「ねえ、かのんちゃん」
ようやく通い慣れた中学校からの帰り道。
純白の髪で両サイドに可愛らしいシニヨンを乗せる幼馴染との帰路、そう呼ぶ千砂都は振り返ったかのんに微笑んだ。
「圭太のこと、好きだよね?」
「もちろん?」
かのんは質問の意図が分からなかった。
千砂都の唐突なその問いかけに、かのんは当たり前のように反応した。
「違うよ、かのんちゃん」
千砂都はまた微笑んだ。今度は、ぎこちなく。
「恋愛的な意味で」
どさりと、かのんは持っていたカバンを思わず落としてしまう。
慌ててそれを拾い、再び千砂都の方見る。
顔が熱い。
血管がどくどくと波打っている。
心臓の鼓動が目の前の幼馴染に聞かれてしまうのではないかと思うほど、かのんは動揺している。
「えっ…なっ……」
しどろもどろに答えるしかなかった。
汗を掻き、声が掠れて出る。
ごくりと喉を鳴らしても、千砂都は何でもないよとは言ってくれなかった。
「かのんちゃん」
かのんと千砂都のこれまでの何かを、決定的に覆してしまうほどの弾頭がかのんに向けられる。
かのんはそれを意識的に感じた。
「私、圭太が好き」
友達とか、幼馴染とか、そう言った尺度の好意であると勘違いする程、かのんも鈍感ではなかった。
中学生になって、心と身体の変化に感情の天秤が上下ばかりが左右にあちこちと揺れ動く事は、自意識でも感じ取れる年齢であるとも理解していた。
だからこそ衝撃を受けた。
そうだろうから、そうだと確信に変わったから。
分かったつもりではいたけれど、はっきりと、かのんも千砂都も口にしてこなかった禁忌の言葉。
自分を見つめるその目が、怖くて怖くて仕方がない。
瞳に映る自分があまりにも惨めに見える。
「かのんちゃん、いい?」
「だめ」
かのんは自身の言葉に驚いた。
目の前の千砂都は、一瞬たじろいだけれど、またいつもの表情に戻った。
胸が軋む音がしたから。
自身の周りの世界が、薄暗くなる気がしたから。
何の話?と、誤魔化すこともできたはずなのに。
いいよと、目の前の幼馴染を応援することもできたはずなのに。
なのにどうしてか、身体の芯が…生理的に拒んだ。
かのんの鼓動は、まだ早いままだ。
「だよね」
ふっと笑って前髪で影を落とした。
困惑、動揺、落胆、色々なものに当てはめてみたけれど、目の前の千砂都の表情に合うそれが見つからなかった。
「うん、聞いといてよかった」
「どーして、そんな話を」
「勝手に突っ走ったら、かのんちゃんをいっぱい傷つけちゃうかもっておもったから」
かのんの問いかけに、千砂都は言葉を絞り出す。
「嫌われちゃうかもって、仲直りもできないかもしれないなって」
慎重に、自身が発する言葉を選んでいる。
眉を下げ、顔に影を落とすその姿に、あぁと千砂都の表情に当てはまるものをやっと発見した。
諦めだ。
「2人で約束をしよう」
かのんは目の前で震える千砂都にある提案をする事にした。
今この瞬間に閃いた、この場を収めて、2人の関係も壊さない方法を。
「2人では、争わない」
不戦の約束。
空虚な提案が路地に響く。
馬鹿らしいと、鳥が鳴いた気がした。
喧騒の原宿がやけに静かに感じる。
でもしっかりと、紅い瞳に焦点を合わせて。
「うん」
静かに、千砂都は笑った。
〜
「次の土曜日、私とデートして欲しい」
バイトが終わり、着替え社務所から出たところ。
唐突に現れたかのんに僕と僕の横に居たすみれさんは虚をつかれたように固まっていた。
「え、?」
「デート、してくれない?」
ようやく話の齟齬が出来てからもう一度聞き返したが、内容は同じで、聞き違いなどではなかった。
「かのん…あなた…」
すみれさんは苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。
険悪…といものとは何か違う空気。
「え、えっとこれは……」
「いいの?このままで」
茫然とする僕をよそに、2人は会話をする。
すみれさんは眉を下げ、俯く。
「私は…」
そう言うすみれさんの瞳が左右に動いた。
言葉を続けようとして辞めて。またそれの繰り返し。
かのんは、そんなすみれさんを急かさずに、言葉を待っていた。
そんなかのんに、ようやくすみれさんは言葉を続けた。
「それを知って、応援するって…」
かのんは目を細めて、いつもの優しい雰囲気で返した。
「後悔、しない?」
その言葉に反射的にすみれさんは顔を上げた。
「だって、話し合ったじゃない。私たちは…その…」
「恨みっこ無しってね」
すみれさんの言葉をかのんは遮る。
すみれさんは、動揺している。かのんを見たり、目を逸らしたり。
「圭太」
「は、はい!」
「ふふ、もう別に喧嘩してるわけじゃないから」
僕の困惑気味な内心を読み取ったのか、優しく笑う。
すみれさんは、俯いた。
「また、返事聞かせてね」
戸惑う僕に、かのんは背を向けて小走りで駆け抜けていった。
僕は千砂都との事も儘ならぬ状況に、デート、という言葉に翻弄されながら、その背中を見送るしか出来なかった。
すみれさんも、その背中を心配そうに見つめた後、
「じゃぁ、また」
そう力なく、社務所の中へと消えていった。
〜
挙げればキリが無い。
彼への恋はそう単純なものでもなかった。
たくさんの時を経て、たくさん彼に恋をした。
ささやかな恋。穏やかな恋。
それが、唐突に終わりを告げたあの日。
千砂都と約束をした日。
彼と恋と2人で出かけた日。
彼とすみれと恋人ごっこをした日。
多くのあの日が、私の初恋を不安定なものにした。
気づかないほど鈍感じゃ無い。
寧ろ、身体中が反応するほど敏感で。
その分だけ苦しむ事になった。
かのんは千砂都と約束をした日から、いつか来るであろうその日を恐れていた。
気がついて、苦しんで、それでも諦めたくなかった。
純白の髪の幼馴染の顔を見れば分かる。
何年も一緒にいたのだから。
約束は消えた。
3人で、話し合って決めもした。
恨みっこ無しだからと。
この件で、私たちの関係を拗らせる要因にはしないと。
もしも、選ばれるのが自分じゃなくても、飲み込んで目を瞑ると。
それでも、かのんは純白の髪を靡かせる幼馴染からは、"何も聞いていない"から。
まだ、かのんもすみれも、本人達からは聞いていないから。
今はまだ、同じ土俵だ。
だからこそ、決意するしか無かった。
ずっと見続けていた、もう一つの夢に向かって。
かのん編。
プロローグ。