夏休みも8月の中旬から終盤に差し掛かった日。いつもの様に、僕は労働に従事している。
灼熱の陽光が照り付ける東京の夏は、今年は記録的な猛暑だと、朝の天気アナウンサーが言っていた。
しかしながら、去年の夏も同じ様に、記録的猛暑と言っていたような気がするし、一昨年も聞いた様な気がするので、年々熱くなっていると言うことなのだろう。
「新しい子が入ったのよ」
「え」
「Liella、4人目の一年生が入ったのよ」
僕の隣に座ってお守りを作りながら、巫女服姿のすみれさんが、そう言えばと思い出したかのように話す。
「多分、お披露目は学園祭ね」
結ヶ丘の学園祭は、夏休みが明けてすぐにあったものだと記憶している。
去年、招待されてLiellaのライブを見に行ったのだが、周りが女の人ばかりで、自分が浮いている様に感じながらライブを観たというのを鮮明に覚えている。
「楽しみにしてるよ」
そう言って、すみれさんを一瞥する。
ここ数ヶ月、すみれさんや千砂都にかのんの様子に違和感を感じ、原因はなんなのかだとか、色々考えては見ているのだけれど、それらしい答えが掴めないでいる。
ただ、当初よりは少しその違和感が落ち着いた様に感じる。
つい先日クゥクゥさんに会った時に、「Liellaは大丈夫です」と、僕に言ってくれたので、悪い方へは言ってないのだろう。
何があったのか、それは当の本人達にしか分からないけれど……というより、僕の思い過ごしもとい考え過ぎの可能性も無きにしも非ずという所なのだが。
「あんたってさ」
「んー?」
暫くお守り作りを続けていると、すみれさんがそう切り出す。
「好きな人とかいないの?」
「……」
珍しいなと、率直に思ったのは、あまりすみれさんとはこういう会話をしないから。
去年、すみれさんとの擬似恋人騒動の時に、何度かそう言った話はしていたけれど、それ以降は無かった。
所謂、恋バナというやつ。
「珍しいね、そんなこと聞いてくるの」
「偶には良いじゃ無い。ただの世間話みたいなものよ。」
「そんな世間話を振ってくれてありがたいけど、残念ながら話を広げられる様な解答はできそうに無いなぁ」
「そう…」
胸の奥に燻る何かが、僕の喉元まで上がってこようとするけれど、それを飲み込んで押さえ込む。
ここ最近、こういう話になると、しまい込んだはずの心が勝手に僕をかき乱す。
「もし、恋人ができたら何がしたい?」
僕の恋バナという要望にお答え出来なかったので、僕から広げてみる事にした。
「急ね」
「すみれさんだって急だったじゃん…」
「まぁ、振ったのは私だけど」
「こういう話したいんじゃ無かったの?」
「方向性は違うけど、まぁ良いわ」
少しだけ不服そうに口を尖らせながら、お守りの作成を慣れた手つきで行う。
「海…かしら」
「暑いもんね、今」
「友達が言ったんだって。彼氏と江ノ島に」
「感化されたって感じ?」
「まぁそれもあるわね」
「他にも理由あるの?」
「そうね…」
そこまで言うと、お守りから僕の方へ一瞬だけ視線を向けると、
「去年、行ったでしょ?楽しかったから…」
そう言って、また視線を戻した。
去年、と言うとあの時の事だろう。
ちょうど一年も前になる。その時も夏休みだった。
「そう思ってもらえて嬉しい」
照れ臭くなって、僕も作成中のお守りの方に視線を向ける。
例え、擬似的なものだったとはいえ、嫌な思いをさせるより、少しでも楽しかったと思ってもらえる方が、良い。特にあの時は、そんな余裕すら無かったけど、振り返ってみれば、僕自身もすみれさんと色々なとこに出掛けて話せたのはとても楽しかった。
「うん…」
と、すみれさんが頷くとそこに、
「何が楽しかったんすか?」
と、僕たちのでは無い声が割り込んできた。
声の方へ向くと、社務所の窓外に桜小路さんと、1人の少女が、覗き込んでいた。
「あんたたち、いつから居たの」
「今さっきっす!自主練でここ貸してもらおうって話になって、覗きに来たっす!」
「暑いのにえらいね」
「そんな事ないっす。追いつけ追い越せ先輩達っすから!ね、夏美ちゃん」
と、桜小路さんが夏美ちゃんと呼ぶ少女に向く。
その子は、ジッと僕の顔を見て動かない。
え、何、僕の顔に何かついてますか?
「夏美ちゃん?」
「え?あ、そうですの」
その子は乾いた様に笑うと、首からかけた星柄のタオルで汗を拭った。
なんだがそれに既視感を覚えて、もっとよく見ようと、社務所の受付から乗り出そうとすると、
「きな子、私まだ走り足りないから、もう一セットランニング行きますの」
「え、ダンスレッスンは…?」
「それは後ですの、ほら」
そう言って、夏美という少女は桜小路さんの手を掴んで走り去っていった。
「騒々しいわね」
走り去る2人の姿を見ながらすみれさんが言う。
「あの子は?」
「さっき言ってた、新メンバーよ」
そう聞きもう一度外を見るが、二人の姿は見えなくなっていた。
〜
「きなこ、あの人は誰」
穏田神社から少し離れた公園に着くなり、私、鬼塚夏美は掴んでいたきな子の手を離した。
「え、あー、スクールアイドルが男の人と話してたらダメっすかね…」
「あ、いやそう言う話じゃなくて」
私の表情が不味かったのか、居た堪れないと言うきなこに否定する。
そりゃ、こう言う反応にもなる。急に手を掴まれて切迫した様な顔で走っていくのだから。
「すみれ先輩の家の神社でバイトしてる人っす。あと、千砂都さんやかのん先輩の幼馴染の人っす」
「名前は…?」
「圭太さんっす、鈴鹿圭太さん。きな子たちの一つ年上の先輩っすよ!」
「鈴鹿、圭太…」
その名前、頭のてっぺんからつま先まで染み渡るその名前。
間違いないと、私の感覚がそう言っている。
「夏美ちゃん、大丈夫すか?」
「え、」
「さっきから、変な顔してるっす」
「変な顔って、失礼ですの…」
「そんなつもりはねえっす!でも、なんかあったんすか?あの人と」
あったと言えば、あった。
ただ、向こうがそれを覚えているかどうかと聞かれれば、覚えていない可能性の方が高い。
でも、私は忘れたことなんて無い。
「圭太さんの顔見て、逃げ出したみたいな感じっすけど…。」
きな子が私を心配して、腰掛けたベンチをぽんぽんと叩いた。
座って話せ、と言うことだろう。
確かに、ここで曖昧にするより、誰かに話せば楽になるかもしれない。
そう思って、私は首からかけたタオルで汗を拭うと、きな子の隣に鎮座した。
そして、私は2年ほど前のことを思い出した。
突然、自分が嫌になると言うことは多かれ少なかれ誰でもあることであろうと思う。
私も、そう言う時期で、兎に角心が落ち込んで自暴自棄になっている時だった。
大きな何かになりたいと、幼少からの夢を持ってみたは良いものの、何一つとして上手くもいかず中途半端に終わる自分に、とうとう嫌気がさしたと言う頃だった。
忘れもしない、中学2年の夏休みの登校日。
水泳の世界大会に影響されて数ヶ月だけ仮入部していた水泳部に、退部すると言う事を伝えて帰っている最中のこと。
別に何か言われたとかいじめられたとか、そう言う理由でも無く、単に自身のやる気と根気の面でついていけず、休みがちになって、また一つのことを中途半端に辞めてしまった。
私はいつだってそうだ。
大きな何かになりたいと、夢見てみるものの、モデルになるのにも身長がいる、ノーベル賞受賞するにも学力がいる、と言ってそれを言い訳にしてすぐに辞めてしまう。
自分でも分かってはいるのだ。
そして今、いつもなら次にと切り替えられていた事が出来ずに、ウジウジと灼熱の中帰り道を歩いて、自暴自棄気味になって、誰もいない公園に着くと、ベンチを背に公園の真ん中に聳え立つ木に向かって思いっきり拳を叩きつけて喚いた。
自分は愚かだと戒めて、馬鹿野郎馬鹿野郎と、何度も反駁しながら、自分の拳を何度も何度も木に叩きつける。
アドレナリンのせいか、然程しか痛みは感じずに、数回叩きつける羽目になり、そしてその行動がアホらしくなって、ベンチに蹲るように座った。
涙が溢れ出る。
わたしは、バカだと、また心中で戒める。
すると、そんなわたしに一人の人が声をかけてきた。
「────きみ、大丈夫?」
お人好しな人め。
そう思って、座ってるベンチで更に体を丸めて顔を膝に埋めた。
そうしていれば、諦めて何処かへ行ってくれると思ったから。そう思って暫く待っていたのだけど、じーっと立ち尽くして私を見たまま動かない。
少しだけ顔を上げて見ると、少し困った表情をしていた。
今になって感じる手の甲のジクジクとした痛みに、自分のバカさ加減に嫌になって、項垂れる事しかできなかった。
はやくあっちに行ってよ、と心で吐露するけれど、今の私にはそんな事到底言えなかった。
感じ取って何処かへ行ってくれることを願うしか出来ない。
「これ、使って」
そうしていると、フワッとした柔らかいものが、痛む両の手の甲の上にかけられた。
思わず顔を上げると、私の手の上に乗せられていたのは、たくさんの星が散りばめられて描かれているデザインのマフラータオルだった。
「それじゃあ」
そう言って走り出した彼を、私は思わず立ち上がって引き留めた。
「まってよ!待って待って!」
小走り気味に走り出す彼を、腕を掴んで全力で引き留めると、彼は振り返って私を見る。
「こんなの、貰えない!せっかく借りても返そうにも返せないじゃない…」
「いや、泣いてたし、1人になりたいのかなって…」
「そ、そうだけど。これは借りれない。返す!」
そう言ってマフラータオルを押し返すと、私は踵を返して座っていたベンチまで歩き出した。
「そんな事できないよ」
その言葉と同時に、痛みに慣れつつあった手をとって、優しくタオルで包んでくれた。
「心配だから。血が出てるし」
彼は私の目を真っ直ぐ見てそう言う。
「大丈夫だから…、本当に」
そう言ってベンチに座ると、彼も追随する様に1人分距離を空けてベンチに座った。
「ねぇ、本当に大丈夫なんだって」
「そうは見えない」
「この手も、あそこの木に自分で殴って付いた傷だから…」
「知ってる。見てたから」
「だったら…」
「だから、放って置けないんだよ」
彼は、真っ直ぐ前を見ていた。
情け無い私の顔を見て欲しくないと言う思いを感じ取っての事なのかもしれないけど、それは本人にしか分からない。
もしかしたら、こいつバカだなって呆れられているのかもしれない。
それでも、1つだけ確かな事がある
「友達とかから、お人好しって、言われない?」
「どうだろう、言われた事ないかも。そもそも、そこまで友達も多くないし」
「そう…」
少し間が空く。
このままこの間に耐えられなくなって、帰っていってもらう事を期待したのだけれど、一向にその気配は無さそうだ。
「ねぇ」
「うん?」
「中学生?」
「うん。中学3年の14歳」
「じゃあ、先輩ですの…」
「ですの?」
「あぁ、お気にさらず」
思わず、いつもの口調が出てしまう。
張り詰めた気というものが途切れている。
知らない人なのに、さっき会った人なのに、どうしてかこの人の醸し出す空気がそうさせるのかもしれない。
「なにか、打ち込んでる事とかってありますの?」
どうせこの先会う事のない人。
だから、いつも通りに話すことにした。
「打ち込んでること?」
「例えば、部活とか、習い事とか、夢に向かってとか」
「うーん」
彼はポリポリと頭を掻くと首を少し捻った。
「茶道部だから、週に一回しか活動してないし」
「茶道部…」
「1年生の時に部活勧誘の時に誘われてね、特に入りたい部活も無かったし。でも結構やって見ると面白いよ?」
「他に無いんですの?その…将来の夢とか…」
「夢かぁ」
今度は上を向いた。
私も釣られて上を見上げる。私の心とは真逆の8月の快晴の空。
「強いて言えば…」
「うん」
「身の丈に合った幸せ?」
「えぇ…」
「良い夢だと思うけどなぁ」
「こう、かっこいいのとか無いんですの?プロスポーツ選手とか、ノーベル賞とか」
「うーん。なろうとは思わないかな」
なんだか、ふわふわとした人だ。
掴みどころの無いというか。
「でも、身の丈の幸せも結構なるの大変だと思うよ?」
「といいますと?」
「それなりに勉強もしないとだし、幸せだって思う為には頑張らないといけない。それこそ、スポーツ選手になりたいから、スポーツを頑張ると同じで」
そう言われればそうかと納得する。
どう思うかは人それぞれだし、これ以上突っ込むのも違う気がした。
「私は、大きな何かになりたかった」
横の彼は、黙っている。
聞いてくれるということだろう。
「それこそ、ノーベル賞とか、オリンピックで金メダルとか、世界を股にかけるモデルとか」
「良い夢だね」
「でも、それって才能がないと無理だって。分かってはいるけど、いざ突きつけられると、あー何やってんだろうって嫌になって」
馬鹿らしくなって、感情がめちゃくちゃになって、小さな公園の木に向かって手から血が出るほど無闇に当たり散らして。
それを見られて今に至る訳なのだけれど。
「モデルになるのにも身長がいる。ノーベル賞受賞するにも学力がいる。そう言う自分にはどうしようもない才能の様なものの無ささにもう嫌になって、、それを言い訳にしてすぐに逃げる…そんな自分が大嫌いで」
そう言い放つ。
別に、こんな事を聞いて欲しかった訳じゃないけれど、恐らく私がもう自分を痛めつけたり暴れたりしないと言うことに確信を持たないと、彼はずっと私のそばにいる気がしたので、全て曝け出すことにした。
「僕の友達にさ…」
「友達、いるんじゃないんですの…」
「少しくらいはいるさ」
そう言って少しはにかみながら続ける。
「昔すごく華奢で、気も弱い印象だった子が、ダンスという夢中になれるものに出逢って、直向きに努力して、強く逞しくなった子がいるんだ」
「すごいですの」
「そう、すごいんだ。だから、君もそれくらい夢中になれる何かと出逢えたら、きっと頑張れるはずだよ」
「出逢っても、才能が無いって、またすぐ諦めるかも」
「大丈夫。本当の夢に出逢えたら、君は真剣に夢中になれるよ。だって、そうじゃ無いと泣いちゃうくらいに悔しいって気持ちはなら無いはずだから」
「それは…」
沈んだ気持ちで、私の心を悟られている様な気がして否定したけれど、言い纏められてそれ以降の言葉に詰まってしまう。
「君の、何か成し遂げたい大きくなりたいって気持ち、それそのものが君の心の中にある夢だから。あとは、それを形にする何かに出逢うだけだよ」
真っ直ぐ前を見ていた彼は、私をチラリと一瞥して続ける。
「それまでは、今日みたいに辛い思いもするかもだけど。君ならきっと、夢中になれる何かを見つけられるはずだよ」
「そうかな」
「うん、僕が保証する」
「さっき会ったばっかですの」
「ほら、君の泣き叫ぶ姿も見たからね。これでもう見ず知らずの人じゃなくなったでしょ?君の本心も知っちゃったからね」
彼は悪戯っぽく笑う。
なんだか、今の私って非常にカッコ悪い。
大きくなりたいとか言って、対して努力もせずに無理だって諦めて、それを知らない男の子に曝け出して。
でも、今は悪い気はしていない。
言いようのない温かいもので、冷え切っていた私の心の中で満たされている気がした。
彼の言う通り、大きなものになるために夢中になれる何かを、探してみようと思えた。
「────おーい、」
私でも彼でも無いその声に、反射的にその声の主の方を見る。
茶髪の少しクセ味のある髪を持つ、私や横の彼と同じくらいの歳の子が手を振っている。
「あっ、忘れてた」
「え、」
「僕、もう行かなきゃだから」
そう言って、立ち上がり歩き出そうとする彼を見て、ハッとする。
「待って、これ、タオル返さなきゃですの」
そう言って慌てて彼の手を掴んで、星柄が散りばめられたタオルを手に乗せた。
「あー、大丈夫だよ?まだ血が出てくるかもでしょ?」
「でも、これ自業自得だし」
彼は、そう言う私の手をとって、タオルを手の上に再び乗せ替えした。
「じゃあ、もう今度は自分を傷つけるような真似しちゃダメだよ?」
「え、」
「約束だよ」
そう言って行こうとする彼の手を、また今度は強めに掴んで止めた。
「あの、」
どうしても聞きたかった。
この先、会えなくても、これだけは覚えておきたかった。
「どうしたの?」
「名前、教えてほしい」
私がそう言うと、すぐに理解してくれたのかこくりと頷いて、少しだけ微笑みながら教えてくれた。
「────鈴鹿圭太」
そう言うと、鈴鹿圭太くんは、公園の入り口に立つ人の方へと小走り気味に走り出した。
わたしが話し終えるときな子は静かに地面へと視線を向けた。
「だから、初めに見た時、あれって思って。間違いなくそうだなって」
最初見た時は、目を疑った。
そんな、奇跡ってあるのかと。
だって、もう2度と会えないと思ってたから。
どこの学校の子で、どこに住んでるいるかも分からない、でも、確かに名前と顔だけは忘れる事のない人。
会えないと思ってても、それでもまた会えるかなって希望を持って。
何かの奇跡で会えた時に、胸を張れるように。
会えなかったとしても、大きな何かになって、大きな何かを成し遂げたときに、どこかでそれを見て聞いて、「あぁあの時の子だ」と、少しでも思い出してくれれば良いなと。
「夏美ちゃん!」
「なんですの?」
「今すぐ戻るっす!神社に!」
「え、…でも」
わたしの返答を聞かずに、きな子は手を引いて走り出した。
さっきまで私が掴んで引いてきた道を戻るように、きな子が走る。
「きな子、ちょっと待って」
「待たないっす!」
「会ったところで絶対覚えてないですの!覚えてたとしても、今の私じゃ…」
今の私じゃ、彼に会うのは相応しく無い。
覚えてくれていたとしても、私の背中を押してくれた人が、今の私を見たらガッカリする。
まだ、何か成し遂げた訳でも無いから。
「大丈夫っす」
「そんな勝手に…」
「夏美ちゃんがLiellaに入ってから、ラブライブに優勝しようって、先輩達に早く追いつくようにって、そう言う思いで、取り組んでるって分かるから」
「でも、」
「忘れてたら、話せばいいんす。話して、あの時はありがとうって、そう言えば良いだけっすよ!」
普段のきな子からは到底考えられない程の力でわたしの手を引いている。
通り過ぎる人達に、何事かと不審そうに見られる中を走り抜けて、さっきまで居た神社に駆け込んだ。
お目当ての人は、先程とは変わって社務所から出て賽銭箱付近で竹箒を持っていた。
その前まで来て、荒れる息で、きな子が勢いよく社務所の窓を開けた。
「え、どうしたの?」
上下する肩袖で、きな子は汗を拭い、乱れる息で少し途切れながら聞いた。
私も、あの時のタオルで汗を拭う。
「あの、圭太さん覚えてないですか?この子のこと…」
きな子はそう言って私と圭太さんを交互に見る。
「せ、説明すると、長くなると思うんすけど…」
やっぱり、覚えてくれてはいないだろうか。
彼を見かけた時、私は一目で分かった。
ずっと、会いたかった。
会って、お礼がしたかった。
でも、何か大きな事をやり遂げた訳じゃ無い。
ずっと、彼が言った事を胸に、夢中になれる何かを探し続けていた。
その為に、いざという時の為に、お金を稼いでバイトもした。そして、また前みたいに心が折れかけた時にかのんさんやきな子に誘ってもらった、スクールアイドルという形あるものに出逢った。
やっと、スタートラインに立っただけなのだ。
覚えていてくれない可能性の方が高い。
もし覚えていてくれたとしても、意気揚々と、「あの時の私です」なんて言ったって、あの日から何も変わってない私を見たらガッカリする。
だから、忘れていてくれていた方が良いのかもしれない。
目を伏せる私にきな子は焦燥の様子を見せる。
やっぱり、辞めておけば良かったと、そう思った時。
私の腕を彼は掴んだ。
急な事で、驚いて伏せていた目を上げると、彼は目を開いて私の顔をしっかりと見てくれていた。
「やっぱり、そうだ。間違ってなかった…」
「え、」
「僕のこと、覚えてくれたんだね」
「あ…、」
鼻の奥から、何かが込み上げてくる。
その何かは、目の表面にまで表れて、私の視界を白くさせる。
「僕も、覚えてるよ。あの時の、公園の子…?」
私は、その言葉と同時に、目に溜めた涙が、瞼から一斉に決壊した。
「はい!鬼塚夏美と言いますの!」