偶然の反対は必然と言うけれど、偶然は必然的に起きるものである。
これも起きて、あれも起きて、これも起きた、世の中にはすごい偶然が重なって起きたことがあるんだねなんて考えるのは、考えを放棄しているものが言い分けがましく逃げ道を作っているにすぎないのだ。
偶然で片を付けるのは、生物としての思考を停止させたも同然である。と、どこかの本か何かで読んだ記憶が今唐突に脳の記憶という名の引き出しから這い出てきて、僕は大きなため息を吐いた。
つまるところ、今のこの悩ましい現状には何か理由があって、それを突き止めなければならないのだ。
そのせいもあってか、僕の携帯電話の検索履歴と来れば、「友達の喧嘩」とか、「女性同士の喧嘩」とか、仲直りのさせ方とか、第三者が見れば、開いた口が塞がらなくなる様な内容ばかりなのだけれど、それを必死に解明して、若しくはそうでない事を確信したいが為の行動であるので、この疑わしい状況を突き止めてやろうと躍起になっているのだから、こればかりは仕方がない。
いや、もちろんこれを見たり聞いたりした第三者…というか、僕のことを知っている人…例えば当事者以外なら、葉月さんとか若菜さんなんかは、「いやいや、どうせただの思い違いだって」なんて言うだろうけれど、…というより、自分自身も第三者の立場であったなら、「気のせいじゃない?」なんて無責任で至極当然な思考回路になってしまうだろうし、もしもそうだったとしても、「時間が解決してくれるよ」と言う様に、首を突っ込まず当事者に任せた方が良いという結論になってしまうだろう。
しかし必要以上にというか、これでもかという程に、当事者の彼女達に何かあった……と、自分の勘がそう言っているのだから、「どうすりゃあいいんだ」と、心の中のもう1人の自分に悪態をつく。
確実性がない以上に、やっぱり決定的な証拠が欲しいと思う。
と言うのも、すみれさんともそれなりに仲良くさせてもらっているし、千砂都とかのんに至っては記憶を掘り起こす程の交流年月が経過しようとしている。
そう、すみれさんと千砂都とかのんの様子がおかしいのだ。
そして、挙句には僕にまでよそよそしい。
偶然とか、気のせいとか、そう言った不確かなもので片付けたくないし、そんなもので思考を放棄したくもない。
どうすれば良いのかと考えて、最近、クゥクゥさんに相談してみたけれど、これと言った情報が得られずに、日を重ねて今日に至る。
彼女たちは女子校で、僕とは学校が違う訳で、必然的に彼女たちに会えない時間もある。
じゃあ、その会えない時間に彼女たちが何か退っ引きならぬ事情で…なんてことも、3人の最近のよそよそしい態度から、よぎってしまうこともあったりするのだ。
明らかに何かがあったのだ。
そう、本能が言っている。
「あれ、圭太さん」
あれやこれやとそんな事を考えながら、学校が終わり最寄りの原宿駅を出て少し歩いた所で、最近新しくLiellaに加入した、桜小路さんにばったりと会った。
「こんにちは。今日練習は?」
「今日はオフっす!とりあえず夏休み明けまでは大きな大会も無いそうなので!」
真っ直ぐに僕の目を見て手を合わせた。
ここで、僕はずっと気になって悩んでいる件について、桜小路さんなら何か知っているかもしれないと、
「桜小路さん、この後何か予定あったりする?」
桜小路さんに、聞いてみることした。
「お待たせしました。アップルパイとカフェラテです」
桜小路さんに、今の僕が感じるかのん達の違和感について、何か知っているか聞き出すために、カフェに誘った。
入るなり懐かしさを感じたのは、3ヶ月程度だが、若菜さんとの勉強会に毎週使っていたからであろう。
若菜さんといた時はニコニコして「良いですねぇ青春ですねぇ」なんて言ってくれた店員さんは、今日久しぶりに会ったのにも関わらず、少し眉を顰めて僕を見ているに、数ヶ月離れてしまっていたので忘れられているのだろうと推測した。
何せ僕は影が薄いのだ。
「いいんすか?ご馳走になって」
「そりゃあもちろん。たーんとお食べ」
この程度で喜んで話してくれるというなら安いものだ。
だがしかし、ここまでして話をしようにも桜小路さん自身に心当たりなんかが無ければ、ただおやつを奢っただけになってしまう。
「美味いっす!」
そんなことを考えていたが、ほっぺにパイくずをつけてリスみたいに大きく頬張る彼女を見ていたら、まぁそれでも良いかという気持ちになった。
何この子、愛嬌モリモリじゃん。
「東京の人は、こんなオシャレなカフェの一つくらいは皆んな知ってるんすね!」
「そう言っても、こことかのんのところくらいしか行ったことないに等しいけどね」
「かのんさんともお知り合いなんすよね?」
「そうだね」
「付き合い長いんすか?」
「かのんと千砂都は、結構長いよ」
「おー、幼馴染ってやつっすね!」
「そんな感じだね」
桜小路さんは、またフォークを立ててアップルパイを大きく頬張る。
目を細めてとても美味しそうに食べてくれている。
連れてきて良かった。
「どう?スクールアイドルは。慣れてきた?」
「はい!皆んな優しいっす!」
「この前の配信も見たよ」
「代々木のっすか?それとも結ヶ丘でやった配信っすか?」
「両方とも」
「ありがとうっす!きな子は、まだまだついてくので精一杯すけど…」
と、少し申し訳なさそうに下を向いたのは、恐らく代々木のイベントの事なのだろうと予測する。
あのイベントは、Liellaは優勝候補としてトリを任されるくらいのものだったけれど、惜しくも2位だった。
一位を取ったのは、グループではなくソロで、確か名前は…ウィーン…と言ったっけ。
「最初はそんなものさ」
「そうっすかね…」
「僕は、桜小路さんはしっかりとあの中でLiellaとして踊って歌えてたと思うけど…。って、素人目になっちゃうけど」
「そんなことないっす!その、あんまりそういう外からの意見聞ける機会ないので、ちょっと元気出たっす」
そう言ってはにかんでくれた。
僕の様な素人でも、応援してるグループの微力ながらも助けになれているのなら、とても嬉しい。
応援というものは、過大して良いほどに人を救う。
それは、かのんが歌えなかった時に、身に沁みて感じたことだ。
「そう言えば、話っていうのは?」
「あ、そうだった」
目の前で、餌にありつく小動物のような桜小路さんを見ていると、さっきまで脳内環境がシビアだったのが嘘の様に癒されてしまったのでうっかりする所だった。
「桜小路さんの目線で良いんだけどね、最近、Liella…特にすみれさんとかのんと千砂都の様子が気になってね」
「様子…ですか?特に変わった様子は無いっすけど…」
「そう…ならいいんだ」
僕が深く考えすぎているからなのだろうか。
しかし、前にクゥクゥさんに相談した時は、何か知っていそうな深みのある言い方をしていたのだけれど。
それをずっと反駁して整理しても考えが纏まらず、こんなふうに桜小路さんにも聞いているわけで。
「圭太さん。一つきな子から質問いいですか?」
フォークを手に持ちながら、桜小路さんは顔を上げて真っ直ぐ僕を見つめる。
「どうしたの?」
「千砂都さんとお付き合いしてるんですか?」
「………えっ」
時が止まる。
いや、実際に止まっているわけではないし、能力バトル漫画のシーンに出てくる様な時止め能力なんてものも使えるわけでも無い。
その言葉を噛み砕き脳で処理を行うのに時間がかかったからである。
そしてようやく、桜小路さんの質問の意図は分からずとも意味を理解して、会話に戻る。
「えっと…誰と?」
「圭太さんっす」
「……」
「あれ、違ったっすか?」
「どうしてそう思ったのかな…」
「この前、穏田神社でお会いした時、お二人の距離が妙に近かったので…あ、それから」
「…それから?」
「千砂都先輩の圭太さんを見る目に熱が籠っていた様な気がしたからっす」
「偶々そう見えただけじゃ無い…?」
「そうなんすか…。結構確信持ってたんすけど」
「有り得ないよ」
「有り得ないんすか?千砂都さんとは関係も長いって」
「良い友人と、思ってくれてはいるとは思うけど…」
そんなことを考えたことも無かったのだけれど‥というより、考えない様にしていたという方が正しい。
「勘違いかぁ…うーん。きな子結構自信あったんすけど」
納得いかない、と言いたいそうな表情で首を傾げる桜小路さん。
勘違いも勘違い。大勘違いの大不正解。
僕から千砂都への好意を勘違いされるなら、まぁ分からなくも無いが、千砂都から僕への好意は絶対にない筈だ。
まさか桜小路さんは、僕の深層心理を目線や態度で読み取って、しまい込んだ筈のかつての心に気づいたのなら、途轍もなく末恐ろしい子である。
「千砂都先輩の様子を気にされてるとの事だったので、これはもうそういう事だって思ったっすけど…」
「いや、気になるのはそこじゃなくてね」
その後本題に戻ったが、桜小路さんからは、これと言って気になるところもなく3人とも普段通りに過ごしているという事だった。
ただ、なぜだか桜小路さんの純粋故の観察眼にあてられて、引き出しの奥にくしゃくしゃに押し込まれていたものを引っ張り出されたような…そんな複雑な感情に苛まれることになってしまった。
〜
「Liellaに加入した」
唐突に、話したい事があるとメッセージが携帯に届いたかと思えば、いつもの喫茶店で落ち合うと、席に着くなり、そのメッセージの送り主である若菜さんが開口一番そう言った。
「……え」
「だから、Liellaの一員になったの」
そう話す彼女は悠然とコーヒーを一口含むと、
「スクールアイドル、興味あったんだよね」
と、続けた。
スクールアイドルに無関心、という印象は無かったたし、寧ろそれこそここで去年に2人で配信を見た記憶だって鮮明に残っている。
ただ、スクールアイドルが好きなのは若菜さんというより、若菜さんのクラスメートである子だと聞いていたのだけれど。後にそれが、米女さんだと紹介もされた。
「頑張ってね」
「うん、頑張る」
淡白にすら聞こえる若菜さんの返答。
どう言った経緯で千砂都たちLiellaに加入したのか気になったけれど、聞かないことにした。
何故なら、これからが楽しみで仕方がないという様な、そんな生き生きとした情調が感じられたから。
「あ、それからもう1人加入したの」
「へー、そうなんだ」
えらく急に、一気にメンバーが増えるものなんだと考えたそのタイミングで喫茶店に1人の客が入ってくるなり、若菜さんは入り口に向かって手を振った。
「もう1人入ったメンバー」
「……なんで鈴鹿さん」
入ってくるなり鋭い目つきで僕を見ているのは、米女さん。
「これは、えらく大所帯に…」
「私がスクールアイドルになったら悪いかよ!」
「滅相もない」
そこまでいうと、いつものウェイトレスさんがおしぼりとお冷を持ってきてくれた。
米女さんはそこからカフェラテを注文すると、椅子に深く座り直した。
「それで、それを言う為だけにわざわざ?」
「ううん。違う」
若菜さんは首を小さく振ると、一度米女さんの方を一瞥して、再び話を続ける。
「前に先輩、かのん先輩や千砂都先輩と昔からの知り合いだって言ってたよね」
「そうだね」
「それで、バイト先がすみれ先輩と同じって」
「同じって言うか、すみれさんの家である神社で働かせてもらってるって感じだね」
「本当にそれだけの関係?」
その若菜さんの言葉の意味を、咀嚼するが、意味は理解できとも、意図を理解出来ずに、思わず首を傾げてしまう。
「先輩の名前を出したんだ。今日」
「どういう流れで…」
「四季が鈴鹿さんと仲が良いって事で、かのん先輩達に共通の話題として出そうとしたらしいんだ」
米女さんが補足してくれる。
その言葉に、若菜さんは小さく頷く。
「そしたら、動揺してたんだよね。一瞬」
「え…」
その言葉に嫌な汗が吹き出る感覚がした。
と言っても、最近、千砂都達の様子が変だとずっと頭を悩ませていたのだけれど、クゥクゥさんに相談するも、上手くはぐらかされて、桜小路さんに相談するも、これと言って有力な事を聞けなかった。
ただそれでも、気になった点はいくつかある。
それがただの2人の勘違いであって欲しいと願ってはいたけれど…。
「って、四季は言うけど、私は何にも分からなかったけどな」
「もしそうなら言っといて欲しい……。知らずに触れてしまうよりかは良いでしょ?」
少し腫れ物に触るかの様に、伺う若菜さん。
確かに、これから苦楽を共にしようとしている人たちの、何か触れちゃいけないものに触れたくないのは当たり前の感覚だ。
その上で、
「───僕たちは友達だよ。それ以上でも以下でもない」
そう言って、言い聞かせる事で正当化しようとすることしかできない。
気づかれているのかもしれない。
仕舞い込んだあの心が。
それに気がついて、僕に対する所行をどうして良いのか分からなくなっているのだとすれば、辻褄が合うのだ。
僕に近しい関係の、すみれさんも、それに気を遣って気づかないふりをして、かのんも、そして…千砂都本人も。
「なら、大丈夫だろ」
モヤモヤと考え込んでいると、米女さんの少し抜けた様な声が響いた。
「私は特に気にならなかったからな。ほら、神社で張り込んで見てた時みたいに、あんだけ仲良さそうにしてるんなら、鈴鹿さんの話題出しても平気だろ?寧ろそれで共通の話ができるってもんだ」
「めい…」
「心配しすぎだ。あの人たちも鈴鹿さんも優しいから。違うっていうなら本当にそうなんだろ。私は信じるぜ」
米女さんは、若菜さんの肩を優しく叩いた。
「な、そうだろ?」
米女さんはその同調を僕に向けた。
僕自身この悩みの原因をいち早く特定して彼女達の違和感を払拭したいと躍起になっているけれど…そんな僕の焦りに似た心情を読み取ったのか、米女さんが邪気なく元気付けてくれている気がして、それが嬉しくて、小さく頷いた。