嵐千砂都といえばと聞かれれば、穏やかで友好的な女の子、という立ち位置なのだろう。外見的なものと言えば、白髪に赤い瞳、髪型は特徴的で左右にお団子を纏めている。
見た目は華奢で小柄だけれど、幼少期から…と言えばいいのだろうか、いつからだっか忘れてしまったが、ずっと近くで彼女を見てきたつもりだけれど、今の彼女はそんな見た目に反してアクティブで快活であるし、ダンスが上手くて、運動神経が悪そうに見えて実はめちゃくちゃに良いというギャップさえも持ち合わせている。
その上に頭脳も良くて、人間としての出来がはなっから構造そのものが違うのだろう…なんて事もなくて、それすら努力で積み上げてきた所謂、努力する天才型という最強タイプの人間である。
と、まぁいつかの何処かで考えた事のある彼女の自分の中でのイメージというものを、残り短い夏休みの一日、という事以外には何も変わり映えの無い平凡な日に、ぶらぶらと原宿を散歩しながら頭の中で再度描いてみた。
理由と言えば、先日にそれも千砂都の後輩たちに僕の色恋沙汰をあれやこれやと聞かれたからにすぎない。
「圭太さんって、好きな人とか居ますか?」
この手の質問は初めてと言うわけではない。
先日の、桜小路さん達に聞かれたのが間が悪かったと言うだけで…という。
そんな話の最中に、当の本人が目の前に都合よく現れてしまったから動揺して、思い出したくも無いことを思い出してしまったということ。
ここ最近、頭の中がごちゃごちゃしている。
主にそれも、千砂都たちのことなのだけれど。
彼女達の関係の違和感も、少し落ち着きを見せたとは言え、先日ファミレスで彼女達と遭遇した時の空気感を読めば解決した訳では無さそうで。
その違和感の原因も、僕が間接的に関係している。
と、結論を出した。
理由は、色々あるのだけど、一番はクゥクゥさんと話した日だ。
「気づこうとする事はいい事です。しかし、気付かなすぎるというのは、罪ですよ」
確実に僕に向けて言ったと思えるこの言葉が、頭から離れない。
そして、それについて心当たりがある…というのも大きな要素だ。
考え過ぎ、思い違い、これの可能性も大いにあるし、そうあって欲しいとも思っている。
僕の、隠したはずのあの感情に、気付かれたのかもしれない。
これが、今一番当てはまる原因かもしれないという事。
その感情に本人が気づいて、何か歯車が噛み合わなくなったのかもしれない。
かのんもすみれさんも、気を使ってしまって、そうなっているのかもしれない。
それを裏付ける言動というものも、無いとは言い難い。
自動販売機にお金を入れる。
スポーツドリンクを手に、竹下通りの日陰になっている建物にもたれ掛かった。
大粒の汗を袖で拭う。
スポーツドリンクのキャップを開けて傾けた。
「……あ」
その声に、口からペットボトルを離す。
僕を前に立つその声の主に、鼓動が早くなるのを感じる。
その人とは、長い付き合いになる。
少しずつ、少しずつ、ゆっくりと築き上げて来た関係で、僕にとっては何よりも大切で。
でも、そんな関係に水を差す僕の感情という雑念が、僕自身をモヤモヤさせる。
その正体は、分かりきっている筈なのに。
曖昧にして仕舞い込んだツケが、今こういう形で降り注いでいるのかもしれない。
「圭太だ」
その目を見て、声を聞いて、改めて実感する。
僕はやっぱり、嵐千砂都が好きなんだ。
〜
腰掛けた木陰に覆われたベンチが生暖かいのは、数時間前まで日光に晒されていたからだろう。
時刻は14時で、公園の大きな木の下にあるベンチに2人で腰掛けた。
ここも、小さい頃によく遊んだ公園の一つで、ブランコや砂場もある。
夏休みとあってか、小学生くらいの子どもたちが走り回っている。
「よかったの?」
そんな子ども達を見ながら、千砂都は話す。
「何か予定とか、あったりしたんじゃなかったの?」
「特には。バイトも無いし、暇を持て余してたから、フラフラ歩いてただけだから」
千砂都は、ガサガサと、ぶら下げていた袋を漁ると、何かを取り出して、「あげる」と言って僕に差し出す。
見ると、アイスだった。半分で割って食べる、誰でも知っているアイス。
「ありがとう」
僕はそれを手に取り、齧った。
少し溶けたそれは、甘いコーヒーの味がする。
「2人でこうやって話すの、久しぶり」
千砂都は、僕と同じ様にそのアイスを食べながら話す。
「そう、だったかな」
「うん。以前は…去年にすみれちゃんの神社で話したのが最後だよ。ほら、まだ私Liellaに入ってない時だ」
「よく、そんな詳しく覚えてるね」
「そりゃそうだよ、忘れる訳ない」
その言動一つ一つにいちいち思考が目まぐるしく駆け回る。
行動一つに、一喜一憂する。
これにいちいち心が振り回されるから、そして、千砂都との大切な関係が壊れてしまうかもしれないから、仕舞ったはずなのに。
僕の気持ちが、千砂都に伝わってしまいそうで、怖い。
「スクールアイドルは、楽しい?」
「うん、すごく楽しい」
嘘偽り無い笑顔。
生温い風が吹くと、いつもと違うポニーテールの千砂都の髪が揺れる。
「圭太は?」
「ん?」
「さ、最近どう?」
「テンプレみたいな質問…」
「だって…」
そこまで言うと、口をパクパクさせている。
何かを言おうとして、考えているのだろう。
何も言わずに、待つことにした。
「だって、折角2人きりになれたんだもん。もっとお話ししたいって、思うよ」
「へ…」
千砂都は頬を紅潮させてそう言った。
聞き違いか、とも思ったけれど、はっきりと確かにぼくの鼓膜に千砂都の言葉が響いた。
分かってる。
これは、友達として、久しぶりにお話ができて嬉しい‥と言う様なそう言う意味合いであって、決して邪な意味では無いのだ。そうだそうに違いない。
その妙に色っぽい艶のある表情も、暑いからだ。
「そ、そうか」
「……」
返答方法を間違えてしまったのか、今度は眉を下げて分かりやすくしょげてしまった。
そっけなかっただろうか。
「圭太はさ…」
「ん?」
「私たちの将来って…どうなるのかなって考えたことある?」
「将来…?夢とか?」
「うん、まぁ。それも大事だけど…。私たちの関係とか」
千砂都は真っ直ぐ前を向いている。
ブランコを勢いよく漕いでいる子どもを見つめて。
「これから、私たちの関係って、変わっていくのかなって」
何を思って、何を考えての言葉なのか…それは分からない。
そこには、僕が感じていた、千砂都やかのん達から感じた違和感も…恐らく含まれているのだと思う。
だとしたら、やっぱり気付かれてしまったのだろう。
僕の、邪な気持ちが。
「分からない」
「え」
「そんなの、その先になってみないと分からないよ」
僕たちの関係が、偽りも邪もない純粋な関係でいられれば、それが一番いいだろう。
でも、もうそんなことを羨んでも何か劇的に良くなる訳では無い。
「僕たちは、まだ高校生だ。これから色んなことをして、色んなものを見て、好きなものだって増えて、変化を続けながら大人になっていくんだ」
中学生の時に、スクールアイドルとはなんぞと聞かれても、分からなかった。
すみれさんにも、葉月さんにも、クゥクゥさんにだって、出逢っていない。
たくさんの人に出会って、たくさんのものを見て、僕や千砂都という心が形成されていく。
僕たちは変わっていくものだ。
それが、日々を生きていくと言うことで。
「でも、」
僕は続ける。
「変わらないものも、あると思う」
根拠はない。
それでも、変わらないと言い切れる何かがある。そう言い切れるものがある。
それは、人それぞれで、僕だけのものかもしれないけれど。
「変わらない、ずっと変わらない心っていうものも、あると思う。」
千砂都は、前を向いたまま。
僕たちの関係が、変わらずに居られるかという千砂都の真意は分からないけど。
千砂都は、僕の前に居る。
出逢ったあの日、かのんの後ろをついて歩いていたのを後ろ目でみていた僕が、気がつけば背中を見ていた。
千砂都は、僕よりも遥かに広大な世界を生きている。
今もこれからも。
色々なものを見て、感じて、前へ前へと進んでいく。
「だから…その…」
僕は、そんな千砂都を見て、好きになったのだ。
そんな千砂都だから…。
「大切なのは、自分がどうなりたいか…だと思う」
前を向いていた千砂都が、一瞬、僕の方を見た気がした。気のせいかもしれないけど。
僕たちは、変わっていく。
心も身体も。
でも、どうなりたいかで…それが良いことだったのか悪いことだったのかの分岐点になるのだと思う。
「かのんちゃんに、彼氏ができたりとかね」
「え゛」
「ふふ、例え話だよ…、動揺したね」
一瞬、脳が焼き切れた感覚に陥った。
千砂都、悪い冗談はよしてくれ。
「でも、そういうことだってあるんだよね」
いつまでも、綺麗なままでいられる関係なんて…無いのかもしれない。
「圭太、最近…私たちの事心配してくれてたでしょ?」
「え」
「なんとなくね。一年生の様子とか…この前のファミレスで会った時のこととか」
「あの子達は…」
「大丈夫…。問い詰めたりとかした訳じゃ無い。何となくだよ…、私もかのんちゃんもすみれちゃんもね」
「そう…」
「聞かないんだね、詳しく」
「それは…」
「うん。分かってる。だから…私たちは…」
そこまで言うと僕を見た。
ずっと前だけ向いていた千砂都が、僕の目を見た。
「ちゃんと、答えは出したから。何回も何回も話し合って」
お世辞とか、心配させないようにとか、気を使ってとか、そう言った事ではない。
千砂都の言ったことは、嘘偽りのない、本当のことだと、彼女の瞳を見て分かったから。
「うん」
そう、頷くだけにした。
もう、心配もない。
僕たちは、変わっていく。
今日と同じ、明日は来ない。
関係も、距離感も。
考えや、心そのものも。
「さっき言った、変わらないものもあるって話」
「え?」
千砂都が、ベンチから立ち上がる。僕の手に持っていたアイスのゴミを手から取ると、ビニール袋の中に入れた。
捨ててくれる…と言うことだろう。
「前に、言ったこと覚えてる?」
「前?」
「そう、前」
「んー、いっぱいあるからなぁ」
「ふふ、そうだね」
千砂都は僕の顔を覗き込む。
その仕草に、鼓動が大きく跳ねる。
今にも、目の前の彼女に聞こえてしまいそうで。
前って何だろう。
前言ったこと、心に残っているものはと、頭の棚を探してみる。
「私ね、好きな人がいるんだ」
強烈に頭に残っていた言葉。
真っ先に浮かんだ、穏田神社でのこと。
仕舞い込んだはずの、厄介な心がまた漏れ出す。
ぎゅうぎゅうにして詰め込んだものが、重さに耐え切れないかなって、少しずつ漏れていく。
理由は、簡単だ。
どんどん、好きになってしまうから。
歯止めが効かなくなってしまいそうだったから。
そうやって、拗らせることでしか、僕を保てそうになかったから。
素直になって仕舞えば、ゆっくり築き上げた関係が、変わってしまいそうだから。
でも、無意味だと、今はわかる。
人の心は、変わっていく。
心も身体も、何もかも。
それに、恐怖して、蓋を閉じたところで、好転するわけもない。
変わらないものが、今の僕の中にあるのだとすれば…、それはきっと、千砂都への恋心。
「思い出したら、私に言ってね」
「え」
「そしてちゃんと、答えを私に聞いてね」
「えっと…」
「ふふふ、知らないふりしてるでしょ?」
「うぅ…」
やっぱり、僕の予感は的中してたんじゃ無いか。
漏れに漏れて、気付かれていると言うパターンが、現実味を帯びて……
「それは───
なんとか誤魔化そうとそこまで言って、言葉が出なくなった。
何故なら、今置かれた、状況に脳が処理しきれなかったから。
目の前が、見えない。
いや、実際は見えてるけど、視界が塞がれたと言うことなのだけれど。
鼻腔を刺激する匂いが違う。
さっきまでの、夏の季節の匂いは見る影もなく、ただひたすらに、僕の邪な心を擽る、良い香りが充満している。優しく包み込まれる様に心地よい。
後ろ頭に手を回されて。
優しく、それでいて力強く、彼女の胸に包まれる。
僕は、千砂都に抱きしめられている。
暫く、と言うと抽象的だけれど、長かった様な短いような、正確には分からない時間が経過して、ゆっくりと、視界がブランコで遊ぶ子どもたちの映像に戻る。
「またね圭太」
目尻を垂らした千砂都は、小走りに僕の前から去って行った。