良い話では無さそうだと、すみれちゃんの声色から、察した。

 

 

 

 

 

 ファミレスの店内奥の窓際の席に案内されると、3人はドリンクバーを注文し、かのんちゃんはそれに加えてパフェも追加していた。

 かのんちゃんはそのパフェをありつきながら、カフェラテをお供に、私はオレンジジュースにすみれちゃんはメロンソーダを前に置いていた。

 

 かのんちゃんがパフェを幸せそうに頬張っている間は、軽い世間話や、動画配信サイトで見た面白い動画の話などを和気藹々と話していた。

 

 暫く経って、かのんちゃんのパフェも下のプリンの層に差し掛かり、私たちのドリンクも2杯目を注ぎに行ったタイミングで、少し背筋を伸ばしたすみれちゃんが、恐らく今回のお話の目的であろう内容を切り出した。

 

「実は、話しておきたい事があって」

 

「なになに?」

 

 かのんちゃんはコーヒーを啜りながら笑顔で答える。

 さっきまでの楽しい話が、この後も続いていくかの様に考えているのだろう。

 しかし、私は違う。

 なんとなく、予想している話の内容は、これから先の私たちの関係性の様なものを根本的に変えてしまいそうな気がした。

 機嫌良くすみれちゃんの言葉を待っているかのんちゃんの様に、私の予想とは見当違いの楽しい話であって欲しいという願い待つしかできなかった。

 

「恋バナ」

 

 すみれちゃんの言葉に、かのんちゃんが貼り付けた様な笑顔に変わった。

 私は、思わず右手をおでこに置いた。

 ここで、私の予想と全く違う、どこの誰もわからない人が出てきてくれれば、楽しい女子高生の恋バナになるのだろうけれど、予想通りならば、恋バナとは言い難いほど、重く暗い話になる。

 

 しかしながら、現実はやっぱり非情だ。

 

 

「先に謝りたいの」

 

 すみれちゃんはそう言って目を伏せ、再び目を開く。

 先程まで楽しい話をしていた彼女のいつもの美しい瞳とは違い、少し濁って見えた。

 

「ごめんなさい」

 

 その言葉と、恐らく罪悪感からくるのであろう目の動揺から、そういう事ね、と全てを察する。

 

「別に、謝る必要なんて…」

 

 私がそう言うと、かのんちゃんが瞳孔が開いた目で私とすみれちゃんを交互に見た。

 

「え、なんの話?すみれちゃんはどうして謝るの?」

 

「かのん」

 

「……」

 

 かのんちゃんは、置かれた空のグラスに目を置いた。

 すみれちゃんの、謝罪の意図を理解してなのか、いや、元々分かっていて確信めいたものを感じてなのだろうか。

 

 

「でも、私は貴方達の邪魔をするつもりは無い」

 

「え」

 

 反射的に聞き返す。

 聞こえなかった訳じゃ無い、言葉の意味が分からないからだ。

 

「圭太が言ったから。私と、これからも良い関係で居たいって」

 

「なにそれ」

 

「前に色々と騒動があったって話したわよね。それがひと段落して偽の恋人関係を解消しようってなった時に、私が聞いたの。私は何を返せば良いのかって」

 

 すみれちゃんの言葉を、生唾を飲んで待つ。

 

「そしたら、圭太がそう言ったの。私とこれからも良い関係で居たいって」

 

 低く落ち着いた声だが、言葉尻がいつもと違う。

 その言葉が本当なら、すみれちゃんの心中は穏やかなものではないはずだ。

 騒動が収まった時、と言えばあれは夏休みの終わりだったはずだ。その事実を認識してゾッとした。

 そんな長い期間、彼女は圭太から放たれたその一種の呪いの様な言葉に体を締め付けられていたのかと。

 

「その、借りを返さなきゃだから。でも───」

 

 すみれちゃんは、小刻みに震えている。

 私は、彼女の心中を察し何も無いテーブルの木目を見ることしかできなかった。見て、彼女からの言葉を待つことしかできなかった。

 

「───黙っているのは辛かった」

 

 ずっと、耐え続けていたのだと思うと身震いがする。

 同じバイト先で、嫌でも顔を合わせるすみれちゃんは、どんな想いで圭太と時を過ごしていたのだろう。

 

「別に、貴方達の恋敵になろうだなんて思っても無い」

 

「待って」

 

「え」

 

 今まで黙って聞いていたかのんちゃんが口を開いた。

 

「私たちが、圭太に友達以上のものを持ってるって知ってたの?」

 

「えぇ、まぁ」

 

「どうして分かるの」

 

「…側から見ればっていうか、ずっと一緒にいて気づかいのも変よ」

 

「だって、ちーちゃん」

 

「え?」

 

「私たち、分かりやすいのかな」

 

「それは………どうだろう」

 

 突然私に話が向いたことに少し動揺して、言葉が濁る。

 それよりも、そんなことよりも気にすることがあった。

 かのんちゃんの語気が、異常に強い事。

 言葉の節々に、喜怒哀楽の怒の様な感情を含んでいる様で、目の前のすみれさんも、動揺している。

 でも、その怒りの様な気持ちは理解できるのは、私もかのんちゃんと似た様な要素を含んでいるからであろう。

 

「気づいてて、黙ってたのは、私たちに悪いって思ったから?」

 

「……うん」

 

「最初に謝ったのも、私たちに悪いと思ったから?」

 

「……ええ、そうよ」

 

「なにそれ」

 

 かのんちゃんは、すみれちゃんを睨みつける。

 先程までの、和気藹々とした空間はもう何処にもない。

 

 

 

 

「───有り得ない」

 

 かのんちゃんはそう吐き捨てて立ち上がると、テーブルに1000円札を置いて、鞄を抱えて店を出て行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんとかしなきゃなぁ」

 

 店のドアを押し開けると、春の心地よい風が吹き込んできた。

 空は雲ひとつない快晴だったけれど、それがいささか気持ち悪いほどの青空に見えたのは、私の心理状態が影響しているからなのだろうか。

 

「そうね」

 

 後ろから続く様に、すみれちゃんが言葉尻を下げてそう放つ。

 ファミレスの扉から離れて、少し歩いた。

 少し歩けば、私とすみれちゃんの帰路が別々になる。

 だからこそ、この重苦しい中、先ほどからの話を変えずに続けた。

 

「まぁ、多分、明日になったら普通通りに接してくると思うけど」

 

 経験上、かのんちゃんはこういう時に引き摺ったりする事はしない。

 何か一物抱えていても、いつも通りに振る舞う。それがかのんちゃんだ。

 ここで、ぎこちない関係になって仕舞えば、この話し合いも、これからの関係も、本末転倒になってしまう事を分かっているから。

 

「ちゃんと謝らなきゃ」

 

 すみれちゃんの言葉に少し引っかかる。

 引っかかったのは、かのんちゃんと同じ気持ちだからなのだろうか。

 

「謝るとか、そういう事じゃないと思うんだ」

 

「……え」

 

「かのんちゃんは、怒っているとか…そういう単純なものじゃないと思う」

 

 かのんちゃんの気持ちが私と同じなら、そうだと思う。ただ単純に、傷ついたという方が正しいのかもしれない。

 

 今までの私たちの関係って、何だったのだろうかと。

 

 

「また、落ち着いた時に話そう。その方が、私達お互いのためだよ」

 

 そう言って、じゃあと一言放つと、手を振ってすみれちゃんの前から踵を返して歩き出す。

 背中に感じるすみれちゃんの佇む姿から、落ち込んでいるのが感じられた。

 今のこの形容し難いすみれちゃんへの感情以上に、自分の不器用さに対する苛立ちが、彼女との距離が開いていくにつれて、大きく大きく増幅していった。

 

 

 

 

 

 4月も末日に差し掛かる頃。

 いつもの様に学校の帰りに穏田神社でバイトをしている。

 先程から欠伸が止まらないのは、春という陽気な季節がそうさせるのか、はたまた昨日深夜アニメをリアタイしたせいか。

 

 竹箒で丁寧に境内周辺を清掃していると、聞き慣れた声が聞こえてくる。

 

「あ、圭太さん。こんにちは」

 

「葉月さん、こんにちは」

 

 漆を塗った様な、漆黒で艶のある髪をいつもの様に高い位置で結んだ葉月さんは、僕を見るなり側まで駆け寄ってくる。

 

「この前はありがとうございました」

 

 この前と言うと恐らく、先日2人でイチゴのスイーツを食べにいった事だろう。

 葉月さんとは定期的に、お誘いを頂き、カフェやスイーツのお店に行くのだ。

 先日行ったところは、クゥクゥさんに教えて貰って行ったという所らしく、そこで食べ損ねたスイーツを食べにいくのも兼ねて僕を誘ってくれたと言う事だった。

 

「練習ですか?」

 

 制服や私服ではなく、練習着らしき服装だったので、恐らくスクールアイドル活動のトレーニングの途中なのだろうと推測して聞いた。

 

「ええ、街をランニングです。ゴールはここでって事になってるんですけど今日は私が一番乗りの様です」

 

 葉月さんは辺りを見回す。

 

「後から、みなさん来られると思います」

 

 そう言うと、自動販売機に向かって飲み物を買う。

 見るところ、葉月さん分だけでは無く、人数分購入している様だ。

 そのペットボトルの水を持ちにくそうに抱えていたので、思わず駆け寄った。

 

「持ちますよ?」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

 そう言って、半分差し出してくれた。

 ペットボトルの本数は6本。

 この6という数字に、少しの違和感と新鮮さが感じられる。

 この前からすみれさんから聞いていた新しい一年生のメンバーの子の分も含まれての6だから。

 

 ここ集合、という話を聞くに、今日その新メンバーの人をお目にかかれるかもしれないと少しだけワクワクする。

 まだ、ライブやSNSでのお披露目がされていないので、全く情報が無い。

 もし上手くことが運べば、5月の中頃に結ヶ丘の体育館で配信も兼ねてライブをする予定だと言うのは聞いていたので、そこでお目に掛かれるかと思っていたが、運が良かった。

 

「あ、圭太がいる」

 

 そう言って肩で息をしながら千砂都が神社に入ってきた。

 

「お疲れ様」

 

「いやぁ、汗だくだよぉ」

 

 葉月さんが、千砂都にお水を渡していると、続けてかのんが、そしてそのすぐ後にクゥクゥさんとすみれさんが競い合う様に2人揃って入ってきた。

 

「かのんさんもどうぞ」

 

「恋ちゃんありがとう」

 

 葉月さんは、かのんにお水を渡していたので、僕は大きく息をしているすみれさんとクゥクゥさんの2人の方に足を向け、ペットボトルの水を渡した。

 

「ありがと」

 

 すみれさんはそれを取り、蓋を開けてすぐ飲む。

 

「クゥクゥさんも」

 

「……」

 

 肩で息をしながら僕の顔をじっと見ると

 

「ありがとうございます」

 

 と、すこし控えめに言った。

 すみれさんは、お水を飲みながら葉月さんと会話を始めた。

 それを見て、僕はクゥクゥさんに、周りに聞かれない声で話しを続けた。

 

「クゥクゥさん」

 

「なんでしょう」

 

「あとで、少しだけお話ししたいことが…」

 

 話しかけたのも、少し気になることがあったから。

 

 というのもここ最近、すみれさんや千砂都、かのんの様子に違和感を感じていたから。

 すみれさんは特にそれが顕著に表れている気がするのは、バイトで同じになることが多いからなのかもしれないけれど。

 

 それを直接本人に聞こうと考えたのだけれど、僕の神経がやめておけと五感で言っている気がして、踏み込めないでいた。

 先日、葉月さんと2人でスイーツを食べに行った時にも聞こうとしたのだけれど、どうも話の切り出しができず聞きそびれてしまった。

 

 この違和感が無くなってくれれば良いんだけれど、こうやって今、かのんとすみれさんと千砂都を見るとその微妙なズレが、やっぱり勘違いという事にもならずむしろ、確信めいた何かを感じ取ってしまった。

 

 葉月さんでも良かったのだけれど、こういう人の繊細な部分はクゥクゥさんの方が敏感そうに感じるので、思い切って聞いた訳だ。

 もし、はぐらかされたり、知らないと言われたりすればそれ以上のことは聞かないつもりだし、そこまで僕が踏み込む権利もない。

 

 少し、世間話程度に聞くだけだ。

 

 

「はい。構いません」

 

 そう言って微笑むと同時に、

 

 

「────お、お待たせしましたぁぁ……」

 

 

 1人の少女が、神社にヘロヘロと入ってきた。

 この子が、噂の新メンバーかと、振り返る。

 

「皆さん、は、早すぎっす……」

 

 そう言って少女は顔を上げた、と同時に目が合った。瞬間、その子の顔に既視感めいた何かを感じた。

 

 いや既視感じゃない、この子は………

 

 

 

 

「あーーーー!この人っす!!」

 

 大きく肩で息をしながら、僕を見て大きな声でそう言った。

 

 そこで確信した。

 間違いない、約1か月ほどにここで前に会った子だ。

 家が分からないと、大きなスーツケースを引き摺って疲弊した様子で、すぐそこのちょうど今かのんと葉月さんが腰掛けているあのベンチに座っていた子。

 

「と言うか、今日のランニングのゴール、ここの神社だったんすね」

 

 懐かしい場所に帰って来た、とでも言う様なテンションの高さで当たりをキョロキョロと見渡している。

 

「あ、圭太……

 

「初めまして!桜小路きな子と申します」

 

 後ろから千砂都が僕を呼んだと同時に、桜小路きなこと名乗る女の子が遮る様に僕にぺこりと頭を下げる。

 千砂都は、僕の方の肩に手を伸ばして、宙ぶらりんになっているけれど、桜小路さんは自分がそれを遮ったと全く気づいてもいない様子だ。

 

「え、えっと初めまして。鈴鹿圭太です」

 

 千砂都の様子も気になったが、懇切丁寧に頭まで下げてくれている子を放っておく訳もいかずに、僕も名を名乗り頭を下げた。

 

「あの時、ほんっとに助かりました!くたくたで、水飲むの忘れてたっていうのを水飲んでから気づきました!おかげで今生きてるっす!」

 

 そう言って一歩前に出ると、僕の手を取ってぶんぶんと上下に揺らした。

 

「なに、知り合いなの…?」

 

 ベンチに座りながらかのんは僕なのか桜小路さんなのかは分からないけれど、そう質問を投げかけた。

 

「そうなんす!東京に越して来て初めての日に会ったっす!訳もわからず電車を乗り継いできてようやく最寄りに着いたかと思えば、道に迷うわ、4月なのに暑いわで、途方に暮れてたところを親切に助けてくれたっす!」

 

「そう言えば、私たちと会った初日にそんな事言ってましたね」

 

 かのんのそばで立っていた葉月さんが相槌をいれた。

 

「いや、僕お水渡しただけ…」

 

「そんな、ご謙遜を!この灼熱の東京で、きな子干からびて干物になっちゃうところでした!圭太さんは命の恩人っす!」

 

 桜小路さんは、真っ直ぐすぎるくらい真っ直ぐな瞳で僕を見ながら、更に僕の手を上下に激しく強めに振った。

 

「そりゃぁ、良かったです…」

 と、その状態で後ろを流し目で見ると、千砂都はポカンとした表情で眺めていた。

 桜小路さんとのやり取りで置いてけぼりになっているのだろう。千砂都も、僕に何か話すことがあって話しかけて来たのだろうに。

 

「千砂…

 

「そう言えば、すみれ先輩の家って聞いてたんすけど、この近くなんすか?」

 

 これもまた、僕が千砂都に話しかけようとした絶妙なタイミングで、桜小路さんの声と被さった。

 まだ僕の手を緩く握ったままに、少し離れた場所で僕たちを見ていたすみれさんの方を向いた。

 

「え、あぁ。ここ、ここが私の家」

 

 桜小路さんの質問にすみれさんは、地面を指差した。

 

「なんとっ。こんな偶然があるんすねぇ」

 

 そう言ってこっちに向き直ると、僕の手をずっと握っていた事に気づいたのか、慌てて手を離した。

 

「し、失礼しました。と言う事は、すみれ先輩とお知り合いなんですね!すごい偶然があるんすねぇ」

 

「そうだね…」

 

 キラキラした瞳で桜小路さんは僕を舐める様に眺めている。

 

「あんた、今日元気ね…」

 

「そうっすか?ちょっと慣れて来たかもしれないっす!」

 

 すみれさんの言葉に嬉しそうに跳ねると、桜小路さんの緩めのツインテールが揺れた。

 

 どうやら、この子が聞いていたLiellaの新メンバーの様だ。こんな偶然、と桜小路さんも言っていたが、本当にそうだと思う。

 低い位置で緩めに結んだ、茶髪の髪に、おっとりとした印象を持つ目尻が特徴的で、表情豊かで可愛らしさが出ている。

 

「圭太さん」

 

「え?」

 

 まじまじと桜小路さんを見ていると、いつの間にか僕のすぐそばに居たクゥクゥさんが、僕の左手を見ていた。

 

「それ、きなきなに渡してあげて下さい」

 

「あ」

 

 その言葉で、葉月さんが自動販売機で買っていた水を持っていたことを思い出した。

 慌てて、桜小路さんにそれを渡す。

 

「ありがとうございます!なんかデジャヴっす!」

 

 そう言って桜小路さんは、嬉しそうに受け取ってくれた。

 

 

 

 

 

 目の前に置かれた小さな販促ディスプレイには、ハムの着ぐるみを着た大人たちが、ハムの歌なるものを踊っては、最終的に焼けたハムに齧り付くと言う映像が流れている。

 特に理由もなく、観ている…というより眺めているに近い僕に構わず、僕の手にぶら下がった買い物バスケットに特売の鶏胸肉やベーコンをホイホイと入れながら、

「これも安い」

と呟きながら、クゥクゥさんはさらにソーセージの袋を追い入れた。

 

「次は野菜のところです」

 

「はい…」

 

 そう促されて、スーパーの店内を歩き回る。

 

 話がしたいと、僕から誘ったのだけれど、それならばと連れてこられたのがここである。

 なにやら、卵の特売日だそうなのだが、おひとり様一点限りという制限付きらしく、

「話ついでに、卵買うのについて来て下さい」

と、本来は卵1パックだった所を「2人だから2パックに出来るね」という理由。

 既に僕がぶら下げている買い物バスケットには特売の卵のパックが2つ鎮座している。

 

「圭太さん、料理とかしますか?」

「目玉焼きとかくらいなら」

「目玉焼き、美味しいですよね」

 

 お菓子コーナーに来れば、

「日本のお菓子は味が格別に違う」

と、羽衣あられやせんべいをカゴに入れ。

 

 インスタント食品のコーナーに来れば、

「かのんさんの影響でコーヒーの旨さに目覚めました」と、インスタントコーヒーの缶をカゴに入れ。

 そんな他愛もない話をしながら、くるくるとスーパーの店内を歩き回る。

 

 レジを通って、サッカー台にカゴを置くと、クゥクゥさんは折り畳まれたマイバックを広げながら

「余計なもの買いすぎた。クゥクゥダイエット中なのに……」

と、言うと、悲しそうな顔で優しく卵のパックをカゴから持ち上げた。

 

 店を出ると、辺りはもう暗かった。

 春の夜風はまだ少しだけ肌寒く感じる。

 そう言えば、今日会った桜小路さんは、東京は灼熱だと言っていたけれど、出身は何処なのだろうか。

 その言葉だけ聞くに、北の方だと推測できるのだけれど。

 

「桜小路さんって、何処から来たんですか?」

 

「きなきなですか?北海道って言ってましたよ」

 

 そう言って僕たちはクゥクゥさんの家の方に向かって歩いていく。

 店内で買い物をしている時には気づかなかったけれど、2人でそれぞれ1つぶら下げるマイバックは結構な量だ。

 僕の方にはお茶やお水にお菓子やインスタントラーメンが、クゥクゥさんの方には卵や肉のパックに野菜が入っている。

 袋に詰めている時はこんなにも買うのかと思ったが、クゥクゥさんは一人暮らしだ。

 外国から来て、日本で1人で暮らしているのは、同じ年齢ながら本当に凄いことだと感心する。

 

「圭太さん、遅ればせながら、話というのは」

 

「あ」

 

「まさか忘れてたんですか?これじゃあただクゥクゥが圭太さんに荷物持ちに呼んだだけみたいになってしまいます…」

 

 忘れてたと言うと語弊がある気がするのだけれど、だってスーパーに連れられた時はまだ覚えてたし、それを買い物して荷物持ってってして一時的に頭から抜け落ちていただけなのだ…と心で考えてみたもののアホらしくなってやめた、。

 

「えっと、話というのはですね…。最近のLiellaの現状といいいますか…」

 

 いきなり踏み込んだ話をしてもいいものかと、障りのない外側から触る様に聞く。

 

「何か、変わったことはないかなぁって」

 

「変わったこと…」

 

「その、いつも通りなら良いんですけど」

 

「Liellaなら、試行錯誤しながらですけど皆んな頑張ってますよ?」

 

「もちろんそこもですけど、ほら、新学期にもなったし皆んなの環境的なものとか、その……個々人ことで…」

 

「……」

 

 クゥクゥさんは歩きながら僕の方を一瞥する。

 その瞳はなにか、僕の深層部分を見探っているようで、思わず目を逸らす。

 何も無いと、言い切ってくれるのを待って、クゥクゥさんと同じ歩幅で歩く。

 

「一応、感じてはいるんだ」

 

「え?」

 

「こういう所は敏感なのに」

 

 そう独り言のように呟き前を向くと、今度は僕に向かって言っていると確信できる声色と抑揚で続けた。

 

「クゥクゥは、Liellaが好きです。だからこそ波風を立てたく無いと言うのが本音です」

 

「やっぱり何か…」

 

「あったかどうかと聞かれれば、あったのかも…としか言えません。そう感じる圭太さんの心配事の中にクゥクゥは関わってはいません。これだけは今言えることです」

 

 等間隔に並ぶ街灯が僕らを照らしている。

 いつもなら、この辺りを歩いていると車のクラクションや人々の雑踏音の様な聞こえてくるけど、全くと言って良いほどに気にならないのは、クゥクゥさんが紡ぐ言葉を一字一句聞き逃してはならない気がしているからなのかもしれない。

 

 

 

 

「気づこうとする事はいい事です。しかし、気付かなすぎるというのは、罪ですよ」

 

 抽象的に聞こえるその言葉だったけれど、僕に向けて言ったと、確信できる何かがあった。

 

「クゥクゥは、波風が荒立てばそれをどうにかして落ち着かせるように動きます。これだけは、言っておきますね」

 

 そう言って僕の方を見て笑った。

 街灯に照らされるその笑みには、重大な何かを含んでいる気がするほどに、湿り切ったものに見えた。

 

「誰かが納得して、誰かが納得できない。これじゃあダメなんですよ。みんな、妥協してでも落ち着ける道へ行かないと」

 

「あの、」

 

「圭太さん、クゥクゥと恋バナをしましょう」

 

 話の筋が見えず、遮って聞き返そうとしたけれど、構わずにクゥクゥさんは話を続けていく。僕の知りたいことではなく、更に分からなくなることを並べて。

 

「え、恋バナですか?」

 

「はい、圭太さんからの質問には答えました。今度はクゥクゥの質問に答えて下さい」

 

 先程までこちらを見ていたクゥクゥさんは、今は前を見ている。

 そのせいで表情がうまく掴めない。

 

「圭太さんに好意を寄せている数名が、同じ日の同じ時間にそれぞれデートを指定した来たとすればどうしますか?」

 

「それって…」

 

 聞き覚えのあるその内容の質問。

 以前僕の家で、見舞いに来てくれた時にクゥクゥさんが心理テスト的なものと称して聞いて来たものだ。

 

「そうです。前に一度出したクイズです。クゥクゥが言った解答例覚えてます?」

 

 記憶を掘り起こす。

 その時も、恋バナをしようと言って2人で話していた。僕の初恋を聞かれて、それでこの質問になって、そしてその解答例にクゥクゥさんは…

 

 

「知らないふりをしてみんなを選ぶって、答えですか?」

 

 その言葉に、にっこりと笑って

 

「はい!」

 

 と、続けた。

 

 何故今、この状況でこの話をしだしたのか。

 この質問の意図はなんなのか。

 本当に僕の質問の話が終わったから、ただの気まぐれで思い出したことを話しているだけなのか。

 それらの思考が頭の中を目まぐるしく回る。

 その理由は、先ほどのクゥクゥさんの笑みが頭にこびり付いて離れないから。

 

「あ、着きました」

 

「え」

 

「クゥクゥの家、ここなんです」

 

 そう言って、僕のてからマイバックを取った。

 

「ありがとうございました。また、恋バナしましょう」

 

 そう言って、ぺこりと頭を下げて階段を上がろうとすると、止まってこちらを向いた。

 

「さっきのは、もしもの話ですから。お気になさらず」

 

 そう言うと今度こそ、クゥクゥさんは両手にバックをぶら下げて、自宅だと言う家のアパートの階段をゆっくりと上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 






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