通学で通い慣れた道を歩く。
見慣れたホームに到着すると、いつもとは随分違った様相を見せていた。
前日まで降り続いていた雨が嘘の様に快晴になっいる。
家族連れや若い女性の集団に、カップルらしき人たちまで、土曜日の原宿駅前は普段の平日の時よりも賑わいを見せている。
時間に余裕を持って家を出たので、少し待つかと思ったが、待ち合わせの竹下通り改札前に行くと待ち合わせている人物が既に居た。
「おはよう」
「あら、おはよう」
僕の声に振り向いたすみれさんはそう言って微笑む。
胸元で襟が折られたグリーンの長袖ブラウスにネイビーデニムを踝で折り上げ、足元は歩きやすそうなスニーカー。そして胸元にはネックレスと、手には淡い黄色のハンドバッグを持ち、金色の髪は後ろで柔らかく纏められている。
「何か言う事は?」
「お似合いでございます」
「よろしい」
正直、ここまで雰囲気が変わることにとても驚いた。
今ここにいるすみれさんは、大学生と言われても納得してしまうほどの大人びたオーラを醸し出している。
「さ、行きましょ」
「どこ行くの?」
「動物園よ」
「あ、もしかして上野?」
「正解」
改札を通ってホームへ出る。
すぐに来た電車に乗って、端の席に2人で腰を下ろした。
「今日はいっぱい歩くからね」
「全部の動物制覇しようよ」
「名案ね」
「トラ見たい」
「何でトラ?」
「かっこいいから」
「私はクジャクね」
「何でクジャク?」
「かっこいいから」
そんな他愛も無い話をしながら14駅進んだ上野駅で降りる。改札を出ると、原宿と同様に観光客らしい人や何かの団体客まで様々な人で賑々しい。
中にはカップルと思われる行動をしている人たちもいる。
「案外カップルもおおいのね」
「動物園って、デートスポットとしてはメジャーなのかな」
「ゆっくり歩けて、良い環境なんじゃ無い?」
「動物も居て話題に事欠かないしねぇ」
「私たちもカップルに見えてるのかしら」
「んーどうだろ。友達とか、兄妹とかにも見えるんじゃ無いかな?」
「兄妹って、まさかあんたが兄?」
「そりゃそうでしょ」
「私が姉よ」
「えー、もう末っ子は嫌だ」
「お姉さんいるの?」
「うん、全然似てないけど」
「ふーん」
そんなやり取りをしながら入場チケットを券売機で買い、動物園に入場する。
動物園の中も人で賑わっている。
何から見ようかと、すみれさんに聞こうとしたら、そうだ、と言って携帯を取り出して
「写真、撮っときましょ」
と、カメラのインカメを起動する。
「どうやって撮るの」
「こっちに来なさい」
腕を引き寄せられて、肩と肩とを密着させる。
ハイチーズ、と言う掛け声と同時に撮影ボタンをすみれさんは押した。
「ふふ、なんか笑い方ぎこちないわよ」
「仕方ないじゃん、こんなの慣れてないんだから」
すみれさんは楽しそうに笑っていた。
案内板を見て、近くの動物からゆっくりと回って見ていた時に、すみれさんが探る様に訪ねてきた。
「一昨日の嵐さん、あれどうするつもりなの?」
一昨日のこと。
すみれさんと今後のことについての作戦会議をした後の事、2人でいるところを千砂都に見つかってしまった事。
「また、ちゃんと説明するからって言って、納得してもらったけど…」
あの日、僕たちに何をしているのかと聞いてくる千砂都からはめちゃくちゃ圧を感じたが、とにかく今は言えないと言う事、そして絶対にちゃんと説明するからと言う事を条件に、何も聞かないで居てくれたのだった。
「あんた達って、どう言う関係なの」
「どう言う関係ってのは?」
「言葉通りよ」
「友達だよ?」
「そう…」
腑に落ちない、と言うような表情をすみれさんはする。
「それがどうかしたの?」
「……」
何か言いたそうに僕の顔を見ている。
「なに?」
「いや、何だか悪い事しちゃったなぁって」
「誰にさ」
「分からないならいいわ」
そう言ってすみれさんは歩く速度を速めて僕の前を歩く。
後味の悪い今の会話に思い当たる節を考えてみたけど、全く分からないので考えるのを止めて前のすみれさんの隣に早歩きで戻る。
順路を進んでいくと、多くの人が集まっている場所があった。
2人で覗いてみると、アシカの餌やりが行われているらしく、飼育員の女性が魚をアシカに食べさせていた。
ガラスを隔ててすぐ側に、アシカが集まって泳いでいる。周りのお客さんからは「可愛い」と言う声があちこちから聞こえる。すみれさんの方を見ると、口を緩ませながら食い入る様に見ている。
餌やりタイムが終わりを告げて、集まっていた客が散らばっていく。
僕たちはそのすぐ隣のホッキョクグマを見る。ホッキョクグマは後ろを向いて座っている。
その後ろ姿を見ていると、
「そう言えば、私もスクールアイドル始めることにしたの」
と、驚きの言葉をサラッと思い出したからという風に僕に言う。
「へー、って、え?!うそ!」
「本当よ。あんたの知り合いの澁谷かのんと唐可可のグループにね」
昨日の夜、クゥクゥさんからメッセージでクーカーに新しいメンバーが加わったと言う連絡をもらっていたけれど、まさかすみれさんだったとは。
「どう言う経緯?」
「まぁ色々あって、スクールアイドルで頑張ってみようって思ったのよ」
その色々が聞きたかったのだが、聞かれたく無い事なのかもしれないし黙っておくことにした。
でも、新メンバーとは嬉しい話だ。
すみれさんが2人と上手く仲良く切磋琢磨してくれれば、クーカーももっともっと良いグループになるだろうし。って、すみれさんが加入したからクーカーって名前じゃなくなるだろうけれど。
「よろしくね」
「なにが?」
「かのん達のこと」
「あの子とも友達なのよね」
「そうだよ。クゥクゥさんは、かのんがスクールアイドルを始めてから知り合ったけど」
「どれくらいからの知り合いなの?」
「どうだっかな、かなり小さい時からだからなぁ」
「ふーん」
そんな会話をしていると、お手洗いのマークが見えたので、すみれさんを残して僕はお手洗いに行くことにした。
トイレを済ませて手を洗い、スマートフォンを取り出すと、かのんからメッセージが来ていた。
「すみれちゃんと知り合いって本当?」
と言う内容のもの。恐らく、一昨日2人でいる所を見た千砂都から聞いたのだろう。
「そうだよ」
と返して、僕はお手洗いを出た。
「あれ」
お手洗いを出たところで、すみれさんは背の高い男な人と話していた。
その男の人を見てすぐに渦中のあの人だと理解した。
新井先輩だ。
慌てて僕は2人のそばに駆け寄る。
「すみれさん」
「あら、トイレ終わったの?」
「うん…」
そう返答すると、すみれさんは僕の手をさらりと自然に握った。
突然の事で動揺してしまいそうになったけれど、この人の前では恋人のふりをしなければならないと、できる限り自然に振る舞うことに努め、優しくすみれさんの手を握り返した。
そして、前にいる僕よりも断然背が高くがっしりした体格の新井先輩を見る。
明らかに怪訝そうな顔をしている。
「マジだったのかよ」
「ど、どうも…」
「こんなん、男の趣味悪すぎだろ」
途轍もなく失礼極まりない暴言に近い言葉を浴びせられる。
言い返してやろうかと思ったが、すみれさんが隣にいるし、ぐっと喉で飲み込んだ。
数秒、僕らを睨みつけた後、新井先輩は回れ右をしてズカズカと歩いて行ってしまった。
大事にならなくてほっと息をついた。
「こんな偶然あるんだね」
「な訳ないでしょ」
すみれさんは腰に手を置いて僕の方を一瞥する。
「つけてきてたのよ」
「どうして場所わかったの」
「さぁ、それは、分からないけど…」
付けてきていたとしたら、それはもうストーカーだ。
こんな事があると言うのに、すみれさんは随分と落ち着いている。この落ち着きも芸能の経験からくるものなのだろうか。
「さぁ、行きましょ」
「え、大丈夫なの?」
「何かされたわけじゃ無いから。それより、クジャク早く観たいのよ」
落ち着いた様子でそう言ってすみれさんは僕と手を繋いだままスタスタと歩いていく。
僕は引っ張られながら後ろを追った。
一通り見終えて動物園を出ると、時刻は午後5時を回った所だった。
僕たちは出てすぐ、駅の方へと足を向ける。
「それ、誰にあげるの?」
すみれさんの視線は僕が手に持った袋に向いている。
中には動物の形をしたクッキーが入っている。
「心春に買ってこいって言われて」
「友達?」
「姉だよ、僕の」
今日僕が家を出る時にしつこくどこに何をしにいくのかを聞いてきたので適当にあしらっていると、お土産を買ってこいと言ってきたので仕方なくそれに従ってあげたのだ。そう、仕方なく。まぁ、お母さんやお父さんの為にでもあるし、。
「年いくつ離れてるの?」
「離れてるっていうか、同じ年の同じ日に生まれた」
「え、双子?」
「うん。顔は似てないけどね。二卵性双生児ってやつ」
「へー、ちょっと会ってみたいかも」
そんな会話をしながら改札を通る。
すると目の前に電車がすでに止まっていたので駆け足で乗り込むと、発車の音が鳴ってドアが閉まった。
「今日はありがとう」
「全然。それより、大丈夫?」
「なにが?」
「ほら、何か言われたりしなかったかなって、さっきの新井先輩に」
すみれさんは顔色変えずに僕の方を見て話す。
「鈴鹿くんもすぐ戻ってきてくれたし大丈夫よ。むしろ、私たちの仲を誤解してくれたって事で御の字じゃ無いかしら」
そう言った後に微笑んだ。
「なら良いけど…」
あの睨みつける様な目と、不服そうな物言いがどうにも引っかかる。
何もなければ良いけど。
このまま、すみれさんの言う様に無事勘違いして、諦めてくれればと願うしかなかった。