「もう上がっていいわよ。」
背後から掛けられたその声に僕は竹箒の手を止めた。
振り返ると金色の髪を腰まで伸ばした女性が僕と同じく竹箒を持って立っていた。夜の明かりに照らされて金色の髪がより強調されて見える気がする。
名前は平安名すみれ。僕がバイトしているこの神社に住んでいて僕と年は同じらしい。
「あぁ、じゃあお先に失礼します。」
「他人行儀ね。もっとフランクに話してもいいのよ。私達同い年でしょ?」
そう言って微笑んでくれる彼女のおかげで僕は初めてのバイトに早く馴染むことが出来ている。
「貴方、高校どの辺だっけ?」
「僕は恵比寿付近の高校。」
「その辺って、なんか芸能事務所のスカウトととかいたりする?」
「え、そんなのいるの?」
「んー、その辺は望み薄かしら。」
「スカウト、なら原宿とか竹下通りとか多いんじゃないの?」
「やっぱりそうよね!うん、なら作戦変更はなしね。」
スカウト、されたいのだろうか。
「平安名さんは…」
「すみれでいいわ」
「すみれさんは高校どの付近なの?」
「原宿よ。」
「え、この辺?」
「結ヶ丘女子校ってとこ。」
ん、なんか聞いたことある様なと既視感を感じた瞬間すぐにその正体が分かった。
この人、かのんや千砂都と同じ高校なのか。そう言えば、初めて会った時、見たことある制服を着ていた様な気がする。最近できた高校だって聞いてたし、もしかするとかのんや千砂都のことを知っているかもしれないと思ったけれど、それを深く掘り下げて広げるのは辞めておこう。別にそれがどうこうと言うか、話の広がるものでも無さうだし。
それよりも気になる話がある。
「スカウトがどうかしたの?」
「え、あぁ。狙ってるのよ。」
「狙ってる?」
「私のスーパーギャラクシーな芸能界生活」
うん。とても変わった子だと言う事はすぐに分かった。ラノベのタイトルの様な羅列が彼女の口から列挙されたけれど、要約すると芸能界に入るためのスカウトを受けたい?ってことで合ってるだろうか。
まぁ、合っていようが合っていまいがそれはともかくとして、ここは関わると面倒なことになりそうだと、僕のこれまでの経験と直感が働きかけている気がする。
「そ、そう。頑張ってね。」
ので、当たり障りのない返しをして、関わらない突っ込まないの方向で進むことにする。
金髪翠眼に綺麗な金色の長い髪に整ったお顔。スカウトとはいかずとも、何かのアイドルのオーディションだのを受ければ通りそうな気がするけれど、そうも行かないものなのだろうか。
「まぁいいわ。それより今日はありがとう。お疲れ様。」
「お、お疲れ様です。」
そう言ってなぜか僕を凝視するすみれさんの横を通り過ぎて足早にこの場を去る。
制服に着替えて、携帯電話を見ると大量の通知が雪崩れ込んでいた。何事かと思って開けると、かのんと千砂都からのメッセージだった。今からカフェに来いだの、家まで迎えに行くだのそう言う類のメッシ内容だったのだけれど、バイト中だった為に全く気がつくことができなかった。
それについて返信しようと試みたけれど、もう一件見慣れないアイコンからのメッセージが目に止まり、千砂都たちに返そうとした手を止めてそちらを表示する。
「葉月です。来週の土曜日のご予定はいかがですか?」
と、当たり障りのない簡素な文だっけれど、いかんせんかのんや千砂都を除いた女性からのメッセージなんて数えるほどしか来たことがない僕にとってはとても新鮮なものだった。
そう言えば、形ある御礼をしたいだとかで連絡先を交換したんだった。と、数日前のことを思い出した。
「大丈夫です。」
まぁその御礼とやらが終わればもう特に関わることもないだろうとそう返す。
律儀な人だなぁと感心しながら、千砂都たちに、今日は無理と簡単にメッセージ返して、携帯電話の電源を切った。
〜
「あれ?」
「あれれ。」
バッタリと出逢ったのはジャージに身を包んだかのんだった。髪を後ろで纏めて額にはじっとりと汗を纏っている。体育の授業かなと思ったのだが、時間も時間、僕自身もすでに下校中というで夕方だったもので、そうでは無いと直ぐに推測した。
察するに…
「スクールアイドルの練習?」
「そうなの」
肩で小刻みに息をしながら首にかけた可愛らしいタオルでかのんは額の汗を拭った。
「お友達デスか?」
「え?」
かのんの背後から顔を覗かせた女性が僕の顔を見てそう言った。
「あぁ、うん。そうなんだ。幼馴染の…」
「けいたさんデスか?」
え、どうして僕の名前知ってるんだろうか。
内巻きカールのグレーのボブカット、大きな目にブルーの瞳。可愛らしいという表現が正しいだろうか、人当たりの良さそうな表情の子である。
「唐可可と言いマス。よろしくお願いしマス。」
「あ、ご丁寧にどうも。外国人の方でしたか。僕は鈴鹿圭太って言います。」
「やっぱりけいたさん!」
「あのぉ、」
「なんでしょう!」
「どうして僕の名前を…」
「かのんさんがよく話してマスから!貴方のこと!」
「なるほど。」
悪い話じゃなきゃいいけれど、と考えたけれど、こうやって挨拶までしてくれるという事はそうではないのだろう。ただ普通に、世間話として幼馴染が居てというごく普通のありきたりの話なのだろう。
「かのん。」
「ん?」
「この子が前言ってた、」
「そうだよ。私をスクールアイドルに誘ってくれた子」
なるほど。この子が。
うん、感謝しなくてはならない。かのんを引っ張り出してくれた子なんだから。ほら見てみなさい、こんなにイキイキしたかのんはかなり久しいじゃないか。キラキラしている、いや本当に大袈裟抜きで。
「タンさん。」
「クゥクゥとお呼び下サイ!」
「クゥクゥさん。かのんを何卒宜しく頼みます。」
「任されました!」
「ちょ、恥ずかしいよ。」
かのんが顔を紅潮させる。
「かのんさんのお歌は素晴らしいデスから!」
「だよね?!分かるよすごく分かる。透き通る水の様な歌声でしょ?」
「身体が浄化される様な声デス。」
うん。よく、よく分かっていらっしゃる。
この方とは美味い酒が酌み交わせそうだ。まだ飲めないけど。
というより、この子、外国人なのにかなり…
「日本語お上手ですね。」
「おぉ有難きお言葉。」
「本当に上手、」
「お母さんが日本人で、ハーフです!」
「なるほど。だから。」
合点言った。
いや本当に上手い。かなり上手い。
「圭太はもう帰るところ?」
「あぁ、そうだよ。邪魔しちゃって悪いね。僕はこれで失礼するよ。」
「この後は予定は何もないの?」
「え、うんまぁ」
そう言うと、かのんが耳元にやってきて囁いた。
「私達の練習終わった後、ちーちゃんがカフェに来るんだけど来なよ。」
「え、なんで」
「何でも何もちーちゃんと最近会ってないでしょ?」
「ま、まぁそう言われるとそうかも…」
確かに言われてみれば千砂都と会っていない気がする。
私の制服姿を見せてあげるね、なんてメッセージでやり取りしてから千砂都の制服姿を一度も見ていない。あの千砂都だ、とてつもなくキュートに違いない。
「ちーちゃん会いたがってたから、ね?」
「分かった。終わったら連絡して。」
かのんは親指を立てると、クゥクゥさんに行こうと催促をする。クゥクゥさんはそれに頷くと僕の方に向いた。
「また会いましょう!」
そう言って踵を返してかのんと共に走り出した。
〜
「どう?似合ってる?」
くるりと回転する千砂都はもうそれはそれは国宝級にキュートで目がどうかしてしまいそうだった。
「すごく可愛い」
「えへー」
何とか失明してしまいそうな所を耐え忍んで、僕は千砂都の制服姿を目にこれでもかと焼き付ける。
ほら、今こうやって合法的というか許可を得てみれる時に見ておかないと、このキュートな姿を凝視できなくなるから。これから千砂都と会うたびにまじまじと焼き付ける様に見ていたら「何こいつ気持ち悪い」とか思われてしまいそうだから。
そして横を見ればこちらも美しい麗しゅうかのんの制服姿もご健在ではありませんこと。ほら、さっき会った時はジャージだったから。
あぁ目の保養とはこう言うことを言うのだな。
「圭太の制服姿も見たかった。」
「あー、着替えてきちゃったからな。」
「何で着替えてくるのぉ?こう言うのはお互い見せ合うってのがミソでしょ?」
「私はもう見たよ」
「かのんちゃんずるい」
そんな僕の制服見たところで何になるんだ。と言葉に出さずに心で悪態をつく。
しかしまぁ、結ヶ丘とやらの高校の制服はとても可愛らしいというかお洒落というか。
千砂都のいる音楽科は白を基調とした清潔感と気品あふれるデザインだし、かのんのいる普通科は紺色のジャケットの下にグレーのワンピースととても可愛らしいデザインになっている。
「圭太の制服どんななの?」
「え、僕は普通のブレザーだよ。」
「見たかったなぁ。」
ガックリと項垂れる千砂都に、また直ぐ見れるよと励ますかのん。
「千砂都、ダンスは?」
「これからってところだよ!まだ新学期始まったばっかりだしね。」
それもそうか。
かのんもスクールアイドルを始めたと同様に、かのんのことも応援するつもりだ。なにせ千砂都のダンスもそれはそれは素晴らしいもので、一言で言うなれば、"美"である。
何度か中学の時に応援に行ったけれど、素晴らしかった。高校でも大会があるなら応援に行きたい。
「ねえ、圭太さ今度の土曜日空いてる?制服見に行きたい!」
「あ、私も行きたい!」
土曜日、と言うワードに大きく鼓動が跳ね上がった。
土曜日。そうだ土曜日だ。あの、歩道橋から落ちてきた子と会う日。歩道橋から落ちてきたあの子がお礼がしたいと言った、出かける日だ。
そうだそのことでかのんか千砂都どちらかに相談をしようとしていことがあったのだ。
「土曜日はちょっと…」
「え、何か予定あるの?バイト?」
「いや、そうじゃないんだけど。ちょっと出かけると言うか何と言うか。」
「友達?」
「何と言えばいいのか、友達…という間柄じゃないと思うんだけど…。その事で2人に相談したいことがあって。」
2人は目を合わすと再度僕の方を凝視する。
「こう言う時ってどう言う服を着ていけばいいのかなって。ほら、男友達と遊びに行くのとは訳が違ってさ。」
「「え」」
「女の人と出かける予定があって。」
「「ええええええええええええええええええええーええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエーーーーッッ」」
口をあんぐりとあけた2人は、そう声を揃えて咆哮した。