放課後、穏田神社近くの東急ストアフードでは、夏のサマー大特価セールなるものが実施されていて、トロピカルな装飾がされた売り場に所狭しと素麺やら冷やし中華の元やらがぎゅうぎゅうに詰めて陳列されていた。
分かりやすく、売れ残ったんだなと素人目にも分かるそれを横からヒョイとを取り上げると、すみれさんは僕が持つカゴに入れた。
「冷やし中華も買っとこうかしら」
パッケージを凝視するすみれさんの目の前の販促ディスプレイから、テレビでも放映されている冷やし中華のcmが先程からエンドレスに流れている。
「悪いわね、お使いついて来てもらって」
「全然。というより、バイト中だから仕事になるんだけどね」
夏休みも終わり、2学期が始まった9月。
先日までグータラ過ごしていた、所謂夏休み感覚が抜けきれない中、放課後にいつもの様にアルバイトに出向くと、すみれさんのお母さんにお使いを頼まれたのだ。
タイムカード内のお使い。
つまりはこのお買い物中も賃金が発生しているわけである。
「圭太って駄菓子とか好き?」
特売コーナーから離れて、駄菓子の定番売り場に来た僕たち。
すみれさんは、チューイングキャンディを物色しながら僕を一瞥する。
「人並みに?」
「なんで疑問形なのよ」
「どれくらいが好きの相場か分からないから」
めんどくさいわねーと葡萄味のそれをカゴに入れる。
僕はふと目に止まったお菓子を手に取る。
「あら、マーブルチョコ?それ好きなの?」
「うん、これよく食べてた」
「それ、よく千砂都も食べてるわね。練習終わった後とかに」
「え」
「え?」
思いがけない所から、僕の感覚神経を刺激する名前が出て来て思わず聞き返してしまう失態を犯してしまった。
無意識にとってしまったそれを、棚に戻す。
「欲しいなら買って良いわよ?」
そう言って戻したそれをすみれさんはカゴに入れた。
「千砂都、手軽に買える駄菓子で究極の丸に近いお菓子がこれとか言ってよく食べてるわね」
その名前にまた鼓動が一つ上がる。
だってだって、そりゃあ自分の意中人、もとい恋人の名前が突然出てくれば誰だってそうなる。
それが、付き合いたて初々のカップルで、お互いを意識しまくって〜みたいなことならまだ可愛げがあるけれど、残念ながらそうでは無い。
この事は、誰にも知られてはならない。
そんな鉄の掟の中の関係を知られてしまいそうで、気もそぞろになる。と言う意味のもの。
「おりゃ」
すみれさんが僕の腕を取って引っ張った。
身体がその方向へと流されてすみれさんの方へと傾いた。
悶々と考え事をして動かなかった僕を不思議がっての事だろう。
すみれさんの後頭部と横顔が僕の目の前にある。
いい匂いがする…とか、気色の悪い事が頭によぎっては、邪な考えを頭を振って消し飛ばした。
すみれさんは、と言うと特に思う所なんて無さそうで、表情は変わらない。
野菜のコーナーに着く。
あれから、会話は無い。
すみれさんとこれまでに2人で話す事なんかは数えきれない程にあったかと思うが、一度も感じた事の無い、気まずさという感情が体を支配する。
ぴたりと、今にも触れてしまいそうな距離。
あれれ、すみれさんといる時ってこんなだったかな。
突然、普段は思わないそんな事を考えてしまうのは、不自然に思われていないだろうかと言う心理が働いているからであろう。
ただ、それだけではない気がする。
距離の計測の仕方が変わったからなのだろうか。
センチからインチに変わったみたいに。
兎に角、この状況がすこぶる良くないと言う心理が働いているのは、間違いないのだ。
かと言って、距離を取ってしまえば、不自然だろう。
気にならなかった僕とすみれさんとのパーソナルスペースは、突然測り方がお互いバラバラになったのだ。
目線を感じたと思う途端、ジッと僕の目を見るすみれさんに気がつく。
「どーしたの?」
平常心を装うけれど、流石に変だと不自然がられただろうか。
変…そりゃ、変に見えるだろう。
身体が痒いのは、僕と千砂都の関係を知られてしまったならどうしようという、不安ならくるものだろう。
「別に、なにも」
ふいっと視線を戻すと、目の前の椎茸のパックを手に取って、僕が持つ買い物カゴに入れた。
むくれている、という顔をする。
ムスッと、子どもが欲しいものを買って貰えなかったような。
レジを通って、外に出る。
ムスッとした顔は、未だ変わらない。
「はぁ…」
僕の方を見て、すみれさんはわざとらしくため息をついた。
聞かなかった事にしようと、前を向き続けていると。
「ふぅ…」
また大きく息を吐いた。
このまま、気づかないふりを続けてもいいけれど、すみれさんのことだ、僕が反応するまで続けるに決まってる。
「すみれさん」
「なーに」
「如何しましたか」
すみれさんは、ムフッと笑うと、続ける。
「いやぁ、親しい人にあからさまに隠し事をされてるので」
「えっと…」
どう切り抜けよう、と考え巡らす。
千砂都の負担には、なりたくない。
いまの、Liellaの邪魔をしたくない。
最悪の場合だって想定していなくてはならない。
「別に隠さなくたっていいのに」
「……へ?」
「──千砂都と圭太のこと」
ばちーんと、大きな雷に打たれた様な衝撃が走る。
身体が痺れる様な感覚に、硬直してしまう。
すみれさんの向こう側にある夕陽は、恍惚と彼女を照らしている。
これから、どうしようと…正常な思考に戻るまで、時間がかかりそうだ。
「問題無いんじゃない?」
魂が抜ける僕を引っ張って穏田神社に戻って来るなり、冷蔵庫に買って来たものを戻しながらすみれさんは、軽々言い放つ。
「大問題も大有りだよ」
そんな今日の晩御飯はカレーでいいかな、みたいな質問の答えみたいな返答をされても、困るのだ。
「でも、付き合うって決めたのは貴方たちでしょ?」
冷蔵庫を静かに閉めると、神社の事務所の方へと僕らは足を向ける。
「千砂都はスクールアイドルだよ?」
「それがなによー」
「炎上とか…、よからぬ奴にこれみよがしに嫌がらせとか、Liellaがされたらどうするのさ…」
以前、米女さんが言っていたことを危惧しているのだ。
「私、去年圭太と付き合ってるって学校中に知れ渡ってたけど、特に何もされなかったじゃない」
恋人(仮)の時のことだろう。
仮と言っても、フリという方が近いけれど。
「でも、あの時より今は知名度だって…」
「もー、別にスクールアイドルに恋愛禁止なんてルールないのよ?」
事務所の隅から箒を取ると、僕に差し出す。
僕はそれを取って続ける。
「ラブライブだって控えてるんだし…」
「千砂都は?」
「え」
その問いに思わず聞き返した。
「千砂都はなんて?」
「えっと…」
僕は突かれたくないところを突かれて、目を伏せる。
その顔を見たすみれさんは、げっと驚いた顔をする。
「まさか、ちゃんと話してないの?」
あの日、千砂都とこの件の話をした所から、
まともな会話ができていない。
メッセージを送ろうにも、どうもあの日に見せた千砂都の顔が頭からこびりついて離れずに、躊躇してしまっている。
「あんたたち…」
「ちゃんと話そうとは思ってるんだけど…」
「あの子も、どうしてこう……」
何か言いたそうに頭を抱える。
「これじゃあ、私もかのんも……」
「え、かのんがどうかした?」
「何も無い!兎にも角にも、2人で話す時間を作りなさいって言ってるの!」
プリプリと怒っているすみれさんは、そのままプリプリしたまま、境内の清掃に向かっていった。
どんなふうにその場をセッティングすれば良いのだろう。
勇気を出してメッセージをするしか無いのだろうけど。
そんなことをツラツラと考えながら、僕は賽銭箱の周りをもう慣れた手で作業に取り掛かった。
3期楽しみですね